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  作者: 湯城木肌
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 突拍子もない発言を、見知らぬ男から受けた。

 不審者の対応の仕方にはいくつかの種類がある。まず一つ目は、無視をして反応を相手に返さないことだ。言葉を返さなくとも何かしらのリアクションを示せばこの方法は使えない。既に言葉を交わした後であるためにこの行動は適切ではなかった。二つ目は一つ目の方法とは反対に反応を過剰に示すことである。こちらが相手の思惑通りの反応でなかったら戸惑い、勢いをなくすはずだ。切り替えが早くノリを合わせてきたらより厄介なことに巻き込まれしまいそうであるが。

 だが、あたしが選ぶのはどちらでもなく、哀れみも驚きも困惑も見せず普段通りの表情のまま反応を返すことだった。過剰に反応を示すことは得意ではないし、なにより面倒な返しをしてしまったがためにより面倒な大返しがくるのは避けたいのだ。

「それで?」

 あたしは特に何の気持ちも込めず、相槌を打つ。時間的には余裕があるためここで少し会話を楽しんでも支障はない。ただあたしには語る事がなく、語るつもりも無く、彼の話を促すことしか出来ないだろが。

「鹿津芽衣さんをご存知ですか? 僕は今その人に用があるんですが」

 男の口から出てきた名前にほんの少し驚いた。

 鹿津家に生を受け、芽衣という名前をつけられたのがあたしである。あたしにはこの見知らぬ人物に用などないのだけれど、彼の用とはなんだろうか。面倒事を避けるために名前を名乗らないことが吉であるように思うが、後に騙した騙された等と大事にされても困る。しばらく考えて、「あたしが鹿津芽衣です」と名乗ろうとした。

 しかし口を開く前に後ろから肩を回された。誰だと顔を横に向けると黒の長髪が似合う凛々しい顔をした同級生がいた。久世真知子である。

「ちょっとごめんよオニーサン。このままだと学校に遅れそうな時間でさ、オニーサンもこんなところで時間つぶしてると学校遅れちゃうよ! じゃあね!」

 彼女は早口で言い切ると、あたしの肩を掴んで軽く走り始めた。引っ張られてあたしの足も動かされ、あっという間に男から離れる。まだ登校には余裕のある時間だろう、それとも男と話している間に時間が加速したのかなどと首を傾げた。彼女は軽く後ろを振り向いて、「よし」と足を緩めた。

「駄目だよ鹿津さん」軽く乱れた呼吸を整えながら彼女は言う。「ナンパにはびしって言わないと。鹿津さん可愛いんだから気をつけなきゃ」

 なるほど、とあたしは納得した。先程の光景が彼女にはあたしがナンパされているように見えたらしく、それを助けるためにしてくれた行動だったようだ。あたし自身は特に困っているとは思っていなかったし、適当に流すつもりだった。そのため感謝の意はないが儀礼的に「ありがとう」と伝えた。

「うん、いいってことよ」

 彼女は満足げにうなずくと「じゃあね!」と足早に前へと駆けていった。彼女は昨日の国語の宿題を出していない罰として、朝の掃除を課せられていたからこの早めの時間に登校しているのだと後姿を眺めながら思い出す。普段ならば始業のチャイム直前登校が当たり前であるため、あたしと彼女が登校途中で出会ったのは初めてだったに違いない。

 歩きながら後ろを振り返るが、男の姿は見えなかった。わざわざ来た道を戻って男に会いに行く必要はないため、学校へと足を進める。

「三世紀先の未来、か」

 あたしは今、挑戦のない平和な日常をかみ締めもせずただ享受している。未来は、あたしが死ぬまでだけでいいから、この日常が続いて欲しい。


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