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「それは、僕の存在をなかったことにするためです」
男は端的に語った。
世界がおかしくなっても世界は一つしか存在しえないのだという。だからあたしが子孫を残さず死ねば、彼が存在しない世界が生まれる。そして彼が生きている世界は消える。それが世界の仕組みで、境界が歪もうとも仕組みに影響はないのだと断言した。
どうして自身の存在を消したいのか。
訊ねると簡単に答えが返ってきた。
答えを聞いてあたしはうろたえた。
遺伝や魂や血が性格にも表れるのか、それはわからないし、どうでもいい。ただ目の前にいる彼は、あたしに良く似ていた。性格というより思考そのものがだ。
よく考えてみればあたしのようなクズの思考は、いつの時代にも何人もいることだろう。ただ同じようなクズには出会ったことがなかった。類は友を呼ぶというけれど、クズはクズを嫌い、反発しあうからだ。けれど時代を超えて、あたしの目の前には同類のクズがいる。
クズを目の前にして、鏡を見るように自分の嫌な所が掘り返される。自覚している部分は当然のこと、目を背けていた更に醜い部分までだ。そして何故こうも自分が口を開いていたのかに気づいた。これは他人との会話ではなく、他人というツールを通した自問自答に似たようなものであるからだ。
「ああもう」
気持ち悪い。
まとわりつくな。
あたしは閉じこもっていたいのだ。
あたしに汚いものを見せるな。
例えあたしが汚いとしても、自分自身は知覚できないのだ。鏡はいらない。
あたしを傷つけるな。
あたしを汚すな。
殻に閉じこもっていたいだけだ。
誰にも迷惑をかけるつもりはない。
どうして、あたしは、生きているのだろう。この世に生をうけてしまったのだろう。
「ああ、そろそろ移動しないと時空警察がやってきそうですね」
男は呟くと、すくっと立ち上がった。あたしに軽く会釈をし、歩いて行く様子を自然と目で追う。彼は出口の扉に手をかけた。
「あなたはしっかり命を絶ってくれる方だと信じていますから」
顔を前に向けたままそう告げると、彼は扉を開けて外へ出た。
「……うん」
一人の教室で、あたしは小さく頷いた。




