小説作法の本について 2
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さて、前回を踏まえて、今回は月見のお勧めの教本を挙げます。
「久美沙織の新人賞の獲り方おしえます」久美沙織著 徳間
「もう一度だけ 新人賞の獲り方おしえます」久美沙織著 徳間
月見の場合、まずこの二冊です。活用しやすかったという意味合いです。一番使った、現在も使っているということですね。
いろいろ小説の書き方本はありますが、書くほうとして知りたいのは、具体的な方法ですよね。そういった点で、この本は有効性の高い本だろうと思っています。読みやすいし、わかりやすい。ただ、文学的な深みはない。あくまで実技用。考え方も、実技の一環として捉えたほうがいい。
でもね。よく考えてみてください。小説初心者が知りたいのって、そういうことですよね。小説とはなにかみたいに大上段ふりかぶられるより、こうしましょう、ああしましょう、のほうがいいでしょう。あなたが、ディスカウントショップで、カラーボックスを買ってきたとします。そしてそれを組み立てる際に必要なのは、まず説明書です。組み立て方のわかるものです。カラーボックスとはなにか、カラーボックスの歴史は、みたいなこと知りたいとは思わないですよね。それと同じことで、小説を書くために最初に必要なことは、組み立て方・作り方の説明書のようなものだと思います。繰り返します、説明書。そういう程度のほうが、実際に書くさいには役立ちます。この本でなくてもかまいませんから、小説書き初めの方は、最初に手にする教本は、説明書になっているものを選んでください。小説とカラーボックスを同じにするなというご意見あるかもしれませんが、月見は、最初はカラーボックスでも作るつもりがちょうどいいと思っています。カラーボックスぐらい作れるようになっていないと、先には進めません。で、久美先生の二冊を一押しです。この本読んだのは、ほかの教本をいく冊も読んでからでしたが(まだ出版されていませんでした)、最初にこんな具体的な本を読んでいたら遠まわりしなくてすんだのにと思いましたね。
ちょっと解説します。最初の「新人賞の獲り方」は、久美先生が文芸スクールでおこなった講義をもとにしたもので、一般的な小説の書き方本とは、やや趣を異にします。教本としては、初心者の方は読み取りにくい、テクニック学びにくい、でしょう。ですから、最初に読むのは、もしくは二冊も読みたくないという人は、「もう一度だけ」のほうをお勧めしておきます。ただ、「新人賞の獲り方」のほうにも、受講生の作品に対する久美先生の添削や、いろいろ役立つことが書かれていることを付記します。受講生に与えられた課題に挑戦してみるのも、有効な方法です。忘れないでくださいね。教本は実技です。実技せずには、読む意味ないです。
ではここで、月見が久美先生から教わったことをちょっと披露してみたいと思います。
1 「一番初めに読んだ本」というお題で、作文を書くことが受講生に課せられます。制限時間は十五分。字数は四百字程度。よろしかったら、あなたも挑戦してください。実技です。実技あっての教えです。
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さ、できましたか。できたとして先に進めます。
その文の頭を読んでみてください。もしそれが、「私が一番初めに読んだ本は××でした」みたいになっていたら、ブーです。どうしてかって。つまんないからです。あたりまえすぎるからです。たぶんあなたは、とても真面目で、人の言うことを素直に聞けて、礼儀正しくて、品行方正で、きちんとした性格の、とてもいい人だと思います。でも、小説を書くのには向いていない。「一番初めに読んだ本」というお題で、最初にそれをそのまんま書いては面白くもなんともないんです。読み手を面白がらせてやろうという考えが、頭から抜け落ちている。ひたすら真面目。それではダメなんです。ここはひとつ、受けを狙ってやろうと思わなくてはいけない。真面目なあなたはとりあえず脇にでもおいといて、そのためなら、嘘の一つや二つはついてやろうぐらいの気持ちが必要なんです。「その日は熱かった」とか「いまある問題は」とか、「レーダーが敵機を捉えた時だった」とか「猫ふんじゃった」とか、とにかくなんでもありだけど、「私が読んだ本は××でした」だけは、やっちゃいけない。これがエンタメ小説を書くさいの心構え。文章の最初の一行のことだけを言っているんじゃないことに、要注意ね。考え方や心構えね。
小説を書くっていうのは、嘘を吐いているのと同じです。その嘘で、相手をもてなそうとしているわけです。うまくて魅力のある嘘で人を丸め込もうとする行為。だから、自分が嘘つきだという自覚を持ちましょう。そして、さんざん嘘を吐きまくってやりましょう。読んでいる相手が、嘘と知りつつもほんとのことと思ってしまうぐらいにですね。
嘘吐きに抵抗ある人います? 私は嘘なんかつきたくない。誠実な、人を喜ばせるような話を書きたいんだ。で、そういう人ですけど、ちょっと聞いてみたいんだけど、小説を書くときに、自分はいい人だと思われたい気持ちあります? もしそれがあるのなら用心してくださいね。もしかしたらあなたの書いている小説は、私ってこんないい人なんですよ小説になっているかもしれません。それ考え直したほうがいいです。自画自賛の自己満足ならいいですけど、誰もそんなの読みたくないです。楽しませてくれる嘘のほうが喜ばれます。ですから、「へへへ、私は嘘吐きなんだよ」ぐらいに思っていたほうがうまくいきます。
ただ、嘘吐きといっても、小説を書くというのは、どこにも書かれていないけど、これから嘘を吐きますと断ったうえでの嘘ね。ここんところは踏み違えないでくださいね。それと、「フイクションの中に真実がある」という言葉があります。ここで嘘としているのは、その言葉の「フイクション」に相当するとこです。つまり、「嘘の中に真実がある」。理論的に考えると矛盾していますが、これおぼえておかれたほうがいいかもです。心意気みたいなもんです。これがあると、小説が力強いものになります。そういう嘘吐きになりましょう。
で、二番目の課題として「最近面白かったこと」というお題で宿題が受講生に出されるのですが、それでのペケは、面白いという言葉を使ったらペケになるんですね。つまり、その言葉を使わずに、読み手がそう思うものを書かなくてはいけないというわけです。(そういう訓練をしなくてはだめだということ)××面白かったです、と安易に書くのは、説明になってしまっているんですね。悲しかったとか、腹が立ったなども同じで、××で悲しかった、××で腹が立ったとは書いてはいけないんです。ここで前回の言葉出します。「説明するな見せろ」です。美人を表現したいときに、美人という言葉をごろんと出したのでは、つまり芸がなさすぎなんです。
2 エンタメの小説家というのは、サービス業です。文筆業という名のサービス業。読者を楽しませるのが仕事。観光タクシーと同じです。時間内でいくつの観光地をまわれるか、最初はどこへ案内するか、同じようなものが続くと退屈だろうから、その順番をどうするか、昼食はどのへんでとってどの店をすすめるか、お土産はどこがいいか……。それを考えて、お客様に満足を与え、利用してよかったと思わせる。それと同じことなんです。お話をどうやって案内すれば、お客様(読者)に喜んでもらえるか。それあるのみです。決して、えらい職業でもなければ、人に威張れる仕事でもない。普通のサービス業ね。
3 言葉は節約して使え。
けだし名言。グサッと月見はきます。ただなもんだから、言葉って大判振る舞いしてしまうんですよね。湯水のように使ってしまう。俺って気前がいいんだよね、出し惜しみしないんだよねってもんです。バカです。言葉は節約して使わないといけないの。ケチケチするぐらいに。そうしたら、文章が引きしまってきます。余分な脂肪がなくなって、話の流れがよくなるなら、いろんなものが行間から浮き出してきます。(行間を読ませるって技です)最少の言葉で最大の効果を、それが理想です。この文も、ほんとうは長いんです。月見が下手だから。
でもね。月見と同じような人いっぱいいます。ノリで書いていて、余計なギャグの掛け合いなんかが満載の人ですね。友人同士での見せっこならオッケーだけど、知らない人が読むとうざいだけです。やめましょう。あなたは愉快で人気者かもしれませんが、友だち同士で交わしているようなギャグを、初対面の人の前でします。しないでしょう。少なくとも、控えるでしょう。小説って、そういう不特定多数の人に向けて書くものなんです。いや、それでも余計なギャグや掛け合いをしたいんだと言われるなら、それはそれでけっこうですけど、ちょっと考えてみてください、それを使わなくてあなた小説を書けますか? 似たような感じの話にばかりなっていませんか?
じつは、余計なギャグやめようとかは、低レベルでの話です。言葉の節約以前のことです。無駄は省こうのレベルです。言葉は節約して使うというのは、無駄を省いたうえで、言葉を節約しようということです。
明治とか、そこまで古くなくても、むかしの作家の人たちのほうが、いまの作家より文章がうまい人多いと思いませんか。それは、文章の一文一文が練られているからです。むかしは、ワードプロセッサーなかったので夏目漱石も森鴎外も、原稿用紙に向かって手書きしていたんです。小説書くのって大変な作業だったわけです。畢竟、みんなラクしたいと思います。一行でも少なく、一語でも少ないほうがラクチン。そのうえで内容の密度は落とさないように心がけているもんだから、必然的に文章が上達していったんですね。最少の言葉で最高の効果を、マジで目指していた。そんな苦労をしていたわけです。むかしの作家さんって、やっぱえらいの。小説家の気概があります。
で、現代はワープロがあるものだから、手書きという労苦から解放されて、言葉を書きたい放題という状況が強くなっています。誰でも気軽に小説が書けるってことで、読む人より書きたがる人が多いわけです。ここまで説明してもわからない人は、一度、パソコンで打った自分の小説を、原稿用紙に手書きで写してみてください。
ええええええええええええええええええええええええ…………!!
なんて文章、書こうと思わなくなりますから。疲れるだけで、なにやっているんだろうという気持ちになります。余計なギャグもいれたくなくなる。笑い取ろうと思う前に疲れます。ほかに書かなくてはいけないことがあるって思います。(本気で文章うまくなりたい人は、一度ご自分の小説を手書きで写してみてください。新作を手書きで書いてみてもいい。自分の文章のいろんなことわかります)
いまはむかしと時代が違いワープロで書くのがあたりまえで、それに伴い、文章表現も手法も変化し、小説そのものも変わってきているのだ。という意見がわからないわけではありません。前記の「ええええ……!」も、新しい表現方法かもしれません。でもこれだけは言えます。それでは文章は上達しないって。むかしの作家さんの気概見習わないと、文章は磨かれないって。
「言葉は節約して使う」を試してみると、テクニックの幅が広がっていきます。行間を読ませるなんてことをしようとしたりするなら、三行使っているところを一行にできないかと思ったり、削れる言葉や文章どんどん出てきます。上達したいと思っているなら、「言葉は節約して使う」とても有効な方法です。
えっ! おまえはどうだって? それはおいときましょう。自戒をこめてですね。弁解ついでに、ちょこっとここで書いておきますが、「言葉は節約して使え」の修練としては、俳句を作るのがいいのではなかろうかと考えます。五・七・五で表現をする世界です。ただこれ、月見やっておりません。そこまで思っていながらなにもしていないせいで、いまだに文章が下手なのかもです。心ある方は、俳句試してみてください。
ここで告白をします。私、嘘を吐きました。2と3は久美先生の本に書かれてありません。さっそく嘘吐きを実行しました。「サービス業」と「言葉は節約」を久美先生に教えてもらったと思って、前記の二冊の本に目を通したのですが、該当箇所が見当たらないんです。どうやらべつな本かららしい。それでほかの本も調べてみたのですが、小説作法の本いっぱいあって、どれに書いてあったのかわからない。しかし、その二点に関してはこの場で言及しておきたく、久美先生から教えてもらったみたいにしました。(嘘吐きを見せてみたかったのもあります)読まれているみなさん、お許しください。
また1にしても、そのまま本の内容通りというわけでなく、月見の独自の解釈と考えを付加していることを、承知しておいてください。あくまでここで書いていることは、月見のフィルターを通しての内容であるということです。それにこのエッセイは、純文学や自己表現、あるいは友だちづくりを目的として小説を書かれておられる方には、まったく無用ものですから、よろしくお願いいたします。
それにしても、2と3がすっかり久美先生の本にあったものだと信じ込んでいたとは、久美先生から感化されている部分が、月見は多いみたいです。それだけインパクトのあった、小説作法の本だったということだったと思います。久美先生の指南本は、「これがトドメの新人賞の獲り方」というのがもう一冊ありますが、設定が複雑で、前二作を読んで相性がいいと感じられた方にのみ勧めておきます。
この項目に関しての、ちょっと自慢話をさせてもらいます。「久美沙織の新人賞の獲り方教えます」の初版の単行本には、大きな特典がついていました。本の最後にある応募用紙に課題作を書いて送れば、直筆で久美先生が添削をしてくれるという趣向です。それ目的で、月見は本を購入しちゃったわけです。本を一読後、早速送ったのですが、数年たって、忘れたころになって返ってきました。想像を絶する、すっごい量の応募があったせいで、遅くなったみたいです。それで結果はというと、ハイ、花丸いただきました。別添えの便箋で久美先生の直筆コメントもありまして、「――さま、スーパーうまいです(笑)」も頂戴いたしました。フフフ、すごいだろう。世辞半分とも思いながら、ニヤニヤしっぱなしでした。それからいまにいたっているのですが、もしかしたら人生を失敗したかもしれないです。くくく……(涙)
次回は、これに続くお勧めの本を紹介したいと思っています。
つづく
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【Q&A】
Q してはいけませんとか、それはダメとかいう内容がありますが、それは絶対にしてはいけないことでしょうか。あなたにそこまで言う権利があるのでしょうか
A 小説は基本的になんでもありです。絶対にしてはいけないことなんてひとつもありません。たとえば、
ぱりぽろぴれぱれ、ずるりんちょ、こめこめひきこしかいなかない……。
と書いて、小説ですと言ってもいいわけです。言ったもん勝ちです。言語による、これまでなかった新しい小説と称されても、誰も異議は唱えられません。ですから、このエッセイで述べていることは、月見の考えていることであって、強制をしいるものではありません。月見のほうにも、考えを押しつけようとする考えは毛頭ありませんので、内容については、どうぞご自由に判断、または活用なさってください。
Q お薦め本を手に入れて読んでみましたが、思っていたのと全然ちがい、まったく役に立ちません。詐欺だと腹が立ちました。弁償してください。
A それはできません。このエッセイを読んで、どう思い、どう判断し、どうするかは、すべて自己責任のもとでお願いいたします。