表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

推理小説の仕分け 3-4 探偵小説


 4 探偵小説――推理小説のうち、現代推理小説の最初の作品とされる「トレント最後の事件」以前の作品。ホームズ譚やブラウン神父譚。


 推理小説の分類のひとつとして「探偵小説」という項目を作っていますが、じつのところ、探偵小説は分類の一項目というより、推理小説の母胎となっているものです。探偵小説から推理小説は発生しています。


 では探偵小説とはなんぞや――探偵の活躍を主眼とした小説です。


 推理小説との大きな違いは、推理や論理でなく、探偵の活躍を主眼にしている点です。「推理による論理的な謎解きの面白さを主眼とした小説」を推理小説とするのに対し、そんなことよりも「探偵の活躍を主眼」にしているのですから、すでに探偵小説は、推理小説の範疇に収まりきれません。はみだしている。それなのに、推理小説の分類の一項目にしているのは、推理小説が探偵小説から発生したもので、それなしでは推理小説世界を把握することができないからです。なにしろ、母胎、原型なんです。ですから、探偵小説というのは、分類の一項目でありながら、推理小説の定義からはみ出た、ちょっとニュアンスの違ったものとご理解ください。推理小説でないのに、分類のひとつとするのは、明らかに矛盾しています。月見が最後に探偵小説をもってきたのは、そのせいです。


 いまも書きましたように、探偵の活躍を主眼としているのですから、推理や論理がなくても成立するという特徴を探偵小説は持っています。当然、フェアだとかアンフェアなんかとは無縁。読者に知らせていない、探偵しか知らない知識でもって事件の解決をしてもオッケー。極端なところでは、怪しい奴をとっ捕まえ、殴る蹴るの暴行でもって事件を解決してもいいのです。探偵の活躍するのが主眼という指針がぶれなければですね。


 こういうふうに書くと、いくらなんでもそれは推理小説ではないだろうと思われるでしょうが、その通りです、探偵小説は推理小説とは違います。ただし、母胎であるのも確かです。探偵の活躍を主眼にした小説から、推理小説は発生しています。始祖の「モルグ街」がそうです。あれは、推理小説というより、じつはデュパンの活躍を主眼にして描かれた小説なんです。だから、探偵小説をおろそかにしてはいけません。それどころか探偵小説のDNAは、いま現在も綿々と推理小説に脈打っています。母なる大地みたいなところあります。科学捜査官や鑑定士を主人公にした作品なんて、ほとんど探偵小説です。こちとらの知らない専門知識で解決するのが大半ですから。サイコメトラーなどといった、特殊能力を持ったキャラを主人公にしたものも、そう言っていいでしょう。それとね。探偵小説を発展させた形式のもっとも優れものは(月見の考えですが)、ハードボイルドなんです。その観点からだけでハードボイルドを語るのは無理があるのですが、現代性という衣装と背景を取っ払ったら、ハードボイルドの骨格となっているのが、探偵小説のDNAであるのは間違いないでしょう。そう、ハードボイルドって、探偵の活躍や心情を主眼にした小説なんですよ。そこんところで、推理小説とは違ってきているんです。探偵小説って、ほんと肥沃な大地なんですね。


 探偵小説の代表といえば、そりゃ、ホームズ譚としか言いようがありません。鹿撃ち帽とパイプつければ、誰もが名探偵を想起するほどです。中折れ帽とレインコートつければ、ハードボイルドになるのとそっくり。ねえ、ハードボイルドって、探偵小説の血が直結した隠れ実子だと思いませんか。ま、それはさておき、月見は、便宜上探偵小説を「トレント最後の事件」以前の作品としています。ですから、ブラウン神父も思考機械も隅の老人も、ルパンも、「黄色い部屋の謎」も、ぜんぶ探偵小説。どうして「トレント最後の事件」をラインとしているかというと、そのほうがわかりやすいと思うからです。実際には「トレント」以後も探偵小説は書かれていますし、乱歩の明智小五郎ものの「黄金仮面」や「黒蜥蜴」は探偵小説でしょうし、現在では、本格ミステリの項で紹介した二階堂氏の二階堂蘭子シリーズの最近作などは、探偵小説の傾向のほうが強いです。しかしそれでも、探偵小説の型は、「トレント」以前に出来上がっているのではないかと月見は考えています。それで「トレント」をラインにしています。


 それでは「トレント最後の事件」とはいかなるものか。それってなんなの? それについて説明します。

 「トレント最後の事件」はE・C・ベントリーが1913年(大正二年)に発表した小説です。古典の名作とされていますが、実際その通りです。なぜそんなに名作扱いされているのかというと、推理小説の歴史に関わってくるのですが、「トレント」は里標なんですね。探偵小説から分かれて、「トレント」から、いまある推理小説が始まった。推理小説の始祖は「モルグ」ですが、現代推理小説の開祖は「トレント」なんです。また、それまで短編が主流だったのが、長編へと移行したのも「トレント」からです。

 じゃあ、どこがそれまでの探偵小説と違ったのかというと、それを説明するのは難しいです。型破りだったんですね。いま読むと、どう読んでも普通の推理小説なんですが、当時は画期的だったんです。探偵の設定、話の進め方、人物描写、伏線・手がかりの張り方、トリックと解決に至る論理、意外性、それと探偵に恋愛をさせるという趣向、どれもがそれまでの探偵小説には見られなかったことなんです。簡単に言えば、「トレント」って、それまでの探偵小説に比べて、モダンで垢抜けています。そこが、現代推理小説の先駆と称される由縁です。月見の説明なんかより、試しに読まれてみるのが一番です。ホームズ譚などと読み比べてもらえば、その洗練さの違いは一目瞭然です。

 また「トレント」の面白い点は、作者のベントリーには、革新的な、それまでなかったものを書いてやろうみたいな気持ちはなく、それどころかアンチ探偵小説を目指していたんですね。既存の探偵小説を風刺してみようと思っていたらしいんです。そういう意図で書かれた「トレント」が現代推理小説の道を開いたなんて、じつに愉快です。

 「トレント最後の事件」は、いま読むと、おおっと叫びたくなるような傑作というわけではなく、よく出来た推理小説という印象ですが、現代推理小説の雛型を学ぶには最適の一冊です。推理小説ファンなら、一度は目を通しておきたい名品です。髪を染めていないなら、ピアスもしていない、推理小説における純朴なたたずまいの女生徒です。


 そうやって「トレント最後の事件」から、現代の推理小説は始まったのですが、ゲーム性が重視されてきたのも「トレント」以後です。フェアとかアンフェアとか、ですね。「トレント」以前にそんなことはなかったと推測できるのは、ホームズ譚を読めばおわかりいただけると思います。「トレント」が、その点に関してどれほど影響を与えたかはわかりませんが(「トレント」もフェアプレイを守っていません)、「トレント」の現代性がなかったら、そうならなかったのではないかと考えられます。

 ま、そのへんは置いておくとして、ここで注意してもらいたいのは、母胎の探偵小説や、初期の推理小説では、ゲーム性は重視されていなかったということです。たぶん、ゲームなんて意図はまったくなかったでしょう。つまり、ゲーム性は、「トレント」以後に推理小説に付加された要素だということです。

 なにが言いたいのかというと、ゲーム性は、推理小説の本質のひとつかということです。

月見は、ゲーム性というのも、推理小説を面白くする要素のひとつであって、本質をなすものではないと考えます。カーは推理小説を「最高のゲームだ」と豪語しました。それに対して異議を唱えるつもりはありませんが、そういった観点、ゲーム性からという観点だけから推理小説を論ずるのは、視野が狭いのではないかと思います。ゲーム性からの観点もあるが、それ以外の観点もあるのではないかとです。そして、それを忘れちゃいけないのではないかとです。

 難しい問題で、簡単には結論めいたことは述べられませんが、ゲーム性、フェアかアンフェアかだけで、推理小説を読んだりすると、いまひとつ推理小説というものを把握できないと思います。例を挙げると、フェアじゃないで「モルグ街」を批判するのも、ゲーム性が希薄だけということで清張作品をつまらないとするのも、お門違いではないかと思うわけです。

 このことをどうして書いておくかというと、推理小説をゲーム小説と考えている人、もしくは思い込んでいる人が、滅多輩に多いからです。それ違うと思いますよ。月見はゲーム型推理小説が大好きです。しかし、ゲーム型のみが推理小説であるとは思っていません。先で紹介した乱歩の分類のように、ゲーム型推理小説というのは、推理小説のひとつの型であって、それがすべてだとは思えません。挑戦的なゲーム型推理小説を、ゲーム性の観点から評価するのは正しいけど、非ゲーム性のものまで、ゲーム性で評価するのは間違った遣り方でしょう。ゲーム性にばかりこだわって、頭や見識が硬くなり、推理小説を見誤っている人がたくさんいると、月見は思っています。

 ゲーム性に関しては、いずれ機会があったら、もう一度、月見の考えを書いてみたいと思います。誤解してもらいたくないのは、月見の考えは、ゲーム性は推理小説にとって重要なことだが、そればかりに目を向けていたらまずいのではないかということです。こだわりすぎると、行き詰ってしまうんですよ。


 この章では、推理小説の仕分けを試みました。こうやって区分することにどういう意味があるのか。数式みたいにはっきりと分けられるものでなし、どの作品も、推理小説・本格推理・本格ミステリ・探偵小説の要素が、クロスし合って入っている。その通りです。分類なんて無意味だとすることもできます。が、ただの推理小説を本格として読み解くことや、探偵小説をゲーム型推理小説の観点から評価するのに疑問は持たれないでしょうか。また創作するにしても、本格推理であって本格ミステリでもあり、そのうえで探偵小説でもある推理小説をものにしようとするより、いずれかに即したもののほうが、土台のしっかりしたものになるとは思われないでしょうか。

 月見としましては、ご自分が、どのタイプが好みなのか、または創作したいと思っているのかの、指針の手がかりにしてもらえれば、それでオッケーです。


推理小説の仕分け、の章了


「推理小説の仕分け」の章でしてみたかったのは、うまく処理できていませんが、推理小説世界の俯瞰図を提示してみたかったのです。地図みたいなものですね。推理小説にはどういうものがあるかの全体像を、いくぶんなりとも把握しておいたほうが、読むにしても、創作するにしても、便利だからと思うからです。推理小説世界を旅するための、あるいは理解するための、ガイドにでもなればという感じです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ