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推理小説の仕分け 3-3 本格ミステリ

 3 本格ミステリ――推理小説の中でも、幻想的な謎と、高度な論理性の二つを有する(形式の)小説。


 島田氏の言わんとする、幻想味や詩美性を備え、高度な論理性を持った推理小説の名称です。

 これの代表作家をジョン・ディクスン・カーとしても、どなたも異論はないでしょう。「夜歩く」を始めとした、「三つの棺」「プレーグコートの殺人」「火刑法廷」「曲がった蝶番」などなど。怪奇やロマンにあふれた物語にくわえ、不可能トリックの数々が、カーの小説では楽しめます。しかしその反面、大げさすぎる、時代がかっている、現実味にとぼしいと、揶揄する意見があるのも、これまた事実で、カーは、読者によって好き嫌いがはっきりしている作家さんです。

 どうしてそうなのかというと、本格ミステリは、推理小説の中でも推理小説をしているからです。「モルグ街」の伝統を実直なまでに引き継いでいるせいで、推理小説のいい所と悪い所を極太に備えている。つまり、推理小説本来の長所と短所を、否が応にも引き継いでいるんです。大げさな時代がかった文章や設定も、カー流の本格ミステリの世界を構築するのには必要な手法なんですよね。それがなかったら、ほんとつまんない。平明な文章や、「日常の謎」クラスの謎を扱ったんでは、本格ミステリは成立しがたいところあります。幽霊屋敷での連続殺人事件、怪光現象に、壁に浮き出る血文字、それにくわえて密室に人間消失に遠隔殺人。そういうのが本格ミステリの真骨頂でしょう。

 ただし誤解なきように。そういう素材を取り入れれば本格ミステリになると言っているのではありません。そういう素材をいかに取り入れるかが肝心なのです。幽霊屋敷さえ出せばでなく、それをいかに扱うかです。幻想味・詩美性です。美学・語りの問題です。

 で、いまも書いたようにカーの本格ミステリは、推理小説の欠点や美点をあからさまに含んでいるのですが、それがゆえに、カーキチとマニアの間で称されるカーの愛好家たちこそ、熱烈な推理小説ファンではないかと月見は思っています。アバタもエクボどころか、アバタとわかっていて、そこを愛しているんですから。欠点も味のひとつ。カー好きを、ひそかに月見は尊敬しております。かなわないと、思ったりしています。


 日本での本格ミステリの代表は島田荘司氏ですね。「占星術殺人事件」「斜め屋敷の犯罪」「水晶のピラミッド」などの、名探偵の御手洗シリーズを挙げておきます。「暗闇坂の人喰いの木」に出てくる巨人の家なんか、謎解きにタマげました。島田氏の作品を読んで月見が思うのは、本格ミステリを仕上げるには、物語を書く筆力が必要だということです。アイディアだけで書けるものではありません。

 二階堂黎人氏も本格ミステリの書き手です。見方によっては、月見の見解ではありますが、いい意味でも悪い意味でも、本格ミステリの特徴が色濃くでていると思います。反論があると思いますが、二階堂氏は、長編よりも短編のほうが月見は面白いです。


 えっ、本格ミステリといえば綾辻行人氏だろうって。ええ、たしかに綾辻氏は本格ミステリ作家です。しかし横溝正史のように、簡単に本格ミステリ作家にしてはいけないところがあるような気もするのです。月見の考えでは、綾辻氏は、本格ミステリと本格推理にまたがっているように思えるんですね。どちらの要素も入っていて、いずれだとも言い難い。デビュー作の「十角館の殺人」が、館とあのトリックを除けば、本格推理になってしまうのわかりますでしょうか。設定自体は、クリスティの「そして誰もいなくなった」ですよね。それに、人気はありませんが、「殺人方程式」は明らかに本格推理の作品です。また、小説の手法としてサスペンスに長けています。そういう点から鑑みて、月見は、単純に綾辻氏を本格ミステリの作家と考えていません。本格推理のスピリットを宿した、本格ミステリ作家。そんな感じです。そしてその点が、誰にも真似できない綾辻氏の魅力ではないでしょうか。


 本格ミステリは、一概に決めつけるのはよくないんですが、幻想に満ちた謎を提出するせいで、論理より、謎を支えるトリックの良し悪しが作品の要になる傾向があります。そのせいで名探偵型が主流にもなっています。難事件でなく、幻想に満ちた謎を解くのですから、地味な刑事さんには荷が重いんです。凡人型としては、島田荘司氏の「奇想、天を動かす」「北の夕鶴2/3殺人事件」などの吉敷竹史シリーズが、天才肌でないのでそれに当たるのですが、御手洗シリーズに比べると、本格ミステリとしてはいまひとつ精彩に欠けているような気がします。とは言っても、「奇想、」と「北の夕鶴」は、本格ミステリが好きな人は必ず読んでおくべきです。トリックの凄さに、唖然とするほかありませんって。


 さて、そうやって、トリック・名探偵に重きをおくとしながら、それほどたいしたトリックがなくても、名探偵なくても、本格ミステリは書けるのではないかという例として、二作品を挙げてみます。

 長編ではヘレン・マクロイの「暗い鏡の中に」、短編では城昌幸の「波の音」。月見の好みのせいか、二作品ともドッペルゲンガ―、つまり、顔も形も同じもうひとりの自分がいるという神秘的な謎を題材にしたものです。マクロイの「暗い鏡の」ほうは、有栖川有栖氏が本格ミステリの見本のような作品と称されていて、有名でもありますので、みなさんご自由にググるなり、お読みください。で、「波の音」のほうを少し解説しておきます。


 作者の城昌幸氏は、ショートショートの先駆者と呼ばれ、乱歩に「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と言わしめた作家さんです。星新一氏は城氏の作品を、古本屋を探しまわって読んでいたという逸話もあります。怪奇探偵小説と呼ばれていた、原稿用紙十枚前後の掌編で活躍していた人ですね。推理小説でなく、幻想味あふれる作風です。

 で、「波の音」ですが、これは城氏には珍しく推理小説仕立てになっています。主人公は妻を亡くした男。その妻が生前主人公に言います。聞こえるはずのない、波の音がすると。


「わたしね、時々……、昼間でも、波の音が聞こえてくるのよ。そうするとね、あの、何処か、こう、自分は遠い北の方の海岸に住んでいて暮らしているンだ、と、そんな気が何時でもするの。不幸な身の上でね。悲しく諦めて、じっとその寂しい生涯に耐えていると云うような気持……。そう云う自分を考えるとね、可哀相で可愛そうで、ひとりでに泣けてくるの」


 本格ミステリにふさわしい、じつに幻想味と詩美性にとんだ趣向だとは思われないでしょうか。波の音、遠くにいるもうひとりの自分、はたしてそれは……。この話がどう展開して、どう解き明かされて、どういう結末をつけるか。どうぞみなさん、お読みになってみてください。原稿用紙十枚程度の、ショートショートといっていい短さの作品です。事件性もトリックもなくて、そのくせ、しっかり本格ミステリやっています。初めて読んだ時、えらく感銘を受けたのを月見はいまでも覚えています。また、これは推理小説とは関係ありませんが、城氏の「ママゴト」という掌編を読んだとき、月見は戦慄をおぼえました。(城昌幸氏のことを、もっとみんなに知ってもらいたいんだ!)


 「暗い鏡の中に」と「波の音」を、本格ミステリの好例として挙げておく次第です。トリックより、じつは幻想味・詩美性がポイントなんですよ。


++++++++


 月見の考えるところの、推理小説と本格推理と本格ミステリの作家や作品を、ここまでだらだらと述べてきました。そしていま感じているのは、作品や作家さんを、カテゴリーのひとつに押し込めるのは、無謀な行為だという思いです。範疇に収まりきれないなら、考え足らずのところもかなりあるな、というのが本音です。悪戦苦闘して、お手上げ状態。

 では、しなければよかったかというと、そうではないとも思っています。たとえそれが無謀であっても、推理小説をいくつかのカテゴリーに分け、それぞれの作品を当てはめていく、あるいは分類という尺度で個々の作品について考察することは、読み解くためや書くためには必要なことだと考えています。特徴をつかむことは、思考を進めるためにも、発想を得るためにも、重要なことと思います。分類や、それを元に考察を展開するのは、そのためにあるものです。乱暴な言い方すると、本格推理と本格ミステリの違いがわからなくて、推理小説という広大なジャンルを把握することができるの?、ということです。いや、そうやって区別をつけることがそもそも間違い、そうすることによってかえって見えなくなっている。森を見ずして、葉ばかりを見ることになる。そういう意見もあるでしょうが、また、その意見に一理あるなとも思っています。が、それでも、無謀な試みだとわかっていても、考察し、それを続けることによって、なにかを得るなり、もしくはその手がかりをつかむことができるのではないかと、月見は考えます。

 さて、苦しい言い訳めいたことを述べながら、おのれの無謀さに気づきながら、つぎの段落では、残りの「探偵小説」の解説をしてみます。


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