コーヒーブレイク その1
連載が沈滞していて、月見としましても、なんだなぁという気持ちがあり、コーヒーブレイクと称して読み切りのコラムみたいなものを挿入してみようと思い立ちました。軽い気分でやりますので、そのあたりよろしくのほどを。
では、コラムです。スリル・サスペンス・ショックの解説をしてみたいと思います。スリル・サスペンス・ショック。映画の宣伝文句みたいな言葉の連続ですが、それらの違いを解説できる方はいますでしょうか。そんなの知っているよと言われる方は、先を読む必要はございません。よくそれ耳にするし、違いもなんとなくわかるけど、うまく説明できないという方は、どうぞ先をお読みください。
これから述べることは、月見が以前本で読んで、なるほどなと思ったことを記すだけのことで、オリジナルな考えではありません。が、意外なほどこのこと知らない方が多いので、コラムとして記してみようと思ったわけです。辞書での用語解説とは違うことを、最初にお断りしておきます。
のっぴきならない事態が生じ、あなたは×時発の列車に乗らなくてはいけないことになりました。ことは緊急を要し、それに乗らなければあなたの人生は変わってしまうかもしれません。どんな事態かって。適当に想像してください。あなたの最愛の人があなたのもとから去ろうとしており、その列車に乗りさえすれば、それを回避できるなんていうのはどうでしょう。いや、そんなことを想像している場合ではありません。時計を見ると、発車時間まで猶予がない。急がなければ間に合わない。――これがスリルです。
外に飛び出したあなたはタクシーを拾おうとしますが、そのタクシーがつかまらない。いつもならすぐ拾えるのに、今日に限ってタクシーがやってこない。いったいどういうことだ。こんな大事な時に限って! ×時まで×分しかないのに! と、地団駄を踏んでいるところにようやくタクシーがやってきて、あなたは乗り込みます。が、今度は渋滞という障害が立ち塞がる。どうやら道路の先のほうで事故があったらしい。一、二分でいけるところが、五分すぎても抜けれない。救急車のサイレン音が走るなか、刻々と時間は過ぎていく。運転手に「時間がないんです」と訴えても、「これっばっかりはねえ」と言われる。そしてやっとこさ渋滞を抜けたと思ったら、今度はつぎつぎと信号に引っかかる。なんてついていないんだと、あなたは叫びたくなる。頭を掻きむしる。最後の信号が青に変わり、タクシーは猛ダッシュ! 果たして間に合うのか。あなたは何度も腕時計を見る。イライライライライラする。この先には踏切があり、そこで引っかかったらもうアウトだ。あなたは神に祈る。どうか我を救いたまえ。その願いが通じたのか、踏切は無事に通り抜ける。駅はもうそこだ。――このあたりがサスペンスです。
つり銭を無視してあなたはタクシーから飛び降りる。時計を見ると、残されたタイムリミットはわずか。あなたは走る。最愛の人のために、息せき切って走る。改札を抜け、発車寸前の列車にあなたは乗り込む。すぐに背後で扉が閉まり、ぎちぎちセーフ。と、列車が動き出した瞬間、あなたは気づきます。間違って逆方向の列車に乗ってしまったことに。――これがショックです。
さて、スリル・サスペンス・ショックの違いがおわかりいただけたでしょうか。ではつぎの話で、どこの部分がスリルでサスペンスでショックなのかを当ててみてください。
あなたは試験を受けています。目の前にはテスト用紙。しかしなんと、一問目からわからない。二問目三問目も、まるでわからない。このままだと白紙で提出の零点。え? 私は事前に勉強をするからそんなことにはならない。わかりました。しかしここはそんなあなたですら、そういう事態に陥ったことにしましょう。いつもは好成績、学力優秀のあなたが、零点。それだけはどうしても避けたいとあなたは思うはずです。どうしたらいいのかと、あなたは焦ります。まわりのみんなはあなたと違うらしく、鉛筆の音がスムーズにしている。カリカリ、サラサラ……。あなたは、なおのこと焦ります。
追いつめられたあなたは、ついに決意します。カンニングしてやれ。ここはそれっきゃない。私が零点なんてありえない。右に体を傾け、やや腰を浮かしぎみにして上から覗き込むようにすれば、右隣のを見ることができそう。うまい具合に視力には自信がある。が、真面目に生きてきたあなたはカンニングの経験など一度もない。状況としては、机の間を、監視役の教員がゆるゆると歩いている。その目をちょろまかしさえすれば、なんとかなる。タイミング、それが重要だ。焦るな、焦るな。答案用紙に集中しているふりをしながら、あなたは教員の動きを上目づかいにチラチラと見やります。鉛筆の音と、教員の足音、それに自分の心臓の鼓動の音がする。教員は歩きながら、首を左右に動かしてはあたりを見まわしている。こちらに背を向けた瞬間がチャンスだと見て取ったあなたは、息を殺し、じっとうかがう。と、教員が背を向ける。いまだ! あなたは腰を浮かす。解答をサッと見、つぎの瞬間にあなたは定位置に戻っている。ほっと一息つきながらあなたは、いま見た答えを急いで答案に記す。
そして顔を上げると、そこに、立ち止って、じっとあなたを見つめている教員の姿がある。
スリル・サスペンス・ショックが、どこなのかはもうおわかりでしょう。カンニングを決意するあたりまでがスリルで、実行しているあたりがサスペンスで、最後の教員がショックですね。
スリル・サスペンス・ショックの違いは、わかってもらえたと思います。で、ここで大事なのは、いいですか、スリルがないとサスペンスは生じないということです。これ重要です。うしろからワッ! の方法があるので、ショックはスリルなしでも作ることはできますが、サスペンスはそうはいかない。このことだけは、ぜひともお忘れなく。繰り返しておきます。スリルなしではサスペンスは生じない。つまり、サスペンス小説を書こうと思ったら、その前にスリルがいるということです。よし、いっちょサスペンスをものにしてやれと思って頑張る前に、その前提となるスリルがあるかないかを、くれぐれも確認してやってください。
もうひとつ。例文がどうして、二人称の『あなた』になっているのかもお忘れなく。サスペンス部分の書き込みは、『共感』よりも『同調』させるほうが効果的ではないかと月見が考えているからです。サスペンス部分は二人称で書くべきだと言っているわけではありませんので、お間違いなく。『共感』より『同調』――です。
スリル・サスペンス・ショックは、あらゆる小説を読ませる大きな原動力になります。活用できるようになったら、あなた、鬼に金棒よ。サスペンスを主体としたミステリは当然として、推理小説にもこの三つはあります。謎解きの部分で解説してみます。
事件が起こり、捜査が開始され、名探偵が容疑者たちを一堂に集めます。そしておもむろに言います。「さて」。――ここがスリルです。これからいよいよ犯人が明らかにされる、推理小説のもっとも美味しい部分です。小説中の容疑者たちだけでなく、読者も固唾を呑んでくれます。スリル以外のなにものでもありません。
名探偵は手がかりを元に、華麗な推理を展開して、論理的に一人、また一人と、消去法によって容疑者を取り除き、犯人に迫っていきます。――いうまでもなく、ここがサスペンスです。
そしていよいよクライマックス、名探偵は、唯一無二の犯人を声高らかに指摘します。「あなたが犯人です!」。――ショックです。どれほど意外性のある犯人かで、ショックの度合いが変わることはいうまでもないでしょう。それでも、この部分がショックに当たることは間違いありません。
論理的な統合性だけでなく、スリル・サスペンス・ショックをいかに演出するかで、謎解き部分の面白みが左右されることが、おわかりいただけたでしょうか。
スリル・サスペンス・ショックは、先述したように、味方につければ心強いテクニックであります。既存の小説(恋愛小説ですら)を読みながら、作者がどこに、如何にしてそれらを盛り込んでいるか、うまく効果は出ているか。または、あなたが書いている小説にそれらはあるか。どうぞ、吟味・熟考してみてください。必ずや、あなたの役に立つと思いますよ。
ついでにちょこっと書いておきますが、サスペンス小説の第一人者として有名なのは、海外ではコーネル・ウールリッチ(『幻の女』『暁の死線』『喪服のランデヴー』『黒衣の花嫁』)です。そのウールリッチの描く登場人物は、「顔がない」と称されています。どういうことかというと、キャラが立っていないんですね。心理描写はかなりのものだけど、キャラを立たせるような工夫はしていないんです。もしあなたがサスペンス小説を書こうと思われているなら、このこと、ちょっと頭の隅にでも置いておいてみてください。これと関連したことですけど、映画のほうでサスペンスの神様といわれているヒッチコックの作った映画に、シリーズキャラクターが一人としていないことも、覚えておかれて損はないと思います。
月見でした。




