推理小説とは? ~定義をめぐって~ 5
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ここからは、ついでにの話です。
まずは推理小説を、推理小説として書く際の、手っ取り早い方法を教えます。トリックの作り方などではありませんので、そういう期待はなさらないように。
推理小説の元祖は、ポーの「モルグ街の殺人」とされています。「モルグ」から推理小説は、ひとつのジャンルとして発展しました。もちろんポーには、そんな意識はありません。結果論です。「モルグ」の発表が一八四一年。浦賀に米艦がくる五年前だから驚きます。ジャンルとして成立したのがいつかは定かではないのですが、コリンズの「白衣の女」が一八六〇年、ガボリオの「ルルージュ事件」が一八六六年、ドイルの「緋色の研究」が一八八七年(明治二十年)なのを記しておきます。「モルグ」から「緋色の研究」まで四十年以上経っています。
さて、ではどうして「モルグ」が元祖とされるのでしょう? ここが大事です。元祖として知っているだけではそこまでです。「モルグ」以前にも犯罪小説や猟奇小説はあったのに、どうして「モルグ」が推理小説の始まりとされるのか?
それはデュパンの創造があったからです。あ、素人探偵役の創造があったからなわけ。半分ブーです。猟奇的殺人事件にデュパンという理知的な人物を投入し、警察官ではない素人が、情報と手がかりにもとづいた、推理と論理で事件の真相を解明するという構成だったからです。それがそれまではなかった。事件に関係ない第三者からの視点と推理を、初めて犯罪小説に取り入れたのが、ポーです。それが、「モルグ」に新しい命を吹き込んだのです。
で、早い話が、それを踏襲すれば誰にでも推理小説は書けます。悩むことはありません。事件を作り、そこに警察官でない部外者を登場させ、あとは事件を解決させればいいだけです。部外者なのですから、関係者たちに事情を聞かなければなりません。警察官でないので、頭で解決しなければなりません。みなを納得させるには、それなりの推理と論理が必要となります。ね、そういう構成にすれば必然的に推理小説になるのです。ここで大事なのは、その探偵役の位置に自分をおいて事件を見てみるということです。事件もトリックもあなたの頭の中にすでにできているなら、探偵役の目からはなにが見えているかを想像してください。なにもない白紙の状態なら、とりあえず事件か謎を作って、探偵役としてその世界に入ってみてください。意外なものが見つかる時ありますから。裏側が見えてくることもあります。なにを書こうかと、手がかりも足がかりもなしに悶々しているより、そうやって想像を働かせていったほうが正解です。少しずつですが、前に進めます。悶々していても、発想やアイディアが自分からやってきてくれることは、まずありません。発想・アイディアはこちらから探しにいくものです。
*ここでの、ポーの「モルグ街の殺人」をどう捉えるかは、本で日影丈吉氏から教わったものが元になっています。
もう少しポーについて言及します。偉大だからです。ポーの推理小説関連の作品は、デュパンが登場する「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」の三作に、「おまえが犯人だ」「黄金虫」を加えた五作です。この五作でもって、ポーは推理小説の、ほとんどすべてのことを成し遂げています。ポーから始まり、ポーで終わるといわれている所以です。「盗まれた手紙」が一番評価が高く、ポー自身もデュパンものではそれが最高作だと思っていたみたいです。
しかしここで月見が注目したいのは、「モルグ」と「マリー・ロジェ」です。「マリー・ロジェ」は純粋推理の見本のような短編小説です。実在の事件をもとにしていることもあって、あるのは推理と論理だけ。ポーは本気で、実在の事件を小説の形で解決しようと試みていた節があります。しかし、その「マリー・ロジェの謎」ですが、評判が悪いんです。物語の面白みに欠けた、無味乾燥の小説みたいに評されています。つまり、純粋推理の作品って、推理の完成度は高いけど、小説としてはどうもなんですね。それを踏まえて、「マリー・ロジェ」と「モルグ」を読み比べて欲しいのです。そして、どうして「モルグ街の殺人」のほうが、こんなに面白いのか、なぜ「マリー・ロジェ」がつまらないとされているのかを考えてみてください。トリック、「発端の不可思議性」「中途のサスペンス」「結末の意外性」がどう使われているかをです。月見がこの章で述べたことが、そこにあります。
推理小説を書きたいのであれば、ポーの作品は有益なヒントをたくさん与えてくれます。なにしろ開祖ですし、ほとんどできることのすべてをやっています。推理小説の本質を知りたいなら、ポーを読むのが近道です。ただし、ポーはムズいとこあるので、ある程度推理小説を読みこなしてからのほうがいいでしょう。でないと、得るものも得ることできないかもです。なにしろポーは、日本でいえば江戸時代の人です。
「メルツェルの将棋差し」も、エッセイですけど、りっぱに推理小説していることをつけ加えておきます。
この章の最後に、このエッセイにおいての言葉の使い方について、少し述べさせていただきます。
察しのよい方はおわかりと思いますけど、月見は推理小説という言葉を狭い範囲で使っています。月見の定義の範疇内ですね。そういった言葉の説明をしておかないと、これから先混乱が生じるかもしれませんので、ミステリにおける、月見の言葉の使い方をここで話させてもらいます。
まず、「ミステリ」と「ミステリー」です。本来言葉としてどう違うのかはわかりません。月見が知っている説では、早川書房のポケミスとミステリマガジンが「ミステリ」となっていることから、「ミステリ」が探偵小説や推理小説を指し、「ミステリー」はもっと広範囲での謎めいたもの、宇宙人ミステリーとか古代ミステリーを指すとなっていましたので、月見はそれに準じています。ですから、提唱者の島田荘司氏は「本格ミステリー」とされていますが、月見は「本格ミステリ」と表記します。同じものです。ただし本の紹介のさいなどに、書名が「ミステリー」のほうが使われていた場合などは、「ミステリー」を用います。(ほんとこの世界ややこしい)
つぎに分類ですが、ミステリという海があると思ってください。ミステリの定義はしません。そこの海に島があって、それぞれ、クライム小説、ハードボイルド、警察小説、サスペンス、などと呼ばれ、その一つが推理小説です。推理小説の島には特化した部分があり、そこに名称があります。代表的なのは、本格推理、本格ミステリ、探偵小説、などです。ほかにもあるかもしれませんが、それぐらいにしておきます。そしてこの島には二種類の人間が住んでいます。名探偵とそれ以外の人です。名探偵は説明の必要ないでしょう。それ以外の人というのは、刑事から一般人、専門職の人もいます。
ですから、月見の分類では推理小説があり、その中に本格推理・本格ミステリ・探偵小説などがあることになります。ここでおぼえておいてもらいたいのは、本格のつかない、推理小説という作品もあるということです。推理小説と書かれている時は、本格でない推理小説のことです。本格まで特化していない推理小説。人を二つに分けたのは、探偵役の種類によって構造がことなるからです。つまり、名探偵型の推理小説と、凡人型の推理小説では、かなりちがうところがあり、一緒にするのは難しいからです。
まとめます。
推理小説――本格まで特化していない推理小説のこと。
本格推理――推理小説のうち、推理部分が特化したもの。
本格ミステリ――推理小説のうち、謎の設定が特化したもの。幻想味や不可思議性を強調する。
探偵小説――推理小説のうち、近代推理小説の最初の作品とされる「トレント最後の事件」以前の作品。ホームズ譚やブラウン神父譚。
そして、探偵小説を除いたそれぞれに、名探偵型と凡人型があることになります。
それら以外に、日本独自のものとして「日常の謎」というのがあります。これをどうするかは難しいです。推理小説の島に入れるべきか、それとも、べつな島として独立させるか。
たとえば、前述した米澤穂信さんの「さよなら妖精」ですが、推理小説内に入れるか、それとも「日常の謎」として独立させ、推理小説とは別種のものとして見るかで、作品の見解がだいぶ違ったものになってきます。それには「日常の謎」をどう規定するかがないといけないのですが、「日常の謎」は発展途上の段階で、推理小説として見るか、独立した形態のものとして見るかは、これから先になるでしょう。ここでは、一応そういうものだにしておきます。
つぎの章で、いま説明した月見の分類による、推理小説・本格推理小説・本格ミステリ・探偵小説を、もう少し詳しく見ていこうかと思っています。
この章で述べた、推理小説とはなにか? は、月見の考察です。いろんな考えがあっていいと思います。「トリックこそ推理小説の神髄」「ハードボイルドこそ、現代における探偵小説の在り方」「ラノベにおいての推理小説」「ジャンル分け無用論」「これからの推理小説」。視点を変えればいろいろ生まれます。どうぞ、それを試みられてください。そして、聞かせていただきたいものです。
推理小説とはなにか? の章の最後の締めとして、H・R・F・キーティングの「ミステリの書き方」からの一文を引用して終わります。
「実際のところ、密室のトリックは作ることよりも、あとの説明のほうが大切なのだ」
推理小説とは? の章了
ミステリについては、本文中で定義しないとしました。広すぎて定義づけが無理なんです。ただ今後話を進めるにあたり、若干の定義を試みます。月見の喩えで、ミステリは海としましたが、海そのものがミステリです。定義は「事件や謎を、エンタメの要素として取り入れているもの」とするしかありません。そんな海があって、似たもの同士がくっつきあい、それが人に認知されるようなことになってきたら、海底の地が盛り上がってきて、分類のひとつとなると思ってください。地学をまったく無視していますが、そういうふうに考えるということで、よろしくお願いします。




