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続・EYES  作者: 早村友裕
9/21

9.兄

「どお?隻眼にみえる?」

「ちゃんと見えるわよ。そんなに心配しなくても。」

マサキは次の日さっそく右目をガルディー医師にもらった接着剤で閉じてみた。

メシアは半ばあきれたように言い放つ。

実際マサキの右目は接着剤のおかげで、まるで火で焼け爛れたように見えた。最初見た時は、メシアもぞっとしたほどだ。

「じゃあ、行ってくる。」

それでもちゃんと包帯は巻いていく。

「剣忘れないのよ、わかった?」

「わかったよー。」

宿を出たマサキの目に、碧瞳の白馬が飛び込んできた。

「リング!」

… 迎えに来た

「ありがとっ。」

マサキはリングの背に飛び乗った。

… ヒカルたちが待ってる もちろん ユイランも シャロンも

町中なので速く走ることはできない。リングはゆっくりと歩を進めた。

… マサキ ヒカルがお前のこと 王女じゃないかって うたがってたぞ

「え。なんでばれたんだろ。」

… 昨日忘れた剣に デルタス王家の紋章が刻んであった

「しまったあ…。」

やっぱり剣は忘れるべきじゃなかった。

「まずいなあ…。」

… 正体がばれると 何がだめなんだ? ヒカルは他人の秘密を 人に言ったりしないぞ

「そうじゃなくてさあ、王女だって知れるとみんな俺への態度が変わるんだよ。それが嫌なんだ。」

… そういうものなのか? 人間というのは

「…今まではな。あ、たまに例外もいるけど。お前もそうだし。」

… 俺は人間界のことに 興味がないだけだ

リングはぷい、と顔を背けた。

「何で怒るんだよ。」

… おこってねーよ

「じゃあなんでそっち向くんだ。」

… 俺の勝手だろーがよ

「分けわかんねーやつめ。」

それはこっちのセリフだ。へんな奴め。

リングは思ったが、口には出さなかった。

… そら 着いたぞ

「サンキュー、リング。」

昨日と同じ、街で一番大きな劇場。


控え室には、<コール>のメンバーがいた。

真っ先にソアカが駆け寄ってくる。

「ヘキルくん!おっはよう!!」

「よーお、ソアカ。」

「あ!私の名前、覚えてくれたの?ありがとう!」

「俺はたいてい一回聞けば名前覚えるぞ。」

「そうなの?すごい!私なんか、なんべんも聞いてやっと覚えるんだから。」

「俺の名前覚えてんじゃん。」

「ヘキルくんは特別だよ!」

「特別?俺が?」

「そう。私、ヘキルくん好きだから。」

「ありがとなっ、ソアカ。」

マサキは満面の笑みで返した。

「ヘキルくんは私のこと、好き?」

「ああ、好きだ。ソアカといると元気になれる気がするからな。」

「よかったあ。」

ソアカも大きな瞳で笑った。

「ユイランたちは?」

「今日は午前中に公演なの。もうスタンバイしてる頃よ。」

「舞台ってどっち?」

「その廊下の突き当たりを右にまがって真っ直ぐ行った所よ。」

「ありがと。じゃなっ。」

マサキはまさに疾風のごとくに走り去った。


昨日とは違って、舞台用の衣装ドレスに身を包んだユイランとシャロンがマサキを出迎えた。

「あ。ヘキルくん。おはよう。」

「おはよう、シャロン、ユイラン。」

と、誰かががっしとマサキの腕を掴んだ。

「この子か?踊り手というのは。」

「はい。ヘキルくんです。」

マサキが振り向くと、えらく派手な衣装を身にまとったへんてこな青年がマサキを上から下までじろじろなめるように見回していた。

「ふう…ん。ま、いいだろう。ちょっとこっち来い。」

「なんだよ。」

マサキは掴まれた腕を振り解くと、突然偉そうな口を利くその男を睨み付けた。

ほとんど茶色の面影のない赤髪。きつねみたいにきゅっとつりあがった細い目。それとおんなじくらい細い眉。アリア人らしからぬ、すっと通った鼻筋。瞳の色はブラウンだが、それ以外にアリア人の特徴はあまりない。歳は…20歳を少しすぎた、といったところ。赤と黄色とオレンジと…とにかくものすごい配色の服をまとっている。見ているだけで目がまわりそうだ。

「ヘキルくん。この人はね、この劇場のメイクアップアーティストのスマさん。大丈夫よ。」

「あ、そうなの?でも、あんまりいい奴じゃなさそうだなあ。」

スマのキツネ目がまた少し、さらにあがったような気がした。

「とにかく、こっちに来い。はやくしないと始まるぞ。」

「…。」

マサキはとりあえずその青年についていった。

舞台すぐ横のメイク室。そこでスマはマサキを鏡の前に座らせ、自分はマサキの背後に立った。

「お前…にくったらしいくらい奇麗な顔してるなあ。」

スマの指がマサキの頬にかけられる。

鏡に映ったスマの長い爪には、絵の具みたいなもので細かいペイントを施してあった。

「どーでもいいだろ。」

「包帯外していいか?邪魔だ。」

「どうぞ御自由に。」

スマはマサキの包帯に手を掛けた。

しゅるしゅると巻き取られていく包帯。

「!!」

鏡にスマの驚いた顔が映った。

マサキの右目は焼け爛れたように皮膚が固まり、まったく開けない状態だったからだ。

「ひっでえな。美少年がだいなしだぜ。もったいねえ。」

スマは後ろからマサキの右目をなでた。

マサキの方はというと、ばれやしないかとひやひやものである。

「やっぱ巻いとくか。」

「…。」

よかった。ばれないですんだ。

スマはもう一度マサキに包帯を巻き直すと、装飾品を出してきた。

「俺さあ、そういう装飾品って苦手なんだけど…。」

「気にすんな。お前は絶対に着飾った方が栄える顔してるぜ?」

スマはぼさぼさしていたマサキの髪をとかし始めた。

「この腕のやつ、外していいか?」

「だめっ。絶っっ対にだめっっ。」

ダークネス・シールドだけはどうしようもなかったんだから。

「そうか?ま、なかなかいいつくりだし…つけとくか。これは?この首飾り(ネックレス)。」

スマは外そうとして、はっとした。

「碧漆の石?!」

やべ。置いてくんの忘れた。

「お前何者だよ?!この石…世界中にもほとんどねえ超貴重品だぜ?!」

「この石はレヴィにもらったんだよ。」

「レヴィアタンだとお?!その方が分かんねえよっ。」

「だって俺、レヴィと友達だもんね。」

「はああ?!」

「第一よお、この石ってそんなにもすげえ物なのかよ。」

「すげえって…知らないのか?!」

「レヴィが造る水の妖石だってこと意外は…。」

スマは、はあ…と大きくため息をついた。

「いいか?碧漆の石ってのは、水の<至高石>で、水をつかさどる妖魔の中でも強い力を持つごく限られた妖魔にしか造れない代物だ。」

「シコウセキって?」

「それぞれの系統の妖石の中で一番力の強いものだ。例えば闇だったら黒闇邪の石、炎なら火焔紅の石、光なら陽響光の石といったふうにな。」

「はあ。」

「俺も実際に碧漆の石を見るのはこれで2回目なんだが、海王石なんかとはわけが違う。輝きの度合いが違いすぎるんだよ。妖石の相場は良く知らないが、取引される時は地上おもてで数億…この大きさなら地下うらに持っていけば数十億はするんじゃないかと思う。」

「…でさあ、結局何がすごいんだ?」

マサキがあっさりこう聞き返すと、スマは床に崩れ落ちた。

「ヘキル…お前さ、今俺の話きいてたか?」

「一応。でもよく分からん。」

「あ、そ。じゃあ、いい。」

スマは気を取り直して立ち上がった。

「時間ねえのに、俺何話してんだろう…。」

ぶつぶつ言いながらマサキの首に金銀様々な輪をはめ、碧漆の石を額飾りに戻した。

と、スマの手が止まった。

「お前…男じゃないな?」

「?!」

マサキは驚いて振り向く。

「なんでっ。」

「顔さ。俺だってアーティストのはしくれ…顔を見れば男か女かぐらい見分けはつくさ。やっぱり顔の造りが根本的に違うのさ。」

「…ちっ、ばれたか。」

「何で隠してるんだ?お前美人なのに。」

「別に隠したつもりはねえよ。勝手にお前らが男だって勘違いしたんだろう?俺は自分のことを男だとは一回も言ってない。」

「…何て奴だ。」

スマはため息をついた。

「スマさん、始まっちゃう!ヘキルくん!」

「じゃあ、俺行くよ。」

シャロンの呼び声にマサキは鏡の前から立ち上がった。

「おい、お前。」

「何だ?まだ何かあるのか?」

「本当の名前は?」

「…ヴェルナ。」

「??!」

ヴェ、ヴェルナだあ?!

この間から噂の、デルタスの王女。確か碧と黒の双眼オッド・アイだったはず。

「あ!右眼!」

気付いた時にはもうすでにマサキの姿がスマの視界から消え去っていた。

「嘘だ…これは夢だ…。王女がこんな所にいるはずない…。」


「ヘキルくんは好きに踊っていいよ。話す方は私たちでやるから。」

「はいはーい。」

マサキは軽く返事をした。

「じゃ、いきますか。」

「おう!」

3人がステージにあがる。

「3人いるわ?!」

「ツインハレーは二人じゃないのか?」

「誰?」

「ミラジアリナ人?」

観客の動揺した声がステージにいるマサキたちのもとまで聞こえてきた。

そのざわざわを、ユイランのぴんとした声がかき消した。

「みなさま、驚きのことと思います。双流星ツイン・ハレーは名の通り、私ユイラン=ヤトゥーミアムと、彼女、シャロン=イミュイのデュオです。が、本日は宮廷演奏会を控え、隻眼の少年、<ヘキル>とともにお送りしたいと思います。本日だけはツインハレーではなく、<夢幻三夜星>として皆様にお目にかかります。ヘキルはこの容姿を見ていただければ分かるように、踊り手をつとめます。」

マサキはぺこっとお辞儀をしたあと、観客に向かって笑いかけた。

「かわいい…。」

観客の一人の少女がぽつっとつぶやいた。

「ありがと。」

マサキはその少女に向かって笑いかける。

少女も恥ずかしそうにちょっと会釈して返した。

「では、始めさせていただきます。最初は、<アリューミヌ>です。」

ユイランは琴を、シャロンは横笛を構えた。

そしてマサキは舞台中央へ。

「ポロン…」

ユイランの琴の音。シャロンの横笛の響き。何度聞いてもすごい。聞く者を一瞬で自分たちの世界へと引き込んでしまう。

勿論それは、マサキの踊りも例外ではないのだが。


「よかったわよ、ヘキルくん!」

「ありがとー。」

客席で聞いていたソアカがツインハレーの控え室にやってきた。

後ろにヒカルとイェリーもいる。

「ヘキル。この剣…。」

「あ。」

ヒカルが差出したのは、ライラの剣。

「すっかり忘れてた。ありがと、ヒカル。」

「いや、いいんだけど…ヘキル、お前に聞きたいことがあるんだ。」

「何?」

マサキの漆黒の澄んだ瞳がヒカルを貫いた。

「あの…。」

「ヒカル。」

口を開きかけたヒカルを、イェリーが制止した。

「やめなって。そんな事知らなくてもいいじゃん。」

「あ。」

でもマサキにはヒカルが何を聞きたいのかが分かった。

「もしかしてさ、俺が王女じゃないかって思ってんだろう?」

「?!何でそれを?!」

「リングが言ってたのさ。疑ってるって。」

「…。」

「え?え?ヘキルくんが王女?!何で?!ヘキルくん男でしょ?」

ソアカが何か言ったが、マサキの耳には入らなかった。

「でも、残念ながら違うな。」

マサキはしゅるしゅると包帯を巻き取った。

「俺はオッド・アイじゃなくて、隻眼なんだ。」

「!」

その場にいた全員に緊張が走った。

やけどの跡のように爛れた皮膚。完全につぶれて開くことすらできない状態だ。見ていていたたまれなくなってくる。

「分かったか?」

マサキは包帯を巻き直した。

「疑って悪かった。」

ヒカルがマサキから目を背けるようにして言った。

「別にいいさ。気にしねえし。あ、剣ありがとな。」

マサキはヒカルににこっと笑いかけた。

…ほんとに気にしてないみたいだ。

「じゃあ、私たちこの後演奏だから。」

「うん。客席で聞いてるよ。」

「だめよ、ヘキルくん。これから打ち合わせなんだから。」

「え。何の?」

「宮廷演奏会。」

「あ。」

そういや明日だっけ。

「ごめんな。」

「いいよ。いつでも来て!待ってるからっ。」

ソアカがにっこり笑った。

「じゃあね、ヒカル、イェリー、ソアカ。」

「またねー!」

ソアカがぶんぶん手を振って、3人は控え室から出ていった。


3人の足音がまったく聞こえなくなってから、ユイランが口を開いた。

「ヘキルくん。私から…聞いていい?」

「何?ユイラン。」

「あなた…クローク王子の御子なんじゃない?」

「?!」

シャロンの視線がもう一度マサキに注がれる。

「ユイラン…鋭い。」

もうマサキはこれ以上嘘をつく気はなかった。

メシアは<王女だということに気付かれてはいけない>とは言ったけど、別に父さんの名前を隠せって言わなかったもんね。カイティは言ったけど。

「そうだ。俺の父さんの名は、クローク=ミラジアリナ。俺の名は、ヘキル=ミラジアリナだ。」

「やっぱり…。」

「何で分かった?ユイラン。」

「クローク王子の面影があったから…。」

「え?」

「あなた、気付いてるか知らないけどクローク王子にそっくりよ?」

「そう?」

メシアに似てるって言うのは良く言われるけど、父さんに似てるって言われたのは初めてだ。

「私、一度だけクローク王子にお会いしたことがあるの。」

「父さんに?」

「王子が…あなたのお父上がミラジアリナから逃げ出す時よ。」

「?!」

マサキは驚いてユイランを見た。

「そう言えば、ユイランのお父様って…。」

「今もミラジアリナの牢獄に幽閉されてる。クローク王子の亡命を手伝った、謀反の罪でね。」

マサキの瞳がより一層開かれる。

「私の父は貿易商で、クローク王子とも旧知の仲だった。そしてクローク王子から亡命の相談を受けたの。父は前々から王子が悩んでいることを知っていたので、その手助けを引き受けた…。」

「…。」

「私は当時2歳で、何のことかよく分からなかったし、もう父さんの顔も覚えてない。それなのに、クローク王子の顔ははっきり覚えてるなんて、不思議ね。」

「父さんのこと、嫌い?」

マサキは不安げな瞳でユイランを見上げた。

「…そりゃあ、一時はクローク王子を憎んだ時期もあった。でも、捕まった父さんが悪いんだしね。のろまだった父さんが。」

「じゃ、嫌いじゃないの?」

「そうよ。」

「よかった。」

マサキが安心した顔をした。

「知らなかったわ。ユイランのお父様にそんな事があったなんて。」

「誰にも言ってないから。母さんと私以外では、二人が初めて。」

「俺さ、父さんに似てるかな?」

「うん。王子のことを知っている人が見たらすぐに分かると思うわ。」

嬉しい。父さんとも繋がってるんだって思えて。

「それぞれの生い立ちはそのくらいにして、打ち合わせに行きましょうか。」

「どこに行くの?」

「まずは…スマさんの所ね。」

「え?」

「ほら、衣装とかメイクとか…いろいろあるでしょう?」

「…。」

正体言っちゃったからあんまり会いたくないなあ…。

ま、いいか。


「あ、ヘキル。」

「明日の打ち合わせに来たんですけど。」

「あ、シャロンさん、ユイランさん。」

「私たちはだいたいいつも通りでいいけど、ヘキルはどうします?」

「…うーん。」

明らかにスマの視線が痛い。

「俺は、ヘキルを<女みたいに>飾り付けたいんだが。」

ドキッ

「女の子みたいに…ですか?」

シャロンはちょっと困惑している。

「絶対にヘキルは女に生まれてたら<美人>だっただろうから、女みたいな格好してもすげー似合うと思うんだよ。」

スマがちらっとマサキを見やる。

「お前やな奴だな。ま、最初っからいい印象は持ってなかったけどよ。」

マサキはするすると包帯を巻き取った。

焼けつぶれたような右目があらわになる。

「ごめんな、シャロン、ユイラン。騙してて。」

「?なんのこと?」

マサキは手のひらに妖力を集め、水を呼んだ。

「?!」

ウォーターボールを見て、その場にいた3人が驚いたのが分かった。

マサキはその水を右目にぶつける。

「さっきは否定したけど、実は本当なんだ。」

ぱらぱらと接着剤の粉が落ちて、火傷も何も負っていない、奇麗なまぶたが現れた。

マサキはゆっくりと碧瞳を開眼する。

「!!」

碧い色。深い深い海の、奥底を写し取った色。

「俺の本当の名はヴェルナ=デルタス…ウェスタ=デルタスの名のもと、ミラジアリナへの親善大使に任命されてこの地へやってきた!」

碧い瞳、漆黒の瞳。意志の強そうな眉に通った鼻筋。均整のとれた顔立ちは、隻眼の時よりもさらに美しい。その瞳の放つ光彩は、まさに碧漆の石そのものだ。

「ヴェ、ヴェルナ…王女?」

ユイランが驚きに大きく瞳を開いてマサキを見た。

「だってあなた、クローク王子の御子じゃ…?」

「つまりミラジアリナの王女とデルタスの王女は同一人物だったってわけさ。」

マサキがにやっと笑う。

この笑いだけは<ヘキル>の時と変わらない。

「…本当に?」

「俺が嘘つくと思うのか?」

「思…わない。」

たったの一日二日でも、<ヘキル>の事はよく分かっているつもりだ。これは本当なんだろう。

「でも、この間ここで会った時とは全然違うわね。」

「あの時は王女のままでいなくちゃいけなかったんだよ。」

<ヘキル>が眉を寄せる。

「…性格は<ヘキル>のままだから、なんか変な感じ。」

ユイランがため息交じりに言った。

スマは後ろの方で腰を抜かしていた。

王女の上に、今ミラジアリナが欲しているクローク王子の息女だというのでは、信じろ、という方が無理かもしれない。

「あーあ。メシアとの約束、いっぱい破っちゃったな。」

ちくん、と胸の奥が痛んだ。

でも、このままじゃ先に進めない。

「ユイラン、シャロン。」

マサキは今日言わなくてはいけないと思っていたことを双流星ツインハレーの二人に告げた。

「俺を…ミラジアリナに連れていってくれ。」

「え?!」

「二人がミラジアリナで公演することはイェリーに聞いた。その時、俺も行きたいんだ。」

「…!」

突然の申し出に、二人は言葉を失った。

「俺はミラジアリナの王に会わなくちゃいけない。でも、ミラジアリナに渡る手段がないんだ。このチャンスを逃したら、もう一生ミラジアリナに行けない気がする。」

だから、前に進むしかない!

「俺も、ミラジアリナへ行きたいんだ!!」

マサキは、はっきりとそう言った。

「あなた…一人で?」

「ああ。みんなには言わずに。内緒で。」

「いいの?そんなことしても。」

「俺がやりたいんだから、いいんだ。」

「…。」

ユイランとシャロンは顔を見合わせた。

「…私たちはもちろんOKよ。でも、ミラジアリナに渡るにはアリア王の許可がいるのよ。」

「明日の宮廷演奏会で、エデン(焔天)王によっぽど気に入られなければ…。」

「大丈夫さ。それは何とかなる。」

マサキはにこっと笑った。

「俺はユイランとシャロンの許可さえあればいいさ。あとは俺に…それだけの運があるかどうかだ!」


太陽は沈み、辺りに夜の気配が濃くなってきた。

「母さん。」

「なあに?」

マサキは頬杖を突いたままメシアに尋ねた。

「<ヘキル>ってさ。何?誰の名前なの?」

マサキはなんとなく聞きたかった。

そんなことどうでもいいのかもしれないが、なぜか聞いておかなくてはいけないような気がしたのだ。

「…ヘキルって言うのはねえ、あなたの<もう一人の>お兄さんの名前よ。」

「もう一人?」

「ティラより一つ上ね。あなたよりは4つ上かしら。…今生きていたとしたら。」

「?どういうこと?」

「あの子…ヘキルはねえ、生まれてすぐに死んじゃったの。」

「え?!」

「正確に言えば、生まれた時、あの子の中には魂がなかった。だから、身体の方もすぐに死んじゃったのよ。」

「え?何で?」

「あの子のプレオリー以上の力がその器に入ろうとしたからよ。」

「????」

マサキには理解できない。

ここにシンジがいたら、きっと解説してくれるだろうに。

「つまりね、ウィオラがヘキルの中に入ろうとしたの。でも、ヘキルには水龍の魂を保つだけの力がなかった。だから、ヘキルの魂は体の中から飛び出してしまったんでしょうね…。」

メシアの表情が悲しげなものに変わった。

「ウィオラの<影>と名乗る人がね、ティラが生まれた時に謝りに来た。<俺のせいでヘキルは死んだ>って。」

「え??」

ウィオラのせいで??

ウィオラが俺の一番上の兄さんの中に入ろうとしたけど失敗して、兄さんは身体を追い出されたから、死んでしまった…?

あ、本当だ。ウィオラのせいだ。

「でも、ウィオラはそんな事一言も言わなかったぞ。」

「私がウィオラの記憶を消し去ってしまったからよ。」

「え??え?何で??」

「あなたならウィオラがどんな性格ひとか分かるでしょう?自分のせいで人を殺してしまったなんて事になったら、どれだけ悔やんでも悔やみきれないでしょうね。」

「そういやそうだよな。ウィオラはいい奴だもん。」

「そんな苦しみをウィオラに味わわせたくはなかった。悲しむのは私たちだけで十分よ。あなたにはウィオラを中に入れておくだけのプレオリーも力もあった。だから今、生きていられるのよ。いつかあなたの力を見てみたいわね。どれだけの物を秘めているのか。」

「へへへ。」

今はまだ必殺技に向けて秘密特訓中。

マサキは勢いよく椅子から立ち上がった。

もう一人兄さんがいたなんて知らなかった。やっぱり俺がミラジアリナに行く時は、<ヘキル>って名前がいいな。

「ありがと、母さん。」

マサキはすべて吹っ切れた気がした。

明日アリア王宮へ行ってしまえば、もうこの宿には戻らない。

「おやすみ。」

なんだか力がわいてきた気がする。

絶対にミラジアリナに行ってやる!!



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