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続・EYES  作者: 早村友裕
8/21

8.コール

「疲れたっ。」

マサキは服を替えてベッドに倒れ込んだ。

でも、アームアナメントだけは外さない。自分自身、ダークネス・シールドを見るのは嫌だから。

「まったく、神経つかうよ。あー、腰いてえ。背筋伸ばしてたら疲れた。」

マサキはばーさんみたいにとんとんと腰を叩く。

カイティは、まだ戻らないハールの代わりにマサキの服を片付けながら言った。

「明日はどこ行く?今日で街の中結構見歩いただろ?」

「えーっとね・・・サーカス!サーカスに行きたい!」

「はいはい。」

今なら確かバグダットサーカス団が公演してたはず。

「あーあ、ユイランたちと普通に会いたかったなあ。」

マサキはごろん、ところがって天井に目を向けた。

そしたらもっと楽しかっただろうに。

「それは無理だな。お前はもうデルタスの王女で、一般人じゃないんだから。」

「でも俺まだ王女になってねーんだぜ?戴冠式してねえから。」

「そうなのか?」

「ああ。公式声明は出されたけどな。」

「それは知らなかった。お前がクローク王子の娘だってことは知ってたけどな。」

「アリアの人は俺の事知らないのか?」

「デルタスの王女でGOLDEN MEMORYの導きの龍だって事だけ。クローク王子の御息女だということは伏せてある。だからアリアでは、親の名前聞かれても安易に答えるんじゃないぞ。」

「はーい。」

心配だな。

「まあいい。じゃあ、夕食までには降りて来いよ。」

「ああ。」

マサキはカイティの言葉をベッドに寝転がったまま聞いた。

カイティの階段を降りる足音がする。と、代わりに誰かがマサキの部屋のある二階に上ってきた。

「マサキ。」

「あ、ミーア。」

「ツインハレーの演奏を聞いてきたんですって?どうだった?」

「すごかった!こんなに真剣に音楽聞いたの久しぶりだ。」

「よかったわね。」

ミーアが微笑んだ。

「あのさあ、ミーア。そこでなんだけど・・・。」

マサキはいい事を思いついてミーアを手招きした。

「一人で外行きたいからさ、明日は包帯でこっちの碧い方の目、隠してくれよ。」

「え?!」

「な、頼むよ。」

マサキは顔の前で手を擦りあわせて懇願。

「一人でって・・・何しに?」

「ユイランたちに会いに。」

「それはだめよ、マサキ。何のためにデモクラートさんやメシアさんがいるか分からなくなるでしょ。」

「でも、ちょっとだけ。ちょっとだけでいいんだ。せっかくアリアまで来たのに、友達つくってかえんなきゃ何しに来たかわかんないよ。ミラジアリナにも行けなかったしさ。」

「えー・・・。」

ミーアの気持ちがぐらついている。

あとひと押し。

「おねがいっ、ミーア。絶対無茶なことしないからさあ・・・。」

「そうねえ・・・。」

マサキは瞳で哀願。

「わかったわ。でも、ちゃんとカイティさんやメシアさんにことわっていくのよ。」

「・・・わかった。」

許してくれるだろうか・・・ほとんど無理だろうな。いざとなったら黙って出ていこうっと。


「ねえ、かあさん。」

「なに?」

マサキは下に降りると、ガーネットさんとのおしゃべりに夢中になっていたメシアにそっと声をかけた。

「あのさ。明日も外に行って来てもいい?」

「それなら私じゃなくてカイティくんに頼みなさい。」

「その時は、俺一人でこの街を歩いてみたいんだ。」

「一人で?何言ってるの。危険だわ。やめなさい。」

そう言われると思った。

でも、引き下がれない。

「一人で行きたいんだよ。ちゃんと王女だって分からないように碧い方の目は隠していくし、無茶なことしたりしないからさ。」

「なんでそんなにまでして行く必要があるの?」

「だって、王女として出歩いてたんじゃ、友達ができないじゃないか。俺はユイランたちと普通の友達になりたいんだよ。」

あのふたりはいい奴等だから、もっと友達になりたい。でも、そのためには<王女>という肩書きは邪魔以外の何者でもない。

「メシアさん、大丈夫だと思いますよ。」

「カイティ君。」

カイティが二人の所へやってきた。

「この街にはミラジアリナ人も多いですから、隠れるには十分です。それに、フィバールはアリアのなかでも治安がとてもいいんです。」

「そうなの?」

「なあ、かあさん。いいだろ?」

「そうねえ・・・。」

確かに今まで自由奔放に育ってきたマサキに、王女という荷物はまだ重いかもしれない。

「わかったわ。でも、2つ・・・いえ、3つだけ約束を守るのよ。」

「やった!!」

マサキは飛び上がって喜んだ。

「約束の一つ目。絶対に日が沈むまでには帰ること。」

「はーい。」

俺は暗いの嫌いだから、それは絶対守る。

「二つ目、危険になった時のため、必要最低限の装備をしていくこと。あなたの場合は、アキリア王子に借りた剣、それと投擲。いざと言う時には妖力でもなんでも使ってとにかく無事に帰ること。」

「・・・はーい。」

剣を持ち歩くのは嫌だけど、この際仕方ない。

「それから3つ目は・・・。」



次の日。

マサキは剣を引っつかむと、外へ飛び出した。

「いってきまーす!!」

「日が沈む前に帰るのよ!」

「わかってるっ。」

メシアの声を後ろに聞いて、マサキは街道を突っ走る。

左腕にはアームアナメント、碧い右目は包帯で隠し、背にはアキラに借りたライラの剣。額飾りになっていた碧漆の石だけは、気に入ったのでペンダントとして首に下げてきた。どこからどう見ても、ミラジアリナの<少年>である。

向かった先は昨日と同じホール。ツイン・ハレーに会いに!!

「ちょっとお客さん!チケットは?」

「あ。」

入り口の男に呼び止められ、マサキは胸元をごそごそやって<焔天>の文字を男の前に突き出した。

「ほら、これで文句ねえだろう?」

「あ、はい、どうぞ・・・。」

すたすたとホールに消えるマサキの後ろ姿に、男は一言もらした。

「何者・・・?」


「あれ?」

劇場に入ったマサキは硬直。

「ユイランたちじゃない・・・。」

全然知らない、どっかの楽団だ。

「しまった・・・。いつもユイランたちが演ってるとは限らないんだ。」

でも入ったからには仕方ない。聞いていくことにしたマサキは観客席の中央当たりに腰を下ろした。

見たことのない楽器。聞いたことのない音色。きらきら光るベルを左右に、上下にふって楽しそうに演奏している。人数は十数名くらいだろうか?

「かっこいい・・・。」

マサキは曲ごとに少しずつ舞台に近づいていく。最後の曲が始まる頃には最前列まで来ていた。

楽器の口がアサガオの花みたいに広がっているもの。横笛と似ているけれど木製ではなく、銀色にぴかぴか光っているもの。真っ黒でキィだけが銀色のもの。パイプのようなものをスライドさせて音を変える珍しい楽器・・・。

どれもこれも魅力的で、マサキは演奏よりも楽器を見るのに夢中になっていた。

「パチパチパチ・・・」

会場の拍手ではっと我に帰る。

面白いなあ・・・ユイランたちの前に、この人たちに会ってこよう!


「たっ、たすけてっ。」

「?!」

出番を終え、控え室に入ろうとしていた吹奏楽団<コール>のリーダーの瞳に、廊下の向こうから黒い髪の少年が駆けてくるのが映った。

「裏役につかまる!助けて!」

少年はせっぱ詰まった様子で<コール>に助けを求めた。

「何?ま、とにかくこの中入って。」

<コール>のリーダーはその少年を自分たちの控え室に押し込んだ。

すぐに裏役が駆けてくる。

「怪しい少年を見ませんでしたか?隻眼で黒髪の14・5歳くらいの少年なんですが・・・。」

「いや、知らないな。」

「じゃあ、向こうか・・・。どうも、失礼します。」

そう言うと裏役は素早く駆けていった。

「リーダー?」

「ん?」

「あの子・・・誰?」

ドアの内側から顔を出したのは、副リーダーでTp奏者のソアカ。

「さあ。」

「は?何言ってんの、リーダー?」

ソアカは大きな目を寄せて、思いっきり顔をしかめる。

「助かったあ。ありがとな。」

部屋の中から少年の声がした。

「はいはい、どいてどいて。」

リーダーはソアカをどかして中へと入る。

「あ。ありがと。おかげで助かった。」

少年はリーダーににこっと笑いかけた。

黒い髪。隻眼なのだろうか、右の目を隠すように包帯でぐるぐる巻きにしている。しかし、それでも十分に整った顔立ちであることは見て取れる。背中にくくった剣を見ると、剣士かなにかか?

「まあ、助けたとかそういうことはいいとして・・・お前はいったい誰なんだ?」

「俺は・・・。」

マサキはメシアの言葉を思い出す。

3つ目の約束は、あなたが王女だということを絶対に人に言わないこと。一人でいる時のあなたの名前は・・・

「俺の名は、ヘキル。碧い流れって書いて、<碧流ヘキル>だ。一応剣士見習い。」

マサキははっきりとそう言った。

「俺はこの吹奏楽団、<コール>のリーダー、ヒカルだ。ところでヘキル。なんで裏役から逃げてたんだ?」

「はは、さっき演奏してた人たちに会いたくってさあ、裏から侵入したら見つかっちまったんだ。」

「さっき演奏してたのは俺たちだけど・・・なんか用?」

「いや、すげえ面白かったから楽器を間近で見たいと思って・・・。」

「楽器?それならそんな強行突破せんくても劇場から出た時に会えばええやんか。」

奥の方にいた奴があきれたように言い放った。

「キノラ、そんなきつい言い方しなくても・・・。」

隣の女の子がなだめている。

「イェリー。」

「はい。」

リーダーに呼ばれてメンバーの中から一人の女の子が返事した。

ブラウンの瞳に、少し赤みがかった茶色の髪。おだやかな瞳が愛らしい少女だ。歳はミーアくらいだろうか。

「多分もう準備終わってるだろう?キノラといっしょにこの子連れて外に出てて。」

「はーい。」

「あ、あたしも行くー!」

ソアカが授業みたいに、はいっ、と手を上げた。

「上げなくてもわかるから、手上げなくてよろしい。」

ヒカルはソアカを見もせずにさらっと言うと、自分は楽器の片付けを始めた。

ソアカはそんなヒカルにあかんべーをすると自分の楽器ケースを手に持ってイェリーをせかす。

「イェリー、はやく行こーよ。キノラも。はやくしなよ。」

「はいはい。」

イェリーが面倒くさそうに返事をして、のろのろ立ち上がる。

「ヘキルくん、はやく。」

「そんなに急がなくてもいいじゃねえの?別に俺、暇だから時間はたくさんあるぞ。」

マサキはにかっとソアカに笑いかけた。

「ヘキルくんって、かっこいい・・・。」

「はあ?」

「その眼、どうしたの?怪我?」

「あ、いや・・・ちょっとな・・・。」

やばい。

「ソアカ。」

「なーに?イェリー。」

「人には聞かれたくないことだってあるんだよ。」

「・・・はーい。」

ソアカはちろっと舌を出した。

イェリーはまだ何か言おうとしたが、無駄だと思ったのか口をつぐんだ。

「いくよ、ソアカ。」

不機嫌にドアを開け、外へ出た。

イェリーが自分より少し背の高いマサキを見上げ気味に話し掛ける。

「ヘキルくん・・だっけ?私たち今から、カグラの沿路ストリートで演奏するけど、来る?」

「ストリート?」

「街の中で演奏するの。このホールじゃ一部の人にしか聞いてもらえないから、街の人みんなに聞いてもらえるようにね。」

「行く!」

「そう。」

イェリーは笑った。

「よかった。本当はユイランたちに会えるかなーと思ってここに来たんだ。でもイェリーたちに会えてよかった。」

「あら、ユイランたち、今日はカグラに行くって言ってたのよ。」

ソアカが話に割り込んだ。

「そうなのか?」

「うん。昨日シャロンが言ってた。」

「げー。じゃ、ここに来ても会えねえわけだ。」

がっくりしたマサキに、キノラが声をかけた。

「お前あいつらと知り合いなんか?」

「いや、全然。俺はユイランたちのこと知ってるけど向こうは知らない・・・はず。」

いや、ここは知っていると言うべきか?王女の姿でなら、一回だけ会っている。

「ならなんで会いたいだなんて思うの?」

「えー、だって二人ともめちゃくちゃうまいから。会いたい。」

「意味わからんし。」

キノラがあきれたような眼でマサキを見下ろす。

マサキはキノラを睨み返した。

「お前むかつく奴だな。俺はとにかく、二人に会いたいんだよ。」

「なら、あたしが仲介してあげるよ!あたし二人ともと仲良しだもん!」

ソアカがオーバーアクションで手を上げる。

「ありがと。」

「ふん。」

キノラはそっぽを向いた。

4人はホールを後に・・・しようとした。

「あ!その子!」

しまった。裏役だ。

マサキは慌てて逃げる体勢。

「あ、この子、あたしの友達なんですよ。ごめんなさいね、アグルさん。」

ソアカが突然声音を変えて、かわいらしく手を胸の前で組んだ。

「お願い、許して、ね?」

甘えた声で、ちょっと上目遣いに懇願。

「え、うん、いいよ。ソアカちゃんのお友達なら。こちらこそ追いかけてごめん。」

「この子も悪いのよ。アグルさんはきちんと<お仕事>しただけですもの。」

「あ、いやあ、そんな・・・。」

「じゃあ、またね、アグルさん。」

ソアカは大きな瞳でウインクすると、ばいばい、と手を振った。

裏役の男もひらひら手を振っている。

「はは・・・ありがと、ソアカ。」

「どういたしましてっ。ヘキルくんのためならたとえ火の中水の中…なんてねっ。」

ソアカが大きな瞳でウィンクした。


後から遅れてやってきたヒカルたちと合流し、一行はカグラへと向かった。

カグラは、フィバールを流れる川、フィノモノンの上流にある街で、<神楽>と書く。快楽の街フィバールに比べ、少し地味な印象のある街だ。

「人、多いなあ。」

ヒカル個人のパルマに乗って、太陽が頂点を周る頃にカグラに到着した。

なぜか異様に人が多い。

「ツイン・ハレーがきてるせいだよ。」

イェリーがそう教えてくれた。

「俺たちもがんばりますか。」

「おう!」

団員が元気よく返事して、楽器を出し始めた。

「あは。」

おもしろい。金銀様々な色の楽器。マサキはみんなの周りを駆けまわって楽器を見た。

イェリーとヒカルは同じ楽器。ぐるぐるまいて、カタツムリみたいになっている(ホルン)。どこかこもったような音がするが、どこまでも遠くに響きそうな音色だ。

ソアカとロティオンのは、アサガオが前を向いていて、一番多きな音が出せる(トランペット)。

パイプをスライドさせて音を変えるのは、シーカの楽器トロンボーン。キノラは黒い本体に銀色のキィがついた細長い楽器クラリネット・・・などなど。

「すごいね。見たことない楽器ばっかりだ。」

マサキは興奮した口調でヒカルに話し掛けた。

「最近作られた新しい楽器ばかりを集めたからね。」

「はやく演奏しよう、リーダー!」

ソアカが急かす。

「じゃ、やりますか。」


吹奏楽団<コール>の演奏に道行く人々が足を止める。

盛大なファンファーレで幕を開けたストリートミュージック。人が集まった所で、次の曲は流れるようなバラード。

マサキは体中がうずうずしてきた。

曲の合間にヒカルに声をかける。

「俺もやりたい。」

「え。でも、楽器持ったことないんじゃ・・・。」

「あ、ヘキルくん!踊り手ならいいよ!」

横からソアカが言う。

「ヘキルくん、手足長いからきっと踊りにむいてると思うんだ。」

「そう?」

「ね、やってみようよ。」

「じゃ、やる。」

前から踊り子ってやってみたかったしね。

「やった。」

ソアカは嬉しそうに笑うと、自分の楽器ケースを開き、どこに入っていたのか装飾品を取り出した。

「これ、あたしのだけどつけてみて。」

「・・・。」

また装飾品か・・・。せっかく普通の格好してきたのに・・・。

マサキは首にかけていた碧漆の石を額飾りに戻した。包帯が邪魔でつけにくい。

それを見て、ソアカの瞳が驚きに開かれる。

「えっ?ヘキルくん、それ、碧漆の石じゃ・・・。」

水の妖石として名高い碧漆の石。

「そうだけど。」

「ええっ?!」

団員の視線がいっせいにマサキに注がれた。

「すごい!すごい!なんでそんな高級な妖石持ってるの?!」

「なんでって、俺・・・あ。」

王女だということを絶対に知られてはいけない。

「な、なんでだろ。」

マサキは適当にごまかした・・・つもり。

「ええー。なんでなのー?おしえてよー。」

ソアカがマサキの袖を掴んでゆっさゆっさと揺らす。

「うっとおしい。やめろ。」

マサキは、バッとソアカの手を振り払った。

ソアカがちろっと舌を出した。

「とにかく、ちょっとの間じっとしててね。」

マサキが背中に背負っていた剣をおろして直立すると、ソアカが手際良く装飾品をつけていく。

「はい、できあがりっ。」

「うわ、きれい・・・。」

真っ先に声を上げたのはイェリー。

「元々整った顔だちしてたからね。」

冷静なのはヒカル。

「じゃあさ、はやく次の曲やろー!」

マサキは楽団の前に歩み出た。

「シャラシャラン・・・」

マサキが足を運ぶたび、手足につけた装飾品が互いにぶつかって鈴のような音色を作り出す。

「次の曲は<ハラルトリマ>。」

ヒカルが周りの人々に呼びかけた。

いつのまにか観客が100人近くにまで膨れ上がっていた。

「踊り手をつとめますのは、黒髪・黒瞳、隻眼の少年、<ヘキル>です。」

周囲から拍手がこぼれる。

マサキは周りに笑顔を振り撒くと、<コール>の奏でる音に耳を傾けた。

「ルールルー・・・」

小さな声で口ずさんでみる。何度も聞いたことのある曲だ。

手が、足が、勝手に動き出す。この緩やかな調べに乗って体中が踊りだしたいと叫んでいる。今まで踊ったことがあるわけではない。何度か踊り子を見ただけだ。だけど・・・。

「シ・・・ン」

辺りは静まり返って、ロティオンのソロパートだけが響き行く。

自分が手足を動かしているという感覚がない。まるで音楽だけがマサキを統制しているかのように、マサキは踊り続けた。

「シャラン・・・」

曲が終わる。

マサキはゆっくりと地面に打ち伏した。

この曲、ハラルトリマは、太陽神アキリアと月神ヴェルナの悲恋の物語を元として作られたラヴ・ソング。最後は悲しげなトランペットソロで幕を閉じる。

「…パチパチ」

誰かが拍手をしたのをきっかけに嵐のような歓声が鳴り響いた。

「おおーっ」

「すげえぞ!隻眼の美少年!」

「プロか?!」

半分やじったような声も聞こえなくはないが、とにかくマサキの踊りがすばらしかったのは事実だ。

「ヘキル!」

ヒカルがマサキに駆け寄る。

マサキは突っ伏したまま動かない。

「ヘキル?どうした?」

ヒカルが肩を叩くと、マサキはゆっくりと顔を上げた。

「はは…なんかさ、よく分からねえけど踊るのが楽しすぎたんだ。こんなにも楽しいことだったなんて…。」

マサキは半分放心状態だった。

「もう一曲、何か演奏してくれよ。俺、もう一回踊りたい。」

「わかった。」

マサキの中で確実に何かが目覚めていた。今までにはない、気持ちの高ぶり。アキラに合った時と同じくらい。心臓がドキドキなって、鼓動が早くなる。

<踊る>ということが確実にマサキの中で大きな存在になりつつあった。

「次の曲は、<ラックシェッド>。楽しさと明るさをテーマに歌われた曲です。どうぞお聞きください。」

その一音目を聞いた時、マサキのからだはすでに音楽に支配されていた。


「ねえシャロン。この演奏…。」

「<コール>かしら。行ってみましょう。」

演奏場所を変えようと歩いていたツイン・ハレーの耳に、コールの演奏が飛び込んできた。

同じ劇場のプロデュースから誕生した新生バンド、コール。ツインハレーの二人は、この楽団にもっと伸びることを期待している。

「ちょっとごめんなさいねー。」

人込みを掻き分け掻き分け二人は人だかりの最前列を目指す。

「コールの演奏がいいのはわかるけど、人が多すぎるわね。どうしたのかしら。」

「本当に。いつもの倍以上はいるんじゃない?」

なんとか<コール>の眼前に到着。

「あ!ユイラン!シャロン!」

ソアカが目ざとく見つけて思いっきり手を振る。

「ユイラン?!」

マサキが反応してざっと辺りを見渡す。

いた。群衆の中にいてもどこか内から光り輝いている感じがする。

「なんか繁盛してるみたいだけど、どうしたの?」

「ああ、それはヘキルのおかげですよ。」

ヒカルがマサキを示した。

「?どういうこ…。」

「ユイラーン!」

聞き返そうとしたユイランに、ソアカが抱き付いた。

「いつも元気ね、ソアカ。」

「もっちろん。あたしのとりえは元気だけですからっ。」

ソアカが満面の笑みでガッツポーズ。

「ところで、この男の子…。」

「あー、はいはい、ヘキルくんね。フィバールに遊びに来てた子で、<行きたい>って言って、あたしたちにくっついてきたんだけど、踊りがすごく上手なの!」

「明快な説明どうもありがとう。」

ユイランはソアカから目線を外してヒカルに呼びかけた。

「ねえ、一曲やって見せてよ。この子の…実力が見たい。」

ツインハレーが王宮での公演を控えている事を知っていたヒカルにはぴんと来た。

「わかった。<リェマ=フィルストゥー(焔玉星のささやき)>にしよう。これならツイン・ハレーのレパートリーにもあるだろう?」

「ええ。ありがとう、ヒカル。」

シャロンとユイランはヘキルを見た。

黒い瞳に黒い髪。隻眼なのだろうか、右目に包帯を巻いている。それでも十分奇麗な顔が見て取れる。それに、細くすらりと伸びた長い手足。王宮での演奏に際しては十分すぎるくらいの容姿だ。これで実力が伴っていれば…。

二人は顔を見合わせて、頷いた。

「それでは本日最後の演奏となります。横笛の曲を楽団用にアレンジしました。<リェマ=フィルストゥー(焔玉星のささやき)>です。」

ヒカルの声が響いて、辺りが拍手に包まれる。

「one,two…」

ロティオンが小さくカウントをとって、シーカと同時に曲に入った。

トランペットとトロンボーンの掛け合いのメロディーから始まって、高音域の楽器から徐々に増えていく。いつもは華やかなトランペットの響きも、この曲ばかりは柔らかい音色。

マサキの頭の中には、何もない。体が動くことを不思議だとは思わなかった。目を閉じれば、周りのことすら気にならなくなる。ただ、メロディーだけが存在する。流れるように腕を、指の先までを動かして…。


「ヘキルくん。」

「何?」

演奏を終え、ソアカに借りた装飾品を外しながら、マサキはシャロンを振り向いた。

漆黒の瞳が光を反射する。

「私たちの演奏で踊ってほしいの。明後日、アリア王宮で演奏会をやらなくちゃいけない…その時の踊り手をやってほしいのよ。」

「ん、いいよ。」

「…いいの?」

意外にもあっさりとOKされて、シャロンはちょっと拍子抜けした。

「ああ。どうせ暇だし。」

額飾りにしていた碧漆の石をもう一度ペンダントに戻して、胸元にしまう。

「本当?!」

「ああ。」

マサキはシャロンとユイランを見上げた。

「俺もやってみたかったしな。」

マサキの不敵な笑いに、シャロンは確信する。

やっぱり、この子しかいない!

「じゃあ、あなたの両親は?いっしょにアリアに来てるでしょう?」

「う…あ…いや…独りで来た。」

メシアに言ったら、止めさせられることは目に見えている。

「ひとりで?どこに泊まってるの?」

「あの、フィバールの、父さんの知り合いの家に泊まってるんだっ。」

冷や汗。

「あら、そうなの?」

「う、うん。」

「大変ねえ。すぐ両親に許可とれるかしら?」

「大丈夫。使い獣がひとっとびさ。明日の朝にはきっと届くよ。」

「そう。それはよかったわ。」

シャロンはほっとした。

マサキはシャロンたちに嘘をついているのがつらい。でも、やってみたいものはやってみたい。ま、何とかなるか。

と、マサキは空に目を向けて、太陽が西に傾きはじめていることに気がついた。

「うああーっ。やべーっ。」

フィバールまでどれだけかかるだろう。日没までに帰らないと、それこそ本当にまずい。

「じゃ、明日、フィバールのあのいっちばんでけえホールに行くからさ。俺、早く帰んなくちゃ行けねえんだ。わりいなっ。じゃ、また!」

マサキはそう言い残すとまさに電光石火のごとくに消えていった。

「よかったわあ。踊り手が見つかって。」

シャロンは喜ぶ。

「でもさあ、何か変じゃない?ヘキルくんって。」

「そう?あの子美少年よ。ユイランの好きな。」

「いや、そういう問題じゃ…。」

ユイランは頭を掻いた。

たしかに一瞬あの容貌にはドキッとした。が、良く考えてみると、不審な点が多すぎる。何より、あの顔立ち。確かにミラジアリナ人の端正な造りだった。それが、<あの人>に似ている。まさか…。

「まさか、ねえ…。」

ユイランは妄想を取り払った。

まさか、だよ。

「ヒ、ヒカルー。」

と、そこへ黒髪の少年がかけ戻ってくる。

「あれ?ヘキルくんだ。」

「頼む!妖馬1頭貸してくれ!明日絶対に返すから。」

「あ、ああ。いいけど、どいつも荒馬だから…。」

「サンキュー。」

マサキはヒカルのパルマにつながれた妖馬の中から青い瞳の白馬を選ぶやいなや、馬の背に飛び乗った。そして夕焼けの中、あっという間にカグラの街並みの向こうに消えていった。

「…平気みたいだな。」

俺も慣らすのに結構苦労したのに。

ヒカルはちょっと複雑な気分。


カグラ・フィバール間を純白の妖馬が突っ走る。

「おい、馬っ。お前の名前は?!」

マサキは風に目を細めながら言った。

… お前こそ誰だよ 他に名乗らせる前に まず自分から名乗るのが 礼儀ってもんじゃないのか?

「生意気な馬め。俺はマサキだ。マサキ=ミラジアリナ。」

… はあ?! さっきヒカルたちに ヘキル って名乗ってたじゃないか

「聞いてたんなら聞くなよ。・・んで、お前の名前は?」

… おれは リング

「リングか。わりいな。突然走らせちまって。」

… 別に走るのは好きだからかまわねえけど ところでなんで 別の名を名乗ってるんだ?

「俺か?俺は自分の正体がばれるとやばいから。」

… 正体? そういやミラジアリナとか言ったな まさかお前 クローク王子の息子か?

リングも噂に聞いている。

「おしいな。でも違う。」

マサキは一瞬躊躇した…が、まあ、リングは馬だし…ということで本当のことを言うことにした。

「俺はクローク王子の<娘>だ。」

… ?!

「キキキキーーッ」

リングが急停止した。

… 何だと?!

青い瞳で背中に乗ったマサキを振り返る。

「止まるなよ。急いでんだから。」

リングはまた足を進めた。

… 娘ってことはお前女か?

「そうだ。」

フィバールが迫ってきた。

リングは走りながら、ちらっとマサキを見やった。

「悪かったな。そうは見えなくて。」

マサキは毒づいた。

… まあ 俺と話せる時点で 普通の人間じゃねえことはわかるけどよ

「ウィオラはよく妖獣と話してたからな。こつさえつかめば簡単さ。」

… ウィオラ?! 水龍の?!

「ああ。昔、俺の中にはウィオラがいたんだ。」

… それって 噂に聞く 導きの龍って奴じゃないのか?!

「そうだ。」

… まさかお前 その右瞳みぎめ

「もちろん碧いから隠してるのさ。」

… !

リングは我が耳を疑った。こいつは、クローク王子の娘で、導きの龍ってことはデルタスの王女でミラジアリナの皇女で…?

頭の中でハテナマークが渦を巻く。

「知らなかっただろう。デルタスの王女がミラジアリナ王家の血筋だって。」

… そんなこと ヒカルは言ってなかった

「当たり前だ。これを知っている人はほとんどいない。もちろん、アリアでは一部の人間しか知らないことさ。」

… 俺に言ってもいいのかよ

「お前なら話すなって言えば守ってくれそうだし。」

マサキはあっさりとそう言った。

まったく変な奴だ。

… さっき なんで 俺を選んだんだ?

「だって、さっきいた妖馬の中で一番強いだろ?クラスに換算して…ノーマルとミドルの中間ってとこか。妖馬にしちゃ相当な強さだぜ?」

妖馬の通常のレベルはノーマルクラス下位。リングは妖馬の中ではかなりの力を持っているといえるだろう。

「でも、俺はお前と同じくらいの奴一回だけ見た。」

… どこのどいつだ?

「デルタスの<キチ>っていう島にいるヒビキとキョウ。黒馬と白馬なんだ。」

… それ…俺の親だよ

「は?」

… 俺はもともとデルタスで生まれた だが<カイティ>とかいう奴のせいでアリアに来ちまったんだ

「カイティが連れてきたの?」

… 知ってるのか? 俺はうまれてすぐにそいつに引き取られて アリアに来たんだ

「へえ。じゃあ、お前はヒビキとキョウの子供なわけだ。」

… ああ 今となっては 会いたいとも思わないがな

フィバールの街に入り、リングはスピードを落とした。

太陽は今まさに山の端にかからんとしている所。どうやら間に合いそうだ。

「あ、そこでいいよ。すぐだし。」

… 宿の前まで 送るよ

リングは太陽が半分くらい沈んだ頃にメシアの待つ宿へと到着した。

「ありがとな、リング。」

… 別に

「マサキ?この妖馬どこから連れてきたの?」

「借りた。友達に。」

マサキはひらりとリングの背から飛び降りた。

「まったく…ちゃんと返しなさいよ。」

「はーい。」

… 俺 自分で帰る

「そう?ごめんね。」

マサキはばいばーい、とリングに手を振った。

本当に変な奴…。

この青瞳の妖馬にとって、マサキの印象はこの一言につきた。


「つかれたー。」

「どこに行ってたの?」

「カグラって言う街。あ、ちゃんとユイランとシャロンに会ってきたよ。」

「よかったわね。」

メシアがマサキの包帯を巻き取った。

「マサキ、剣はどうしたの?」

「あっ!!」

踊る時に外して、そのまんま…。

「ユイランたちのとこに置いてきた。」

「まったく…。」

メシアはあきれた様子でマサキを見た。

「とってくる。」

そのまま外へ駆け出しそうになったマサキをメシアが慌ててとめる。

「やめなさい。明日でもいいでしょう?」

「でも、あれはアキラにもらった大事なやつだから…。」

「なら忘れたりしなきゃいいでしょう。明日にしなさい。」

「う…。」

しょうがない。ヒカルたちならちゃんと持っていてくれるだろう。

「明日ちゃんと持ってくるよ。」


「…。」

ヒカルは帰宅して自分の部屋に入ってからずっと、ヘキルと名乗るミラジアリナの少年が残していった剣とにらめっこしていた。

「うーん…。」

柄にはデルタス王朝の守護、ライラが巻き付いた彫刻が施され、デルタス王朝の紋章が入っている。そしてヘキルのアームアナメント。あれもどう見てもライラの模様。そして普通の人間が持ち得ない碧漆の石の額飾り。そして、右目を隠すように巻かれた包帯…。

ほとんどその答えは出ている。ただ、あまりにも現実から遠いだけ。

「ヴェルナ…王女?」

ヒカルはぽつっとつぶやいた。

「どうしたの?リーダー。」

突然誰かに声をかけられ、びくっとした。

「ああ、イェリーか。おどかすなよ。」

ヒカルとイェリーは家が隣。自分の部屋の窓からお互いの部屋が見えるくらい近い。

もちろん、今の声も窓の外からの声だった。

「何考えてたか当てようか?」

「当ててみな。」

「ヘキル君のことでしょ。」

「正解。」

ヒカルは開けられた窓から、イェリーに剣を手渡した。

「それ、今日ヘキルが置いていった剣だ。…ライラの彫刻になっているだろう?」

「本当だ。」

「それと柄の部分…デルタス王国の紋章が入ってるんだ。」

「デルタスの?」

「そう。」

ヒカルは窓から乗り出した。

「そこで考えたんだけど、ヘキルって、ヴェルナ王女じゃないかな?」

「え?」

突拍子もない言葉にイェリーの眉が寄せられた。

「だってあいつ右目かくしてたし、碧漆の石持ってるし、アームアナメントにもライラの彫刻がしてあった。」

「でも私、ヴェルナ王女はすごい美人だって聞いたけど…。」

「あいつが奇麗な顔してることぐらいわかるだろう?印象なんか態度や服装なんかでいくらでも変わるさ。」

「うーん…。」

確かにヒカルの言っていることには筋が通っている。

それなら<一人>でアリアにきた、と嘘をついたわけも分かる。(隠したがっていたようだがばればれだった)

「でもさあ、仮にも王女なら護衛もつけずに一人でいるかなあ?」

「それは…。」

わからん。

プライドの高いヒカルは<自分に分からないこと>があるのがいやなのだ。そのことを長年ヒカルと付き合ってきたイェリーは熟知していた。

「でも、そうかもね。ヘキルくんてどっか不思議な所あるしさ。」

「そうか?」

イェリーが肯定したので、ヒカルはちょっと機嫌を直した。

「聞いてみるの?明日。」

「誰に?」

「ヘキルくんに。」

「<あなたはデルタスの王女ですか>ってか?きけねえよ、そんな事。」

ヒカルが、何を言い出すんだこいつは、といった顔をする。

「そうだよね。隠したがってるみたいだったしね。」

「無理に聞く必要はないさ。」

ヒカルは空を見上げた。

「今夜は満月か。」

「本当だ。」

月神ヴェルナ。ほんとうにヘキルは王女なんだろうか?


「ガルディーさん。」

「なんじゃい。」

マサキはその日の夜遅く、ガルディーの元を訪ねた。

「あのさあ。お願いがあるんだけど…。」

「なんだ?できることならやるが、無理なことは言うなよ。」

「実は、強力な接着剤が欲しいんだ。」

「用途は?」

「右目のまぶたをくっつけて開かないようにする。」

「…ということはもう一度剥がれるものでなくてはならないな。」

「右目がある程度ごまかせればいいんだけど…。」

ガルディー医師はかばんをごそごそと探り出した。

「うーむ。これは…どうだろう。今持っている中では一番強力だが…水には弱い。ただし人体に害はない。」

「あ、それでいい。ちょうだい!」

「気をつけて使えよ。」

「はーい。」

マサキはビンに入った接着剤を手に入れた。部屋に帰ってさっそく使ってみる。

紙に接着剤を塗って固める。固まるまでは、約5分といった所。すごい。完全に張り付いている。次に妖力を集め、水を呼ぶ。

「ちゃぷん」

手の中に集まってきた水のウォーターボールが揺れて音を立てた。

手のひらから転がすように紙に水を落とした。

「ピシッ」

「?」

ひびが入ったような音がした。

マサキが紙を手にとってはがすと、簡単に剥がれる。接着剤はぱりぱりに固まり、ぱらぱらと粉のようになって机の上に舞い落ちた。

「!!」

これなら、十分。

マサキは嬉しくなってきた。


その頃王宮には妖鷲<アキラ>が5回目の旅を終えてたどり着いた。

「アキリア。王女から、お前への書簡だ。」

「私にですか?」

珍しい。筆無精のマサキから書簡なんて。

アキリアは王から渡された書簡を開いた。

「ずいぶんマサキらしい書簡じゃあないか。」

ウェスタ王がくっくっく、と笑っている。

アキリアは耳が熱くなってくるのを感じた。

「…。」

「アキリア、その書簡はお前にやろう。」

「そりゃどうも。」

アキリアは王の間を退室した。

「…マサキの奴…。」

アキラも自然に笑えてきた。

そこにはアリア・ミラジアリナ間で使われる文字、<漢字>がたったの一文字書いてあった。へたくそな字で、精一杯大きく<愛>と書かれている。

横にはメシアの解説の言葉がこう書かれていた。<これは漢字で、<アイ>と読みます。大好きです、という意味です。マサキはアリアに来てから漢字に興味を持ち、ガイドのカイティから学んでいる所です。>

「俺も…大好きだよ…。」

アキラはたまらなくマサキに会いたくなってきた。

はやく決着ケリつけて戻ってこい。マサキ!



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