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続・EYES  作者: 早村友裕
7/21

7.コサラ

「すげえ。」

マサキは目を丸くしてコサラの港町を見た。

アトリアと同じくらい大きなこのコサラの港は、アリアとデルタスとの交易の中継地点である。ブラウンの髪・ブラウンの瞳のアリア人に交じって、所々に金髪のデルタス人の姿が見える。

にぎやかな港は、デルタスからの親善大使が来るというのでいつもにもましていっそうにぎやかになる。

「でっけえ港だなー。すげーなー。」

マサキはきょろきょろ・きょときょと。

隣のメシアが頭を平手でパシッと叩く。

「おとなしくしてなさい!」

「・・・。」

マサキはほっぺたをぷーっと膨らませた。

シンジはわらわらと見物に集まってきた人々を見渡した。

「おかしいな。迎えを頼んどいたんだけど・・・。」

「シンジ!」

シンジくらいの年頃のアリアの青年が駆け寄ってきた。

「あ、いたのか。」

「俺が約束を破ったことがあったか?」

「ない。悪いな、忙しいのに。」

「ま、いいってことさ。他ならぬシンジの頼みだからな。」

その青年はブラウンよりもっと薄めのブロンドの髪に、ブラウンの瞳。背丈はシンジと同じぐらい、とかなり高い。

デルタス人よりも黄色が強く、褐色に近い肌の色と、それほど彫りの深くない顔立ちがアリア人の特徴だ。

「こいつはカイティっていって、俺の無二の親友だ。」

「カイティ=ノクドです。以後、お見知りおきを。」

カイティはさっとお辞儀をした。

「今回、アリアの滞在中みなさまのお世話をさせていただきます。」

「この子供ガキがか?」

ガルディー医師がまだ二十歳にも満たないような青年を指差して言った。

「カイティはアリアでも有数の交易商売をしている店の跡継ぎ息子なんです。若いけど、腕は俺が保証しますよ。」

シンジがガルディー医師に言った。

「ふん。」

それでもガルディーは気に食わないようだ。

「とにかく、お疲れでしょうから宿にご案内します。王宮のあるガリアには明日、ご案内します。」

カイティはそういってデルタス王国親善大使団、15名の先導をきって歩き出した。


「ここが今晩宿泊する所になります。」

新しく、大きな建物。おやじさんとこの宿とは大違いだ。

カイティはシンジに鍵を8個渡した。

「??何の鍵だ?」

「部屋の鍵だよ。」

「部屋?部屋に鍵かけるのか?」

マサキはシンジから鍵を受け取りながらきょとんとした顔をする。

「ああ。」

「そういえばデルタスには、部屋に鍵をつける習慣はないようですね。」

「武器庫や宝物庫じゃあるまいし、泊まるだけの部屋だろ?」

「ええ。でも、アリアでは宿屋の部屋に鍵を取り付けるのが普通なんですよ。・・・では、王女。部屋へご案内いたします。」

カイティがマサキの手を取って導く。

「いいよ、自分で歩けるから。」

カイティは目を丸くした。

シンジを振り向いて、問う。

「どういう王女なんだ?」

シンジは一言で返す。

「こういう奴だよ。」


マサキは一人部屋。メシア・ミーア・ガーネットの3人が隣の部屋で、シンジとハールは同じ部屋、ガルディー医師は一人で、ディオソニー・デモクラートの両隊長は相部屋。残りの剣兵と水兵そしてハトリの6人が残り3部屋に分かれた。

「カイティ。」

「なんでしょう?」

「この宿の看板にさ、変な文字が書いてあっただろ。あれ、なんだ?」

マサキはさっきから気になっていたことを聞いてみた。

「・・・アリアとミラジアリナには、共通に<漢字>という文字があるんです。主に固有名詞を記す時に使うんですが・・・<漢字>には一つ一つの文字に意味があります。例えば、私の名前・・・カイティは、<海帝>と書きます。カイうみテイは神、すなわち海神という意味になるんです。」

カイティは、<海帝>と空中に文字を書いた。

そして紙とペンを取り出した。

「この店の名は<エクヨウ(焔紅妖)>、すなわち怪しく紅き炎の意です。コサラは<故沙羅>、古き砂を連ねる、すなわち砂漠の意味です。」

「へーえ。」

複雑な形の文字がカイティの手によって書き連ねられていく。

「初めて見た。」

かくかくした感じがかっこいい。

「でしょうね。デルタスとの間にはあまり交易がありませんし、この文字はアリア・ミラジアリナ間でしか使われておりませんから。」

「俺も書きたい。」

「え?」

「俺も<かんじ>を習いたい。」

「は、はあ・・・。」

「カイティはどうせ暇なんだろ?教えてくれよ。」

「そりゃ、暇ですけど・・・。」

アリア国王エデン(焔天)から直々に、1週間の滞在中この一行の世話をするよう頼まれている。

必然的に暇な時間は増えるだろう。

「じゃ、いいな。」

マサキは勝手に決め付けた。

カイティは観念した。マサキに逆らうことは絶対にできないだろう。そう悟ったカイティはこれからの1週間を思って深いため息をついた。


「母さん、聞いて聞いて。カイティにね、<かんじ>ならうんだっ。いいだろっ。」

マサキがメシアに駆け寄って、母に報告する。

「よかったわね。」

「うん。」

マサキがまだあどけない笑顔を見せる。

「それより、服汚さないうちに早く着替えちゃいなさい。」

「はーい。」

マサキは自分の部屋へと戻っていった。

「カイティさん、ごめんなさいね。この子、わがままだから。」

「いえ、いいんですよ。どうせ暇ですから。」

王女マサキが<母さん>と呼ぶということは、この人がかの有名な妖力者、<メシア=ロージス>か。いにしえの大妖力者、<カノン=ミモラノーム>と並ぶ力を持つという・・・。

カイティは目の前の美しい女性を見やった。


カノン=ミモラノームは、アリア史上最強の妖力者だ。火炎を自由自在に操り、ある時はプルート(死神)を一瞬のうちに焼き払い、またある時は湖を干上がらせ・・・。そして、今のアリアの政治の基礎を築いたという、文武両道の才を持つ人物でもある。

だが、人生の終わりに<なにか>が原因で発狂し、その業火でもってこの辺り一帯を焼け野原にしてしまった、という伝説も残っている。その焼け野原が、今現在もコサラの街周辺を取り囲むようにして存在するカノン砂漠だとも言われている。


どう見ても普通の女性である。並でない美人であるのは置いておいたとしても。

「カイティ!着替えたからはやく<かんじ>教えて!」

「はい。」

カイティはマサキの声のする方向へ向かった。

マサキは普通の人が着るような平服を装っていた。こうしていると、ただの少女・・・いや、むしろ少年に近いだろう。好奇心いっぱいの瞳も、怖いもの知らずな表情かおも。

さっきまでの威厳ある姿(もちろん、しゃべらずにいればの話)はどこへやら・・・。

「ガーネットさんに紙とペン、もらってきたから。」

「・・・。」

用意周到。準備万端。

カイティの頭をそんな言葉がよぎった。

「俺さあ、字書くの苦手だから、<かんじ>はうまく書けるようにがんばるよ。」

「・・・。」

カイティはこの王女にどう接していいかわからなかった。

この言葉づかいといい、どういう人物なのかいまいちつかめない。

「どうしたんだよ。」

「いえ・・・。」

これならアリア皇女のエヴァ(絵芭)さまの相手をしていた方がいいかもしれない。

「ただ、マサキ様にどう接したらよいのかと思って・・・。」

「どう接したらって・・・普通に。それと、<マサキ様>っての、やめてほしいなあ。」

「え?」

「俺、そういうの苦手なんだよ。俺はデルタスが好きで、アキラが好きだったから王女になろうと思ったのに王女になるってきめた途端周りの人間の俺に対する扱いが変わっちまってよ。」

マサキの瞳が悲しそうな色を帯びた。

まただ。この表情。ここへ来る途中に一回だけ見せた、儚げで危うい、今にも壊れそうな瞳。澄んだ碧い瞳が光を反射して、透き通った光を放つ。漆黒の瞳も影の中に光輝を保ち、どこまでも覗けそうなくらい深い。

「何でだろうな。俺は嫌だよ。こんなの。」

ズキン

カイティにもマサキの心の痛みが伝わってきた。

少しだけ、分かった。マサキも普通の人間なんだってこと。

「ま、いいけど。みんながそうしたいんだったらさ。」

マサキは軽くそう言った。

瞳の色はもとのように明るい光を取り戻した。

「なぜですかね。あなたといると、安心する気がします。」

カイティは心のガードが薄れていくのを感じていた。

なぜだろう。

「きっとアキリア王子もそうなのでしょうね。」

そうだ。きっとそうだ。

「なあ、カイティ。普通に、シンジにしゃべる時みたいにしゃべってくれよ、俺にも。・・・な?」

マサキがにーっと笑った。

「わかったよ・・・マサキ。」

デルタス王国の予言書、GOLDEN MEMORYに出てくる導きの龍で、生まれた時から身体の中にウィオラとビルラがいたという。歴史上でも3本の指に入る強力な妖力者メシアを母親に、ミラジアリナ王国の中でもとびぬけた才能を持っていた王子クロークを父親にもつ、いわば混血のサラブレッド。

碧い瞳と漆黒の瞳に何を写し、何を望むのか。その瞳はどこを見つめているのか。

カイティには一生わかりそうもない。

「じゃあさ、とにかく<かんじ>やろうぜっ。」

マサキがシンジのような明るい笑顔を見せた。

でもやっぱりどこか、シンジに似ている。



ここは王宮。

アキリア王子ことアキラは、マサキやシンジのことを考えながら窓の外を見つめていた。

「いまごろアリアに着いてるかな・・・。」

航海が順調ならもう到着しているはずだ。

青い空。空の色は、メシアの瞳の色。明るくどこまでも突き抜けていく快晴。

「ふう・・・。」

二人とも元気かな。

やっぱり俺も行きたかったなあ。

「ふう。」

二回目のため息。

「アキリア王子。」

後ろで警備兵の声がしたので、慌てて振り向く。

「御面会の方がいらっしゃっております。会議室如月でお待ちです。」

「わかった。」

誰だろう?

アキラは廊下を歩きながら考えた。

「アキラさん!」

「ティラ。」

俺の事をアキラさん、なんて呼ぶのはティラ以外にいない。

「どうしたんだ、ティラ。」

「はい、あの、実は御相談したい事があって・・・。」

「?俺に?」

他にも相談できる人はいるだろうに。

「他にいないんです。相談できるような人。」

「何だ、俺で力になれることなら何とかするぞ。」

「はい、実は・・・。」

ティラはゆっくりと話しはじめた。

その意外な相談に、話を聞きおわったアキラは驚いた。なにより、いつものんびりとしているティラがこんなことを考えていた、という事に驚きを隠せなかった。

「・・・それ、クロークさんや長に許しはもらったのか?」

「いえ、まだです。反対される事は目に見えてますから。部落の誰かに相談すれば長の耳に届くのは時間の問題ですし、だからといって私は部落外に知り合いが少ないので、こんなことを相談できるのはアキラさんぐらいしか・・・。すみません、ご迷惑ですよね。こんなこと・・・。」

「別に俺はかまわねえけどさ。・・・うーん。むずかしいなあ。」

ティラには今までいろいろと世話になっている。それに、マサキが王女になれば必然的にティラはアキラの義兄になる。

そんなティラの願いを何とかかなえてやりたかった。

「そうだ!」

いいこと思い付いた。

「ちょうどいい人がいる。その人を紹介するよ。」

「本当ですか?」

ティラの顔がぱっと輝いた。

「ああ。でも、シンジは・・・なんて言うかな。」

まあ、いいか。シンジが帰ってきたら、帰ってきた時考えるって事で。



次の日。

一行はアリア王宮にむけて<パルマ>にのって出発した。パルマとは地上を走るそりのようなもので、普通3~4頭の妖馬が引く。簡単な造りなので馬車の数倍のスピードが出る。

カノン砂漠では妖蠍ようかが出たが、メシアは何百ある呪文のうちの一つを唱え、一瞬でその妖蠍を追い払った。砂漠を抜けると、森に入り、見たことのない木々も増えてきた。砂漠さえ越えれば王宮はすぐだ。日が落ちる頃には、王宮の一つ手前の街、ラマダンに到着した。

ラマダンはリシュ山の斜面の街で、坂が多く、全体的に傾いた印象の強い街だ。

「マサキ、着いたぞ。」

シンジは途中から眠っていたマサキを揺り起こした。

「ふにゃあ。」

寝ぼけ眼で起き上がるマサキ。

「ここどこ?」

「ラマダン。明日には王宮につけるってさ。」

「まだついてないの?」

マサキがあきれたような声を出した。

「あれだけ走ったのに?」

「しょうがない。遠いから。それでもパルマを使ってるから普通よりは速いんだぞ。」

「そうなの?」

「そうだ。」

シンジもずっとパルマに乗りっぱなしで疲れた様子だ。

マサキに対する受け答えが相当ぶっきらぼうだ。

「本当に眠い。」

マサキはまだあくびをしている。

「じゃ、早く寝ろ。」

「うん。」

眠い目をこすりつつ、マサキはふらふらとカイティの先導に従う。

メシアがその様子に気付かなければ、マサキは今ごろ坂から転げ落ちていたに違いない。



「何ぃ?!」

シンジは奇声を発した。

「どういう事だよ?!それは!!」

「俺も知らねえ。」

カイティがこの使節団のヘッド(シンジ、マサキ、ガーネット、メシア、ディオソニー、デモクラートの6人)に伝えたアリア王からの言葉に、親善大使団のメンバー全員はあまりの驚きに言葉をなくしていた。

アリア王・エデンが、この土壇場になって予想外の条件を出してきたのだ。

「なんで一人しか行けねえんだよ?!」

アリア王に会うのは一人。ミラジアリナへの渡航を許可するのも一人。その条件でなければ、ミラジアリナに渡る事はおろかアリア王に会う事すらできない、というものだった。

ガーネットがため息交じりに言った。

「ミラジアリナと通じているな。きっと我々がヴェルナ王女を代表にすると踏んでいるのだろう。」

「考えたな。これでは私たちは護衛をしたくてもできない状況に陥るわけだ。」

こう言ったのは剣兵隊長のデモクラート。

「俺が行く。」

マサキが言うと、

「マサキが一人になるのは危険よ。避けたほうがいいわ。」

と、メシア。

「やだ。俺が行く。俺はミラジアリナへ行くためにここに来たんだ。」

マサキは頑として受け付けない。

「だめよ。・・・実を言うとね、私もクロークと同じ意見だったの。あなたがミラジアリナへ行くことは反対よ。何も危険を冒してまでマサキが行かなくちゃならない理由はないもの。」

メシアはマサキをまっすぐに見つめて、言った。

「でも、俺は・・・。」

「マサキ。」

メシアとマサキが口論に達する前に、シンジがマサキを制した。

「俺が・・・行くよ。お前はここで待ってろ。」

「シンジ?!」

マサキが驚きの瞳で自分の従兄弟を見る。

「もともとこの大使団のリーダーは俺なんだぜ?お前はそのことを忘れてる。」

シンジはにっと笑ってマサキを見た。

確かにそうだ。この親善大使団のリーダーはシンジで、マサキはただの大使。リーダーの命令には絶対服従である。

「文句あるか?ヴェルナ王女。」

「・・・ないです。」

「よろしい。」

シンジはそう言うとみんなの方に向き直って、問い掛けた。

「という事です。異存はありますか?」

「私はいいと思います。シンジさんなら剣術にも弓術にも長けていますし、妖力も使えると聞いておりますので、護衛がないといっても、自分の身を守れると思うので。」

「同感です。」

ディオソニーとデモクラートは承諾した。

「うーむ。」

悩んだのはメシアとガーネットの二人。

もしかしたら、ここはいったん引き揚げるべきなのかもしれない。だがしかし、デルタスの将来の事を考えるとこんな所で止まっていては先に進めない。

「わかったわ。私は承諾する。」

メシアは決めた。他ならぬ、自分の国を思っての決断だった。

それに、自分の甥にあたるシンジを信頼していた。言っちゃ何だがマサキよりずっと頼りになるのは事実だ。

「ガーネットさん。」

シンジがガーネットにその青い瞳を向けた。


<親善大使団としてどうすべきか困った時はヘッドで決めろ。ただし、全員の意見が一致する行動を取れ。その判断ができるメンバーはそろっているはずだ。>王は、そう言っていた。だから、不測の事態が起こった今、全員の心がひとつになる事が求められた。

すべての判断がガーネットにゆだねられた。


デルタス王国の女性書記官は初めて直面するこの事態に、内心戸惑ってはいた。だが、忘れかけていた何かを思い出しそうな気がする。シンジやマサキを見ていると。

ペリドット書記官は頭が固いから嫌だ、はっきりとそう言い放ったシンジの素直さに驚いたときの気持ちによく似ている。

「ほとんどカケだな。」

まあ、それもいい。この青い瞳の青年に、国の将来を任せるのも一つの手だ。シンジはヘッドの信頼を集めている。そうだ。シンジなら大丈夫かもしれない。

ガーネットは唇の端で微笑んだ。

「わかった。お前が行ってこい。」

シンジの顔が明るく輝いて、マサキの表情がかげったのがあからさまに見て取れた。

本当にこの二人は見ていて面白い。

「いいな、マサキ。」

「わかったよ。だって、反対する理由、どこにもねーもん。」

すねたような声でマサキが言い返す。

「大丈夫なのか?シンジ。」

カイティが自分の友の身を案じる。

「大丈夫さ。」

シンジがにやっと笑う。

そう言われたら、本当に大丈夫な気がするから不思議だ。

「じゃあ、王宮に案内する。・・・あとの人は、私が戻るまで待っていてください。シンジはおそらくそのままミラジアリナへ行く事となりますので、おそらく1ヶ月は戻らないでしょう。そ一ヶ月の間、皆さんにはラマダンの隣のフィバールに滞在していただきますが、よろしいですか?」

「かまいません。」

ガーネットが代表して答えた。

「それでは今から王宮へ行って参ります。昼過ぎには戻りますので。」

「わかった。他のメンバーには私から話しておこう。」

カイティとシンジは出ていった。

「私は他のメンバーに事情を説明してくる。」

ガーネットも出ていって、部屋には両隊長とメシア、そしてマサキが取り残された。

「マサキ、機嫌直しなさい。」

「・・・。」

マサキの瞳はつりあがったままだ。

「もしあなたが無事にデルタスに帰る事を希望していたのなら、これでよかったはずよ。」

「・・・。」

マサキは少しだけ表情をゆるめた。

「行きたかったなあ・・・。」

マサキはぽつっとつぶやいて、窓越しにまだ朝日が昇ったばかりのアリアの空を見た。

その視界をガーネットの書簡を携えた妖鷲の<アキラ>が横切っていった。


<アキラ>は親善大使団の毎日の行動の記録を、3日に一度デルタスの王宮に送るという任務のために連れてこられた。<アキラ>なら、丸々半日も飛べばデルタスの王宮に着く事ができる。

<アキラ>は王宮へ向かう旅路にマサキの無鉄砲さを考えていた。

・・・ マサキ あんまり無茶な行動しなきゃいいけど

<アキラ>に心配されるようでは、マサキが信頼を得られるのはまだまだ先の話だろうと思われる。



フィバールは道楽の街。

劇場やホール、カジノ、サーカスなどが軒を連ねる街並みは、多くの人間の憧れの的である。

「着いたぞ、マサキ。」

カイティが呼んだ事にも気付かないくらい、マサキは一つの事だけを考えていた。

どうやってミラジアリナに行くか。

マサキの頭はそれでいっぱいだ。

「ん?呼んだか?」

「フィバールに着いたぞ。」

「ああ。」

もちろん、そのことをみんなに悟られたらだめだ。でも、幸いマサキの情動に鋭いシンジもアキラもいないから、何とか大丈夫だと思う。メシアはああ見えて意外に鈍感だし。

でも、問題はどうやってミラジアリナに潜り込むか・・・。

「マサキ?どうしたんだ?ぼーっとして。」

「ん?何でもねえよ。」

何とかごまかした・・・つもり。でもカイティはいぶかしそうな瞳でじっとこっちを見ている。

意外と一番手強いのは、カイティかもしれない・・・。

「どこか行きたい所、あるか?どこでもつれてってやるぞ。」

「え・・・だってここに何があるか知らねえし。」

「そうだな・・・。じゃ、とりあえず一番大きいホールに行ってみるか。何かやってるかもしんねえ。」

「ああ。」

マサキはパルマからぴょん、と飛び降りた。

「みんなは?」

「各自いろいろと見回ってるよ。」

「メシアも?ハールも?」

「ああ。メシアさんはガーネットさんと意気投合してる。ハールはガルディー医師に連れて行かれた。」

「ラッキー。」

うるさい奴が一人もいない。

マサキは思わずガッツポーズ。

「あ、でもな、ちゃんと正装で出歩けって。メシアさん&ハールさんからの伝言。」

「うぐっ。」

ぬかりのない・・・。

マサキは嫌々ながらも正装に着替えた。

「くそーっ。」

動きにくい・・・。

「何でそんなにもその服嫌いなんだ?似合ってるのに。」

「動きにくいからだよ。このじゃらじゃらしてるのはうっとおしいし。」

「・・・。」

マサキには妖石の価値も宝石の価値も分からないのだろうか。

額の碧漆のおそらくレヴィにもらったは、普通に考えて超貴重品だ。闇値で50億は下らないだろう。イヤリングのブルーダイヤも、今ではデルタスのほんの一部でしか採れない珍しいものだし・・・。

「普通の格好よりその方が王女らしくて好きだな、俺は。」

本当に。これは本音。

「本当は誰よりも奇麗なのに。」

勿論しゃべらなければ、とカイティは心の中で付け足す。

「そりゃどーも。」

マサキはあんまり聞いていない。

「それにこの格好すると目立つんだよ。」

あ、それはわかる・・・。現に今も街の人の視線がびしびしいたいし。

ひそひそと何かささやく声すら聞こえる。

「・・・。」

これじゃ、大変だろうな・・・。

ミラジアリナの観光者が比較的多いので髪と瞳の色はほとんど目立たないが、その容姿は人目を引くのには十分すぎるだろう。


「今からちょうど、双流星ツイン・ハレーが公演が始まるとこだ。」

「ついんはれー?」

マサキが疑問の声を上げた。


双流星ツイン・ハレーは、いまアリアで一番人気の楽奏コンビ。

たて琴奏者のユイラン=ヤトゥーミアムと、マオ=リューイの愛弟子である横笛奏者のシャロン=イミュイの二人。二人ともアリアでトップレベルの演奏者だ。


「へえ。」

マサキはちょっと興味を持った。

「音楽聴くのは好きだな。」

「そりゃよかった。」

カイティはホールの入り口でチケットの代わりに何か通行手形のようなものを見せていた。

「何?それ。」

「アリア王のサイン。これでどの劇場にもただで入れるし、宿にも泊まれる。ある程度なら買い物も可能だ。このサインがメンバー一人一人に渡されてる。」

「ふうん。」

そこには、漢字で<焔天>と書かれていた。

「エン・・・ティン?」

「違う。<エデン>だ。アリア王の名前。」

「<エン>って、<え>とも読めるの? 」

「ああ。漢字の読み方は一つじゃないからな。」

ホールの入り口のカーテンにかけられたマサキの手を、カイティが止めた。

「ハールさんからの伝言、その二。王女らしい振る舞いをする事。」

「・・・・・・。」

もうため息すらでないよ。

マサキはゆっくりと手を下ろした。

「どうぞ、ヴェルナ王女。」

カイティが恭しくカーテンを引き上げ、マサキを中へと導く。その動作があまりにも板についている事に、マサキは少し驚きを覚えた。

<どこでそんな事習ったんだ>そう言おうとして慌てて口を閉じる。

危ない、危ない。

「開演まであと10分です。しばらくお待ちください。」

女性の声がホールに響いている。

席はほぼ満員。マサキとカイティは空いていた、最前列に座った。舞台は目の前。

「お掛けください。」

マサキはカイティに言われれるがままに席に腰を下ろした。さっきまでのマサキととても同一人物とは思えない、優雅な身のこなし。

まったく、この変わりようといったら・・・。カイティは心の中で苦笑いした。

きちんと足を斜めにそろえて、手はくんで膝の上。背筋をぴっと伸ばしている様はまさに王女の風格である。

「まもなく開演となります。」

さっきと同じ女性の声がしたかと思うと、会場内の明かりが消えた。

「?!」

「ピイーィィ・・・」

そこへ、一筋の笛の音が流れ込んでくる。

大河をずっとさかのぼるといつかは川の源流へとたどり着く。その源流のささやかなせせらぎ、流れをそのまま笛の音に転化させたような響きだ。

すこしづつ水の量を増す川の流れに、別の支流、たて琴の音が合流する。深く、浅く、とどまる事のない、それでいてゆったりとした大河の流れが手に取るようにイメージできる。やがて2つの音は海へと注ぎ、行き場を失った大河の流れは波の間に間に散るようにホールの空気に吸い込まれていった。

一瞬静まり返る会場。

と、その舞台へ二人の女性が現れる。いや、女性というよりは少女に近いだろうか?シンジくらいの年頃で、薄赤い紅の絹をまとった二人は舞台の中央、マサキの座る席の真ん前にやってきた。

会場は拍手に包まれた。

「本日のオフステージ・デュオは、<ヴィル・シャルル(大河の流れ)>でした。みなさん、私どもの演奏を聞くためにはるばるおこしいただき、まことにありがとうございます。」

片方の少女が話しはじめた。

二人ともブラウンの髪と瞳。今しゃべっている方はストレートの髪を後ろでひとつに結い上げ、もう一人は少しカールした髪を肩の高さに切り揃えている。

「私が双流星、たて琴のユイラン=ヤトゥーミアムです。そしてこちらが、横笛奏者のシャロン=イミュイ。どうぞ、以後お見知りおきを。」

二人は頭を下げた。

次はもう一人の少女が口を開いた。

「本日は皆様に有意義な午後を過ごしていただくため、12の曲を用意して参りました。一曲目は先ほどお聞きいただいた、<ヴィル・シャルル>です。この曲は、アリア屈指の天才作曲家、<クダカル=サンドメラン>作曲の有名な曲なので、知っていらっしゃる方も多いかと存じます。」

確かにマサキですらどこかで聞いた事がある、懐かしげなメロディーだった。

もう一度ユイランが観客ギャラリーに話し掛ける。

「では、2曲目。同じくクダカル=サンドメラン作曲の、横笛のソロ曲・・・紅火炎舞踏曲ファイアデュエルサウンドです。この曲はクダカル=サンドメランの中に、かの有名な炎龍、フィルラが降臨して創ったのではないかといわれる曲です。アルティメラのリズムに乗せて、マオ=リューイの愛弟子、双流星シャロン=イミュイが演奏いたします。」

シャロンと呼ばれた巻き毛のほうの少女が客たちに向かって深く礼をした。場内が拍手に埋もれる。

顔を上げた時、マサキと目が合った。シャロンはマサキにゆったりと微笑みかけると、横笛を構えた。


すごかった。

時間を忘れ、自分の存在すら忘れるほどに聞き入っていた。まだ手足に感覚が戻らない、頭もぼんやりしている。

「お楽しみいただけましたか?王女。」

「ええ。とても。」

カイティの問いにマサキは最高の微笑みで返した。

「あの御二方にお会いしたいのですが、よろしいですか?」

「ええ。貴方様にならあの二人も喜んでお会いになられると思います。」

カイティとマサキは舞台裏にまわった。

「ツイン・ハレーはいらっしゃいますか?デルタスの王女、ヴェルナ様がぜひお会いしたいとの事ですが。」

「王女様が?!」

その劇場の裏役だと思われる男が、その名を聞いて一目散にかけていった。

と、戻ってきた時には劇場の管理人を連れていた。

「これはこれはデルタスの姫君、ご機嫌うるわしゅう。ツインハレーもぜひ王女様にお会いしたいとの事です。こちらへどうぞ。」

管理人、すなわちこのホールの責任者はへこへこしながら、もみ手でもしそうな勢いでマサキとカイティを豪華な作りの一室へ通した。

「いや、ツインハレーはもともとこの劇場から出たスターでしてね、今ではアリア一の実力を持つデュオなんですよ。」

いかにも営業スマイルでご機嫌取り、といった管理人の笑顔にマサキが好感を覚えるはずがない。

マサキの表情が陰ったのをカイティは見逃さなかった。

そこへツイン・ハレーの二人が到着した。

「失礼いたします。」

つつしまやかに、でもいくぶん緊張した面持ちでユイラン・シャロンの両名が部屋に入ってくる。

さっきは音楽に聞き惚れて二人の姿を観察できなかったから、今改めてユイランとシャロンの姿を目に焼き付ける。

ユイランは、ブラウンの髪のストレート。後ろの高い位置で束ねている、いわゆるポニーテールというやつだ。瞳の色も同じくブラウンで、切れ長の目が印象深い。シャロンもユイランと同じブラウンの瞳。ブラウンの髪は少しカールして、肩の辺りに切り揃えてある。ユイランと対照的にアリア人にしては彫りが深く、穏やかな顔付きをしている。二人とも背丈は、マサキより少し高いくらいだった。

「ヴェルナ王女のお噂はよく耳にしております。お会いできて光栄にございます。」

シャロンがその美しい声を発した。

「それはそれは・・・。私も光栄です。このようなすばらしい才能をお持ちの御二方に名前を覚えていてもらえるとは。」

マサキは二人に向かってにっこりと微笑んだ。

「いえ、そんな・・・。」

「自分の事を謙虚になさらなくてもよいのです。すばらしいものはすばらしい。ただ、それだけなのですから。」

「・・・はい。」

シャロンが少しうつむいて小さく返事をした。

「私が知っている中で、あなた方ほどの演奏ができる者は・・・。」

いない、と言おうとしてマサキは口をつぐんだ。

「一人だけ、います。今ここにはいないけれど。」

そう、今ごろはミラジアリナへ向けて旅だっただろうか。

シンジの青い瞳が懐かしく思い起こされる。

「あの・・・。」

それまで黙っていたユイランが口を開いた。

「もしかして、それはシンジ、とおっしゃる方ではないでしょうか?」

ユイランの口からシンジの名が出た事に、マサキは驚いた。

「なぜその名を?」

「いえ、デルタス人の若い貿易商に笛の名手がいる、と風の噂に聞いたものですから。そして、その方の名前がシンジだと・・・。」

マサキは嬉しくなってにっこりと笑った。

「そのとおりです。あの人の演奏は、不思議な響きを持っているので。」

「王女、そろそろお戻りにならないと・・・。」

カイティがそっと耳打ちした。

「そうですか・・・。お二人とも、本日はよき時間をありがとうございました。またお会いしたいものです。」

マサキはすっと立ち上がった。

「私どもこそ、身にあまる光栄、どうもありがとうございました。」

マサキはカイティとともに部屋を、そして劇場を後にした。

「よき方々でしたね。」

「ご満足いただけて幸いです。」

マサキが満足した顔をしているのを確認して、カイティは安心した。

これで<ミラジアリナへ行く>などという事を考えなけりゃいいんだが・・・。


「今の方、デルタスの王女よね。」

「ええ。そうよ。」

「なんで髪の色が黒いの?デルタスの人なら普通金髪のはずよ。」

「そう言われてみれば・・・。」

シャロンも、首をかしげたが、

「デルタスの伝説に出てくる<導きの龍>だからじゃない?今のデルタスの王と王妃は青い瞳だとお聞きしているけれども、御子息のアキリア王子は金色の瞳をしていらっしゃるのでしょう? 」

そういう結論を出した。

「そうそう、デルタスと言えば、今ミラジアリナとうまくいってないらしいわよね。何十年か前にデルタスへ逃亡なさったクローク王子に御子息と御息女がいらした事がわかったらしいし。」

今この話題はアリアでもっぱらの噂である。

「何でも御息女を王女に、と願ったらしいけどね。いったいどうなるんだか。」

そのユイランの言葉に、シャロンは昨日仕入れたばかりの取って置きの情報をこそっとユイランに耳打ちした。

「ここだけの話、今回の親善大使団はその話に決着ケリをつけるためのものらしいわよ。」

「ええっ?!」

「しっ。声が大きい。」

シャロンは自分の唇に人差し指を当てた。

「ご、ごめん・・・。」

「でも、クローク王子の御子息、見てみたくない?クローク王子は整った顔立ちをしていらっしゃったから、きっと御子息も・・・。」

シャロンがウィンクすると、美少年好きのユイランの瞳がきらっと輝いた。

「見てみたい。いつかデルタスで海外公演やりたいなあ。」

「でしょ?でも、その前に王宮で公演があって、ミラジアリナ公演があるでしょ。」

「あー、そうだった。はやく<踊り子>みつけなくっちゃあ。」

ユイランは頭を抱えた。

王宮での演奏はもう3日後に迫っていると言うのに、肝心の踊り子が見つかっていない!

実は今、絶体絶命なのだ。

「シャロン、いざとなったら、あなたが演奏しながら踊りなさいよ。」

「えっ?何で?ユイランでもいいじゃない。」

「私は琴の演奏で忙しいの。」

「そんなあ・・・。」

シャロンがはあ、とため息をつくと、つられてユイランも大きく息をはいた。

「ねえ、本当に・・・探そ。」

「うん。」

「あーあ。ヴェルナ王女くらいの美人、どっかにいないかなあ。」

「あー、それは多分無理だと思うわ。あの人、あんまりにも奇麗すぎるもの。そんなどこにでもいるような顔じゃないわよ。」

「それもそうね。」

今度は2人同時にため息をついた。

「はあ・・・・・・。」


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