5.船出
「明日出発だって?」
「ああ。」
最近では夕日の沈む頃に二人で裏庭に出るのが習慣となってすっかり定着している。
「俺も行きたかったなあ…。」
「いつか行けるさ。今度は二人で行こーぜ。」
マサキがにっとアキラに笑いかけた。
漆黒の方の瞳に自分の姿が映っているのが見えた。
「そ―じゃなくてさ…やっぱりお前の事心配なんだよ。」
「なんで?」
マサキが2色の瞳をこちらに向けた。
「いくら人間が相手だからって、ちょっと楽観的すぎたかなーと思って。今度はウィオラもいないわけだし。」
「大丈夫だって。そのかわり今度は母さんがいっしょなんだから。」
「メシアさんか。確かにあの人強いよな。」
今考えればメシアの美しい顔立ち…通った鼻筋も意志の強そうな眉も…マサキにそのまま現れている。マサキももっと大人になればあんなに美人になるんだろうか?
アキラは思わずマサキをじっと見つめてしまった。
「何だよ。」
マサキが不機嫌そうな声をだす。
メシア似の眉がちょっとつりあがり、いぶかしそうな目でこっちを見ている。
「何でもねーよ。」
アキラはマサキから目線を外して、太陽が沈んだ後、まだ少しだけ赤みの残る空に目を向けた。
「明日晴れるといいな。」
「晴れるよ。」
マサキが確信に満ちた声で言った。
「シンジが言ってた。太陽が沈んだ後も空が赤かったら、次の日は晴れるんだって。」
「へえ。初めて聞いた。」
「アリアの子供たちがそう言ってたんだって。<ユウヤケ>って言うんだよ。」
マサキがアキラに向かって微笑んだ。
「アリアか…遠いな。」
アキラは後ろを振り向いてみた。アリアは東の国。太陽が沈む方向とは反対側だ。太陽の光はもう消え去って、夜の空が始まっている。遠い。あまりの遠さに急にアキラの心の中に不安が芽生えはじめた。
マサキが帰ってこなかったらどうしよう。
「マサキ。ちゃんと帰って来いよ。帰ってきたら、本当の王女になれるから。」
「あ、そうか。戴冠式、引き延ばしになったっけ。」
「忘れてたのか。」
「だってアキラの近くにいるから、なんとなくもう王女になった気分になってたんだ。」
「まったく…。」
俺も昨日ウェスタ王に言われるまで忘れてたけどさ。
そろそろ辺りが暗くなってきた。
「中に入らないか?」
「うーん、もうちょっとだけいる。」
「小悪魔が出たらどうするんだよ。」
「出ないよ。」
小悪魔は闇の力を使う、ミドルクラスの妖魔。神出鬼没、特技は変化。いろいろなものに化けて人間を驚かすのが趣味だという嫌な奴である。
「それに、出たらぶっ飛ばしてやる。」
マサキの碧い瞳に光が宿る。
「…出ない事を祈るよ。」
出てきた小悪魔の方がかわいそうだ。
アキラは思わずぼこぼこにされた小悪魔を想像した自分に苦笑した。
「やっぱり入ろう。暗いのは危険だ。」
ミラジアリナのこともあるし。
「そう?」
マサキはやっぱり入る気がないらしい。
アキラは強攻策に出る事にした。
「俺は夜の方が外にいるの好…うわっ。」
アキラはマサキを抱き上げた。マサキは軽いから簡単に持ち上がる。
「何すんだ!」
マサキが暴れるが、たいしたことはない。
「ったくもう…。」
マサキは暴れるのをやめた。
廊下にあがってからアキラはマサキを下におろした。
「前にも思ったんだけどさ…。」
「何だ?」
「アキラ、力強くなったよな。」
「そうか?」
「ああ。今、アキラと真剣を交えてもあの時ほど打てる自信ねえもん。それに背、伸びたしさ。うらやましい。俺も強くなりたい。」
マサキがはあ、とため息をついた。
「……。」
この間からこっそりティラに投擲習ってるくせに。どうやら秘密特訓のつもりらしいけど、とっくの昔
に気付いてるよ。
マサキはどうやら左手で投擲をやっているらしいから、アキラとは別タイプの<双流覇者(ツイン・マスター:両手で武器が使える者のこと)>になれるだろう。<独流覇者>に比べると、圧倒的に強くなれる。
「どうでもいいけど、お前あんまり強くなりすぎるなよ。」
「何で?」
マサキがアキラに聞き返そうとした時、廊下のずーっと端っこの方から呼ぶ声がした。
「マサキ様ぁ!!」
「あ、ハールだ。」
すでに逃げ腰のマサキ。
ここ1週間、ずっとハールに付きっ切りで礼儀作法を教え込まれたのだから。もちろん、マサキがそんな事を好いているはずがない。この1週間はまさに地獄だった。
「お召し代えのための服のサイズを見て欲しいんですけど…。」
「あー、それならいい。」
マサキは今度は何を注意されるかと身構えていた警戒をといた。
「行ってくる。」
マサキは駆けていった。
その後ろ姿を見送ってからアキラは今回の親善大使団の実質的なリーダーであるガーネットのもとへと向かった。
「え。そんな女みてーな服、嫌だ。」
「マサキ様!わがまま言わないでください。今回は、一応デルタス王国の<王女候補>として国外へ行くのですから。ミラジアリナへ行く前にアリアの王にも会わなくてはいけないわけですし。」
「え?!アリアの王様に会うのか?!」
「……。」
ハールは心底あきれた眼差しをマサキに向けた。
「…そう言えば、マサキ様は大事な大事な会合の日、一番前の一番真ん中の席でぐっすりお休みになっておいででしたね。」
ハールはわざとらしいぐらいおおきなため息とともに言った。
「うっせえな。」
「…チェック。」
「!!しまった!」
<チェック>というのは、マサキの言葉づかいが悪くなるとハールが怒るぞ、という意味で発する言葉。一日の終わりに<チェック>の回数をクロークに報告されてしまう。
「……。」
マサキはひたすらだんまりを決め込むことにした。
「この服、女性用の正装なのですが召してみていただけますか?」
「…。」
無言のまま服を受け取り、さっと着替える。
いつもアークル皇后が来ているような衣装。袖はなく、腰で紐を結んでとめるタイプのものだ。すそが長くて歩きにくい。王家の文様の刺繍が施してあった。
「それに、これとこれと…。」
「…う…。」
マサキのだいっきらいな装飾品。
俺には似合わねえだろ、こんなもん。
ブルーダイヤのイヤリングに(マサキはピアスをあけていない)、金銀で細かい細工がなされたブレスレットや、サファイヤのちりばめられたもの。その他首にも額にも足首にもじゃらじゃらとつけられる。ハールはマサキの細い手足にあうように、ひとつづつの大きさを調節している。
それが終わると、少しだけ伸びたマサキの髪をきれいに撫で付け、髪飾りをつける。
「あ、忘れてた。」
ハールが最後に取り出したのは、金でライラが彫り起こされた輪。
「それは何?」
「これはですね、刺青を隠すためのアーム・アナメントです。」
ハールはそう言ってマサキの左腕、ダークネス・シールドの上にカシャン、と幅の広い輪を取り付けた。
「これが今回の正装です。」
「重いよ…。」
剣や鎧なんかに比べればずっと軽いけど、それでもかなりの重量だ。
「でも、とてもおきれいですよ。(どっちかといえばかわいらしいけど。)アキリア王子が見たらきっとひっくり返るぐらいびっくりします。」
「ほんと?」
「ええ。本当です。いつもそのような身なりをしていただくと私も嬉しいのですが…。」
「アキラ驚かしてこよーっと。」
「…。」
マサキ様はいつも私の話を最後まで聞いてくれない…。
「ふぅ…。」
ハールはもう一度今のマサキの姿を思い出してため息をついた。
本当に、ため息が出るほどおきれいなんですよ?わかっていらっしゃいますか?
澄んだ碧い瞳も、透き通る漆黒の瞳も、絹のような黒髪も…。普段は荒っぽく見えますけど、こんな風に着飾れば、王国の誰よりもおきれいなんですよ?普段は強く見えますけど、今は触ったら壊れてしまいそうなくらい儚く感じられるんですよ?
「ヴェルナ王女…。」
ハールはおそらくあと2ヶ月もすれば確実に呼んでいるであろうその名をつぶやいた。
ヴェルナは、月の女神でもあり、美の女神でもある。
神話では、太陽神と恋に落ちる。二人は互いに会う事を欲するが、月神はその儚さゆえに太陽神の前には出られない。太陽神と向かい合えばあまりの光に打ち消されてしまうから。それでも月神は愛しさからとうとう姿をあらわしてしまう。太陽神の光を浴びた月神は恋焦がれた太陽神の腕に抱かれたままその身を滅ぼしていく。
まさにぴったりの名前だ、とハールはしみじみ思う。
いまでこそ<かわいらしい>の域を完全に脱してはいないけれど、あと2・3年、もしかしたら1年ほどでとんでもない美人になることは容易に想像できる。
そう感慨にふけっている時に、廊下でばたばたばたっと走る音がして、シンジが部屋に飛び込んできた。
「い、今の、今の……マサキか?!」
「は?はあ…。」
「前々からきれいな顔してるとは思ってたけど、まさか…。」
シンジは半分混乱している。
「マサキ様は今はまだかわいらしくいらっしゃいますけれど、もう少しすればきっとお美しくなられる事でございましょう。」
「は、はは……。」
シンジはもう一度さっきのマサキを思い出して苦笑した。
アキラが見たら…ひっくり返るな、きっと。
「アキリア王子。」
マサキは会議室・皐月にゆっくりと入った。
ここ1週間の特訓で王女としての振る舞いは、しっかりからだに叩き込まれている。
「…?誰?」
アキラの口から最初に発せられたのは、こうだった。
「私をお忘れですか?」
首をちょっとかしげ、ゆったりと微笑む。
「貴方様は私の事をよく知ってらっしゃるはずですよ。」
マサキはゆっくりとアキラに歩み寄った。
ガーネットの方はとっくに気付いているようだ。驚愕の眼差しを感じる。
「私はいつも貴方のお側にいたんですよ?」
「え?え?」
「ね?」
マサキはアキラに微笑みかけた。
すごくきれいだ。この世のものじゃないくらい。
「でも、俺、お前みたいにきれーな奴、知らねえ…。」
突然の事に明らかに狼狽し、目が泳いでいる。
が、碧い色と黒い色を認識した次の瞬間、その金色の瞳がはっと開かれた。
「マサキ?!」
「御名答。」
マサキはにやっと笑った。
「うえ?あ?」
アキラは相当混乱しているようだ。
「ほんとに?」
「俺じゃなかったら誰がマサキだよ。」
マサキがどこかで聞いたようなセリフを口にする。
アキラは頭にカーっと血が上った。なぜかは分からない。マサキだと気付かなかった事に対してかもしれないし、そのマサキに見とれてしまった事に対してかもしれないし、もしかしたらマサキに<きれいだ>と言ってしまった事に対してかもしれない。
とにかくアキラは周りから見てもはっきりわかるほど顔を赤らめた。
「びっくりした?」
「あ、ああ…。」
頭がぼんやりする。何を考えて、どんな言葉を発していいのか分からない。
「でも、ひっくり返らなかったな。つまんねー。」
お前は俺をひっくり返したかったのかよ。
アキラは心の中でつぶやく。
「ま、いーか。これさあ、明日からの遠征の正装なんだ。似合う?」
マサキはその場でくるりん、と一回転。
「ああ…似合うよ。…すっげえ。」
アキラは何とか口を動かした。
ガーネットは邪魔をしては悪い、と思ったのか
「では、わたくしはこれで。」
と、そそくさ退出してしまった。
「あれ、ガーネットさんなんでもう行くの?アキラ、何の話してたんだ?」
「お前の事についてだよ。ガーネットさんじゃマサキの世話は大変だろうと思って。アドバイス。」
「俺の?世話?俺世話してもらわなくてもじゅうぶんやれるぞ。」
「…。」
無理だな。
アキラの頭がやっと冷えてきた。
「ま、いっか。」
「マサキ、明日出発なんだからそろそろ寝ろよな。」
「はーい。」
二人はいっしょに会議室を出た。
「あー、眠くなってきた。」
ふわわぁ、とマサキはあくびした。
マサキの部屋はアキラの部屋の手前。アキラの部屋からシンジが出てきた。
「あ、シンジ。」
「どうだ?マサキ見てひっくり返ったか?」
「……。」
アキラはシンジを睨んだ。
「だめだった。」
マサキが答える。
「なーんだ。でも、びっくりしただろ?」
「心臓止まるかと思った。」
アキラがため息交じりに言った。
「けけけ、やっぱりな。」
シンジが愉快そうに笑う。
「シンジ。お前最近、意地悪だぞ。」
「お前らふたり、おもしれえからな。」
シンジはにやっと笑った。
この笑顔だけは変わんねえんだよなあ…。
しみじみ思ってしまうアキラでした。
「そろそろ来るはずなんだが…。」
シンジの父がそわそわしている所に、ガルディー医師が走ってくるのが見えた。
白髪交じりの髪の毛に、歳の割にはやせがたの体型。歳は40に手が届きかけているシンジの父親と同じくらいだろうか。それとも、少し上?
「いや、すまん。遅れる所だったな。」
「いえ、まだ大丈夫ですよ。それより、助手の方は?」
「もうすぐ来るはずだ。」
ガルディー医師は、シンジの読み通り助手を一人連れて行くといっていた。
看護婦見習いの女の子だ、と言っていたが…。
「ああ、あの娘だ。王国の派遣する親善大使団だと言ったら、ぜひ行きたいというのでな。」
「はあ、はあ。遅れました。すみません。」
大きな荷物を抱えた金髪おさげの女の子がやってきた。
「こいつは、俺の大昔の弟分、バルト=ヴァンドルだ。」
「ヴァンドル…?じゃあ、あなたがシンジさんのお父様ですか?初めまして。」
女の子は荷物を地面にどすん、と降ろしてぺこっと頭を下げた。
「シンジの事を知っていなさるのか?」
慌てて聞き返そうとしたが、今、店の前で立ち話だという事に気付いた。
「ま、ここではなんですから、中へどうぞ。」
「え、そんな。」
女の子がめっそうもない、と手をぶんぶん振った。
「ミーア、別に気にかける事はない。どうせ、こいつの家だ。」
そう言うや否やガルディー医師は店にどかどかと上がり込んだ。
「マサキー!どこ行ったんだ!出発するぞ!」
ガルディー医師とシンジの父親が会う数時間前、王宮で。
「あ、シンジが呼んでる。」
裏庭に<アキラ>を連れに来ていたマサキの耳に、自分の名を呼ぶ声が飛び込んできた。
… それじゃ 僕は 先に港に向かうよ
「うん。じゃ、またあとでね。」
マサキはひらひらと手を振って妖鷲<アキラ>を見送った。
「マサキー!」
二回目の呼び声。そろそろ行かないと。
「マサキ。」
それなのに、シンジの声よりもっと近くから呼ばれた。
「あ、アキラ。」
アキラが一降りの剣を持って裏庭に降りてきた。
「これ、持ってけよ。」
アキラはマサキの手に剣を押し付けた。
柄にデルタスの守護、ライラ。普通の剣より軽い。ということは、これは<Arkle>の剣だ。
「いいのか?」
「俺はまた新しく作ってもらう。お前はこの剣の方が使いやすそうだったから、持っていくといい。」
「やった。ありがと、アキラ。」
マサキはにこっと笑った。
「マサキ!!どこ行ったんだ!出発するから早く出てこい!!」
シンジの怒号。
やべえ。怒りはじめてる。怒られるかも…。
「じゃ、アキラ。俺、行ってくる。」
「…マサキ。」
「なあに?」
マサキのきょとんとした顔。
「絶対無事に、帰って来いよ。<また>消えるのは許さない。」
「わかってるよ。」
マサキはちょっと悲しげな目をした。
やっぱりちょっと不安なんだろうか。
「俺、もう待ってるの嫌だから…。」
アキラはマサキの相変わらず細いからだを抱きしめた。
シンジの怒って自分を呼んでいる声が聞こえなくなった。周りの時間がとまったかと思った。マサキは泣きそうになるのを必死で我慢した。
「早く帰ってこい。そしたらお前は、デルタスの王女だ。」
「……うん…。」
消え入りそうなマサキの声。
「マサキ!!」
その時、ずいぶん近くでシンジの声がして、アキラはびくっとなった。
アキラは精一杯の笑顔でマサキを送り出す。
「さ、行ってこい、マサキ。」
「…うん!」
マサキは滲んだ涙を手の甲でぬぐって、シンジの声の方向へ駆け出した。
振り返らずに。振り返ったら、きっとまた泣いてしまうから…。
舞台はアトリアの港に戻る。
「バルトさん、王宮からの一団が到着なさったよ!」
店員の一人、アルマニがマサキたちの到着を告げた。
「じゃ、出るかな。ミーア、行くぞ。」
「はい。」
「邪魔したな。バルト。」
「いつもの事じゃないか。」
ガルディーの背に最後の皮肉とふっかけると、シンジの父も外に出る支度をした。
そとの通りはいつもとは比べ物にならないほど、ごちゃごちゃ、がやがや。
みんな導きの龍であり、新しくデルタスの王女に迎えられるヴェルナを、つまりマサキを一目見ようと国中から人が集まってきたのだ。
かく言うバルトも王宮で数回見たっきりだ。しかし、印象としては王女というよりも武将か戦士といった感じだった気がする。
「ミーア、急げ。合流するぞ!」
「はいっ。」
相変わらず大きな荷物を抱えて少女はガルディーの後を人込みをぬっていく。
豪華な作りの馬車が到着して、中からまずウェスタ王が降りてきた。
「わーっ」
観衆が沸く。
そしてシンジが降りてきた。が、よく見えない。バルトは人込みの前のほうに進んだ。
「皆にデルタスの新しい王女となる者を披露しよう。」
ウェスタ王はシンジに合図した。
シンジはこっくりと頷いて、
「マサキ。」
シンジが呼ぶと、中からまず細い腕が現れた。
人々の緊張が一気に高まる。
シンジは、エスコートでもするようにその手を取って王女を外へと導き出す。
「かたん、かたん。」
馬車の足場に靴のあたる音。
それ以外は、何も聞こえない。周りじゅうが静まり返っている。
「タン」
王女は地面に降り立った。
碧い瞳、漆黒の瞳、瞳と同じ漆黒の髪。きれいに整った顔立ち。すらりとのびた細く長い手足。なんと碧い色の似合うお方だろう。額の碧漆の石もイヤリングのブルーダイヤも、このかたの美しさにどれだけ引き込まれている事だろう。
観衆が皆、王女に見とれていた。
「みなさま、お初にお目にかかります。」
ぼーっとしていた人々がはっとなるような澄んだ響き。
「この美しき姫が、ヴェルナ=デルタス。デルタス国の新しい王妃だ。」
マサキがにっこりと微笑んだ。
周りがざわめく。
「そして、今回の親善大使団のリーダーの、シンジ=ヴァンドル。ヴェルナ王女の従兄弟にあたる。」
王がシンジを紹介し、シンジはそれにしたがって頭を下げる。
と、バルトの袖をちょいちょい、と引っ張る奴がいる。
振り返ると、港でいちばんおしゃべり屋のナラばあさんがいた。しわくちゃの顔をさらによせてしっわしわにして突っかかるような態度で言う。
「ちょいとバルトさん。あれはあんたの息子じゃないのかい?」
「ああ、そうだが…。」
「ひえ!じゃ、王女はあんたの姪かい!」
「まあ、そういう事になるかな。」
「本当かい!まったく、驚いたもんだね。世の中は狭いさな。」
そう言うとナラばあさんはすでに隣の人に話しはじめている。
やれやれ。
バルトがもう一度王の方に視線を戻すと、シンジとヴェルナ王女はきちーんと直立していて、ウェスタ王は次々団員を紹介している所だった。
「くれぐれも気をつけて。ミラジアリナへ到着する事より何より無事に帰ってくるのが大事だ。」
「はい。」
ウェスタ王に、シンジがはっきりと返事をした。
国の直属の帆船、ディストラル号。
「では、行って参れ。」
「はい!」
シンジはきゅっと表情を引き締めると、気合のこもった声で叫んだ。
「出港!まずはアリア国、コサラの港へ。全速前進!」
船が岸を離れる。
マサキにとっては初めての、国外への旅が始まった。




