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続・EYES  作者: 早村友裕
14/21

14.トラドシン

「あっ、おにーちゃーん!起きたよお!起きたよお!」

耳鳴りのようなキンキン声。

ヘキルは頭を押さえて起き上がった。

「ここは・・・?」

さっぱりと片付いた部屋。ヘキルはベッドに寝かされていた。

そこへ、一人の青年が入ってきた。年はシンジと同じくらい。黒髪、黒い瞳の生粋のミラジアリナ人の風貌。ストレートの長髪を後ろでひとつに束ねている。

「ああ、気がついた?大丈夫?頭くらくらしたりしない?」

「すこし・・・する。」

「そうか。じゃあ、もう少し眠るといい。」

穏やかな瞳。優しい性格が滲み出ている。

青年はヘキルをもう一度ベッドに横たわらせた。

「お前・・・誰だ?」

「僕はギオン。」

「・・・。」

ヘキルは少しずつ意識の糸を手繰り寄せた。そうだ。たしか妖魚に襲われて・・・。

「お前が助けてくれたのか?」

「うーん。まあ、正確に言うと助けたのは僕じゃなくてサイファなんだけどね。」

「サイ・・・ファ?」

「倒れてた君をここまで運んだのは、サイファだよ。僕は治療しただけ。一応これでも独学で医術を学んだから。」

「治療・・・。」

そう言えば、右足には包帯が巻いてある。

少し痛みが残っているが、歩けないほどではないだろう。

「あ、じゃあ、お前・・・ギオンにも世話になってんだな。ありがと。」

「いやいや。」

そしてギオンは手に持っていた金色の剣をヘキルの枕元に置いた。

「あっ。」

慌てて手を伸ばそうとするが、麻痺したみたいに体がうまく動かない。

「無理しないで。まだ妖魚の毒が体に残ってるはずだから。今はもう解毒剤がきいているとはいえ、サイファが運んできた時は瀕死の重傷だったんだ。まだ寝ていた方がいい。・・・剣は今セインに拾ってきてもらった。アームアナメントと碧漆の石のペンダントはそこにある。」

「あ!」

そのときようやくヘキルは右目を覆いかくしていた包帯が巻き取られていることに気付いた。そしてそれだけでなく腕輪アームアナメントも。漆黒の龍が左腕に浮かび上がっている。右手の薬指にはめていた火炎紅の石の指輪はかろうじて無事だった。

よかった。エヴァに怒られないですむ。

少しだけほっとしたヘキルに、ギオンが声をかけた。

「君の名前は分かってるよ・・・。」

「?!」

ギオンがヘキルに微笑みかけた。

「マサキ・・・マサキ=ミラジアリナだろう?」

「・・・そうだ。」

こいつには隠す必要はない。

<マサキ>はそう感じていた。

「君は何でここにいるの?本当なら王宮にいなくちゃいけないんじゃないの?」

「王宮に向かってた。途中でトラド村によって・・・そういや、ここはどこだ?トラド村か?」

「いや、ここはトラドシン。新しい村さ。僕たちはみんな次の世代のためにここに逃がされた。ミラジアリナ政府の支配におかれないように。」

「?どういうことだ?」

「君には言えないよ。だって君は皇族なんだからね。・・・ってこんな口きいていいのか良く分からないけど。」

「別にいい。俺は敬語が嫌いだからな。その方が嬉しい。呼ぶ時も、マサキで構わない。」

「じゃあそうする。」

ギオンはゆったりと微笑んだ。

そこへ、幼い声が部屋の中へ飛び込んできた。

「おにいちゃん、おにいちゃん。元気?びょーきのおねーちゃん、元気?」

「ああ、もう大丈夫だよ。」

「よかったあ!あのね、サウィーね、心配だったの。おねーちゃんがよくなりますよぉにってずっとお祈りしてたんだよ!」

たたたたたっとギオンの足元に駆け寄った小さな女の子。ギオンはその娘を抱え上げた。

愛らしい大きな黒の瞳に腰の辺りまである長い黒髪。

「ほら、サウィー、おねえちゃんにご挨拶しな。」

「おねーちゃん。あたしねえ、あたしねえ、サウィーてゆうの。はじめまして!」

「俺は・・・マサキ。よろしくな。」

するとサウィーはちょっと不思議そうな顔をした。

「おねえちゃん<おれ>ってゆうの。変なの。おねえちゃんなのに。」

「はは、そりゃ悪かった。でも癖なんだ。直しようがない。」

「くせ?くせってなあに?」

「そう言うようになってる、考えなくてもそうなることを癖って言うんだ。ほら、サウィーも自分のことサウィーっていうだろ。それと同じ様にお姉ちゃんも<おれ>って言うんだよ。」

「じゃあ、お姉ちゃんの名前、<おれ>なんだっ。」

「うーん。違うけど・・・」

ギオンが困った顔をした。

「何でもいいさ。とにかく、<マサキ>ってんだ。覚えろよ。」

「マサキ!マサキ!おねーちゃん、マサキ!覚えた!サウィー覚えたよ!」

サウィーが大声で叫ぶ。

高い声が頭にがんがん響いてマサキは少しだけ顔をしかめた。それにギオンが気付いた。

「ごめんね、うるさくて・・・。もう少し眠るといい。休めばそれだけ回復するから。」

「・・・ありがとな。」

マサキはゆっくり目を閉じた。

ギオンとサウィーが部屋を出ていく音が聞こえた。


「エルギール、昨日の白馬は?」

「今の所はつないであります。ですが、いつ昨日のように暴れ出すか・・・。」

「話を聞くよ。案内してくれる?」

「御意。」

エルギールはギオンを先導し、昨日村に突然飛び込んできた妖馬のもとへと案内した。

その純白の妖馬はギオンを見るとふんっと鼻を鳴らした。

・・・ やっとボスのお出ましかあ!ここの奴等は妖力が使えるだけでろくに会話にならねえよ

「そりゃあ悪かった。いままで妖獣と話す機会が少なかったものだからね。」

・・・ とにかく昨日からずっと言ってるんだ マサキを返せよ ここにいるんだろ?

「その前に君に名乗って欲しいな。僕だって素性も分からない妖獣に大事なお客様をお渡しするわけにはいかないよ。」

・・・ そんな事言うんなら 自分から名乗りやがれ

「ああ、ごめんごめん。僕はギオン。この村の長で、村医者でもある。」

・・・ 俺はリングだ あいつの使い獣だよ

「あいつって・・・マサキのことかな?」

・・・ そうだ

「そうか。君はマサキの使い獣か。・・・ところでさ、どうやってここを見つけたの?それから・・・」

始終にこにこ微笑んでいたギオンの表情が少しだけ真剣みを帯びた。

「どうやってここに来たの?」

リングの青い瞳とギオンの漆黒の瞳の間に緊張した空気が張り詰めた。

「分かってると思うけどここはミラジアリナ最大の湖、カルタリカ湖の中心部に存在する島だ。翼を持つ鳥や何かでない限りここへは来られないはずなんだ。だから僕たちはここに住んでいる。」

・・・ 見つけるも何も 主人の気配くらいは感じ取れるさ いくらあいつが瀕死状態にあったとしてもな

リングはぶるるっと鼻を震わせた。

・・・ ここへ来た手段については 俺の妖馬としての力 とだけ言っておこう

「力・・・か。」

ギオンはまたいつものにこにこ顔に戻った。

「わかった。マサキを連れて行くといい。でも、ここのことは一切他言無用だしマサキは病状が回復するまで待ってもらう。」

・・・ いいだろう だがあいつは急いでいる 王宮へ行きたがっている

「そうだ。それを聞きたかったんだ。何でマサキは王女なのにこんな所にいるのかな?護衛もつけずに。」

・・・ 俺の分かる範囲でよかったら 説明する

「本当?じゃあ、お願いしようか。」

・・・ まずだいぶさかのぼった話になるんだが・・・

リングはまずマサキ=(イコール)ヴェルナだという説明から始めた。

そして今デルタスの王女になろうとしていること、ミラジアリナに嫁ぐ気がないことを皇帝に直接伝えようとしていることなどを手短に説明した。もちろん、今はマサキではなく夢幻三夜星のひとり、<ヘキル>として王宮へ向かわなくてはいけないことも。

・・・マサキがいなくなってから今日で3日になる ツインハレーの二人も心配してる

だから急がなくちゃいけねえんだ

「そういうことだったのかあ。」

・・・ 一応俺がすぐつれていくってことで 他のメンバーは先に出発した

「うーんでもなあ。マサキの今の病状だと医者として動かすことはお勧めできないな。」

・・・ どのくらいかかるんだ? 回復まで

「通常で一週間、早くて4・5日ってとこかな。」

・・・ それじゃ遅い

リングは首を振る。

・・・ 俺がいくら速いと言っても 予定通りに王宮に着くには最低2日後にはここを出ないと 間に合わない

「うーん。困ったなあ。」

ギオンはちょっと眉を寄せた。

と、そこへ大きな声が飛んできた。

「リング!!」

振り向いたギオンの眼に壁にもたれるようにして立っているマサキの姿が飛び込んできた。

「マサキ!動いちゃだめだよ、毒が完全には抜けてないんだから!」

ギオンは慌ててマサキに駆け寄る。

「俺は行かなくちゃいけない。リング、俺を今すぐ王宮へ連れて行け。・・・命令だ。」

碧い瞳と漆黒の瞳。強い意志を持って輝いた二つの色彩いろ。ほんのりとピンクに染まった頬。息遣いは荒く、立っているのがやっとのようだ。

そのあまりに辛そうな様子に思わずリングが聞きかえす。

・・・ お前 大丈夫なのか?

「大丈夫とかいってる場合じゃねえだろう。俺はこんなとこでくたばってらんねえんだよ。」

そう言いつつも麻痺の残る手足には力が入らない。

「やめなよ。君はまだ動ける状態じゃないんだ。ましてや、王宮までの旅路にとてもじゃないけど耐えられやしない。」

「やってみなきゃわかんねーだろっ。」

マサキは肩を貸そうとしたギオンの手を振り払った。

こんなとこで屈していたら何しに来たのか分からない。とにかく王宮に行ってクレイド国王に会わないことには始まらない。

「今動いたら死ぬよ!絶対に君を動かすわけにはいかない。ベッドに戻るんだ!」

ギオンが激しい口調でマサキをしかりつけた。

・・・ マサキ 2日後までにここを出られるなら何とか間に合わせてみせる だからお前は一度 休め

「・・・。」

「2日間の間にできるだけの治療はする。お願いだから、今は安静にしていてくれないか?」

マサキはギオンの頼みをうつむいたまま聞いた。

そして途切れ途切れの言葉を吐いた。

「わかっ…た。戻る…よ…2日後には…絶対、しゅっぱ…つ……」

「ドサッ」

「マサキ!」

… おい!

ギオンは力を失って地面に倒れ伏したマサキを慌てて助け起こす。

「大丈夫。気を失ってるだけだ。呼吸も脈拍も安定してる。」

… よかった

「3日前に運ばれてきた時よりよっぽどましだよ。」

ギオンが苦笑しながら言った。

「それとさ。君…リングだっけ?2人乗せて走ることはできるかい?」

… 少しスピードが落ちる

「どのくらい?」

… 王宮に間に合うには 今すぐにでも出発しなけりゃな

「うーん…。そうかあ…。」

… もっとも 夜通しで走れば2日後の出発でも大丈夫だ

「それはちょっと…。」

… だったら今すぐ行こうぜ お前 付いてきてくれるんだろ?

「…。」

ギオンは困った顔をした。

「いや、やっぱり止めよう。僕はいまこの村を離れるわけにはいかないからね。」

でも、さっきのマサキの瞳が頭の隅をちらつく。

まるで意志の炎が燃えあがったかのようなあつい瞳。心動かされる気迫。

… 行きてえんだろ

「!」

心を見透かされてギオンはどきんとした。

… そいつと一緒に いや むしろそいつのことを そばで見ていたいんだろう?

「…。」

… 何で分かった って顔してんなあ

リングは続けた。

… 俺も同じだからさ

「君が…?」

ギオンが驚いた顔でリングを振り返った。

… 俺もこいつが気になった この後何を考え どう行動するのか

リングはふんっと息を吐いた。

… どうなるのか見届けたかったのさ こいつの行く末が

「僕は…。」

… お前も来いよ

白馬の声がギオンの頭の中に響き渡った。

「でも、マサキは王女で、僕は反逆者だ。一緒にいるなんて…。」

… マサキだって反抗者だ こいつはミラジアリナの意志に反して デルタスの王女になるつもりなんだからな

白馬はそこまで言うとそっぽを向いた。

… 考えろ 2日間で

「…。」

ギオンはマサキを抱え、診療所も兼ねる自分の家へと向かった。


マサキと一緒に行くべきか行かざるべきか。

できることなら行きたい。この娘が何を思い、何を望むのかをこの眼で見届けたい。自分の出生を知り、過去に決着をつけるために命を懸けて挑んでいくマサキに興味を持たないわけがない。何よりあの瞳。あの瞳に何が映っているのかを知りたいのだ。マサキにはそれだけ人を引き付ける何かがある。

だが、ギオンはトラドシンの長。トラドシンは自分の父親がミラジアリナを改革するための人材を育てるために創った子供だけの村。したがって、21歳のギオンが年長、次が18歳のエルギールとサイファ。サウィー(5歳)ぐらいの子供も多々いるというのに、ここに置き去りにするわけにはいかないのだ。

「はあ…。」

21年の人生の中でこんなにも悩んだのは初めてだった。

「コンコン」

「ん?どーぞ。」

ノックの音がしたので、ギオンはいったん思考を中断した。

「ギオン。」

「サイファ?珍しいね。」

髪は深い黒に、ところどころ銀髪シルバーヘアのメッシュの入ったストレート。瞳の色は灰色に近い。手には銀の棘のついた篭手。左耳にだけ銀のピアスを3つつけている。端整な顔立ちなうえに目尻が上がっているからいつも怒っているような印象を受ける。

「どうしたの?君がこんな所に来るなんてよっぽどのことがあったのかい?」

「…お前さ奴についてけよ。」

「え?」

「行けよ。俺たちのことなんか放っていけばいい。」

「…!」

ギオンは呆気に取られた。

「サイファ、君は全部知って…。」

「行け。俺たちに構うな。」

サイファが鋭く言い放つ。

きつい言い方だが、それがサイファの精一杯なのだということをギオンは知っていた。

「サイファ…ありがとう。」

そしてギオンは心を決めた。

マサキについて行こうと。マサキをしっかりと王宮に送り届けよう、と。たとえそれが…皇族マサキに味方することが、村を捨てることに繋がるとしても。

それが、ギオン自身の<意志>なのだから…。


マサキは2日たっても目を覚まさなかった。

これでは出発できない。

… このやろー 自分で2日後に出発だとか抜かしておきながら なに寝てやがるっ

「しょうがないよ。」

ギオンは苦笑した。

マサキには解毒剤の痛みを感じさせないために睡眠薬も投与してあるのだから。

… 時間は時間だ 出発する

ギオンは最低限の医療道具、食料などを持った。

早朝の冷え込みは厳しい。だんだん内陸に入っているせいもあるだろうが、吐く息が白いほどにまで気温が下がっている。

出発しようとした2人+一頭のもとに、エルギールが駆けてきた。

「リーダー。これ、持っていってください。」

「?これは?」

「呼びコーリング・スピーです。」

皮袋に入った白い粉。おそらく妖力を物質化したものだろう。

「これで、僕の使い魔を呼ぶことができます。」

「君の使い魔?…あ!もしかして、ケプラー?!」

「はい。この粉を火にくべてくれればいいです。そうすればすぐに駆けつけるようにケプラーに言ってありますから。」

「それはありがたい。」

ギオンはにっこりと微笑んだ。

… ケプラーって何だ?

「エルギールの使い魔なんだ。」

… 俺は妖魔の種類を聞いたんだ

「ホーンペガサス(一角妖飛馬)だよ。」

… はあ?! ホーンペガサスだとおー?!

ホーンペガサス(一角妖飛馬)。ペガサスよりも固体数の少ない、ユニコーンとペガサスの合いの子。真っ白な翼と真っ白な角。今まで確認された例はたったの5個体という極めて珍しい妖魔である。実力の方は、ミドル上位のペガサス(妖飛馬)+ミドル下位のユニコーン(一角獣)、ということでミドル中位である。

「エルギールもすごく強いんだ。」

「そんな…リーダーに比べればまだまだ…。」

リングは呆気に取られた。

この村にはミドルクラスの妖力者がごろごろいるわけだ…。

… この村で一番強いのはお前か?

「違うよ。一番はサイファ。次が僕。3番は…サウィーかな。」

… サウィー? あのガキが?

「そうだよ。その次ぐらいにエルギール。」

うーん。強さを見ぬけないとは最近俺の感覚が鈍ってきたのかもしれない。

リングはちょっと反省。

「僕も話に加わりたいんですけど…。」

エルギールがちょっとすねたように口を挟んだ。

… 加わりたかったら 妖獣と話せるようになってから来なっ

「早く妖獣と話せるようになるといいね、だって。」

「あーそうなんですかあ。ありがとう、リングくん。」

… 俺はそんな事言ってねーーっ

叫ぶリングをよそに、ギオンは毛布にくるんだマサキのからだをリングの背に乗せ、自分も馬上にまたがった。

「じゃあ、僕は行ってくるよ。とりあえず我が国の皇女を王宮へ届けに、ね。なるべく早く戻るつもりだけど、どのくらいかかるか皆目見当付かないからさ、留守の間は頼むよ。それと、ヒバリにはトラド村にいるって言っといてくれないか?あの娘に知れると事が厄介になるからね。」

「分かりました。」

エルギールは深く頭を下げた。

「御幸運をお祈りしています。」

「ありがとう、エルギール。」

ギオンはマサキを左腕一本で支え、もう一本の手で手綱を取った。

「行こう、リング。」

… はいはい

ちょっとむくれぎみのリングに乗って、ギオンとマサキは王宮へと出発した。


「ん…?」

走り出してしばらくたつと、マサキが目を覚ました。

「マサキ。」

「ギオン…?ここ…は…?」

「もう王宮に向かってるんだ。」

「そう…。」

息が辛そうだ。もう一度睡眠薬を飲ませた方がいいかな?

「お前も一緒に…来てくれたのか…」

「うん。心配だったからね。」

風を切る音が耳元で鳴り響いて、か細いマサキの声がギオンの耳に入るのをはばむ。

「…りが…と」

「え?」

うまく聞き取れなかったが、マサキはもう一度言いそうにない。

「つらい?つらかったら睡眠薬、あるけど…。」

「大丈夫だ。…なくても眠れる…」

マサキの碧い瞳と漆黒の瞳が閉じられていく。

「ついたら起こすよ。」

聞こえているのか、いないのか。

マサキの意識はすっかりと沈み込んでしまったようだ。



「リング。少し休もう。」

… もう? 早くねえか?

「まだ先は長いから。後のために体力のこしたほうがいいよ。」

… 分かった。

意外なほど従順にギオンに従い、リングはスピードをゆるめた。辺りは暗くなり始めている。昨日の早朝に出発してから休みなし。さしものリングも息が少し荒い。

草原を抜けると、深い森だった。この森には妖精フェアリーが住むらしい。

「フェアリーの森か…。久しぶりだなあ。」

… 来たことあるのか?

「前に一度だけね。」

マサキの足の傷の具合を見ながらギオンが答えた。

「フェアリーは妖力自体はそんなに強くないけど、幻惑は得意なんだ。気をつけてね。」

… 分かってる

リングのふてくされたような返事にギオンは苦笑した。

「素直じゃないなあ。」

マサキの足は妖魚に食われかけた時のもので、そんなに大きくはないが深い傷が幾つもあった。一応縫合はしたが、癒えるまでにはまだかかるだろう。

… それと前から聞きたかったんだが その袋は何だ?

リングが目を止めたのは、ギオンの腰にくくりつけてある小さな袋。普通なら薬草かなにかをいれるくらいの大きさだ。

「これは秘密。いくらリングでも言えないな。」

… 何でだよ

「僕の命に関わることだからね。そんなに簡単には教えられないよ。」

ギオンは相変わらず人のよさそうな顔で笑う。

… お前としゃべってるとこっちまで調子狂っちまう

膝を折ってギオンの焚いたたき火の側にしゃがみこんだリングがぽそっとつぶやいた。

リングの碧い瞳に炎が反射して何ともいえない色を表している。

「あ、でも僕リングの能力ちから知っちゃったしなあ。不可抗力とはいえ他人の能力を知るのは良くないよね。教えようか?それであいこになる。」

ギオンはリングににこにこ笑いかけた。

… いい 言いたくないものを聞こうとは思わん

「そうかあ。じゃあ、そういうことで。」

しばし沈黙が流れた。

辺りも静まり返っていて耳がおかしくなりそうだ。

「朝になったら起こすから。寝てていいよ。」

ギオンがそう言った時にはすでにリングは深い眠りに就いていた

「やれやれ。」

ギオンは自分の羽織っていた毛布をリングの背にかけ、焚き火に新しく薪をくべた。


次の日の朝。

リングが起きる前に、マサキも眼を開けた。

「おはよ、ギオン。」

「おはよう、マサキ。気分はどう?」

「だいぶいい。この間から比べれば全然大丈夫だ。」

とはいうものの、起こした上体を支えている左腕が小さく痙攣している。とても体調がいいとは言えない。ギオンは持ってきた薬をマサキに飲ませ、リングを起こしにかかった。

「リング、起きな。朝だよ。」

… ん…?

ぐぐっと首をもたげたリングの眼に、マサキの姿が飛び込んだ。

… お前やっと起きたのか おせーんだよ

本当は嬉しいのに、なかなか素直に言えない。

「うっせーな。」

… しかも死にそーな面 しやがってよ

「余計なお世話だ。」

リングとマサキの言い合いをよそにギオンはかばんから袋を取り出した。

「マサキ。」

「何?」

「持ってるといい。君のだ。」

「あ。」

ギオンが袋に入れていたのは金のアームアナメントと、碧漆の石と、黄金きんに輝くライラの剣。

「ありがと!ギオン!」

早速ぎこちない手つきで装飾する。

「やっぱりこれがないと落着かない。」

ライラの剣を背負うと、気分が高揚してくる。

ぎゅっと拳を握ってみた。もう少しだ。完全に回復できるまで。

「無理しないでね。せっかく治りかけてるんだから。」

「わかってる。」

全然分かってるようには見えないんだけどなあ…。

今にも立ち上がりそうなマサキを見て、ギオンは心の中でつぶやいた。


「すげえーっ。フェアリーって初めて見たぞ。」

… すげえ大群

薄暗い木々の無効に小さく揺れるほの白い光。

目を凝らすと、小さな小さな人間に羽が生えたような妖魔だということが分かる。

『だあれ』

『だあれ』

『わたしたちの』

『もりを』

『とおるのは』

『とおるのは』

かわるがわるリングに乗ってゆっくりと進むマサキたちのまわりに飛んできては離れ、近づき・・・といったことを繰り返す。

「僕たちは、王宮に向かっているんだ。君たちに危害を加えたりしないよ。安心して。」

『でも』

『でも』

『あなたたちは』

『つよいちからを』

『もっている』

不安を含んだ声。マサキやギオン、リングの力はロークラスのフェアリーにとっては驚異であろう。

「何もしねえって言ってんだろ。」

マサキが荒っぽく応対すると、光たちはぱっと飛び散った。

「だめだよマサキ。フェアリーたちは一度<狩り>に遭っているんだ。人間を恐れるのも、無理はないんだ。」

「狩り?何の?」

マサキが自分を支えるようにして後ろに乗っているギオンを振り向いた。

「それは…。」

ギオンが説明しようとした時、突然耳鳴りのような不思議な信号音パルスが響き渡った。

マサキがウィオラを呼ぶ時と同じ。まわりの妖力が渦を巻いている。

『フェルルさま』

『おたすけください』

『わたしたちを』

『おたすけください』

『おたすけください』

「フェルル・・・?」

「こいつらのボスの名前じゃねーの?」

マサキはきょろきょろ辺りを見渡した。

来た。大きな光輝の気配。

「どうする?強そうだよ。」

… いざとなったら 一気にこの森を駆け抜けてやるよ

「何か・・・フェアリーとは違う気配がする。」

「僕もそう思うよ。」

木々の向こうに、大きな光が見えてきた。

… なあ

「なに?」

… あれ・・・エルフじゃねえ?

「エルフ(妖聖霊)?」

エルフは、最も人間に近い妖魔とされている。その姿は人間そのものだ。

その光がゆっくりと近づいてくる。リングは足を止めた。

『人間の旅人よ わが問いにお応えください』

「はい。答えられる範囲でなら。」

ギオンがいつもと変わらない笑顔で対応する。

エルフはやはり美しかった。物憂げな表情を浮かべる顔が、何ともいえず艶っぽい。まるで水を思わせるような淡い青の髪は、細いストレート。額についたティアラも、手にしたロッドも彼女の美しさをより一層引き立てている。

ギオンは視線を合わせるため、リングから降りた。

マサキは支えを失って落ちそうになったが、なんとかがんばってリングに繋がる。

『私はエルフ(妖聖霊)のフェルル あなた方の名をお教えください』

「僕はギオンです。この娘はマサキ、それと妖馬のリングです。」

『これからどちらへ向かわれるのですか?』

「王宮のあるヴェル・アポートまで。」

『目的は?』

「僕はマサキを王宮へ送るため。リングは主であるマサキに従っただけ。マサキは、友人が王宮そこで待っているから。」

『では、あなた方の使える妖力を教えてください。』

「え…?技とかですか?」

ギオンが怪訝そうな声を出した。

自分の能力をむやみに人に教えるものではないと、父親から十分に教わっている。

『いえ 光か 水か・・・ということです』

「僕は闇。リングは水。マサキは・・・ねえ、マサキ。君は何?」

「水だよ。」

「…だそうです。」

『そうですか・・・では最期の質問です これに答えてくだされば ここを通して差し上げましょう』

エルフのフェルルはその美しく澄みきった青眼ブルー・アイでギオンを見つめた。

『あなた方は…誰ですか?』

「え??」

突拍子もない問題に、ギオンは思わず眉を寄せた。

「僕が・・・誰かだって?」

『はい お答え下さい』

美しいエルフは表情を崩さずにそう言った。

「僕は・・・ギオン。21歳。父親はダクト。母はツィネア。この国の改革を行うための人材を育てるトラドシンの長なんだ。」

『…』

妖聖霊フェルルは表情も変えずにギオンの黒い瞳を覗き込んだ。

「父からはいろんな事を教わったよ。特にこの国の影の部分をね。だから僕は近いうち革命を起こす。」

ギオンはとんでもないことをさらっと言ってしまった。

… お前さあ 普通 仮にも皇族の前で革命の予定なんかぺらぺらしゃべるか?

リングがあきれたように言い放つ。

「いいよ。マサキなら。マサキは誰にも言いやしないだろう?」

「あたり…まえだっ。」

うまく動かない身体と悪戦苦闘しながらマサキが答えた。

エルフは少しだけ眉をひそめた。

『それから?あなたは?』

そして次はマサキのほうへ目を向けた。

「俺はマサキ=ミラジアリナ。ヴェルナ=デルタスでも構わん。もしくはヘキルっていう名もある。俺は自分が誰なのか良く分からねえからお前の質問には答えられねえよ。」

『自分が誰か分からない・・・?』

「ああ。それが俺の<答え>だ。」

マサキは青と黒の眼をエルフに向けた。

… 俺はリング マサキの使い獣だ 今はそれだけだ

『今は というと?』

… 過去は語らねえし 未来は分からねえってことだよ

『…』

フェルルはますます眉を寄せた。

「ちゃんと答えたから、通してくれますよね?」

ギオンが終始変わらなかった愛想のいい顔でフェルルに尋ねた。

フェルルは少し迷った。が、この3人が<嘘をついていない>のは事実だ。<サイコ・トランス(精神分析)>で調べた。3人とも言っていることに偽りがない。ただ、マサキと名乗るこの人間にだけは、迷いが感じられたのだ。

『マサキ=ミラジアリナ、あなたの心に迷いが感じられます。その迷いに飲まれないよう、お気を付け下さい。』

「結局通っていいのか?だめなのか?」

マサキがいらいらの感情をあらわにした。

『森の出口までご案内いたします。』

「ありがとうございます。」

ギオンが頭を下げた。


3人(?)は次の日には無事森を抜ることができた。その上フェルルのおかげで近道を通ることができ、時間に余裕ができた。

王宮のあるヴェル・アポートまではもう一息だ。

「あの山を越えればすぐなんだけど…その前に休憩する?」

3人の前に立ちはだかったのは標高1425メートルの聖山アクロス。古来からビルラの住む山として崇められてきた。

「しない。このまま行く。」

… でも このままだと 山の中で夜を明かすことになるぜ?

「いい。とにかく急ぎたい。」

マサキの気が焦っているのが他の2人にも痛いほど伝わってきた。

「わかったよ。行こうか、リング。」

… はいはい

リングはゆっくりと歩を進めた。


「いかにも妖魔が出そうな雰囲気だよね。」

「何でもこいっ。ぶったおしてやる。」

手足の痺れが取れ、すっかり回復したマサキがにやっと笑う。

「あんまり無理しちゃだめだってば。」

「分かってる。」

「いーや、マサキは分かってないね。」

「何ぃ?」

マサキはギオンを振り向いた。

「昨日だって僕がちょっと目を離した隙に投擲の練習するし、剣の練習するしさあ…。」

「げ。知ってたのか?」

「当たり前だよ。止めようとしたのにリングはやめろって言うし。まったく…動けなくなっても知らないよ?」

いつもにこにこしているギオンが、珍しくちょっと眉を寄せて不機嫌な顔になる。

「大丈夫。もう平気。」

マサキはぶんぶん腕を振り回した。

「時々発作みたいに手足に痺れがくるっていう症状が残るはずだよ、あと2・3日は。」

「大丈夫、大丈夫。」

「…。」

ギオンはまだ何か言いたげだったが、無駄だと感じたのかそれ以上は言わなかった。

と、その時マサキは何かの気配を感じた。

「妖魔・・・。」

「え?」

「何かいる。そんなに強くはないがな。この間の妖魚より弱い。」

「じゃあノーマルクラスだね。全然大丈夫だよ。」

その言葉にマサキはちょっといぶかしげな表情を浮かべた。

「ギオン・・・お前さあ、分からねえのか?この気配。」

「えっと…うーん…分からない。」

ギオンはあはは、と笑った。

「僕そういうのは苦手なんだよ。気配を感じるとか、強さを測るとかさ。」

「ふーん。ミドルクラスの妖力者なのに、か?」

ギオンの表情が少し強張った。

「別にいいけどな。闇は感覚が鈍いって聞いたし。」

マサキはまた正面に視線を戻した。

… にしてもよ こんな近くの気配感じねえのは ちょっとおかしいぜ ノーマルの妖力者ならともかく

「…。」

… お前本当に妖力者なのか?

「?!」

マサキは思わずギオンを振り向いた。

ギオンの表情がいつになくかたい。

「ギオン・・・?」

「君たちには・・・話せないよ…。」

「あ、そう。じゃ、聞かねえ。リング、お前も聞くな。命令だ。」

… はいはい

最近命令が多いなあ…と心の中でつぶやくリング。まあ、自分からマサキの使い獣だって名乗っちまったからにはしょうがねえか。

「?!」

マサキの緊張が張り詰めた。

「来た。妖魔・・・闇のちから…そんなに強くない。でも…数多い。」

マサキは右斜め前方に目を凝らした。

薄暗くてよく見えない。

・・・ マサキ 気をつけろ

リングが珍しく緊張気味の声を出した。

「何で?」

… おそらく ビールス(寄生細菌)だ

「ビールス…?」

「うわ、それは厄介だね。」

「どんなやつなんだ?」

マサキが気配の方向から目をそらさずに聞く。

「そのものずばり、細菌ビールスさ。人や動物の中に入って寄生し、意識を乗っ取るという能力を持つ妖魔だよ。しかも・・・小さい!」

「小さい?どのぐらい?」

「このぐらいかなあ?」

ギオンが指で小さな丸を作る。

… 豆粒大ってとこだろうよ

「そう。そのぐらい。普通に攻撃して倒すのは無理だろうね。小さすぎるよ。」

「じゃあどうやって倒すんだよ。」

「うーん。炎があればベストなんだけど・・・君の氷壁アイスウォールでも大丈夫。要は敵を丸ごと潰せる技ならいいんだ。」

… 俺の能力は 戦闘向きじゃない お前らでなんとかしろ

リングはふんっと鼻を鳴らした。

… それ全部な

「げげーーっ。」

そこに浮かんだのはまるで蜂のようにヴーンとうなりをたててとぶ無数のビールス。

「ちょっと多いなあ。」

ギオンは苦笑。

「ギオンお前何とかできるか?こいつら。」

「何で?」

「ここ水ねえからアイスウォールは一回で限界。」

「あ、そう。」

ギオンはリングから降りた。

「しょうがない。あんまり妖力は使いたくないんだけどなあ。」

「ギオンの能力、何なんだ?」

「マサキ。」

「何?」

「君は知らないみたいだから、これを機会に覚えるといい。」

ギオンの身体に妖力が集まってくる。

「妖力は、単独でそのものを使う時がほとんどだけど、2種類を複合して使うこともあるんだよ。例えば、水と光とか、炎と光とか。2種の混合で、それまでにはない特性を発揮する場合もあるんだ。」

集まってきた妖力は、闇。そして・・・炎?!

「君の使う<氷結アイス系>の技っていうのは、実は水と闇の複合技なんだ。そして、僕が使うのは、闇と炎の複合…」

ギオンは指の先に黒い玉を作り出した。

まわりをうっすらと炎のような赤い光が取り巻いている。

「<爆弾ボム系>の能力さ。」

その黒い球はすうっと動いてビールスの群れの中心でぴたっと止まった。

炸裂弾クラッシュボム!」

ギオンの鋭い叫びとともに、黒い球体から閃光が走った。

「ドーーン!!」

… くっ

リングとマサキは思わず目を閉じた。

ものすごい爆音とともに衝撃波パルスが空気中を一瞬で駆け抜ける。

「…びっくりした…。」

マサキが恐る恐る目を開けると、ビールスの数は半分以下に減っていた。

「もう少し下がってた方がいいよ、二人とも。そうしないとまた巻き添えになっちゃうよ。」

… 最初っからそう言いやがれっ

リングはそのまま後ずさり。

が、その時ギオンが叫んだ。

「マサキ!後ろ!!」

「えっ?」

振り向いたマサキの眼に飛び込んできたのは、別のビールスの群れ。

「うわっ。」

マサキは近くの何匹かを手で払い落とした。

が、ビールスは相当な数だ。

「くそっ。」

反応しきれない!

マサキの目の前にビールスが迫った。

「マサキ!」

身体を乗っ取られてしまう!

が、その時だった。

「ファイヤー!!」

「?!!」

マサキの目の前が真っ赤な炎に染められた。

「ちょっとそこの始終へらへらしてる奴!さっさ伏せなさい!!」

「?僕??」

訳が分からないままギオンがしゃがむと、ギオンの眼前にいたビールスたちも一瞬にして焼き払われた。

「何やってるのよ、あなた!しっかりしなさいよ!」

「だ、誰だお前?!」

マサキたちの目の前に降りてきたのは、赤い翼をもつレッドエンジェル(炎聖天使)。

「わたし?わたしはレッドエンジェルのキャラよ!」

「何で助けてくれたの?」

ギオンが聞いた。

「私だって助ける気はなかったわよ。シンジにも見張ってるだけって言われてたしね。だけどあんたたち、トロすぎるのよ!見てていらいらするわよ、ほんとにもう!」

かわいらしいおおきな瞳をきっとつり上げて、キャラはぷんすか怒っていた。

「シンジ?お前シンジの知り合いか?」

「私はシンジの使い魔よっ。」

「使い魔?シンジににもいたんだ。しかも強そう。ってかそーとー強い。」

「うるさいわね、あなた。ちょっと黙りなさい。」

キャラはマサキを睨んだ。

「何で怒ってんだよ。」

マサキも不機嫌な声を出す。

… やめろ マサキ

リングがたしなめる。

「…。」

マサキはしぶしぶ従った。

「シンジに見張れって言われてたのよ。絶対にマサキはミラジアリナに来るはずだからって。まさか本当に来られるとは思ってもみなかったけど。」

「…。」

シンジにはばっちり見抜かれていたらしい。マサキがミラジアリナへ来ること。

キャラは赤い瞳をマサキに向けた。

「これ以上シンジに負担を増やさないでよ。あんたなんかが来たら、足手まといなのよ!」

「うっせえな。てめえこそ俺の邪魔すんじゃねえ!」

「いつ私が邪魔なんかしたのよ?!むしろ助けてあげたこと感謝して欲しいぐらいだわ!!」

キャラとマサキの視線がぶつかる。

… マサキ やめろといってるだろう

「いやだ。こいつ、すっげえむかつく。徹底的に決着つけてやる。」

「いいわよ。」

キャラが不敵な笑いを浮かべた。

「指一本触れずに勝ってあげる。」

「できるならな。」

「10秒前…9…8…」

と、突然キャラは秒読みを始めた。

「なんだ?」

「4…3…」

「何でもいいや。いくぞ!」

マサキが剣の柄に手をかけた時だった。

「1…ゼロ!」

「うっ?!」

腕にしびれが走る。足にも力が入らない。

マサキはその場に崩れ落ちた。

「何・・・だ?これ…。」

「ああ、やっぱりまだ毒が残ってるんだ。無理しちゃだめだって言ったのに。」

「ばかね。そんな身体じゃ戦えないでしょう?私の勝ちね。」

キャラはふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべた。

「くそっ、お前何で発作がくるってわかったんだよっ。」

「私の能力よ。」

「予知?光輝の力じゃないのに?」

「予知とは違うわよ。」

キャラは翼を翻した。

「私はまた上から見てるわよ。いらいらさせるような事しないでよ!」

「あ、ありがとう、助けてくれて。」

「いーえ。」

キャラはギオンに向かって微笑むと、また空に飛び上がろうとした。

「まてっ、てめえ!逃げる気か?!」

「何よ、負け犬。」

キャラはマサキを睨んだ。

「見張るとか言ってそのまま逃げる気だろ?!」

「そんな事しないわよ!」

「だったら行くなよ!!回復してからもう一回勝負だ!!」

「ばっかじゃないの?!素直に負けを認めなさい!」

「負けは認める。でも、俺が勝つまで勝負する!次は負けない!!」

「負け犬の言うことを聞く義務はないわ。」

キャラはマサキを無視して行こうとした。

「怖いのかよ!へっ、聖天使エンジェルもたいしたことねーな!」

「何ですってえ?」

マサキの野次にキャラが振り向いた。

「怖いから逃げるんだろ?」

「違うわよ!」

「だったら残れ!」

「…分かったわよ。その勝負受けるわ。」

二人の間に火花が散るのが見えそうなぐらいだ。

ギオンはあきれて二人を見ている。リングは肌にぴりぴり敵意を感じて思わず身を竦めた。

「マサキ、あと2日は動いちゃだめ。決闘したいんならその後にしな。」

「いくらでも待ってあげるわ。」

「言ったな?逃げるなよ!」

「あなたこそ後からやめたいなんて言ってもきかないわよ!」

こうしてマサキたちは3人から4人に増えた。


「何か来る。」

夜の帳が降り、山の中で一夜を明かすことになったマサキたち。

マサキは注意深く辺りを見渡した。

「ビールスとは比べ物にならないわね。」

「多分レヴィとかシャラメイくらいのレベル…。」

「え。じゃ、ハイクラス?そんなの、八星使くらいしかいないよ。」

「闇の力ね。デーモンは消滅したはずだから、残りは・・・」

4人の視線が重なった。

「ウォール!」

… それはおかしい ウォールは俺の故郷(キチ島)の妖のものたちの長だったはずだ

「そう言えば父さんが仲間にしたって言ってた気がする。アキラに聞いた。」

そう言っている間にも気配は近づいてくる。

「ぐるるる・・・・・・」

低いうなり声が聞こえる。

「ウォールか?」

「貴様ら、何者だ。」

暗闇から一匹・・・いや、一頭と言ってよいだろう。体高がマサキの身長ほどあるようなおおきな妖狼が音もなく姿をあらわした。

闇に溶け込む毛並みは漆黒。瞳の色も深い闇で、しゃべるたびに鋭い牙が見え隠れする。

「ウォール!何でここに?!」

「質問しているのは私だ。」

有無を言わさぬような強い語調。

キャラとリングはあまりの力にただただ唖然とするばかりだ。

「俺はマサキだ。王宮に行きたい。通してくれ!」

「マサキだと・・・?」

ウォールの表情が変わった・・・気がした。

焚き火の火がバチン、とはねる。

「お前が・・・マサキ?」

「そうだ。」

ウォールは大きな鼻先をマサキに近づけた。

「…。」

マサキは微動だにせずにウォールを見据えた。

碧い瞳と漆黒の瞳。<あの人>と同じ・・・。

「ビルラ様が中に入っていたのはお前だな?」

「そうだ。もしかして怒ってるのか?あいつをやっつけたこと。」

「…いや…。」

怒りはしない。私はあの方を裏切ったのだから。

「クロークは・・・元気か?」

「父さん?ああ、元気だよ。」

「そうか。それはよかった。」

メシアとかいうあの女性が、クロークを闇から救い上げたのだ。そして、息子のティラと娘、このマサキもまたクロークの光となる。

ミラジアリナの王子、クローク=ミラジアリナ。初めて会った時からすでに心惹かれていた。

「ウォール、お前は何でここにいるんだ?父さんの使い獣だったんだろう?」

「昔の話だ。」

ウォールはひそやかな声でつぶやいた。

「知りたくば教えよう。私の知る限りを、お前の知りたがっていることを・・・。」


「私は闇だ。一所にとどまれば、その地は闇の所と化す。故にわたしは一定の場所にはとどまらない。」

ウォールは焚き火にその黒い影を落としながら、低い声でかたりはじめた。

「お前の父クロークとであった時私はデルタスのある島にいた。そこは妖力者の集まる島だった。」

「知ってる。リングの生まれ故郷だ。」

「リング?」

「この妖馬。知ってるかなあ?ヒビキとキョウって名の馬の子供なんだけど。」

「ヒビキの子?!」

ウォールは驚きの声を上げた。

「そうか。運命とは時に偶然を生む。おかしなものよ。」

「ヒビキも父さんの使い獣だもんね。」

「そうだ、あいつは生意気だが根はいい奴だった。」

ウォールは懐かしむように目を細めた。

「そうだ。私はクロークと出会った。その時、クロークは妖馬に乗っていた。それがヒビキだ。」


「何者だ。人間。ここは妖の森だと知ってのことか?」

「もちろんだ。」

クロークは八星使ウォールを目の前にして、物怖じもせずに言った。

「私はお前を連れて行かなくてはならないのだ。・・・私自身の居場所を確保するために。」

「帰れ。」

そうは言いつつも、ウォールはこの人間に自分に近い力を感じ取っていた。

おそらく、実力は……互角!!

「一緒に村に来てくれ。」

「断る。」

争いになれば、双方無事ではすまないだろう。

戦いは、避けたい。

「ウォール!」

クロークの悲痛な叫び。おそらくウォールと同じ事を考えていたろう。

が、ウォールは人間の言うことを聞くのは嫌だった。

「帰らぬのなら実力行使する。」

ウォールは別に戦いを嫌いはしなかった。できるならしたくない、程度のものだ。

しかも今目の前にいるのは自分と同じだけの実力を持つ人間だ。戦いたいという興味がわかないわけがない。

「俺はお前と戦いたくない。もちろん、傷つけたくもない。」

「なら今すぐここから引き上げることだ。」

「…。」

張り詰めた空気がその場を支配する。


「それから、私とクロークはしばらく睨み合っていたのだが・・・…ん?」

ウォールが気付くと、マサキはリングの身体にもたれかかってすでに眠りについていた。よほど疲れていたらしい。

「ごめんね。マサキ、寝ちゃったみたいだ。」

ギオンは苦笑。

「まあよい。話の続きはまたの機会にしよう。」

ウォールは立ち上がった。

「また会えますかあ?」

ギオンはのんびりと聞いた。

「分からぬ。」

ウォールはリングを振り向いた。

「ヒビキによろしく頼む。」

… は、はいっ

リングはがちがちに緊張している。

ウォールはそのまま焚き火に背を向けると、漆黒の闇の中に消えて行った。

・・・ はあっ

リングが大きく息をはく。

「どうしたんだよ、二人とも。そんな固まっちゃって。」

「どうしたのって・・・ウォールの力が強すぎるもんで重圧で息苦しくって・・・。」

「そう?もしかして妖魔や妖獣にだけ感じられる力ってあるのかな?」

「違うわよ。あなたはにぶいからいいのよっ。」

「僕そんなに鈍いかなあ・・・?」

首をかしげるギオン。

… にぶいっ そう思う時点ですでににぶいっ お前が鈍くなかったら誰が鈍いんだよ?!

「ウルトラ鈍感やぶ医者のくせに!!」

「えー。やぶ医者は余計だよー。」

ギオンは口を尖らせる。

… 少なくともぼーっとしてるから 名医でないことだけは確かだな

「別に名医になりたいわけじゃないけどさあ。ちゃんと治療ぐらいできてると思うんだけどなあ・・・。」

なんて鈍感バカなんだろう。

キャラは頭を抱えた。

「<思うんだけどなあ>じゃ困るわよ!そんなんで本当に医者やってたの?!」

「うん、まあ。」

… 独学だって言ってなかったか?

「ええっ?!?!どっ、独学?!医術を?!」

キャラは思わず大声を上げる。

その声に反応して、マサキがむくり、と起き上がった。

「うるせえ。睡眠の邪魔だ。静かにしろ。」

「勝手に寝てなさいよ。邪魔したつもりはないわ。あなたが勝手に目を覚ましたんでしょう?」

「何だと?あんだけキンキン叫んどいてよく言うぜ。」

マサキがあからさまにキャラを睨む。

「もー。二人ともうるさいなあ。」

ギオンは眉を顰めて耳を塞いだ。

… ほっとけ

「あーーーっっっ!!」

と、突然マサキが大声を上げた。

「俺ウォールの話し聞いてたんだった!」

「もう行っちゃったわよ。」

「くっそー。ウォールにわりいことしたなあ。」

「本当よね。ウォールにもいい迷惑だわ。」

「うるっせえ!!てめえはだまってろっ!」


「……。」

「……。」

マサキもキャラもさっきから一言もしゃべろうとしない。

お互いにつーんとそっぽを向いてしまっている。ギオンは困ったような笑いを浮かべている。

「あの…もうすぐ王宮なんだけど・・・さ。」

つーん。

「どうしよう、リングぅ・・・。」

… 情けねえ声出すんじゃねえっ

どうやらリングもいらいらしている模様。

「はあ…。」

ギオンは大きくため息をついた。


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