13.逃走
今、アキラはトリニダへと向かう船の中にいる。
別にシャラメイを呼んでひとっとびに向かってもよいのだが、これは自分の問題だから妖の力を借りずに自分で解決したかった。
「3日のうちにはトリニダに到着できると思います。」
「ああ、わかった。」
アイコットの報告に適当に返事をし、アキラは甲板から星を眺めた。
そこへ、ジャフティがやってきて声をかけた。
「アキリア王子。」
「ん?」
「戦況ですが、テミストクレス総隊長たちでなんとか持ちこたえているそうですが、何にせよ人数が・・・。トリニダを突破されるのは時間の問題だそうです。」
「そうか・・・。」
アキラの気持ちがピン、と張り詰めた。
まだ国民に、ミラジアリナから兵がやってきたことは知らされていない。被害を最小限に食い止めるための措置だ。へたに公表して大騒ぎになってもらうと困る。だから、ミラジアリナからの軍を何があってもデルタスの国境にあるトリニダで食い止めなくてはいけなかった。
「ふぅ。」
小さく息をはいて、身体の緊張を解く。
マサキは今、何をしているのだろう。どこにいるのだろう。本当にミラジアリナに向かったんだろうか。どうやって行ったんだろう・・・。
「ヴェルナ王女のことですか?」
「ん?ああ。よくわかったな。」
「何年もお側に仕えておりますから。」
ジャフティが人懐っこい笑顔で笑う。
幾つになっても変わらないその笑顔をみると、なぜかとても落ち着く。
「あの方は大丈夫ですよ。無茶な方ですが、その無茶を乗り越えるだけの力も持ちあわせていらっしゃいますから。」
「・・・。」
マサキがいなくなってからつくづく思う。あいつは、こんなにも信用されていたんだなあ・・・と。意外だ。
アキラはふと思った。
「なあジャフティ。お前に・・・夢ってあるか?」
「私の夢・・・ですか?」
なんとなく聞いてみたかった。ティラの夢を聞いてから、自分がだけ何も考えずに毎日を生きているような気がしていた。
ジャフティにも<これから>の夢があるんだろうか?
「私の夢はこれからもずっとアキリア王子のお側に仕えることでございます。」
「え?」
「<アキリア王>となられた後もずっと。それが私の望みです。」
「ジャフティ・・・。」
じゃあ、俺の夢は?
アキラは自身に問い掛ける。
今やりたいことは?マサキに会いたい。でもそれは<夢>ではない。だったら他に?国を守らなくちゃいけない?それは義務だ。王室に生まれたものとしての・・・。でも、それだけか?義務だけでこの国を守ろうとしているのか?
「違う・・・な。」
「?何がですか?」
「いや、俺の夢が、さ。国を守るのは義務じゃない。俺は・・・この国が好きだから守りたいんだ。」
こんなことを言ってはなんだが、別に国民のためとかどうとか言う気はない。<俺が>好きだからだ。
俺の夢は、この国をずっと守っていくこと・・・。
「・・・。」
ジャフティは御主人の横顔を見た。
いま少しだけ、何かが違う気がする。さっきまでの王子とは・・・。
「いつまでもお側にお仕えいたします、王子・・・。」
夜が明けた。アキリアたち一行はいったんキチ島に寄港した。そしてセバー・ロージス以下妖力者を数名連れて行く。ミラジアリナが妖力をつかって戦いを挑んできた時、妖力者がアキラだけでは心もとないからだ。
「すみませんね、長まで・・・。」
「いっこうにかまわん。お国の一大事・・・しかも元凶が我が一族の娘にあるのじゃからな。」
長は、小さくふう、とため息をついた。
「マサキのことですか?」
「まさか伝説の龍が孫娘に宿るとは思ってもみなかったものじゃ。今となってはそれも運命のような気がするのじゃがのう・・・。」
「運命かあ・・・。」
「メシアが生まれた時、この娘はとんでもない力を持っていると感じたものだったが、マサキの時はそれ以上じゃった。本当に、龍が生まれたかと思ったぞ・・・。人間がハイエストクラスの力を持つなど、ありえんと思っておったからな。」
「ハイエスト・・・クラス?!」
「マサキの潜在能力はおそらくそうじゃろう。そしてシンジと・・・アキリア王子、あなたも。」
「・・・!」
今まで何度かほのめかされていたが、はっきり長の口から聞くと、本当なのだと痛感した。
自分は、ハイエストクラスの力を持つ妖力者である。
「なぜあなた方3人だったのか。その答えが、それなのです。本来の人間の力の限界を超えたちからを持つあなた方だからこそ龍に選ばれ、運命を背負うことになったのです。」
「・・・。」
「・・・世界の3大妖力者の名を挙げることができますか?王子。」
「・・・メシア=ロージス、カノン=ミモラノーム、ハリレルト=ビーン。」
アキラは頭の中に叩き込まれているその名を連ねた。
「3人はいずれも八星使に数えられる妖魔の力をしのぐほどの、ハイクラスの力を持つ妖力者です。しかし、今まで歴史上でハイエストクラスの力を持つものは存在しません。なぜなら、ハイエストクラスに入ることは、四龍のうち少なくともフィルラの力を超えることを意味するからです。」
「フィルラの力を・・・?!」
「強い力にはそれ相応の試練が与えられます。現に、カノンも、ハリレルトも人生において大きな挫折を味わっている。」
カノンは、発狂して自らの炎でその身を滅ぼした。ハリレルトは、その力を懸念されミラジアリナの国力によって一生涯幽閉された。
そしてメシアは、自分の子が導きの龍であるがゆえに妖力者としての道を捨てた。力を捨てることで運命を自分から切り離したのだ。そうでなければ、今ごろメシアの名は世界中で知らない者がないほど轟いていたことだろう。
「だったら俺にも・・・何かしら運命の影が付きまとうのだろうか。」
「それはきっとあなた次第です。あなたは、ビルラを倒して世界を救ったGOLDEN EYESなのですから・・・。」
「そうだな。」
マサキや、シンジと一緒なら何が起きても大丈夫だ。そんな気がする。
二人を身近に感じるのは、同じ力を持っているからかもしれない。アキラはふとそんな風に思った。
「ロード・ヴァンドル。」
「何だ?」
シンジはキャトーを睨んだ。
<ロード>というのは御主人様、といった意味で、相手に尊敬の意を込める時に使う。つまり、ロード・ヴァンドルはヴァンドル公、といった意味になる。
トーマを自分の後ろへとかくし、盾になる。
「トーマを渡していただきたい。大切な話がある。」
「断る。お前に渡すと、どうなることか・・・言わずとも分かっておるだろうに。」
「これは私とトーマとの問題なのですよ、ロード・ヴァンドル。異国民のあなたが口を挟むべきところではありません。」
「それでもできない。俺はトーマと約束したからな。」
シンジはがんとして拒んだ。
キャトーの額に幾筋かの青筋が浮かび上がる。
「それ以上トーマをかくまうと私も穏便には済ませられませんぞ?」
キャトーが凄みを利かせた。
が、シンジはひるまなかった。こんなやつ、ランダムに比べれば・・・。
「武力で来るのなら行使すればいい。そんなものには屈しない。それにもしその気なら・・・。」
シンジは無表情に冷酷な視線でキャトーを見た。
「俺も容赦はしない。」
「!」
シンジのまわりで炎が渦巻いている・・・キャトーはそう感じた。目で見えたわけではない。そう<感じた>のだ。それも、目で見るのと同じくらいはっきりと・・・。
実際シンジはその時・・・というか、普段から妖力を身に纏っていた。その方が不意の攻撃にも対処できる。
「トーマは渡さない。もし手をだしたらお前は許さない。」
シンジがそう言い放つと、キャトーはすごすごと・・・とはいえないが
「そのままでいられると思うなよ。」
ありがちな捨て台詞を残して一応の所は引き下がった。
シンジのすそをぎゅっと握ったトーマの手ががたがた震えている。
「こ、怖かった・・・。」
「大丈夫だっていってるだろ?」
ぽんぽんとトーマの頭に手を置いてシンジはからかうような調子で言った。
「ただ・・・。」
「ただ?」
「いや、何でもない。」
シンジはそれっきり口をつぐんだ。
なぜならその言葉はトーマを不安に陥れることになってしまうから。
「あんまりふらふらすんじゃねえぞ。」
「はーい。」
トーマの嬉しそうな笑顔を見て、シンジは不吉な考えを捨てた。
それは、王宮に着いた後のこと。キャトーは力だけで頭のない武官だからいい。しかし、王宮に行けばミラジアリナ精鋭の文官たちがそろっている。その中でトーマを守り切る自信は・・・ない。どんな手を仕掛けてくるか分からない。しかも、ミラジアリナでシンジは一人ぼっちだ。誰に頼ることもできない。
シンジは唇をかみ締めた。
強くなりたい・・・!
「アキリア王子!」
「遅くなってすまない。・・・戦況は?」
「・・・数の分で向こうが優勢です。海上での戦闘が主ですが、今は睨み合いが続いています。」
「そうか。」
アキラは目を閉じた。
どうすればいい?
どうするのがこの国にとって一番いいのだ?
どうすれば・・・。
「講和を申し込もう。」
「えっ?」
テミストクレスは素っ頓狂な声を上げた。
「もともとミラジアリナと交戦する気はない。第一、なぜミラジアリナがここに攻撃を仕掛けてきたのかが分からない。リスクは大きいがなんのメリットもないはずだ。これは一度話し合わずばなるまい。」
「は、話し合うって・・・王子、正気ですか?!」
そばにいたジャフティも驚き慌てる。
「ああ。」
「相手はミラジアリナですよ?!そんな簡単に講和に持ち込めるわけが・・・。」
「やってみなくては分からないだろう。よいな、テミストクレス。」
「・・・仰せのままに。」
テミストクレスは深く頭を下げた後、控えていた兵士に命じて一羽の妖鷹を連れてこさせた。
「妖鷹のグモンです。敵将への伝達に使いましょう。」
「うむ。」
グモンはその日のうちに敵陣へと飛び立った。
そして敵陣。
「アトラン(阿杜乱)様。」
「何だ?」
「デルタスから書簡が届きました。」
「書簡・・・そうか、書簡か。」
ミラジアリナ軍総将アトランは唇の端に不敵な笑いを浮かべた。
若干28歳にしてミラジアリナ国軍総隊長、国の政治の要となる書記官の2職を勤めるというアトラン=グレーロス。副将軍(7人いる)の内の一人、キャトー=ミリオンがミラジアリナの誇る猛将ならば、アトランは知将。書記官をも勤めるその優れた知才で常に戦の先を読む。
「それと、王宮からアキリア王子が軍に合流した模様です。」
「アキリア・・・。」
アトランの目の色が変化した。
「黄金の瞳を持つ、太陽の御子・・・。」
「どうされましたか?」
「いや、なんでもない。クフト、出かけるぞ。」
「え?書簡をご覧にならないのですか?」
「見ずとも分かる。おそらく話し合いがしたいとのことであろう。ならばこちらから出向こうではないか。」
「あ、はい。」
クフトはアトラン将軍が去ってからそっと書簡を開いた。
「!」
紙を持つ手が思わず震えた。
すべてアトラン将軍の言う通りだった。クフトは自分の師であるアトランのことを初めて恐ろしく感じた。
アトランの船が岸に近づくにつれ、デルタスの兵士たちも集まってきた。一隻だけ単独で乗り込んできたことに当惑しているのだろう。
そこへ、ひときわ輝く金色の印象を持つ人影が現れた。
「ミラジアリナの将軍よ。出向いてくださるとはまことに光栄極まりない。」
凛・・・とした、透き通る声。
「私がそちらへ参ります。船上でお待ちください。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに人影は飛び上がり、アトランの立つ船の甲板に着地していた。
金色の双眸、金色の髪。デルタス王家の血を引く顔立ちは端整で、噂に違わぬ美しさだ。そしてその存在感は、他を圧倒するものがある。
「お初にお目にかかります。私、デルタス国王ウェスタの第一子、アキリア=デルタスともうします。この度デルタス軍の総司令官に命ぜられました。」
甲板上でかた膝をつき、深々とお辞儀をする。
何という奴だ。単身敵艦に乗り込むとは。本当にこれがわずか15歳の王子なのか?
アトランはちょっと面食らったが、すぐに自分のペースを取り戻した。
「これはこれはようこそ、デルタスが王子、アキリア殿。私はミラジアリナの書記官、アトラン=グレーロスと申します。ここではなんですので、中へどうぞ。」
「では、お言葉に甘えて。」
アキラはアトランに導かれるがまま船内へとはいった。
「クフト、少し席を外してくれ。」
「え?」
「王子とは二人だけで話をつけたい。」
「あ、はい。わかりました。」
こうして部屋にアキラとアトラン将軍の二人だけが残された。
「さて。」
先に口火を切ったのはアトラン。
「今回のことは分かっています。講和を申し込みたい・・・とそういう事ですな?」
「はい。無益の争いは、もっとも愚かしき行為。このような事は早急に中断すべきです。」
アキリアは強い意志を込めた眼差しを向けた。
「無益・・・?王子はこの遠征を無益とおっしゃるのですか?」
「もちろんです。しかし将軍。その前に、この遠征の理由をお教えいただきたい。こちらとしても訳もなく攻撃を受けていたのでは理不尽ですから。」
「理由ですか・・・。それはお教えできませんな。」
「なぜです?知られてはいけない理由でも?」
「王子、あなたはどうやら戦の経験というものが皆無らしいですな。」
「?」
アトラン将軍の理解不能な言葉に、アキラは眉を寄せた。
「当たり前といえば当たり前ですな。今まで王子としてぬくぬくと育てられたわけですから、突然こんな大任を勤めるのには、少し無理があるでしょうから。」
「・・・。」
アキラはいけないと思いながらもアトランのペースにどんどんとはまっていく自分を感じた。
このままではだめだ。
「それより、せっかくこちらにいらっしゃったのですから、もっと別の話をしませんか?」
「別の、というと?」
「私は前々から王子と個人的に話がしてみたかったのですよ。<一人の妖力者としてのあなた>に興味があります。」
「?!」
アキラは少しだけ警戒を強めた。
「身体のなかに世界最強といわれる光龍を収め、自身もハイエストクラスの妖力者であるというあなたに。」
「!!貴様・・・!」
こいつ、どこまで知っているんだ?!
アキラはますます警戒を強める。
「驚きのようですな。ここ1年間でデルタスに何が起こったのかは大体把握しています。<個人的に>調べましたので。」
「・・・。」
「もちろん、ビウィーラにおいて我らの崇拝する闇龍ビルラ様を消滅させたことも存じております。」
「・・・それが今回の攻撃理由か?」
アキラの言葉から敬語が消えた。
アトランは、完全にアキラを自分のペースに乗せたことを確信した。どんなに強大な力を持っていようとも、15歳の子供は子供。知将と歌われるアトランにとって、この程度はたやすいことだった。
「いえ、それは違います。」
「なら何だ?!お前はさっきから何が言いたい?!」
アキリアの金色の瞳が完全に怒りを帯びた。
「いえ・・・ただ、貴方様の御気性を知ろうと思いましただけでございます。」
いやに丁寧口調でアトランが言う。もしマサキならとっくに飛び掛かっていた所だろうが、アキラは飛び掛かりたい衝動をかろうじて理性で押え込んだ。
「俺の気性?そんなもんどうでもいい。俺はお前にこの攻撃をやめて欲しいんだよ!」
「・・・。」
アトランは思わず絶句した。
こやつ、敵に向かって<攻撃をやめて欲しい>などと言うか?普通。
「くっ。」
アトランは喉の奥で笑った。
どうやら、思った以上に単純な性格らしいな。
「だから、俺が言いたいのはあ・・・」
アキラは言いかけて、口をつぐんだ。
アトランの深い漆闇の瞳。そこには孤独しか映っていなかったのだ。
「お前・・・。」
アキラが突然糾弾をやめたことで、アトランは少し戸惑った。
「どうされましたか?王子。」
「お前、寂しそうだ。操られてるわけでもねえのに闇の瞳を持ってるからおかしいと思ったんだ。」
「?!」
「お前の瞳に、すげえ深い孤独が見える。」
アキラの瞳が急に憂いを帯びた。
「それにお前さあ、交魂だろ。見た時すぐに分かった。」
「何をおっしゃいますか、王子。」
アトランは極めて冷静に対処した。
「そのようなことこそ関係ないのではないですか?」
「・・・だめだ。」
アキラは気が抜けたように立ち上がった。
「なんかやる気失せちまった・・・。」
悲しみの色を帯びた金の瞳。
ふらふらと出口へ向かう。
「頼むから、もうミラジアリナに戻ってくれ。俺はお前と戦いたくはない・・・。」
ドクン
アトランの心が揺れた。なぜだ。なぜ・・・。
アトランは必死で冷静さを取り戻す。
「アキリア王子、お引き取りください。私は、ミラジアリナ国王以外の誰の指図もうけられませんので。」
「・・・。」
アキラは返事をしなかった。
金色の面影が、ドアの向こうに消えた。
「アトラン様・・・。」
「クフト。聞いていたのか。」
「今のは本当にアキリア王子なのですか?おかしな人物ですね。」
「そうだな。面白いといえば面白い。」
「それに、今日のアトラン様も変でしたよ。」
「そうか?」
アトランも自分でおかしいと思っていた。
人の言葉に心動かされたのは初めてだった。
「それに、王以外の指図は受けないなんて・・・。アトラン様はすでに国の要。独断での行動もある程度許されています。今兵を率いて戻った所で国王様も文句は言えないでしょう。」
「・・・これはクレイド様からのお達しだ。この遠征の本当の目的は、トリニダ陥落ではないのだ。」
「えっ?」
クフトは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「本当の目的・・・?」
「これは、デルタス国をつぶすための作戦の一角を担う大事な任務だ。」
「あの、アトラン様、本当の目的はなんなのでしょうか?」
「3人を引き裂くことだ。」
「は?」
「アキリア=デルタス、マサキ=ミラジアリナ、シンジ=ヴァンドルの3人を<ばらばらに>ミラジアリナへいれること。これが作戦の第一段階なのだ。」
「???アキリア王子やマサキ様は分かりますけれど、なぜその<シンジ=ヴァンドル>という人まで?」
「・・・危険だからだ。あの者はいずれデルタスを背負って立つような人物になるだろう。しかも・・・二人と同じハイエストクラスの潜在能力を持つ妖力者だ。私は国王にシンジ=ヴァンドルを第一級危険因子として申告した。」
「!」
「あの3人がそろうのは危険だ。だとすれば、一人ずつつぶすしかない。そして、シンジ=ヴァンドルとマサキ皇女はすでにミラジアリナに入っている。あとは、アキリア王子だけだ。」
「・・・。」
「アキリア王子が思った以上に単純な性格でよかった。どうやら任務はすぐに終わりそうだ。」
アトランはくっくっく、と喉の奥で笑った。
「クフト。船員室を2~3個あけて整えておけ。王子が入るから、そのつもりで。」
「は、はい・・・。」
クフトはよく分からない命令を受け取り、そのままに実行した。
長年アトラン将軍の元に使えていれば、時にはずっと先の事を見越した命令も受けなくてはいけない。そして、それはほとんど100%の確立であたるのだから・・・。
アキラはトリニダの基地に戻った。
「いかがでしたか?」
「どうもこうも・・・なんかやる気失せちまった。」
「え?」
「お前に言ったらばかだって言われるかもしれねえけど。ミラジアリナの将軍・・・アトラン=グレーロスって言うんだけどさ、すげえ悲しそうな目してるんだよ。あいつとは・・・戦いたくないんだ。」
アキラの言葉を聞いて、テミストクレスは小さくため息をついた。
「王子。それは、敵に情がうつったということですか?」
「ま、そゆこと。」
「・・・。」
テミストクレスは頭を掻いた。
どうしたものか、この王子は・・・。
「王子、あのですね、戦というものを分かっておいでですか?」
「・・・。」
アトラン将軍にも言われたよ。
「まずそもそもミラジアリナと我が国との関係はですねえ・・・。」
しまった!
気付いた時にはもう遅い。テミストクレスお得意の説教攻撃が始まってしまった。アキラに止める隙を与えるはずもなく、テミストクレスは延々とミラジアリナとデルタスの関係を史実を織り交ぜてかたりはじめていた。
「・・・。」
「・・・。」
周囲の人間も、またか・・・という感じでため息をついている。
ここでもよくあることらしい。
「そしてその3年後、第52代ヴィドー皇帝が即位なさいました。そして・・・」
もう好きにしてくれ。
アキラは観念してがっくりと首をうな垂れた。
「ヴィドー皇帝が初代デルタス皇帝アナトリア=デルタス様にこう申し上げましたところ、アナトリア様は・・・」
テミストクレスの説教は・・・終わらない。
「王子!敵将軍から書簡です!」
「わかった。」
睨み合いが3日ほど続いた後、アトラン将軍の方から動きがあった。
アキラはミラジアリナの一兵士が運んできたその書簡を無言で読んだ。
「いかがですか?王子。」
「・・・交戦をやめたければミラジアリナへ来い、と書いてある。」
「え?!」
「直接クレイド皇帝に話せ、ということらしい。と、いうわけで俺はミラジアリナに行ってくる。」
「お止めください、王子!これは明らかに罠です!」
「だったらこのまま睨み合ってろって言うのか?そういうのは俺の気性に合わねえんだ。」
「そこが敵の狙い目なんです!冷静になってください、王子!」
「俺は冷静だ。」
「・・・。」
テミストクレスは押し黙った。
もともとアキラは、一度決めたことを曲げようとしないという厄介な性格を持っている。こういう時にへたな説得は聞かない。
「国軍総指揮官アキリア=デルタスの名のもとに、テミストクレス=セラト、お前にミラジアリナへ私と同行することを命じる。」
強い光輝を放つ金色の双眸。全身からはオーラのようなものが発せられているようにすら思える。
テミストクレスは観念した。もう逆らう理由も、権力もどこにもない。
「わかりました。我が命に代えましても、あなたをお守りいたします。」
「頼んだぞ。」
アキラはさっと身を翻した。
「すぐに出発する。アイコット!ジャフティ!」
「あ、はい。」
「準備をしろ、お前たちもつれていく。」
「はいっ!」
「後の人選はお前に任せる、テミストクレス。最大10人までを同行する。」
「仰せのままに。」
アキラは部屋を出ていった。
「ふぅ・・・。」
テミストクレスが小さくため息をつく。
「アキリア様に似合わぬ強行策ですね。」
アイコットが驚いたように言った。
「あの方は本当に変わられた。この1年・・・GOLDEN EYESとして旅をすることが、あの方を大きく変えたのだ。」
「本当に、精神的には強くなりましたよね。」
これは新弓兵隊長のマルクス。ランダムの後を継いで隊長に就任した。
「これがアキリア様の命令ではなかったら、私は受け取らなかっただろう。あの方には人の上に立つ天性の資質が備わっているようだ。・・・本当に、不思議な王子ですよ。」
テミストクレスはしみじみと言った。
「まっすぐな御気性、偽らない態度。そんなものが私たちを引き付けるのかもしれない。」
「まっすぐに・・・ねえ。」
マルクスは自分より10歳も年下の王子をはっきりいって信用していなかった。・・・今までは。
まだ15歳。
そんな気持ちが心のどこかにあったのだが、今の態度を見る限り、その考えは捨てざるをえない。あの瞳。あの金色の瞳を見ているとどこか気持ちが高ぶるのだ。
「もう4・5日もすれば水兵隊長、剣兵隊長の2人が到着するだろう。槍兵隊長、弓兵隊長。それまではお前たち二人で兵士をまとめてくれ。」
「はい。」
「ケティとベクティを連れてきてくれ。あの二人を連れて行く。」
「はい。」
槍兵隊長が返事をして、部屋を出ていった。
「このままでは我らがデルタス国が危ないだろう。しかし、この事は国民には知らされていないのだ。平和に暮す国民のためにも・・・がんばってくれ。ここが正念場だ。」
「はいっ。」
その場にいた全員の声が重なった。
こうしてアキラ・マサキ・シンジの3人はミラジアリナで再び集うこととなる。
それがアトラン将軍の、ミラジアリナの狙いだとも知らずに・・・。
「・・・。」
うかつだった。まさかこんなにあっさり幽閉されるとは。
首都ヴェル・アポートにある王宮に到着したシンジはミラジアリナ帝国王に会うどころか、その前に監禁されてしまった。
「シンジさまあ。どうします?」
唯一の救いは、トーマも一緒だということ。
「今はどたばたしても始まんねえから、待機!」
「はーい。」
こちらの部屋でお待ちください、とか何とかぬかしてこの部屋にシンジを誘い込むと、すぐに錠をかけられ、まわりは闇のバリアで囲まれてしまったのだ。
「・・・。」
こりゃどうにもしようがない。せめて鍵だけならいくらでも壊せたのだが、バリアがはられてしまっては、妖力を集めることすらでままならない。本当にお手上げ状態だ。
「マサキのこと笑えねえな。」
シンジはそう苦笑した。
まあ、そのうち何とかなる。今は待つさ。
マサキ・・・すなわちヘキルはその頃、草原を抜けた所だった。
「今夜はトラド村で泊まります。」
ヘキルたち一行の案内役は、疾風術師でもあったモエトと、ミラジアリナ国軍唯一の女性副将軍であるリキュア(莉琥亜)の二人。それにリキュア配下の兵士が4人。
リキュア=サダルは女剣士。ヘキルとそんなに変わらない華奢な体格で、アリアの古い剣<刀剣>を使う。刀剣は普通の剣とは違い、片刃で刀身が反っているのが特徴だ。なんでも、<居合い>が得意らしいが、ヘキルにはよくわからない。
「よくいらっしゃいました。私がトラド村の長、ゴードンでございます。」
「シャロン=イミュイといいます。それに、ユイラン=ヤトゥーミアムとヘキルと申します。お世話になります。」
シャロンが代表して頭を下げた。
「お待ちしておりました。夢幻三夜星のみなさま。そしてリキュア様、モエト様。」
「客人は長旅でお疲れだ。すぐに休息の場を用意して欲しい。」
「御意。」
ヘキルたち3人は長の家へ招かれた。
疲れていた3人はまだ夕方だというのに夕食もとらずに床に就いた。
ヘキルは真夜中、窓から差し込む満月の月明かりで目が覚めた。
「満月・・・。」
こっそりと寝床を抜け出して、外へ出る。もちろんライラの剣と碧漆の石を持って。
デルタスよりずっと冷え切って澄み渡った大気がぴーんと張り詰めている。そしてどこかから妖魔の気配。その気配をたどって、ヘキルは村の外に出た。
闇の力ではない。どちらかといえば水に近い。強さは・・・あまり強くはないだろう。
いつしかヘキルは大きな沼のほとりに出た。
「どこだ・・・?」
感覚を研ぎ澄まし、妖力の元を手繰る。
が、ヘキルは気付いていなかった。自分の足元に近づく不気味な<モノ>に・・・。
「?!」
次の瞬間。
ヘキルの足首に何かが絡み付いた。
「なっ?!」
それが何かを認識する間もなく<それ>はマサキの足をひと巻き、ふた巻ききつくからめとると、沼の中へとひきずりこんだ。
突然ヘキルの視界が、水で遮られる。
「ガボッ ガボガボッ」
足が動かない。
ヘキルのからだはどんどん沼の奥に引きずり込まれていく。必死で目を開けて見ると、足首にツルのようなものが巻き付いているのが見えた。
ヘキルは水の抵抗に耐えながら背負ったライラの剣を抜くと、渾身の力を込めてそのつるに突き立てた。
「キィーーッ」
小さな悲鳴のようなものが耳に届き、つるが少し緩んだ。
が、それもつかの間、すぐにつるはきつくなり、さらには剣を持っていた右手にも別のつるが巻き付いてきた。
「ゴボッ」
ヘキルは沼の底に目を凝らした。だが、暗すぎて何もみえない。上を見上げると、満月が遥か遠い水面に揺らいでいる。そうだ。水を無くせばいい。普通の人間なら月明かりくらいで周囲の様子を伺うのは不可能に近いかもしれないが、夜の闇で育ったマサキにとって、月明かりは周囲を確認するのに十分過ぎるほどの光だった。
ところが、妖力を発動しようとした瞬間、右足に鋭い痛みが走った。
「ガボガボガボ・・・・」
あまりの痛みに思わず空気をはいてしまった。
息が苦しい。ヘキルは遠ざかる意識の中で沼の水を操作し、水を空中にすべて発散した。
「ゲホッ ゴホッゴホッ」
突然空気が肺に流れ込み、思わずむせるヘキル。しかも次の瞬間沼の底だった地面に叩き付けられた。
「ダンッ」
「ぐっ。」
息が止まりそうだ。
それでもヘキルは必死で上体を起こす。そして、さらに驚き、目を見開いた。
「妖魚!!」
冷たいブルーに光る眼。黒く固い鱗に覆われた体。古代魚を思わせるその頑丈な身体、胸元から何本も植物のつるのような触手を伸ばし、ヘキルの身体を逃すまいと締め付ける。しかもヘキルの右足がその妖魚の鋭い歯によってがっちりとくわえられていた。
どうやら食肉の妖魚らしい。
わずかに湿る沼の底の泥に、ヘキルの血が流れ出す。
「くそっ」
両手両足を縛られ、どうにも身動きが取れない。こうなったら・・・。
ヘキルはかっと目を開いた。
「氷壁!」
刹那。
空中に青い線が8本はしり、ヘキルのからだの数倍はありそうな妖魚の体を立方体の中心として形作る。そこへさっき飛ばしたばかりの沼の水が一気になだれ込んだ。
「キィィィーーッ」
超高音の叫びをあげて、妖魚は固い氷壁の中に閉じ込められた。氷付け妖魚の完成だ。
メシアの呪文レパートリーにもたったの2つしか存在しない高等テクニック、<氷結>系の妖力。ヘキルはここ最近の特訓で、<氷壁>という技を完成させていた。
「はあ、はあ、ざまあ・・・み・・・ろ・・・」
タイミングよく妖魚の口から足を引きぬいたヘキルは、息を荒げて沼の底にへたり込んだ。
「帰らなくちゃ・・・。」
立ち上がろうとするが、力が入らない。かまれた右足どころか全身が麻痺してきたのだ。両手ががくがく痙攣する。体を起こしているのすらつらい。
「なんだ・・・?身体・・・おかしい・・・」
「知らないのか?妖魚の牙には麻痺性の毒が含まれているんだぞ・・・。」
「?!」
突然後ろから声がした。
ヘキルは振り向こうとしたが振り向けない。まぶたを上げているのもつらい。
ヘキルは目を閉じた。誰かが自分の元に近づく気配を感じたが、その後意識はぷっつりと切れた。




