11.マリオネット
デルタス王宮。
「アキラさん、大丈夫ですか?」
「ん…?ああ、ティラか。」
「驚きましたよ。突然倒れたと聞いて。」
「はは、情けねー話だ、マサキがいなくなったって聞いただけでこれだもんな。」
「本当にマサキのことを大切に思ってくれているのですね。本当にありがとうございます。」
「そうか。お前マサキの兄貴だっけ。」
「きっとマサキなら大丈夫ですよ。マサキは、強い娘ですから。」
ティラが笑った。
アキラもつられて笑う。
「そうだな。あいつなら、大丈夫そうだよな。どんだけ無茶しても、最後には帰ってくるだろう。」
「父さんは相当怒ってましたけどね。」
「ははは。」
最初っからミラジアリナ行きを反対してたもんな。
「そういやクロークさんは来てるのか?王宮に。」
「はい。でもさっき、怖い顔して庭に出ていったんですよ。何かあるんですかね?」
「……。」
実はアキラもさっきから感じている。濃い闇の気配を。
何が目的かは分からないが、メシアがいないこの王宮は、妖力に対してほとんど無防備。危険は高い。
「では、私はこれで失礼します。ちゃんとお休みになって元気になってくださいね。」
「いや、もう大丈夫だ。」
アキラはベッドから起き上がった。
「お前と話したら、元気になった気がする。」
「無理しないでくださいね。」
ティラはあくまで優しい。
一緒にいて元気になれるのはシンジと同じだが、そこだけは違う。
「本当にいい奴だな、お前。」
「ありがとうございます。」
謙虚になったりせず、笑顔で返せる所はさすがティラだ。
「そう言えば、シンジの親父さんに会えたか?」
「ええ。アキラさんからの紹介だって言うと、すぐに。」
「そりゃあよかった。」
「これが一段落したら、父さんたちにも話そうと思うんです。」
「お前の夢だってんなら誰も反対しないだろう。」
「そうだといいんですが…。」
ティラの表情がちょっと陰った。
「どうした?」
「問題はおじいさんなんです。私が部落の長を継ぐことを望んでいるらしくって…。」
「その時は俺からも頼んでやるよ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
本当に嬉しそう。ティラを見てると安心するのは、ティラが自分の気持ちに素直なせいかもな。
「そういやさ、今メシアがいないもんで妖力に対する王宮の警備が手薄なんだよ。クロークさんにここに滞在してもらえないかなあ?」
「いいと思いますよ。父さんならきっと…。」
「キャーーッ」
「?!」
突然部屋の外で女官の悲鳴が聞こえた。
アキラは慌ててベッドから飛び降り、部屋を飛び出す。もちろん、剣は忘れない。
声は裏庭の方からだ。濃い闇の気配がする。まさか…?!
「どうしたんだ?!」
「あ…あ…。」
女官が震える指で指す先。
少し遅れてティラも到着する。
「何があったんですかっ?」
「来るなティラ!!」
クロークの声。
クロークは漆黒の毛並みにおおわれた獣達と対峙していた。獅子のからだと鷲の頭を持つ、闇有翼獅子。それが、なんと4頭もいる。
「う…そだろ?!何でこんなとこに…!」
「ミラジアリナの特殊暗殺部隊だ。近づくな、ティラ!ターゲットはお前だ!」
「え?」
「クアアーーッ」
ダークグリフィンが嘶いた。
「闇黒龍ビルラの名のもとに…煉獄!!」
「?!」
クロークの叫び声とともに、ダークグリフィンたちの頭上の空間に、黒々とした大きな穴がぽっかりと口を開けた。まるでブラックホールを思わせるその穴は、周囲のものをすべて吸収する。
「キェェーッ」
ダークグリフィンが一頭、二頭その穴に吸い込まれた。
あなはそのままボールのような形になると、クロークの手のひらにおさまった。
「すっげえ!」
アキラは思わず賞賛した。
ほんの一瞬でダークグリフィンを2頭も片付けてしまうとは!
「逃げろ、ティラ。はやく…。」
クロークががくん、と膝を突いた。
「父さん?!」
「来るな!」
クロークの足元に、血?!
残り、二頭のダークグリフィンが身動きのとれないクロークに襲い掛かる。
「父さん!」
アキラは剣を抜いた。
「ガッキイ…ン!」
ダークグリフィンの鋭い爪と、アキラの2本の剣が交差する。
「王…子?」
「ティラ!クロークさんを早く中へ!」
「は、はいっ。」
ティラがクロークの肩を支えて、王宮の中へと入らせた。
それを横目で確認してからアキラはダークグリフィンの腕を弾き飛ばした。
「今度は俺が相手だ。」
相手がミラジアリナの暗殺者なら、手加減はない。
「バサッ」
2頭は空に飛び上がった。
「クワアアーーッ」
両方向から迫るダークグリフィン。
アキラは完全にタイミングを見計らって、上に飛び上がった。
突然目標を見失って2頭は激突。
「ガツン!」
アキラはダークグリフィンの頭部めがけて急降下した。
片方の剣を下向きに突き出し、首筋をねらう。
「ドスッ」
「グギャーーッ」
アキラの剣が首から喉を貫き、ダークグリフィンは断末魔の悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。
残り一頭!
アキラは残った剣を構え直した。
「バササッ」
漆黒の翼を翻して、ダークグリフィンは飛び立つ。
また、来るか…?!
アキラは緊張を高めた。が、ダークグリフィンはそのまま飛び去っていった。
「ふう。」
アキラは剣を鞘に納めた。
「早く医者を!」
駆けつけた警備兵が怒鳴っている。
「父さん!しっかりして!」
ティラの涙交じりの声も聞こえる。
アキラはクロークの所へ駆け寄った。
「ティ…ラ…。」
ひどい怪我だ。おそらくダークグリフィンの鋭い爪を腹部に受けたのだろう。
苦しげな息の下からティラに話し掛ける。
「マサキは…ミラ…アリナ…だ……あいつを…頼む…それから…」
「父さん!しゃべんないで!死んじゃうよ!」
「メシアに…謝っ…て……」
クロークの言葉が途切れる。命の鼓動も途切れようとしていた。
…神様
「父さん!」
…もし俺に力があるというのなら
「怪我人はどこだ?!」
医者がやっと到着した。
クロークの手首を取って、表情を強張らせる。
「だめだ、もう…。」
…今使わせてください!
アキラは天を仰いだ。と同時に辺りが金色の光に包まれる。
「?!」
ティラがアキラを振り向いた。
アキラは黄金色の光輝に包まれている。いつか見た、ライラの、シャラメイの光輝と同じだ。金色の瞳が黄金を反射した。GOLDEN EYESの力。今まで使ったことのないような、至福の光輝。
クロークの顔も金色の光に照らし出された。もちろん、驚きに目を見開いたティラの顔も、呆然とした医者の顔も。
「…!!」
アキラはその金色に光り輝く御手でクロークの傷に触れた。
金の光輝がクロークのからだに乗り移って、身体の隅々まで行き渡る。ぴくん、と指先が動いた。
「あ!」
医者は驚いたようについ今しがた死亡を確認した患者を見つめた。
金色の光が消えていく。その代わりに、クロークはゆっくりと起き上がった。
「父さん!!!」
「ティラ…?私は…。」
指先に、わずかに残った光の片鱗。
「アキリア王子、あなたが…?」
「そう…みたいだな。」
アキラは自分で驚いていた。自分にこんな事ができるとは!
「あ…ありがとうございます!命を救っていただくとは…!」
「いや、そんな…。」
クロークに頭を下げられると、困る。
「ア、アキリア王子、今いったいなにを…?」
医者は慌てふためいている。
仕方ない。死んだはずの人間がよみがえったのだから。
「さあな。」
アキラは適当に答えた。
「GOLDEN EYESの魔法…だな。」
「はあ?」
アキラは後ろに転がっているはずのダークグリフィンの死体に目を向けた…つもりだった。
「あれ?」
死体が、ない。首を貫いたアキラの剣だけが地面に残されている。
「おかしいな…。」
「妖魔は死ぬとまた元のように妖力に分散します。だから死体が残らないんですよ。」
クロークがアキラの心のうちの疑問を読み取ったかのように解説した。
「ふうん。そうなのか。」
アキラは剣を拾ってまた鞘に納めた。
「王子…本当にありがとうございます。どうお礼を言っていいか…。」
「あ。それならさ、もうちょっとここにいて欲しいんですけど。」
「王宮に…ですか?」
「今メシアがいなくてここはほとんど無防備状態だ。だから、クロークさんにいてもらえれば嬉しいんですけど…もちろん、ティラも一緒に。」
「それはもう、王子の頼みとあらば、喜んで。」
「よかった。」
アキラはほっとした。
クロークさんなら、メシアに優るとも劣らない力を持っている。これで王宮も安心だ。
「マサキ…早く帰ってくるといいですね。」
「いや、マサキのことだ。当分は戻らないだろう。」
「それは言えてますね。」
アキラは苦笑した。
マサキはちっとも変わらない。いつまでたってもマサキのままなのだから。
その頃、シンジはミラジアリナに向かう船の中にいた。
今の所ミラジアリナは何もしかけてきていない。だが、何かあるはずだ。シンジはそう考えていた。
「シンジ様。夕食の時間です。」
「あー、はいはい。どうも。」
食事を運んでくるのは、いつもトーマ(燈真)というミラジアリナの少年。歳は10歳に満たないだろう。
「なあ、トーマ。後どのぐらいでミラジアリナに着く?」
「明後日くらいには到着すると思います。これでも海流に乗っているから普通よりは速いんですよ。」
「でももう3日も船の上だぜ?せっかく船から開放されたと思ったのになあ。」
「そう言えばシンジ様は交易取引をやってらっしゃるのでしたね。」
「ああ。あんまり面白くねえけどな。」
シンジはあくびした。
「ここだけの話、俺あんまり商売に向いてねえんだよ。どっちかって言うと、政治とかに興味あんだよ。」
「そうなんですか?」
「おい、トーマ。お前は将来何がしたいんだ?」
「僕ですか?僕は、船の船長になりたいんです。それで、いつかデルタスに行くのが夢なんです。」
「へえ、そうか。来る時は言えよ。宿の手配ぐらいはしてやっから。」
「でも…多分無理です。ミラジアリナとデルタスは…。」
トーマは暗い顔になった。
「大丈夫さ。俺が何とかしてやるよ。」
シンジはにかっと笑った。
「シンジ様って…何て言うか、軽いですよね。」
「そうか?」
「あんまり重要な大使には見えませんし…。」
「いいじゃねえか。」
トーマはちょっと苦笑した。
「あ、僕がデルタスに行きたいって言ったことは、誰にも言わないでください。」
「?何でだ?」
「これが警官に知れたら、マリオネット刑にされてしまいます。」
「マリオネット刑?」
「あっ!しまった!あ、今の、忘れてくださいっ。」
トーマは慌てて部屋を飛び出していった。
「マリオネット(操り人形)…か。」
慌てて隠しても遅い。おそらく、クロークの言っていた<人心を操る>ということだろう。<刑>ということは、操られるのは罪人だけなのだろうか。
トーマのように、純真な夢を持つ人間もいるだろうに…。
シンジは胸を割かれるような思いだった。
「いざとなったら…。」
ミラジアリナをぶっ潰すっていう手もあるな。
そこまで考えて、シンジは自分が腹ぺこだったということに気付いた。
「腹が減っては戦はできぬ…と。」
目の前の食事に手をつけた。
「ヘキル。」
「…何だ?」
眠りに落ちようとしていたヘキルの意識をシャロンが繋ぎ止めた。
「あなた、本当にいいの?ミラジアリナに行っても。」
「ああ。俺が決めた。だから行く。」
「ばれたらどうなるか分からないわよ?」
ユイランも念を押した。
「それはシャロンにも言えるだろう?もし俺のことを王女だと知りながらミラジアリナに入れたとなれば、お前だってただじゃ済まないはずだぜ?」
「私はあなたにであった時から覚悟を決めてるわよ。」
ユイランは高い天井を見上げて言った。
「今ならクローク王子の亡命を手伝った父の気持ちが分かる気がする。」
「そうなのかあ?でも俺にはミラジアリナから逃げた父さんの気持ちは全然分からねえな。」
「そう。」
ユイランは苦笑した。
「明日からも、がんばりましょう。」
「ああ。」
「うん。」
シャロンの言葉に、二人が答える。
「ありがとな、二人とも。…大好きだ。」
ヘキルは小さな声でそうつぶやいた。
夜が明ける。
王宮で、海上で、アリアで、それぞれの思いを胸に、また一日が始まろうとしている…!




