10.王宮
「行ってきまーす!」
「ちゃんと無事に帰ってくるのよ!」
「はいはい、分かってまーす。」
マサキはアームアナメントとライラの剣、碧漆の石をもって宿から出ていった。昨日と何ら変わらない朝。違いがあるとすれば、接着剤のビンも持っていること。
ごめんね、母さん。ごめんね、みんな。俺、ミラジアリナに行くよ!
「ご紹介いたします。踊り手をつとめますは、ミラジアリナからやってきた隻眼の踊り子、ヘキルです。」
マサキはユイランに紹介され、赤い絨毯が敷き詰めてあるアリア王宮の床をゆっくりと踏みしめた。エデン王の前へ進み出て深く礼をする。ここは晩餐会の会場。マサキはスマに借りたヘアピースで今だけは長い黒髪を結い上げた形になっている。
エデン王は当年38歳。王子のダームは9歳。王女のエヴァは13歳。王子が成人して国王を継ぐまでにはあと数年かかるだろう。もっともウェスタ王もそのぐらいだが、息子であるアキリアはすでに15歳、もうすでに王を継げる歳だ(成人15歳)。ちなみにデルタスの場合は、前王が独断で王の座を譲り渡すことを宣言できる。もちろん、継承を王子が拒否することも可能だが。
「噂に名高いアリア王エデン様にお目にかかることができましたことを大変光栄に思います。」
「うむ。そなたもこの二人の踊り手を勤めるからにはそれなりの実力があるのだろう。今日は存分に楽しませてくれ。」
「はい。」
マサキはエデン王に微笑みかけた。
王の横には皇后フィーレ、そして王子ダーム、王女エヴァと続いている。観客はいずれおとらぬ身分の高い人たちばかり。ユイランとシャロンでさえも緊張した面持ちだ。
「それでは始めさせていただきます。」
晩餐会の一つのパフォーマンスとして呼ばれたユイランたち。
マサキは天窓から零れる星たちの輝きをその漆黒の瞳に映した。夕日はとっくに沈んでしまった。メシアたちがそろそろ騒ぎ出している頃だろう。
マサキはそこで思考をとめた。
ユイランとシャロンの奏でる音楽がマサキのからだを支配してしまったから…。
「マサキがまだ帰らない?!」
カイティは思わず叫んだ。
「そうなのよ。劇場とか、マサキの行きそうな所はすべて探したのに。…まさかとは思うんだけど、ミラジアリナに連れ去られたんじゃ…。」
メシアの脳裏を最悪のケースがよぎる。
「いえ、きっと違います。」
カイティははっきりと言い放った。
「あいつなら連れ去られるとかいう以前に自分から行くはずです。<それ>よりも、ミラジアリナへ向かった考えた方が自然かもしれません。」
「今、ハールとハトリと両隊長、それと兵士たちを探しに出した。」
ガーネットが言った。
「一応デルタス王宮にも書簡を出しておこう。ちょうど<アキラ>が戻った所だ。」
「何事だ?これは。」
階下がにわかに騒がしくなったのを感じて、ガルディー医師も降りてきた。
「ヴェルナ王女が戻らないんです。」
「何だ。そんなことか。」
ガルディー医師は一階の吹き抜けホールにあるテーブルの所に腰掛けた。
「すぐ戻るんじゃないのか?」
「あの子は中途半端に約束に従ったりしません。だから、破るとしたらすべてを捨てて…。」
メシアは頭が混乱してきた。
あの時と同じ。マサキがアキリア王子といっしょに王宮を抜け出した、あの日。でもあの時は伝説にある通りだから、と心の奥に安心があった。でも、今回は…。
「大丈夫ですか、メシアさん。少しお休みになられた方が…。」
「あ、ありがとう、ミーアちゃん。」
メシアは椅子に崩れるようにして座り込んだ。
「取り合えず俺も行ってきます。」
カイティは宿を飛び出した。
考えろ。あいつのやりそうなこと…!
「<ヘキル>!」
カイティはその名を呼びながら町中を駆け回った。
「あ、カイティさん!」
「ハール!」
「いらっしゃいましたか?」
「いや、全然…。」
「マサキ様は…いったいどこへ…?」
ハールは駆け回って乱れた呼吸を整えながら言った。
「ハール。」
「なんでしょう?」
「俺さ、昨日不吉な噂聞いたんだよ。」
「どんな噂ですか?」
カイティは荒い呼吸を静めるように多きく息をはいた。
「ツインハレーの公演に…隻眼の踊り手がいたって。」
「?!」
「それってやっぱマサキだよな。」
あの時はマサキのはずがないと聞き流したが、今思い返せばあいつならやりかねないことだ。
「…!だとしたら、マサキ様は今、ツインハレーといっしょに…?!」
「ハール、劇場だ。急ごう!」
途中でハトリとデモクラートも合流し、4人で劇場に駆け込んだ。
「すみません、この劇場の管理人を今すぐ呼んでください。」
「な、何ですか?!あなたたち?!」
慌てる裏役の目の前に<焔天>のサインを突きつける。
「早く!」
「は、はいっ。」
裏役の男は慌てて走り出した。
「何ですか、あなたたちはこんな夜更けに。」
管理人も不機嫌だ。当たり前だ。もう陽はとっくに沈み、本日の演目はすべて終了してしまっている。
「今日のツインハレーの予定は?!いまどこに?!」
つかみ掛からんばかりの勢いで食って掛かるハールをデモクラートが必死で止める。
「やめろ、ハール。落ち着け!」
「落ち着いてなんかいられませんよ!マサキ様の一大事に!」
「は?マサキ?」
管理人がいぶかしげな顔をする。
「あーもー、だまれハール!だから、ツインハレーの居場所を知りたいんですよ。」
「あんたたちに?双流星のファンか?」
「違う!緊急事態なんだ。」
もう一度<焔天>の文字を管理人の眼前に持っていく。
「今すぐ答えろ。」
カイティの迫力に管理人も負けた。
「お、王宮だよ。」
「王宮?」
「公演なんだ。晩餐会の音楽として呼ばれて…。」
「?!」
「王宮?!」
「何ですって?!」
「ツインハレーは今そこで演奏しているらしいんです。マサキがいるとしたら、おそらくそこしか…。」
「ああ…。もうあの子は…。」
メシアは頭を抱えた。
「ヴェルナ王女はおそらく戻らないつもりだろう。どうにかしてミラジアリナへ渡る方法を見つけたらしいな。」
「あ、ガーネットさん。そのことなんですけど、ツインハレーのこの後の予定…一週間後にミラジアリナ公演があるんです!」
「何?!」
「決定的だな。」
ガルディー=ノームが立ち上がった。
「マサキ…。」
メシアは神に祈るように両手を組んだ。
「ガーネット書記官。」
ディオソニーが呼びかけた。
「指示をお願いします。私たちはこの後の判断を全てあなたに委ねます。」
「お願いします。この状況では皆の意見をまとめることより、しっかりとしたリーダーが必要です。」
デモクラートも言った。
「…私でいいのか?」
「他におりません。」
ガーネットは全員を見渡したが、皆同じ意志を投げかけていた。
「分かった。では、最初の指示は…皆が落ち着くことだ。」
「?」
メシアも顔を上げる。
「皆慌てすぎている。頭を冷やせ。まだこの先どころか、今の状況さえも把握できていない状態だ。とにかく、落ち着いて明日を待とう。今から<アキラ>を放てば、明日にはウェスタ王の指示が届くはずだ。」
ガーネットが落ち着いた声でみんなに呼びかけた。
「…わかりました。」
「とりあえず、今日はもう遅い。皆休むとよい。」
「はい。」
全員が素直にガーネットの指示に従った。
それほどみんな気が動転していたのだ。
「メシア、あなたもだ。少し休んだ方がいいだろう。」
「ガーネット…。」
メシアはつかれきったその顔を友人に向けた。
「私、やっぱりあなたともっと早く知り合いたかったわ。」
「…今私がメシアと出会ったのもまた運命なのかもしれない。人生は何がおこるか分からないさ。」
「運命…ね。ガーネットでもそんな事言うのね。」
「意外?」
「自分の力だけ信じてそうだもの。」
ガーネットもメシアに微笑んだ。
「立てる?」
「ええ。」
「きっと大丈夫だ。気をしっかり持て。」
「あなたに言われると本当に大丈夫な気がしてくるから不思議ね。」
「そう?」
「そうよ。」
メシアは、足をしっかりと地面につけて、立ちあがった。
「マサキも同じこと言ってたわね。あの子にとってのシンジは、私にとってガーネットみたいものなのね。」
「…。」
「今ごろ分かるなんて、私ってば…。」
「私には、まだ分かりそうにないな。」
自分の母親が新しい友情を見つけだそうとしていたとは、マサキはまったく知らなかっただろう。
「すばらしい!!」
マサキの踊りを見て、エデン王は思わず立ち上がって拍手した。
「ヘキルよ、隻眼の踊り子よ、お前は何と美しいのだろう!!」
「身にあまる光栄、どうもありがとうございます…。」
マサキはつつしまやかにひざまずいた。
「シャロン=イミュイ、そしてユイラン=ヤトゥーミアム。おまえたちの演奏もすばらしい出来だ。何か褒美をとらせよう。」
その言葉に、シャロンとユイランは同じ事を思いついた。
先に口火を切ったのは、ユイラン。
「私どもの願いは一つでございます。」
「それは何だ?」
「ミラジアリナの公演に、このヘキルも参加できることでございます。」
マサキは慌てて二人を振り返った。
ユイランが目で<黙ってなさい>とマサキを睨む。
「ふむ…つまり、ヘキルをミラジアリナへ連れて行きたい、とそういう事だな。」
「はい。願わくは…。」
ユイランとシャロンは深く頭を下げた。
「うむ、よいだろう。だが、その前に、ヘキル…その包帯を取ってみよ。」
「え?」
「お前のその瞳が<碧くないならば>、ミラジアリナへの渡航を認めよう。」
「ザワ…」
エデン王の言葉ににわかに観客はざわめいた。
「まさかエデン王はあの少女がヴェルナ王女だと…?」
「いや、そんなはずは…。」
「分かりました。」
マサキは凛とした声で答えると、右目を覆い隠している包帯に手をかけた。
少しずつ巻き取られていく包帯。その下から現れたのは…。
「!!」
「う…。」
見るも無残に焼け爛れたような跡。完全につぶれていて、まったく開けない状態だ。
「…わかった。もうよい。早く包帯を…。」
エデン王すらも目を背けた。
「ミラジアリナへの渡航を許可しよう。」
やった!!
マサキは表情には出さず、心の中でガッツポーズ。
「エデン王。」
マサキは王に歩み寄った。
「何だ?」
「王に献上しようと…世にも珍しい妖石を御用意いたしました。」
マサキは額飾りを外した。
「おお…これは……!」
「はい。碧漆の石でございます。」
「!!」
その場に驚きの波が駆け抜けた。
「これを…私にと申すか?」
「はい。我が尊愛のアリア王、エデン様に永遠の祝福を…。」
「おお…!」
エデン王も手が震えた。
水の至高石、碧漆の石。その輝きは大いなる海の輝きに等しい。
「ミラジアリナの王、クレイドにもお前のことを伝えておこう。」
「ありがたき幸せ…。」
マサキはいっそう深々と頭を下げた。
「こちらへどうぞ。」
王宮の召し使いが3人を部屋へと案内した。
「ごゆっくりおくつろぎください。」
「ありがとうございます。」
召し使いは部屋を出ていった。
と、同時にマサキは叫んだ。
「やったあ!!」
「よかったわね。」
「シャロン、ユイラン、ほんとにありがとう!!」
「いいのよ。」
「でもよかったわあ、ヘキルも一緒に行けて。」
「包帯を取れ、とエデン王がおっしゃった時はどうなるかと思いましたけど。」
「ありゃー一瞬ドキッとしたよ。」
もしかしたら、行けないかもしれないと思った。
「でも、最後は碧漆の石で何とかごまかせた。シャロンのおかげだ。ありがとう。」
「いいえ。」
シャロンはにっこりと微笑んだ。
エデン王の宝石好きを知っていたシャロンは、最後の手段として碧漆の石を献上するようマサキに言っておいたのだ。
「でも、いいの?あんな高価な石あげちゃって。」
「大丈夫。考えがあるんだ。」
マサキはウインク。
「何?どうするの?」
「今度はウィオラにもらう。」
「え?」
余りに突拍子のない答えに、ユイランは思わず唖然とした。
「今晩ウィオラを呼ぶ。んで、碧漆の石をもらう。」
「…。」
「とても凡人には思い付きそうにない作戦ね。」
シャロンはころころ笑った。
「呼べるの…?」
ユイランは恐る恐る聞いた。
天地をつかさどる四龍として名高い水龍、ウィオラ。ユイランにとっては遠すぎる存在だ。
「多分。シャラメイは前に呼んだことあるし、それを応用すればできると思う。」
「そ、そう。」
ユイランはちょっと苦笑い。もうついていけない。
「もっとみんなが寝てから。そうしないと見つかっちまう。」
「そうね。」
ユイランが苦笑いした時、誰かが部屋に入ってきた。
「ガチャ」
「なーに?あなたたち、部屋に鍵もかけてないわけ?」
「?!」
「誰だっ?!」
マサキは思わず投擲を構えた。
「しっつれいね。王女に向かって!!」
「王女ぉ?」
ブラウンの髪と鳶色の瞳。きらきらの宝石にまみれたティアラは、そう言えば見覚えがある。
「これは、エヴァ王女。」
「何か用か?」
マサキは普通に聞いた。
と、エヴァ王女はつかつかとマサキに歩み寄って、その耳を思いっきりつねり上げた。
「いでででででっ。」
「王女に向かってその口の利き方は何?お父様に言ってミラジアリナ行きを取り消してもいいのよ? 」
「いてえって。わかった、分かったから離せ!」
王女はますます眼を吊り上げる。
「全然分かってないわ。しかも女のくせにその口の利き方はなんなの?!そんな汚い言葉…。」
「わかりました。わかりました。すみません王女様この手をお離しくださいっ。」
「よろしい。」
エヴァ姫はやっと手を引っ込めた。
「まったく、先ほどの演奏を誉めてあげようと思ったのに。あなた、さっきの気品の欠片も残ってないわね。本当にあなた、ヘキルなの?」
エヴァ姫がずいっとマサキに詰め寄った。
「俺はヘキルだ。」
「俺、ですって?」
「ああ、そうだ。こっちが地だから、この言葉づかいは直せねえな。」
「ヘキル、あなた本当に女なの?」
エヴァ姫がいぶかしげな瞳をマサキに向けた。
「さあな。当ててみな。」
マサキはさっと身を翻した。
むっかあーーっ。
「私を侮辱するにもほどがあります!」
「だから当ててみろって言ってるだろ?」
「わかったわよ。そこまで言うなら、けってーてきな証拠を掴んであなたが<男>だって証明してやるわ!!」
「どうぞ。」
エヴァ姫は憤慨して部屋を出ていった。
「ヘキル!あなたいったいなにやってるのよ!」
いつもは温和なシャロンが珍しく強い語調で非難した。
ユイランはあまりの展開についていけないでいる。
「いや、あの姫がさ、おもしろそーな奴だから。」
「はあ?!」
「それだけだよ。」
にかっと二人に笑いかけたマサキに、もう二人はついていけそうになかった。
それが分かんないのよ、だから!
マサキは部屋の窓から外へと身を乗り出した。
「危ないわよ、ヘキルっ。」
「へーきへーき。」
マサキは窓の枠に立ちあがった。
そして、接着剤をはがした、碧い瞳と漆黒の瞳を後ろの二人に向けた。
「あ、二人は下がってたほうがいいかも。」
「言われなくてもそうするわよ。」
マサキは二人が部屋の奥に下がったの確認してから、体中にできる限りの妖力を集めた。妖力の使えないシャロンやユイランが見ても、青い光がマサキの全身を包んでいるのが見えるほどに。
そしてその妖力を、ゆっくりゆっくり放出する。自分を中心に波紋を広げるように、もしくは自分を中心にゆっくり竜巻を回転させるような感じで。
「ウィオラ…お願いだ、気付いたらここに来てくれ。」
マサキはつぶやいた。
集めた妖力を少しずつ放出するのはかなりの技術と体力を要する。そんなに長くはやっていられない。マサキは目を閉じた。
ウィオラ…!
マサキが必死で呼びかけた、その時…
「バサッ」
翼の音。水の大きな気配。
「……!!」
後ろの二人が息を呑んだのがわかった。
「呼んだか?マサキ。」
「ウィオラ!!」
目を開くと、そこには懐かしい人間型のウィオラの姿が。
が、マサキは次の瞬間ふっと意識が途切れかけてよろめいた。
「ヘキル!!」
窓枠からマサキの姿が消えた。
ユイランとシャロンは慌てて駆け寄る。
「お前、力使いすぎなんじゃねえのか?そんなに大量に妖力使わなくても俺は気付けるぞ。」
「え、そうなの?」
ユイランとシャロンの視界に、碧い翼が現れた。
深いマリンブルーの瞳、碧い青銅の髪、額には噂に聞く一角。初めて目にする水龍に、二人は言葉を失った。
水龍はマサキの手首を掴んでいる。
「ほら、気をつけろ。」
「はーい。」
マサキはとんっと部屋の中に着地した。
「で?用件は?」
「あのさあ、碧漆の石が欲しいんだ。」
「碧漆の石?何に使う?」
「装飾。」
「装飾??誰の?」
「俺。」
「はあ?!お前が?!」
ウィオラは端正な顔を思いっきりしかめっ面に変えた。
「何で?」
「だからさあ、俺今度踊り子になるんだよ。」
「王女はやめたのか?」
「やめてねえ。だからよお、これからミラジアリナに行かなくちゃいけねえから…。」
「ちょっとまて。」
ウィオラは羽をたたんで部屋に降り立った。
「じっとしてろ。」
ウィオラがマサキの額に手を当てる。
やがて眼を開くと、シャロンとユイランの二人に目を向けた。
「どうやらこいつがずいぶん世話になったらしいな。」
「えっ?えっ?」
もしかして、ヘキルの記憶を…?
「こいつすぐわけ分かんねえことするから、気をつけてくれよ。」
ウィオラはマサキの頭をぐりぐりなでながら言った。
「ほんとにまったくお前って奴は変わらねえなあ。」
ウィオラはふう、とため息をついた。
「わかった。作っといてやるよ。明日ここに持ってくればいいだろう?」
「ああ。ありがと、ウィオラ。」
「まあ、他ならぬマサキの頼みだからな。」
ウィオラは翼を広げた。
「じゃあな、マサキ。」
「あ、待って。」
「何だ?」
「あのさ、石っていろいろ形変えられるか?」
「ああ、まあ可能だけど。」
「じゃあ、中に物を入れられるように蓋付きの入れ物みたいのにしてくれよ。」
「何いれるんだ?」
「接着剤。」
「あー、分かった。まかしとけ。」
ウィオラはもう一度翼を翻した。
「ばいばーい。」
マサキはウィオラにひらひらと手を振った。
「よしっ。これで碧漆の石ゲット!」
「…。」
ユイランとシャロンは口をぽかんと開けたまま。
「ん?どうしたの?」
「いえ、あまりにもびっくりしただけよ。」
シャロンはやっと現実に戻った気がした。
「あいつが、俺の目標なんだ。めっちゃくちゃ強いんだぜ。」
マサキがにーっと笑う。
「…。」
クロークがこの場にいたなら今まで疑問に思っていたことが一気に解決しただろう。
この性格は、誰からきたのか。クローク王子でもなければ、メシアでもない。
ウィオラだ。
翌日の早朝、デルタス王宮に緊急の書簡を携えた<アキラ>が到着した。
「何?!マサキが?!」
「何があったのですか、ウェスタ王。」
アキリアは胸騒ぎを覚えて、思わずウェスタ王を急かした。
「マサキが…いなくなったらしい。」
「えっ?!」
「昨日の夜のことだそうだ。」
マサキがいなくなった?!
アキリアは頭が混乱してきた。
「マ…マサキ…?」
いなくなる。マサキがいなくなった。
アキリアは目の前が真っ暗になった。
「アキリア!」
遠くでウェスタ王が叫んだ声が聞こえた…ような気がした。
「ふあーあ。」
マサキが大きく伸びをした。
「おはよう、ヘキル。」
「おはよ、シャロン。ユイランは?」
「先に広間に行って朝食をとってるわ。」
「俺も行く!」
3人は明日の朝の出発まで、王宮に滞在する。
「ヘキル。ヘアピース、衣装、リストリング。それに右目、包帯は?」
「あ、忘れてた。」
マサキはあわてて<踊り子のヘキル>に変身。
「これでいい?」
「うん、合格。さあ、行きましょう。」
シャロンはにっこり笑って部屋のドアを開けた。
と、そこにはエヴァ王女。
「げっ。」
「あら、おはようございます、エヴァ王女。」
「おはようシャロン。それとヘキルくん。」
エヴァ姫が意地悪そうな目つきで<ヘキル>を見上げた。
「…。」
「一つ証拠を見つけたわ。」
エヴァの手がヘキルの髪を掴んだ。
「!」
「ほら、あなた本当は髪、長くないじゃない。」
しまった。油断した。
ヘアピースがとれてマサキの肩にもかからない短い髪があらわれた。
「そうだ。よく分かったな。」
「今部屋に入ろうとしたらヘアピースがなんとかって聞こえたのよ。」
エヴァはちょっと優越感。
「あー、じゃあさ、シャロン。このままでいい?」
「しょうがないわね。ヘアピースは免除しましょう。」
「やった。装飾が一つ減った。お前のおかげだ、エヴァ。ありがとなっ。」
ヘキルは頭一つ分くらい背が下のエヴァ姫の髪をくしゃくしゃっとなでた。
「あ、あなた王女である私に向かって…。」
「ヘキル。王女様なんですから、<エヴァ姫>か<王女>と呼びなさい。」
「だってお前俺より年下だろうが。」
「私はもう13歳よ!立派な大人だわ!」
「残念、俺は14でしたー。」
べーっと舌を出すヘキル。
「行こうぜ、シャロン。」
「ヘキル!失礼をお許しください、王女。」
シャロンは慌ててエヴァ姫に礼をすると、ヘキルを追って駆けていった。
「…。」
くやしいーーっ。許すもんかっっ。
「ん?ヘキル、その髪は…?」
エデン王がいち早く気付いてヘキルに声をかけた。
「昨日の髪はヘアピースです。本当の髪は、これです。」
ヘキルは精一杯笑って答える。
「そうか。うむ、その髪型も似合っておるぞ。」
「お褒めにお預かりまして。」
ヘキルはエデン王にちょっと会釈してから席に着いた。
「そう言えばヘキルはエヴァと同じ年頃だったな。」
「ええ。私は今、14歳です。」
<わたくし>だとお~?
物陰から会話を聞いていたエヴァは眉を引きつらせた。
「おお、そうか。エヴァは13歳になった所なのだ。王宮には話し相手も少なくて退屈しておろうからまた相手をしてやってくれ。」
「はい、エデン王の望みなら。」
じょうだんじゃないわよっ。あんなやつとっ。
エヴァはヘキルを睨み付けた。
「…でも、どうやら聞いてらっしゃるみたいですね。」
ヘキルはガタン、と席を立った。
「失礼。」
そのままつかつかとこっちに歩いてくる。
まさか、ばれた?!
「エヴァ姫。そんな所にいらっしゃらずにこちらへどうぞ。」
「…。」
ヘキルがにっこりと微笑みかける。
さっきとはまるで別人。思わず見とれてしまったじゃない…。
「おお、エヴァ、いたのか。」
「…おはようございます、お父様。」
「こちらへお掛けください、エヴァ姫。」
ヘキルがひいた椅子に腰掛ける。
ヘキルもその隣の席に座り、朝食の続き。
「こんなにかわいらしい姫様なら、喜んでお相手をつとめさせていただきます。」
「……。」
よくもぬけぬけと…。
「ぜひお友達になりたいですね。」
「エヴァ、これも何かの縁だ。今日一日、ヘキルと一緒に過ごすといい。」
「え。」
「どうした?なにか不満でもあるのか?」
「……。」
「よろしく、エヴァ姫。」
ヘキルがにこっと微笑みかける。
ことわれるわけ…ないじゃない。
「今日一日エヴァといっしょかー。」
「はああーーっ。」
エヴァは大きくため息をついた。
「どうした?疲れたのか?」
「違うわよ。あなたと一緒にいなくちゃいけないかと思うと…。」
エヴァはますます気が重くなる。
「何でだ?俺は別に嬉しいぞ。」
「え?」
「お前いい奴みてえだし。<友達になりたい>っていうのは嘘じゃねえ。」
エヴァは驚いてヘキルを見た。
装飾品やヘアピースを外したヘキルは、本当に男のようだった。踊り子の時とはまるで違う、りりしい顔つき。
「…。」
漆黒の瞳に吸い込まれそうになって、エヴァは慌てて目線を外す。
「エヴァ。どこに行きたい?」
「え?どこって?」
「フィバール以外なら、どこでもいい。」
ヘキルは窓の側に寄った。
「王宮の外でも…?」
「ああ、もちろんだ。」
ヘキルがにやっと笑う。
「バサッ」
「?!」
そして、ヘキルの後ろに現れた、碧い影。
蒼聖天使と見間違いそうな、青い翼。人間姿のウィオラだった。
「ほら、できたぞ、マサキ。」
ウィオラはマサキに出来立ての碧漆の石を放り投げた。
「サンキュー、ウィオラ。」
すでにウィオラによってネックレスに加工された碧漆の石のケースに、接着剤をビンから移し替えると、ヘキルはそれを首にかけた。
「ウィオラ。こいつ、アリアの王女のエヴァ。」
「王女お?」
碧い瞳がエヴァに向けられた。
「ひっ。」
思わず後ずさり。
「怖がるなよ。こいつは、水龍のウィオラだ。」
ヘキルはエヴァの手をひいてウィオラの所へ連れてきた。
「ほ、本物の水龍なの?!ヘキル、あなた、何者?!」
「俺はヘキル。夢幻三夜星、踊り子のヘキルだ。…もっとも、妖力者でもあるがな。」
「よ、妖力者?!」
「そ。」
ヘキルはウィオラに向き直った。
「ウィオラ。どうせ暇だろ?どっか連れてってくれよ。」
「お前、俺をあごで使おうとはいい度胸だな。」
ウィオラはあきれたように言った。
「まあ、いい。そうせ王女様の子守りだろ?いいぜ。どこに行く?」
「子守り?」
何ですってえー?
「私の子守り、ですって?あなた、水龍だかなんだか知らないけど、訂正なさい!アリア皇女であるこの私にむかって、子供だなんて…許さないわよ!」
「な、なんだよ、こいつ。」
エヴァの勢いに、さすがのウィオラも引き気味。
「どうでもいいだろ?そんなこと。」
ヘキルがエヴァをたしなめる。
と、そこへシャロンの声。
「ヘキルー?エヴァ王女―?どこー?」
「やべ、シャロンだ。」
「とにかくここから出るぞ。」
ウィオラは右手でマサキの、左手でエヴァの手首を掴むと窓から外へと飛び出した。
「え?え?」
足元に地面がない。宙に浮いている?!
ウィオラの力で、二人は空へ飛び上がった。王宮が見る見る小さくなっていく。
「エヴァ、どこに行きたい?」
「え?どこって?」
そんなこと、頭が混乱してるのに答えられるわけないでしょっ。
眼下にはアリアの大地が広がっている。遠くにみえるあの街は、ラマダンだろうか。それとも、フィバール?
「怖い…。」
エヴァは思わずウィオラの腕にすがった。
「おいおい、全然怖くねえって。」
ウィオラはそう言うが、エヴァにしてみればいつ落ちるかたまったものではない。
「まったく…。マサキ、お前一人で飛べるか?」
「え。無理。」
「教えてやるよ。俺の羽根、一本抜きな。」
ヘキルは言われた通りにウィオラの碧い翼から一本羽根を抜き取った。
「そんで、それに妖力を集める。」
「それで?」
「その妖力を、<飛びたい>って気持ちを込めて自分のまわりに渦巻くような感じで、放出する。そうだなあ…妖力に包まれて浮くって感じのイメージだ。」
ヘキルは言われるがままに妖力を身にまとった。
「手え離すぞ。」
「ああ。」
体が軽い。もしかして、飛べるかも…。
ウィオラがそっと手を離す。が、ヘキルのからだは浮いたまま。
「やった!飛べた!」
「すげえな。まさか一発で飛べるとは思わなかった。」
ウィオラも驚いている。
「お前、本当に妖力者の才能あるんだなあ。」
「……!」
エヴァはもう驚きのあまり声も出ない。
なに?なに?今なにが起きてるの??
「お前に行きたい所がないんなら、海行こうぜ、海。」
「お前、ほんっと海好きだよなあ。」
「ああ。大好きだ。」
「じゃ、行くか。」
ウィオラは両腕でエヴァを抱きかかえた。
「え?な、何する…」
「怖くねえから。慣れたらめちゃくちゃ気持ちいいんだぜ?空飛ぶのって。マサキ。お前そのまま浮いてろ。まだ進むだけの技術はねえだろうから、風で送ってやるよ。」
「やった。ありがと、ウィオラ。」
「じゃ、行くか。しっかりつかまってろよ、王女様。」
ウィオラがにやっと笑うと、次の瞬間にはもうすでに海に向かって飛んでいた。
「この辺に人気のない海岸とかってねえかなあ。」
ウィオラがきょろきょろと海岸線を見渡す。
「あ、それなら、コサラの北のリーチェ海岸。そこなら妖魔以外は何もいないって聞いたわ。」
「あれか?」
「多分…。私、こんな遠くに来たのは初めてだもの。話に聞いただけだから、本当かどうかは…。」
「とにかく行ってみようぜ、ウィオラ。」
「そうだな。」
3人は浜辺に着地した。
なるほど、人っ子一人見当たらないが、ここそこに妖魔の気配が感じ取れる。
「そんな悪い気配はないし。いざとなったらウィオラもいるし。」
「人をあてにするな。」
ウィオラは波打ち際まで行くと、もとの水龍の姿に戻った。
「!!!!!」
驚きに目を白黒させるエヴァ。
『俺はもともとこういう姿なんだ。人間でいると疲れるんだよ。』
寄せては返す波の動きを肌で感じながら、ウィオラは波の側で寝入ってしまったようだ。
「ま、帰る時に起こせばいいか。」
ヘキルも波打ち際に駆け寄った。
エヴァは、ふと不安になった。
漆黒の瞳が波を映しこんで、揺れている。足首の辺りまで海につかって、たたずんでいるヘキルの姿は、まるで海からやってきた聖天使。
「あなた、本当にヘキル?」
「…。」
<エンジェル>の表情が少し陰った。
「本当のことを教えて。あなたの本当の名前は何?」
エヴァはヘキルの瞳を見つめた。
ヘキルは、迷っているようにみえた。言うべきか、言わざるべきか。漆黒の瞳に葛藤の色が現れていた。
「ごめん、母さん。俺、やっぱり隠し事に向いてねえ。」
ヘキルは天を仰いでそう叫んだ。
「俺の本当の名前、二つある。一つ目は、<マサキ=ミラジアリナ>って言うんだ。」
「ミ、ミラジ…?!」
「俺の父さんはクロークさ。これが、俺がどうしてもミラジアリナに行きたい理由。」
ヘキルが…マサキがエヴァに向かって微笑みかけた。
「もうひとつは…。」
右目の包帯を、潮風が巻き取っていく。
今日はまぶたを閉じていない。エヴァの鳶色の瞳が、大きく見開かれた。
「<ヴェルナ=デルタス>。俺もお前と同じ、王女だ。ただしデルタス王国の。そしてこれが俺が妖力者なうえにウィオラと知り合いな理由。GOLDEN MEMORYにでてくる<導きの龍>ってのは、俺のことさ。」
「……!!」
「びっくりしただろ?」
な、な、な…!
「驚いた…わよ。もう何考えていいか分かんないわ。」
頭が混乱する。
「わかったわ!あなた、私を騙そうとしてるのね?!そんな手には乗らないわよ!」
「ばーか。本当だよ。信じねえなら信じねえでお前の勝手だ。」
マサキはあっさり言い放った。
「ただ、これだけは言っておく。ヴェルナとマサキが同一人物だっていう事を知ってるのは、アリアじゃほんの数人だ。おそらくお前の父さん…エデン王すらも知らされていない事実だ。」
「ねえ……」
「何だ?」
「本当なの?それ。」
「だから、ほんとだって言ってるだろう?嘘ついてるように見えるか?」
…見えないわよ。だから驚いたのよ。
「と、いうわけだ。仲良くしようぜ、エヴァ。」
マサキがさっきまでと変わらない笑顔で言った。
「…。」
でも、王女ってことは、ヘキルは女…。
「あなたが女で残念だわ。」
エヴァはもう開き直ってため息をついた。
「なんで?勘が外れたからか?」
「それもそうだけど…」
エヴァは、さっきのヘキルの姿を思い出す。
トクン
心の奥が脈打つ感覚。
「なんでもないっ。」
忘れよう、この事は。
「??へんなやつーっ。」
「うるさいわね。」
エヴァも波打ち際に駆け寄っていった。
「ヘキル!エヴァ姫を連れてどこに行ってたのよ。」
「海。な、エヴァ。」
「ええ。」
「エデン王がお探しになってらっしゃったわよ。」
「俺?」
「いえ、エヴァ姫を。」
「私を?」
ああ…多分、あの事だ。
「じゃ、すぐに行ってくるわ。」
「行ってこい、行ってこい。」
マサキが手をひらひら振った。
「あの…ヘキル…。」
「ん?」
エヴァはうつむいて言った。
「今日は、ありがとう。楽しかったわ。」
「ああ。」
マサキがにやっと笑った。
「また連れてってやるよ。いつか。」
「うん。」
エヴァはマサキに背を向けて、歩き出した。
本当にありがとう。…ヘキル。




