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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花
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第一話 収容所-7

「それで、助かったのですか?」

 所長は特に感情を表に出さず、ルーディールに尋ねる。

「正直に言いますと、今の彼女が生きていると言って良いのかは分かりません。ただ、脈動を感じられますので、死んではいないと言えるでしょうが、それがすでに奇跡なんです。それもいつまで続くか分かりません」

「弱りましたね。明後日には研究所から検体を確認に来る予定だったのですが。それまでに治せませんか?」

 所長はルーディールに訪ねるが、ルーディールは首を振る。

「私の治癒魔術は万能ではありません。再生魔術で強引に回復させては、逆に体が付いてこれずに体が融解してしまう恐れもあります。今は私でも祈る以外に手を打てません」

「ですが、先生」

「今の状態が続き、万が一容態が安定したら治癒魔術をかける事も出来ます。ただ、今のかろうじて人型である状態を見せている最中に死んでしまう方が、失態になるのではありませんか?」

「確かに先生の言う通りですね。では先生は診療所に戻って下さい。今出来る事は無いかもしれませんが、再生魔術も選択肢に加えてでも何とかして助けてあげて下さい」

 所長にそう言われ、ルーディールは所長室を出る。

「では、貴男方の話を聞かせていただきましょう」

 所長は所長室に呼び出した三人の所員に話を振る。

 所長は戻ってきてすぐに六の少女に対する暴行事件の事を聞いた。

 所長が最初に話を聞いたのは同室の亜人の少女達だった。その後メルディスに、そしてルーディールに話を聞いたのである。直接の加害者である三人の所員は最後になったのだが、おそらく三人の所員はその順番の事も知らないだろうとルーディールは考えていた。

 しかし、この暴行事件には奇妙な点がある事を、ルーディールは感じた。

 まず、医師の立場からもっとも奇妙に思うのは、今でも生命活動をやめない六の少女自身である。

 ルーディールも暴行現場を見たわけではないので、具体的には分からないが、暴行は数時間に及んだらしい。

 それは素手であっても命を落とす時間である。それを警棒での暴行となると、生きている事の方がおかしい。実際に六の少女が運ばれてきた時には人間大の肉片と言って良い状態であり、生きている原因を探す事の方が困難な状態だった。

 無理矢理にでも探すのであれば、頭部への打撃が比較的少なかったから、と言えなくもない。しかし、ちょっと少ないくらいでどうにかなるダメージでは無い。それに出血の量も致死量であり、内臓へのダメージも絶望的である。今さら頭部へのダメージくらいで一命をとりとめられるものではない。

 収容所所員の視点から見ると、片足を奪われると言う大きな罰を受けている六の少女は、所員の命令に従わない場合どうなるかは痛みをもって知ったはずだった。

 確かに収容所の中には何度も歯向って痛い目に合う亜人は数名いるが、それでも片足という代価を払った者はいない。実際に六の少女は片足を失ってからは大人しく、一部の所員から六の少女は恐れる程危険な亜人ではないのではないか、と言われるくらい大人しかった。

 それが露骨に挑発するかの様に、所員達に逆らったと言う。

 恐怖で押さえつけられていたと思っていたのだが、六の少女はそんなもので折れる様な人物では無かったらしい。

 そして、亜人として、と言うより、人として奇妙な行動もある。

 四と十一の少女が言っていたが、この二人が助けに入ろうとした時、六の少女は二人を止めようとしていたらしい。

 これはどう考えてもおかしい。

 暴行を受ける前であったとしても、夜中に所員が寮の部屋を訪ねてきた時点で助けを求めても何らおかしくはない。むしろその方が自然な行動である。

 しかし、六の少女は暴行を受けている最中に、助けに入ろうとした四と十一の少女に対し制止する様に手の平を向けてきたと言う。

 六の少女の現状を見たら、もし止めようとした四と十一の少女達も同じ様に暴行にあい、命を落としていた事が予想される。ある意味では六の少女は二人を助けたと言えるのだが、それだと挑発した事自体が不自然と思える。

 つじつまを合わせるとしたら、六の少女は所員の暴行によって大怪我をしなければならなかったのだが、そのために他の少女達を怪我させるわけにはいかなかった、という事なのだろう。

 もちろん、上手くいくはずもない。

 実際に六の少女は生死をさまよい、ほぼ確実に死に至ろうとしている。これは彼女にとって計算外だったはずだ。

 ルーディールが診療所に戻ると、六の少女のベッドの前には四の少女とメルディスがいた。

「ルー先生」

 メルディスはルーディールに気付いて疲れた声をかける。

「容態は?」

「まだ安定しません。と言うより、気道を確保するのが精一杯です」

 メルディスも泣きそうな表情で言う。

 彼女も悩み、考えたのだろうが、その答えは六の少女にしか分からない。

 ただ、何か目的があった事は間違い無い。それは六の少女にとって命を賭ける必要があった程の目的。

「でも、彼女は私達を守ってくれたんです。それは間違いありません」

 四の少女は、六の少女を見ながら言う。

「助けを求めたんじゃないです。あの時、彼女は来る事を拒んだんです」

「分かったわ。貴女も休まないと」

 ルーディールは、四の少女に言う。

 好奇心旺盛な四の少女だが、今は泣き疲れて睡眠不足も手伝い、目は赤く充血している。目の前の惨劇を止められなかった事の悔いが残り、自分には何も出来ないと言う無力感に苛まれている。

 この亜人収容所では日常の風景でもある。

 亜人の少女達は知らない事ではあるが、メルディスと同室と言う時点で実は特別な価値を見出されている。

 四の少女も美しい少女であり、十一、十二の獣人姉妹も実験体としては魅力的で、引く手数多の状態である。

 ただ、彼女達はその値が非常に高価なため、今は交渉中と言う事を知らない。

 ルーディールにしても噂程度でしか分からないのだが、信憑性は高い。

 今回、六の少女を研究機関の人間が調べに来る予定だったはずだが、その目玉商品は残念ながら現時点では商品として表に出せる状態では無い。

 六の少女は身を挺して四と十一の少女を遠ざけた様だが、結果として六の少女の代わりに四の少女か十一、十二の獣人姉妹のどちらかを商品にしなければ所長の面子も保てなくなる事だろう。

 何を目的としていたのかは本人にしか分からないのだろうが、いずれにしても六の少女がやろうとした事は成功とは言えない。

 それはルーディールだけではなく、この亜人収容所にいるほとんど全ての人物がそう考えていた。

 ただ一人、今はまだ生死をさまよう当事者だけはどう考えているか知りようが無かった。


 六の少女は瞼の異様な重さに戸惑ったが、頑張って目を開く。

 想像以上に陽の光が眩しく、とても目を開けていられない。右手を顔の前にかざそうとしたのだが、感覚が無いのでピクリとも動かす事が出来なかった。

 少しずつ目を開こうとして光に慣れてくると、自分が今何処にいるかも分かった。

 (うわっ、私、あの死亡率九十パーセント以上のベッドに寝かされてる。本当に死にかけたんだね)

 他人事の様に六の少女は思う。

 ここで目を覚ます前の状況を思い出してみると、自分でもいかに無謀な行動だったかを思い知らされる。

 体を動かす事は出来ないが、記憶を手繰ってみると読んだ本の内容や、この収容所に入れられる前の逃亡生活を隅々まで思い出せるので、おそらく脳には異常は無さそうだ。自覚症状が無いだけかもしれないが、今のところは絶望的な脳障害や後遺症などは無く無事に済んだと思われる。

 もっとも体をまったく動かせないのを、無事と言えるかどうか。

 しかし、六の少女の計画ではどうしてもここに留まる必要があった。その為にも所員の手によって大怪我をして、商品として移動させられない、もしくは商品として表に出せない状況を作りたかった。

 それが危険な賭けであった事は分かっていた。

 だが、無抵抗に研究所に引き取られても、六の少女の状況は良くならない事もよくわかっていた。

 もし六の少女に誤算があったとすれば、彼女が予想していた以上に彼女が恐れられていた事だった。

 彼女の計画の全てを読み取る事は出来なかったかもしれないが、所長がいないタイミングでの六の少女の行動は、どう考えても不自然だった。スパードなら、とは言わないまでも冷静に考えれば露骨な挑発には何か裏がある事くらい簡単に見抜けただろう。ところが、いかに酒に酔っていたとはいえその判断が付かない程に所員達は六の少女を恐れていたのだ。

(あれ? メルディスがいる)

 看病してくれていたのか、ベッドに突っ伏す様な感じでメルディスが眠っていた。

 こちらに顔を向けているので、六の少女でもメルディスの寝顔を確認出来た。

(寝顔も綺麗だな。まつ毛長いし。よく見たら凄い不公平の塊だね)

 六の少女が今動かせるのは瞼と眼球くらいなので、眺めるものは今のところメルディスの美しい寝顔くらいしかない。

 仕方が無いのでメルディスの寝顔を眺めていると、メルディスが目を覚ます。

 最初はぼんやりしていたメルディスだが、六の少女と目が合うと、目を見開いて驚いていた。

「る、ルー先生!」

 メルディスが悲鳴の様な声を上げて、何処かへ走っていく。

 すぐに慌てた様な表情でルーディールとメルディスが二人で戻ってくる。

「目が覚めたみたいね。どう? 気分とか悪くない?」

「ぶえべ」

 答えようとしたのだが、口から出てきたのは言葉では無く、言った本人ですら驚くほどの奇怪な音だったので、六の少女は言葉を飲み込む。

「まさか目を覚ましてくれるとは思わなかったわ。私達に出来る事はやって来たつもりだけど、貴女の回復力をもってしても後一ヶ月は絶対安静よ。今は動けないかもしれないけど、動けるようになってからも大人しくしてる事。良いわね?」

 優しい口調ではあるが、ルーディールは強く念を押す。

 出来る事なら今すぐにでも動きたいところではあるが、いくらなんでもそれが不可能な事は十分過ぎる程分かっている。

 ルーディールやメルディスも驚いていたが、六の少女自身も今生きて、意識を取り戻した事が奇跡である事は自覚している。

「でも、目を覚ましてくれて良かった。一週間も意識が戻らなかったんだから。もうこのまま意識が戻らないかと思ったわ」

 安堵した表情でメルディスが言う。

(一週間、か。長いと言えば長いけど、まあそこは仕方ない。それにプラス一ヶ月。動けるようになるのは夏頃か)

 この地域の季節を考えて、計算してみる。

 この収容所に来たのが初春、それから一ヶ月ほどして暴行事件を起こした。そこから回復するのにさらに一ヶ月と言う事なので、この地域では夏に入る頃になる。

 この地域では一年の半分以上が冬であり、春、夏、秋は駆け足で駆け抜けていく。

「一週間も心配させたんだから、ちゃんと説明してもらうわよ」

「メルちゃん、目を覚まして意識もしっかりしてるみたいだけど、まだまだ重体なんだからゆっくり休ませましょう。メルちゃんも疲れてるでしょ? 今日はゆっくり休んで」

 ルーディールの柔らかい声は、目を覚ましたばかりで痛みすら感じる事の出来ない六の少女をやさしく包む。その言葉に導かれるように、六の少女は眠りにつく。

 彼女の戦いはこれからが本番だった。

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