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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花
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第一話 収容所-6

 誰もが何か企み計画していると警戒していた六の少女だが、右足を失って以降、何か起こす様な事も無くスパードと共に大人しく図書室にこもっていた。

「余程本が好きなんだな」

 収容所へ入れられてから一ヶ月という頃、スパードの方から話しかけて来た。

 口数の少ないスパードの方から声をかけてきたと言うのは非常に珍しいので、六の少女は自分には時間がほとんど残されていない事を意識させられる。

「読むのは大好きですよ。知らない事や、分からない事だらけですからね」

「その為の筆記にしては書き込みが多かった様だが」

 毎日所長に提出している日誌はスパードも見ている。二週間程の間に六の少女のメモは恐ろしく大量の書き込みに溢れていた。

(さすがに、この人は馬鹿じゃないか)

 何も口出ししてこなかったのは、何事も無いようにと思っての事だったのだろう。そして、これが何かの意味がある事も予想は付いている。

 所長はすでに興味を失っている様だが、スパードは気にしていたのだ。

「お前は凄い奴だ。ここではメルディスですら諦めている事を、お前はまだ諦めずに持ち続けている。身に付けられる事は身に付けておく事だ。それがいつ役に立つか分からないのだから」

 スパードにしては踏み込んだ事を言ってくる。

 この二週間ほどで、六の少女の部屋は変更はないが、情報通の四の少女の話では別の部屋ではすでに数名欠員が出ていると言う事だった。

 六の少女が異常に警戒されている事もあるが、収容所の中で六の少女は所長のお気に入りではないかと言う噂が流れていた。そのため、その周囲の四、十一、十二も六の少女を刺激しない様に様子を見られているのだ。

 だが、そのリミットがやって来た。

(次は私の番、か)

「スパードさん、所長がお呼びです」

 メルディスがいつもより早く図書室に現れて、スパードを呼ぶ。

 輝く様な美貌は変わらないが、その表情は険しい。スパードもすぐに同じ様な表情になる。

「そうか。六番、今日はこれで退室だ」

「早いですね。どうかしたんですか?」

 六の少女はあえて空気を読まずに首を突っ込んでみる。

「近日中に各地の研究所の中でも高名な者達が、この収容所へ来る事になっている。俺と所長は今からその打ち合わせがある。日程がまとまり次第、お前は引き取られる事になっている」

「研究者? ここの亜人は研究所に引き取られるんですか?」

 六の少女は確認の為に尋ねると、メルディスが首を振る。

「貴女は『不死王伝説』は知ってる?」

「最初に現れるのが破壊とか言うヤツ? 知ってはいるけど」

「それを研究している人達は、亜人にその秘密があると考えているのよ」

「へえ、そんなモノ研究してどうなるんだか」

 六の少女は他人事の様に言う。

 それがこの収容所で行われている取引である事は、六の少女も知っているし、この地域では亜人を嫌う理由がソレだと言う事も知っていた。

 だが、所長がそれを信じているとは思えない。

 おそらくそれは分かりやすい口実であり、それとは別な目的があると六の少女は思っていた。

「人の欲には際限が無い。それが『不死王』と言う実態の無いモノであったとしても、恐ろしいのであれば恐れなくて良い様に調べる。調べが付けば利用も出来る」

 スパードの言葉に、六の少女もなるほどと思うところがあった。

 例え知識の探求の為の研究であったとしても、それを研究し続ける為には利益を生み出さなければならない。その為の元を取る為には利用方法を見つけ、それによる利益を確保する事が最優先事項になる。

 そうなると、最早何の為の研究だったのかと言う事になるが、当事者達は意外な程その本末転倒に気付かない。

「その打ち合わせ、となると私も関係無いとは言えないんじゃないんですか?」

「お前は主賓だから、やってもらう事は無い。むしろ大人しくしていれば良い」

 スパードは真面目に言う。

 スパードとメルディス、六の少女は所長室へ行くと、いつもの様に所長は机の上に軽く手を握り合わせている。

「失礼します」

「ああ、メルディス君に呼ばれて来たのですね」

 スパードが声をかけると、所長は頷く。

「それでは明日から護衛をよろしくお願いします。スパード君の代わりに、六番の担当官はメルディス君にやってもらいます。六番の不祥事は全てメルディス君の責任として罰する事になります。良いですね」

 所長はメルディスでは無く、六の少女に言う。

(やっぱり所長は一筋縄ではいかないか。まさかそんな手を打ってくるとは。いや、これは私が警戒しておくべきだった)

 六の少女は頷くしか無い。

 まったく無意識に攻撃対象は自分になると思い込んでいたが、所長は収容所の亜人全ての命を握っている。六の少女自身が言う事を聞かないのであれば、他に連座させていけばいい。

 寮の部屋での問題が連帯責任な事を考えれば、当然警戒しておくべき手だったのだが、六の少女はそこに考えが回らなかった。

 六の少女の計画である亜人の一斉蜂起には、メルディスの協力は必要不可欠である。ここでメルディス自身を失う事も、メルディスの信頼を失う事もあってはならない。

「では、明日から数日メルディス君が担当官になりますが、生活はこれまでと同じで構いません。私がいない間も図書室の使用は許可しますが、毎日の記入は忘れずにメルディス君に提出して下さい」

「分かりました」

 六の少女は、そうしか答えられない。

「よろしい。それでは退室して下さい」

「失礼します」

 六の少女とメルディスは所長室から出る。

 してやったと思っている事だろう。事実、所長に先手を打たれたと言ってもいい状況だが、所長はまだ勘違いをしている。

 六の少女の行動のタイミングは今では無い。タイミングの読み違いでは、切り札ですら効力が薄い。

 所長が打つべき手としては、メルディスを人質に取ると言うのはかなり良い手である事は間違い無いが、タイミングとしては早過ぎたと言っていい。

 今後も同じ様に収容所の亜人を人質に取ってくる事だろう。それに対して対策を練る時間も手に入ったと考えるべきだ。

 それより、所長がいないこの数日が勝負。メルディスに迷惑がかからない様に行動しなければならない。

 ここからは、命を賭ける事になる。


 所長とスパードが収容所を離れると、亜人達より所員達の方が雰囲気が変わった。

 所長の存在に押さえつけられていたのは何も亜人達だけでは無く、むしろ所員達の方がプレッシャーを感じていた。

 その目の上のタンコブだった所長が数日とはいえ居ないと言う事は、所員達はそれぞれが王と言える権限を持っているのでやりたい放題である。

 特に六の少女に対して、所員達は後ろ盾が無くなったと思っていたようだ。


「六番、来い」

 夜中に寮の部屋を開けて、所員の一人が怒鳴ってくる。

 突然の所員の訪問は、寮ではさほど珍しい事では無い。

 基本的にはメルディスが呼び出される事が多いが、四の少女や十一の少女が呼び出される事はあった。

 今日やって来たのは三人の所員の男で、すでに酒に酔っている状態だった。

 所長が出発したその日の内にこれである。所員達がいかに自分勝手な行いに慣れているかが分かると言うものだ。

「六番、出て来い!」

 起きてはいるのだが、六の少女は焦らしていた。

 覚悟を決める時が来た。命を賭ける覚悟。

 不安になった四の少女が起こそうとした時、六の少女はのっそりと上体を起こす。

「こんな夜中に何か用?」

 六の少女は頭を掻きながら、迷惑そうに所員を睨む。

 その金色の目には、露骨な殺気が含まれている。

 そこには挑発の意味も込められていた。

 所長に恥をかかせるのは、何もこの亜人収容所で騒ぎを起こす事だけでは無く、相手が酔っ払いであれば、焚き付けるのは難しい事では無い。

「いいから、出て来い!」

「嫌です。夜怖くて一人でトイレにいけないなら、寝る前に行っといて」

 六の少女は手で払う様に言うと、三人の所員の内二人はバカ笑いしているが、六の少女を呼んでいる所員だけは表情を歪ませる。

「貴様、誰に向かって言っているか分かっているのか?」

 怒り心頭の所員を恐れ、十一、十二、四の少女は慌てて所員の進路を空ける為に部屋の隅に避難する。

 今夜はこの部屋にメルディスはいない。

 それも六の少女にとって行動に移しやすい条件だった。

「どちら様ですか? 私は名前を教えていただいた記憶がありませんので、貴方がどなたなのか存じませんけど」

 六の少女の口調に、二人の所員は爆笑しているが残る一人は、散々バカにされているのは分かるらしく怒り狂っている。

「調子に乗るなよ、亜人の小娘が!」

 部屋に入り込んで来た所員は六の少女の髪を掴むと、部屋の外へ引きずり出す。

(ここまで来れば、部屋には迷惑はかからないか)

 六の少女は部屋を出た後、怯える同室の少女達の様子を見る。

 ここまで怯えている状態で、あの亜人の少女達が所員と六の少女の間に割って入る様な行動を取る事は無い。

(それじゃ、仕上げといきますか)

 六の少女は覚悟を決めると、髪を掴む所員を睨みその手を払いのける。

 金色の瞳のプレッシャーは、十代の少女と言うより未知の肉食獣と同等であり、六の少女は自身の殺気を自在に操る特技を持っている。本人もどうやって身につけたのかは分かっていないが、これが今までに少女を助けてきた。

「亜人の小娘にビビッてんじゃないの」

 六の少女が杖の右足を踏み込むと、通常とは明らかに違う足音がなる。

 硬質な足音なのは当然なのだが、常に何か反抗してくると警戒している六の少女が、殺気を込めて睨み、しかも手を払うという行動も取っている。その上酔っていては、正常な判断など望めない。

 六の少女の右足の足音が、所員の男にはその音が六の少女が武器で攻撃してきたと思ったのだろう。

 慌てた所員の男は、警棒で六の少女を横殴りに殴りつける。

 反射的に腕でガードしたが、成人男性の警棒による力任せの一撃を少女の腕で防げるはずもない。

 六の少女は体勢を崩すが、その時に少女は右足を振って別の所員の脚を払う様な形になる。

 まったく偶然だったのだが、他の所員達も六の少女を警戒していた。心のどこかで恐れていた。その所員達から見ると、六の少女の右足は凶器に見えたのだろう。

 膝などの関節部があれば多少自由の利く武器として使えなくもないが、六の少女の右足は膝上から失われているので、義足を蹴り足として使うにも動かせる範囲はかなり狭い。

 スパードや戦いなれている者であればすぐに分かる事だが、この所員達は酔っているだけでなく、六の少女を恐るあまり正しく状況を判断出来ていない。

 今は所長もいないので、六の少女が武器を使って反撃に出た、と思い込んでいる。

 殺気が込められた目も、所員達を暴走させるには十分だった。

 足を払われたと思い込んだ所員は、とっさに警棒で六の少女を殴り倒す。

 やられる前にやらなくてはならない。

 所員がそれほど短絡的な行動に出たのは、酔いだけでは無い。六の少女は常に警戒されていたのだが、それを大々的に吹聴している人物もいた。

 六の少女ともめた女史である。

 六の少女が右足を失った時、目の前で見ていた女史だったが、元々精神的に病んでいたところがあり、あれから被害妄想に取り憑かれた様に、六の少女の危険性を所員に言って回っていたのだ。

 所長に相手にされなかっただけに、女史は所員がウンザリする程大騒ぎしていた。これがただ女史が騒いでいるだけなら大した問題にはならなかったが、その対象が六の少女だった為に笑って済ませる事が出来なかったという側面もあった。

 全員が恐れていた何か。それを女史が煽り立てていた。そうして膨らんだ恐怖と言う風船が、酒の勢いと足音、ちょっと当たった程度の義足と言う本来なら刺さるはずのない針に刺さって破裂したのだ。

 暴力の呼び水になったのは、むしろ二人目の暴力だった。

 六の少女が挑発した時も、挑発に乗って来たのは一人であり、後の二人は傍観者で、場合によっては暴走する一人を止める事も出来た。だが、暴走する二人を一人で止める事は出来ない。

 同じ様に恐れているのであれば、その一人も暴力に走るのは実に自然な流れである。

 四と十一の少女が部屋を出ようとした時、暴行を受けている六の少女が二人に手の平を向ける。

 それは一瞬であったが、二人に助けを求めているのではなく、二人を制止している様に見えたので、四と十一の少女は動きを止められた。

 結局メルディスが戻り、他の所員や寮の亜人達によって暴行が止められるまで、六の少女は三人の所員に警棒で殴られ続けた。

 所員達が取り押さえられた時、六の少女はすでに人としての原形を留めていない程、血塗れの肉塊に成り果てていた。

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