終章 戦い終わって
「いい加減観念して、本当の事言ったら?」
「本当の事も何も、別にこれ以上言う事はありませんからね」
エテュセとアリアドリは亜人達の作業を見ながら、そんな会話をしていた。
あの戦いから一週間が過ぎようとしていた。
早い段階で見つけた竜の墓場にガルムウィックと二三一の首を収め、仮供養を済ませて物資の回収作業を行っていた。
エテュセはその間ずっと、アリアドリの見張りを命じられていた。
アリアドリも二日目からは人の姿になり、大人しくしている。
エテュセは何とかしてアリアドリから真相を聞き出そうとするが、アリアドリはのらりくらりと躱して絶対に言おうとしなかった。
単純な知恵比べでエテュセはアリアドリには敵わない事は自覚していたし、全力のパワー勝負でもアリアドリの方が上なので、日常会話を続けながら時々真相を聞こうと投げてみたが、まったく効果は無かった。
「しかし、西の大地にはこれほどの難民を受け入れる国力があるのですか?」
「西の大地、と言ってもこの近くでも充分土地は余ってるし、どうとでもなるわよ」
「いい加減ですね。国を預かる者がそれではいけませんよ」
「はい、勉強させてもらいます」
エテュセは溜息をついて、作業をしている亜人達を見る。
仮宿舎も建っているし、わざわざ西の大地まで行かなくてもここで生活出来そうである。
「まあ、残りたい者はここに残る事も考えているのではないでしょうか。女王なら、そう考えられているかもしれません」
「そうね。っていうか、女王自ら土木作業に従事してるのはどうなの?」
「それを言うならそちらの女王も、自ら炊き出しに参加していますが?」
「アレはそう言うのが好きなのよ」
「コチラの女王もそうですよ。竜ですから、体を動かす事が好きなのです。政務の途中で単独で抜け出して亜人の赤子を拾って帰ってくる女王ですよ?」
「そう言えばそうだったわね」
そう言われている両陣営の女王はそれぞれの作業に積極的に協力し、その為アリアドリに対して怒り骨髄なセーラムやシェルも手出し出来ずにいる。
怒りに任せて行動しようとしても、傍らにいるのは地形をこの様にしてしまった原因を作ったうちの二人であるので、どうにか出来ると言う事は無い。
「真相は、まあ置いておくとして、二三一が命乞いしたって言うのは本当? だったら私も聞いてみたかったけど」
「そんな事をする人だと思いますか? 命乞いくらいしてくれれば私にも迷いが出たのですが、最期の最期まで正々堂々とした立派な騎士でしたよ。私が徹底的に悪役だと思い知らされました」
「まあ、見た目はアレだけど本当に正義の味方だったもんね。私達には悪党がお似合いよ」
「貴女も何か悪い事を企んでいるんですか?」
アリアドリが尋ねると、エテュセは苦笑いする。
「真相を教えてくれれば、私も本当の事を教えてあげるわよ」
「そう来ましたか。面白そうな話なのですが、私には話せる真相が無いんですよ。女王に話した通りなのですから」
アリアドリは軽くそう答える。
エテュセとしては、今のところメルディスに対する害意を持っている訳ではないのだが、メルディスに掛けている苦労を考えると悪党以外の何者でもない。
そもそも悪党としてみなされていないのであれば、二つ名も『ナインテイル』と言う不吉極まるものではないだろう。
「そろそろ、回収作業も一段落つきそうですけど、私はどうなるんでしょうかね?」
「さあ? 私なら迷わず首を刎ねると思うけどね」
エテュセは物凄い数の亜人の中に紛れても異様に目立つ竜の女王と亜人の女王を見ながら、軽く答える。
「そうですか? 貴女なら死なんて生易しい事より、もっと生き地獄を味あわせるべきだと言い出すと思いましたけど?」
「うん、そう考えてはいたんだけど、私には面白い手が思いつかないし、何時までもそんな事で頭を悩ませるのもバカバカしいから、首刎ねて終わりにしても良いと思ったのよ」
「合理的ですね」
アリアドリも、作業をしている者達の方へ視線を向ける。
「しかし派手にやりましたよね。元の谷以上に更地になってますよ」
「ウチの女王を本気で怒らせるからよ。こんな事になっちゃうから、絶対怒らせちゃだめよ。っていうか、そっちの女王様も途轍もない事やったわよ? ぶっちゃけ女王様の戦闘能力が予想をさくっと超えていったわよ」
「私と違って、女王は集中していますからね。竜は強いほど巨体化すると思われがちですが、必ずしもそうではありません。女王などはその最たる例ですね。大きさは竜の中でもかなり小さいですが、その戦闘能力の高さは竜の中でも群を抜いています」
「女王はあんたを最強の竜だと言っていたけどね」
「戦闘行為の内容によりますよ。大群を相手にする場合であれば、女王より私の方が相性は良いでしょう。ですが、一対一で戦う場合には女王に勝てるモノなど私では予想もつきません。エテュセさんの『ナインテイル』は確かに強力極まりない武器ですが、あの武器で女王を捉える事は出来ないでしょうし、女王を傷付ける事も難しいでしょう。ですので、必ずしも私が最強と言う訳ではありません」
「まあ、一対一の状況なんて滅多に無いけど、そう言う事にしておきましょう」
エテュセも最強の兵器と称されたが、アリアドリとラーはエテュセより上の戦闘能力を有しているのは間違いない。
世の中、上には上っているものだな、とエテュセは感心する。
日も暮れて作業が一段落したところで、ラーとメルディスがコチラにやって来る。
さらに作業を終えた亜人達も集まってくる。
「アリアドリ、貴方の処遇が決まりました」
ラーが宣言する。
「処遇?」
処罰では無いのか、とエテュセは疑問に思ったのだが、アリアドリも同じ疑問を持ったようでラーに質問している。
「貴方は私の為に反逆者をあぶり出してくれましたね。幾人もの犠牲を出してしまった事は心苦しい事ですが、貴方が決断し、行動してくれなければ更なる悲劇を生んでいた事でしょう」
ラーは感謝の言葉を伝えてくる。
が、その表情は恐ろしく無表情で、いつもの慈愛に満ちた表情ではない。
ラーの後ろにいる亜人達には見えていないだろうが、この美しい女王が無表情で感謝の言葉を述べるのは、かなりのプレッシャーである。
言葉と違って、ラーはアリアドリを絶対に許さないと言う事が怖いほど伝わってくる。
「その事を評し、貴方にこの竜の谷の全ての管理を任せます。女王代理として、貴方の力でこの竜の谷を繁栄させて下さい」
優しい口調で話しているが、その表情はやはり無表情である。
と言うより、エテュセは改めて竜の谷を見る。
竜の谷、と言ってもすでにここは谷ではなくなっている。
広大な焼け野原と化した更地が広がっているだけで、文字通り何も無い。
「貴方の持てる力の全てで、谷の復興を期待していますよ。私達はメルディス女王の元にお世話になる事にしました。その際にお世話になった費用も、全て谷で負担します。よろしいですね」
「分かりました。引き受けさせていただきます」
「全ての返済が済むまで墓所へ近付く事は許しません。良いですね」
自然でも有無を言わさぬ口調で、ラーがアリアドリに命じる。
竜の墓所近辺は比較的被害が小さい、と言うよりラーの光線ブレスは亜人の居住区を避けて放っていた為、生活必需品の回収も出来たのだ。
そこへの立ち入りを許さないと言う事は、食料調達なども自分で行わなければならないと言う事になるが、少なくとも数キロ先でなければ狩りも出来なければ、野草の類も無い。
ラーは、本当に何も無い焼け野原にアリアドリを放置するつもりらしい。
「ではメルディス女王、よろしくお願いします」
「分かりました。ですが、ラー女王、出発の前に弔いを済ませておきたいのですが」
メルディスの提案により、盛大な葬儀が行われた。
亜人の英雄を弔うのは、しめやかに行われるものではなく、華やかに盛大に行われる。
今回は二三一やガルムウィックなどの英雄を弔うので、大きな篝火を焚いての騒ぎとなった。
アリアドリは参加を許されず、そのとばっちりでエテュセもその輪の中に入る事は出来なかった。
「あんたのせいだからね」
「大変申し訳ありません」
エテュセが睨みつけると、アリアドリは苦笑いしながら頭を下げる。
「あんなイベントに興味があるんですか? わいわい騒ぐのは好みじゃ無いみたいでしたけど?」
「騒ぎはどうでもいいんだけど、美味しいモノを食べ損なった事は許されないわよ」
「そっちでしたか。本当に申し訳ございません」
「私、嫌われてるのかも。心当たりは山ほどあるけど」
「まあ、その可能性は否定できないですけど」
「いや、そこは否定してよ」
「一概に嫌われていると言う訳では無いでしょう。両女王の気遣いもありますよ」
「食べ物のお預けが?」
「いえ、そこではなくて」
食べ物に対する執着を見せるエテュセに苦笑いしながら、アリアドリが言う。
「今夜はあくまでも主役は英霊です。私はもちろん参加する訳にはいきませんが、貴女が参加した場合、必ず両陣営の亜人から何故助けられなかったのかと責められる事でしょう。貴女がその状況に無かったとしても、貴女にはその力があったワケですから。そうして自分達の無力さを責任転嫁していないと、この悲劇を受け入れられませんからね。そう言うところから目を背けさせる為にも、貴女には遠くに、目を向けたくないと思うようなところにいてもらう必要があったと言うワケです」
「つまり、あんたのせいって事よね」
「そう言う事です」
アリアドリは頷く。
「それで、あんたはどうするの? この焼け野原を再興させるの?」
「そうですね」
アリアドリは篝火ではなく、闇の広がる自分の与えられた焼け野原を見る。
「女王は私に言っているんですよ。背くのなら、今度は全力で背いてみろ、と」
「で、そのつもりなの?」
「私は今後二度と勝算の無い戦いはしないと心に決めました。貴女とメルディス女王、ラー女王とセーラム姫様が揃っている間は、私には勝目がありません。そこのラインが切れるか、それを上回る戦力を得るまでは私はこの竜の谷の再興に全力を傾けます」
「殊勝な心掛けね。じゃ、事の真相を教えてもらえる?」
「正式に騎士に任命されているみたいですね、二三一さんは」
アリアドリは篝火の方に目を向けて言う。
竜の谷に眠る騎士として、二三一は西の大地ではなく、ここに眠る事になった。
シェルとしては二三一の生地に弔ってやりたいと主張していたようだが、彼の性格を考えると自分が眠る場所は、自分が生まれた場所と言うより自分が何かを成し遂げたところで、それを誇りに眠りたいのではないかと言う事で竜と共に眠る事になったようだ。
ラーとメルディスと言う二人の女王の騎士。
「与えられる称号は竜騎士みたいですよ」
「名前は? あんた、本名とか聞いてないの? あいつの事だから、最期に誇らしげに自分の名前を名乗ったんじゃないの?」
「ええ、名乗りました」
アリアドリは竜騎士としての称号を与えられ、改めて剣と盾を下賜されている今は亡き二三一を思いながら答える。
「自分は二三一だ、と誇らしげに名乗っていましたよ」
「なるほど、新しい自分としての名前にしたって訳か。やってる事はカッコイイんだけど、どうせなら響きもカッコイイ名前にすれば良かったのに」
「エウリアス、とかですか? この地の竜殺しの中では有名な名前でしょう?」
「アイツは竜殺しで名を残したんじゃなくて、竜殺されで名を残してるから、それは合わないんじゃない?」
「いや、竜殺されと言う単語を生まれて初めて聞いたのですけど」
「うん。私も生まれて初めて使ったと思う」
そう言いながら、エテュセにもアリアドリに命を奪われると言う時にも、不敵に笑いながら自分の名を誇らしげに名乗る二三一が目に浮かぶようだった。
そして、竜騎士と任命された二三一の墓標には剣と盾が備えられる事になった。
「あの剣と盾使えば、あんたでも女王に勝てるんじゃないの?」
「あの剣と盾を使って、二三一さんは私に勝てませんでしたから、装備さえあれば勝てると言うモノではありませんよ」
「なるほど、そう言う考え方もあるか」
アリアドリが触れるもの全てを切れるような剣と、ありとあらゆる攻撃を防ぐ盾を手にしたらそれこそ最強の生物ではないかと思うのだが、本人はそう思っていないらしい。
「もし本当にそうだとしたら、女王が下賜されるでしょうか。あの盾は竜の鱗から作られた盾なのですが、陛下の鱗にはそれと同等の硬度があり、しかも機動力も桁外れに高いですから、剣も盾も必要無いのですよ。私も同じ、とは言いませんが、そもそも大きさが違うでしょう?」
「あ、そうか。あんたって山みたいなデカさだったわよね? そう言えばあんた、初めて会った時に山ほどデカい竜はいないって言ってなかった?」
「言っていました。山の中には標高数千メートルと言う大きさの山があるでしょう? 私でもそこまで大きくありませんよ」
「最初からそう答えるつもりだったってわけね」
アリアドリの竜の姿は百メートル級の大きさだった事は疑いないが、それでもアリアドリは自分が最大級ではないと言う事だった。
あれより大きな生物と言うのは、ちょっと想像も出来ない。
何を食べて、どこに生息していると言うのかも分からない。
「まあ、私も普段はこうですから、最大級の生物がその姿で生きているとは限りませんし、大きさが強さの絶対的基準と言う訳でもありませんよ」
「そう? 大きいほど強いんじゃない?」
「集中した方が遥かに強いと言う事もあります。それこそ、この谷にいた竜は貴女を丸呑み出来るくらい大きかったのに、貴女に一撃で倒されていきました。大きい事が絶対では無いでしょう?」
それはかなり例外のような気がするが、そう言う事もあると言う事だ。
「それで、この焼け野原を一人で頑張ってやっていくの?」
「まあ、そのつもりですけど、何か良い手がありますか?」
「気に入らない村があるから、私がその村ぶっ潰して、その村の難民をその焼け野原で働かせてやりたいんだけど」
「やめておきましょう。メルディス女王が恨まれる事になりますよ? 貴女にとっても、それはわざわざ足を運ぶ必要も無い八つ当たりです。それより東に急いだ方が良いでしょうね。フラウロスの噂はここまで届いているのですから」
「悔しいけど、あんたの言う通りか」
西の入口の街を東から侵略しているフラウロスの軍勢より先に抑えなければ、ここでの犠牲が完全に無駄になってしまう。
竜の谷近くの村は気に食わないが、竜と言う防波堤が無くなった以上、あの村も自衛には今まで以上に気をつけなければ野盗などに襲撃される事になる。
その時に滅ぼされるなら、別にそれだけの事でありエテュセが責任を持つ必要も無い。
アリアドリは念押ししているのだ。
お前の道を行け、と。
「で、何であんたが一緒にいるの?」
「両女王からの命令です。貴女はお目付け役が一緒じゃないととんでもない事をやるから、一緒に行動しなさい、と言う事です」
エテュセが大きく溜息をつくと、セーラムもムッとした表情になる。
「私だって好きで一緒に行くんじゃないから。っていうか、女王から二三一さんの代わりにって言われてなければ、絶対一緒にとか行かないし」
一瞬で敬語では無くなったセーラムが、露骨に不満そうに言う。
よほどエテュセと一緒に行動しろと言われた事が不満らしい。
「じゃ、一緒にいなきゃいいじゃない。別に私から頼んでるワケじゃないからさ」
エテュセもセーラムに負けないくらい、うんざりした不満顔で言う。
二三一とセーラムはたしかに真面目で正義感と責任感が強いので、同じタイプと言えない事も無いが、二三一は見た目より温厚で柔軟だったのに対しセーラムは見た目より短気で融通が効かないので、かなりめんどくさい。
「メルディス女王からも、エテュセは一人だとめちゃくちゃするからって言われてるの。一緒にいてエテュセに足りてない良識と常識を補って、と言われてるし」
それはつまり、セーラムにも良識と常識が微妙に欠けていると言う事を遠まわしに言っているとエテュセは思うのだが、両女王は内政に注力しないといけないのでセーラムは上手い事厄介払いされたと言う事だ。
それを気付かせない為に、ラーとメルディスはエテュセに押し付けたのだろう。
「あんたそれ、厄介払いされてるわよ」
エテュセがそう言うと、セーラムはますますムッとする。
「私は竜の谷しか知らないから、世界を見ろと言われているのよ。あんたと違ってね」
「はいはい。それなら一人旅で良いでしょ? 私と一緒の必要無いじゃないの」
「あの、そろそろ行ってもらえませんかね?」
見かねてアリアドリが口を挟んでくる。
「私、その姫様よりアリアドリの方が良いんだけど。交渉事とか強そうだし、いざと言う時にも頼りになるし」
「申し出はありがたいですが、私は土地を拝領した身ですから、ご一緒する訳には行きません。姫様との旅はお互いに得られるモノは多いでしょうから、二人で東に向かって下さい。いざとなれば姫様の召喚竜である、黄金竜オルもかなり強力ですから安心して下さい」
服装は軽装なので野良仕事に合わせたのはわかるが、美形のアリアドリでは違和感の方が強い。
「得られるモノなんてあるの?」
「それはこっちのセリフよ!」
セーラムとエテュセは睨み合う。
「世間知らずのお姫様に付き合う気は無いんだけど」
「お子様が言ってくれるわね」
「誰がお子様よ」
「とりあえず、どこか別のところでやって下さい」
激しく言い争うものの移動しようとしないエテュセとセーラムに、アリアドリは苦笑いしながら言っていた。
後に『黄金の女神』と呼ばれる事になるセーラムと、『ナインテイル』のエテュセはこの時初めて行動を共にする事になった。
この時にはまだ、お互いに待っている結末は知らず、些細な事でいつまでも口論していた。




