表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花
7/73

第一話 収容所-5

「そんな無茶したの?」

 その日の夜、片足を失った六の少女を見て四の少女は驚いたのだが、その理由を十二の少女に教えてもらった時には呆れていた。

「痛みを伴わないと、ここの生活の厳しさは分からないでしょうね」

 十一の少女は怯える十二の少女をなだめながら、六の少女に言う。

「でも、悪い事ばっかりじゃ無いけどね」

 片足を失い、右足の半分は木の杖になった六の少女だが、本人はそれほど悲観していない口調で謎の干物を咥えている。

 ルーディールはすぐに戻って来た六の少女に驚き治療にあたったが、その時に所長が現れ六の少女は今後授業に参加せず、スパードと共に行動する様に命令された。

 六の少女としては退屈な授業より、スパードの監視の元であってもあの図書室で自由に本を読める事の方が遥かに有難かった。

 そしてもう一つ。

 所長も、今のところではあるが六の少女に殺意を持っていない事が分かった。

 片足こそ失ったが、あの場で殺されてもおかしくはなかった。それでも最初に所長が六の少女を試してきたのは、彼女の価値を図るためだ。

 その上で恐怖を植え付けてきたという事は、六の少女に価値を見出したからである。

 大人しくしていろ、と脅してきたと言う事はすぐに殺す事はしないと言う事だ。あの地下の石牢に入れられていた時に言っていた様に、六の少女を何処かに卸す『商品』として見ているのだ。

「片足無くしといて、何を言ってるの?」

 四の少女は心配そうに言う。

「だって明日から、本を読み放題なのよ? あんなクソみたいな話聞かされないで済むんだし、片足払った甲斐もあるってものじゃない?」

「貴女にはついて行けないわね」

 好奇心の強い四の少女ですら苦笑いしている。元から警戒心の強かった十一、小心者の十二はもう六の少女と関わろうともしない。

「ついて来るつもりだったの?」

 驚いた六の少女に、四の少女は首を振る。

「最初からついて行けるとは思ってなかったけどね。だって、追手を十人も躱して逃げ続けてたんでしょ?」

 知らない内に追手が倍に増えている。

 四の少女に詳しく話を聞くと、六の少女は瞬きの速さで走り、空を飛べるかの様な跳躍力を見せ、魔術としか思えない体術を使っていたらしい。

 本当にそうならここに入れられる事も無かっただろうが、その能力が無いので今の状況になっている。

 しかし、四の少女が言う程の能力を持つ亜人がいたとしたら、六の少女もとてもじゃないがついて行けない。

「でも、何でそんな無茶をしたの?」

 今日は珍しく部屋にいるメルディスが、四の少女が最初に尋ねた事を尋ねてくる。

「何でって、こっちが聞きたいわよ。皆、なんであんなクソみたいな話を黙って聴いてるの? しかも殴られるのを受け入れるなんて、信じられないんだけど」

 六の少女は学校などで学ぶ機会が無かったので、教師や生徒と言う概念自体をよく理解していないのだ。

 六の少女が診療所でルーディールに教わっている時には、難解な話ではあってもルーディールは怪我を治してくれた恩人であったし、またルーディールなりに分かり易いようにと意識していたからこそ、六の少女も付き合っていた。

 それに、難しいなりにルーディールの話は面白かった事も間違い無い。

 ところがあの女史はそもそも教える事に向いていない。女史は教えている自分が好きで、教えている雰囲気に酔い、相手が理解しているかを気にしていない。

 六の少女が初日に分からない事が多かったので何度も質問していたが、先に態度を悪化させたのは向こうだった。

 それで授業を妨害するつもりか、と食いつかれたので六の少女はそれ以降女史を相手にせず、いない者として教科書を見ながら独学を始めたのだ。

 六の少女にはクラスの生徒達の行動が理解出来なかったのだが、他の亜人からすると六の少女の行動は発想さえしなかった。

「教師の言う事に逆らうと、痛い目に合うの。少なくともここでは、ね。その事をもっと早く言っておくべきだったわね」

 四の少女が言うと、六の少女は強く眉を寄せる。

「何それ。間違っているのを間違ったまま教わるの? あんなオバちゃんじゃなくて、いっそのこと所長に教わった方が覚えられそうだけどね」

 六の少女は本気で言っていたが、隣の四の少女はもちろん、メルディス、十一、十二の少女達は目を丸くして驚いている。

 六の少女としては、割と本気の発言だった。

 教えられる側から考えると、ただ感情的に自分に酔った女史より、雰囲気や緊張感は尋常じゃなく高まるが、所長の論理的な言葉の方が頭の中に入ってくる事は確実だと思う。

 しかし、心臓が弱い人物では授業中にも意識を失いかねない。

「でも、もう授業に出なくていいわけだから、これからは大人しくするのよね?」

「本が読めるなら、問題起こす必要も無いから」

 メルディスの質問に、六の少女は簡単に答える。

 周りの少女達は恐れているが、六の少女本人は片足を失った事をさほど大事として捉えていない。

 多少のリスクは覚悟していた。

 片足と言うのは想像以上の代価となった事は間違い無いが、その分所長の情報を手に入れる事もできた。

 所長はこの収容所では最高位であり、亜人達は言うに及ばず、絶対の権限を与えられている所員や複数の講師達であっても逆らえない人物である。

 そのはずなのだが、所長はこの収容所内では別格の慎重な性格に感じられた。

 今日のやり取りで、あの女史の言葉通り一方的に罰を与える事は出来た。

それどころか、この収容所ではその方が自然な流れなのだが、所長は驚く程感情を廃し双方の意見を平等に聞き、公正な判断をしようとしている様に見えた。

 六の少女が所長の情報を得ようとしたのと同じく、所長も六の少女を試したのも分かるが、それも奇妙な行動と言える。

 所長ほどの権力があれば、一方的に六の少女の行動を制限し、命令して大人しくさせる事の方が簡単なのだ。それをしなかったのは、六の少女の能力の見極めのためだ。

 他の所員の様に恐れていると言う事は無いが、所長が六の少女を警戒しているのは分かる。

 その理由が分かれば、六の少女としても反撃のチャンスを作る事は出来そうなのだが、所員や女史ならともかく所長の情報となると簡単にはいかない。

「何か悪い事企んでる顔してるわよ?」

 四の少女に言われて、六の少女は苦笑いする。

「貴女やメルディスと比べると、顔が悪いのは自覚してるわよ」

「いやいや、顔が悪いんじゃなくて、悪い顔になってるって言ったのよ」

 わざと見当違いの事を言って、四の少女の意識をそらす。

 今はまだ、所長だけではなく、収容所の亜人にも疑われる事すらあってはいけない。彼女は何かするのでは無いか、と言う疑念はいくらでも持たせていいのだが、実際に何か企み、準備しようとしていると疑われては、今度は片足では済まない可能性が高い。

 メルディスなら気付いても他の亜人や所員に話す事は無いと思うが、好奇心の強い四の少女、警戒心の強い十一の少女、小心者の十二の少女に気付かれてはどう言う形で情報が漏れるか分からないのだ。

 この日、六の少女は片足を失ったが、戦う意思と戦い方を得ていた。


 翌日から授業に参加しなくても良くなった六の少女は、スパードと共に所長室へ行く事になった。

「筆記用具は持っていますね」

 所長は机の前で軽く手を握り合わせて、六の少女に尋ねる。

 以前もこの格好だった事を考えると、これが所長のスタイルなのだろう。

「他の亜人達は授業を行っています。貴女は独学で学ぶ事になるのですから、その日読んだ本のタイトル、途中までであればそのページ数まで全て記入しておいて下さい。それくらいやらないと、他の亜人達と同じ扱いとは言えないでしょう」

 所長は感情のこもっていない、それでも異様に冷たい声で言う。

 それは六の少女にとって、願ってもない事だった。

 六の少女の計画には、どうしても筆記用具が必要だったのだが、それをいかに所長や担当官のスパードに認めさせるかを悩んでいたところだ。

 ただ、所長の真意を測りきれない。

 この日誌の様な作業は、六の少女の動向を調べる上では必要な手順に思えるが、こんなものはいくらでも誤魔化しようがある。六の少女が全て包み隠さずバカ正直に記入するとは限らない事くらい、慎重な所長が考えないはずがない。

 つまり、何かしら別の監視方法が有り、独自の監視結果と六の少女が申告して来た事の統合性をとるつもりと思われる。

「分かりましたか?」

「質問があります」

 六の少女は恐れを見せず、所長に言う。

「何でしょう」

「本を手に取り、中身を確認するためにめくってみた程度の本も記すべきですか?」

 六の少女の質問に、所長は人差し指でリズムを取る様に指を動かす。

「私は全て、と言いました。それは程度に差を受ける事はありません。貴女が手に取り、見た本のタイトルは全て記入する事です。分かりましたか?」

「分かりました」

 所長らしいと思える徹底振りだ。

 図書室にある本の量を考えると、禁書の類があってもおかしくない。もっとも、知識というものは蓄えておけば武器になるものだ。

 例えばそれが動物図鑑であったとしても、その知識は場合によっては武器になり得る。危険なのは必ずしも魔導書の類だけでは無い事を所長は知っている。

 だが、これはいくらでも対処の方法はある。

 相手が望む様に、全て教えてやる事が正しい対処法だ。相手が望む事実さえ与えておけば、真実を隠す事は難しくない。それは相手が自分を疑っていたとしても、である。

「それでは、図書室で大人しくしていて下さい。スパード君、担当官として責任を持って六の少女を監視して下さい」

「了解いたしました」

 スパードはそう言うと、六の少女を伴って図書室へ移動する。

 所長の独自の監視法に興味はあったが、今優先するべきは当初の目的通り多くの本を読んで知識を蓄える事である。今は相手の望む事を行い、相手の望む情報を与える。

 六の少女は初めてこの図書室に来た時と同じく、脚立を一脚確保するとスパードから見える本棚の前に陣取ると、手に取った本のタイトルをメモすると本をパラパラとめくる。

 中には難しい文字で書かれたものもあるので、少女は辞書を一冊常に手元に置き、本を見ながら大量のメモを書き込んでいく。

 コレが必要だったのだ。何のためか分からない程大量のメモ。六の少女の今後の計画のため、これは必要不可欠なものなのだ。

 それを疑われないように準備できるかどうかが鍵だったのだが、理想的な形で用意出来た。

 次はネックの滞在期間である。

 六の少女は『商品』としての自分を認めている訳では無い。生きる目的はまだ持っていないが、この収容所や売られた先で人生を終えるつもりは無い。

 この収容所から抜け出すには、こっそり脱獄するより大々的に蜂起した方が成功率は高く思えた。

 脱走の場合、高い塀も大きな障害になっているが、それより逃げる先が正面入口以外は世界を分断する壁の向こう、生きる事を許さない呪われた大地と言われるところしかない。収容所の規模から考えると所員の数も多く、亜人達を抑える事が仕事であるため装備も優秀なのでこっそり逃げるのには向かない。

 所員の数が多く、装備も優秀となると一斉蜂起にも向かない様に思えるが、そこには所員達の性格の問題があった。

 一人こっそり脱獄しようとした際には、我先に追い立てて手柄を求めてくるが、一斉蜂起した場合、我先にと勇猛果敢に戦う様な所員はほぼいない。そうなった場合、他の同僚を足蹴にしてでも自身の安全を優先する様な自己中心的な人間が揃っている。いくら装備が充実していたとしても、驚異的な戦闘能力を持つ亜人の集団と戦うリスクは負いたくないだろう。

 所員で障害になるとすれば、所長とスパード。後はルーディールに迷惑をかけないようにコチラに確保出来るかという事だ。

 スパードは物静かで、所長に言われたにもかかわらず六の少女の監視より自身の読書を優先しているが、亜人に対して無条件で甘い訳では無い。

 他の所員ほど理不尽では無いが、それでも違反者に対しては厳しい態度を取る。

 一斉蜂起などの武力に頼った場合、スパードも武力で対抗する事に躊躇いは無いはずだ。

 だが、最大の障害は所長である事は言うまでもない。

 スパードは生粋の戦士であり、どれほどの戦闘能力を持っているか厳密には分からないが、それは接近戦のみと思って良さそうだった。

 それに対し、所長も帯剣はしているが魔術師でもある。僅かに指を動かしただけで、六の少女は右足を奪われた。

 具体的に何をされたのか分からない攻撃で、その速さと威力と正確さは数をぶつけて対抗しようとすると同数の犠牲を生む事になる。

 極端な話をすれば、六の少女はそれでも良いと思っていた。

 ここの収容所の亜人達を助け出したい、とは思っていない。一人で脱獄するより、一斉蜂起の方が成功の可能性が高い。その際に的が多ければそれだけ自分が狙われる事も少なくなる。

 所長さえ消す事が出来れば、この収容所に敵はいないので、一時的な勝利は確実になるが、問題はそのあとだ。

 今の計画のまま進め、全て上手く行ったとしてもすぐに行き詰まる事も分かる。

 この地域で亜人の一斉蜂起が起き、所長を排除したとなっては自由を手に入れたとしても次は所員ではなく警備兵、場合によっては軍隊が出て来る。戦う事を目的とする装備に優れた集団を相手に戦う事になっては、確実に負ける。

 この敗北は殲滅される事を意味する。

 つまりここで蜂起に成功した場合、多くの亜人達が潜伏して拠点を定めずゲリラ戦を続け、どこかで和平交渉に持っていくしかない。

 次の戦いがあるのだから、ここで多くの犠牲を出す訳にはいかないのだ。

 所長の無力化、これが最大の問題だった。

 六の少女は多くの本を読み、大量のメモを取りながらそう考えていた。

 日が暮れる頃に図書室を退去して、大量のメモを所長に提出する。

「随分と多くの本を見た様ですね」

 六の少女のメモを見て、所長は呟く。

「本のタイトルとページ数の他にも、色々と単語を記入している様ですが、これは何ですか?」

「本によっては難しい言葉もありますので、それをメモして調べてみました」

「勉強家ですね」

 所長はそう言うと、大量のメモを六の少女へ返す。

「こうやって、毎日一日の終わりに私に見せて下さい。分かりましたね」

「はい、分かりました」

 そう答えながら、六の少女は違和感を感じていた。

 てっきりこの日誌替わりのメモは回収され、処分されると思っていた。それを手元に残したままに出来るなど、考えてもいなかった。

(どう言う事? 思ってたより警戒されてない?)

 もし六の少女の計画が疑念のレベルであっても疑われているのなら、このメモなどは手掛かりとして警戒しているはずだ。

 片足を奪った恐怖の効果で、さすがの六の少女も従順になったと思われているとしたら、それは六の少女の計画通りでもある。

(上手くいっている、のよね? 少なくとも手は進んでる。後は……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ