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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第三話 竜との戦い-3

 収容所時代、まだエテュセがその名前を名乗る前に、当時世話になった女医から二三一はもう治癒魔術の効果を得られない的な話はされた。

 それからは投薬治療などが主となり、自然治癒能力を高める必要があると言われ、食生活から見直す事になり、それに合わせたトレーニングなども考案された。

 と言っても、食生活は収容所時代に食べていた謎の干物がメインである事には変わりなく、トレーニングと言っても過剰にならないように抑えられる事になったのだが、そのおかげで二三一の種族本来の能力だったと思われる治癒能力が高まってきた。

 しかし、治癒魔術の効果は相変わらず薄いので、今後は大怪我をしないように気をつけろと、メルディス女王の元を離れた女医から念を押されていた。

「そんな事があったのですね。私も自身の治癒魔術を過信していました。申し訳ございません」

「いやいや、謝らないで下さい。大事な事を伝えていなかった俺の落ち度ですから」

 頭を下げるラーに対し、二三一は慌てて言う。

 今日の食事会には、珍しくアリアドリがいない代わりに騎士任命を受けたエスカと、ガルムウィックが同席している。

 もちろん二三一とラー、セーラムもいるので五人で食事していた。

「これまで、相当な苦労と共に歩んできたみたいですな。エテュセ殿共々、どれほどの修羅場をくぐられてきた事か」

 ガルムウィックが顎髭を撫でながら言う。

 修羅場、と言われても二三一としては収容所時代とそこからの反乱の時くらいで、それ以降は割と平穏無事な生活を送ってきたつもりでいる。

 エテュセに関しては修羅場が日常になりつつあるので、本人としては修羅場をくぐっている自覚は無いだろう。

「これが少しでもお役に立てれば良いのですが」

 ガルムウィックがそう言って、傍らに置いていたモノを二三一に渡す。

「これは?」

「女王陛下や姫君からも許可は得ています」

 ガルムウィックの言葉に、セーラムもラーも頷く。

 それは盾だった。

 大きな盾だが、見た目より遥かに軽い。光の当たり方によって何色にでも見える、不思議な材質の盾である。

「この竜の谷で、実力を認められたモノに与えられる盾です。是非、貴方に受け取って欲しいと思い、用意いたしました」

 ラーからそう言われ、二三一としては恐縮しきりなのだが、断るわけにもいかずに受け取る事にした。

「でも俺、別にここで何か成し遂げた訳じゃないですよ?」

「とんでもない。貴方はここでとても大きな事を成し遂げてくれました。こんな程度では何も返せないほどですよ」

 ラーの言葉に、ガルムウィックも何度も頷いている。

(俺は一体何をしたんだ? すごく怖いんですけど)

 ラーとガルムウィックに感謝されると言う事は、何かとてつもない事をやったのだろうが、二三一にはまったく心当たりが無い。

 セーラムやエスカの反応も薄いと言う事は、年長者にしか分からない事なのかもしれないし、もしかすると許可を得ていると言っても納得していないのかも知れない。

 セーラムやエスカの性格からすると、その場合露骨に表情に出しそうなものだが、そんな様子は無い。

「しかし、治癒魔術を受けない状態で姫君との御前試合や我々との演習など、よく引き受けてくれましたな。それだけでも十分です」

 ガルムウィックが言うが、それでこの盾を貰った訳ではないようだ。

 そうなるといよいよ何故この盾を渡される事になったのかわからなくなるが、そこには深入りしない事にした。

 そう言う事はエテュセの領分で、二三一が立ち入るところではない。

 戦士である二三一としては、盾を貰う理由より、貰った盾の方が気になった。

 とても良い品である事は、一目見ただけで分かる。

 武器にも言える事でもあるが、防具であれば丈夫さと同等に重要なのが軽さである。この盾はその両方を極めて高いところで両立させている。

「この盾、もしかしてですけど」

「世間的にはドラゴン・シールドと言われているみたいですね。元は竜の鱗を盾として加工したモノです」

 答えたのはガルムウィックで、ラーも頷いている。

「竜の鱗って、こんなに硬いんですか?」

「そう言う種もいるそうですが、その盾は盾として使えるように加工したモノですよ。それほどの硬度の鱗を持つのは、この谷では女王くらいなモノです」

「いえいえ、私の鱗もそこまでの硬度はありません。直接戦闘能力では私よりアリアドリの方が上でしょうから、アリアドリであればそれくらいの硬度があるかも知れませんが」

 女王とガルムウィックがそう言っているが、女王はともかく、アリアドリの直接戦闘能力が高いと言うのにちょっとした意外さを二三一は感じた。

 ますますエテュセみたいだな、と二三一は考えていた。

 エテュセ自身もアリアドリが自分に似ていると言っていたが、政治家で露骨に何か企んでいる雰囲気がありながら何を考えているか解らず、しかも直接戦闘にも強い。

 こんな事を言うと両方を怒らせそうではあるが、そう言う人物は敵にも味方にも厄介極まりない人物である。

「エスカも頑張って強くならないと、いつまでたってもアリアドリにアゴで使われるんでしょうね」

 セーラムはエスカをからかうように言うが、どれほど強くなったとしても、アリアドリがエテュセと同じタイプであるのなら、エスカでは手に負えないだろう。

 口には出さないが、二三一はそう思っていた。


「アリアドリ様、西の果てから来た一軍を確認しました。後数日もしない内にこの地へ来る事でしょう」

 竜の一体がアリアドリに報告に来る。

「もう? それはまた随分と早いですね。さすがに何か気付いていましたか」

 アリアドリは苦笑いしながら言う。

 あの小柄な少女、『ナインテイル』の異名さえ持つエテュセである。

 また、もう一人の連れである二三一の方も、見た目には分かりやすい力自慢の戦士に見えるのだが、それは見た目だけで、内実は驚く程慎重で頭の回る人物である事も分かっている。

 二三一が気付いていなかったとしても、彼から得た情報をエテュセが分析すれば、すぐにその可能性に気付くはずだ。

 そう、それでいい。それでこそ、こちらの考えていた通りである。

「さて、それでは始めましょうか」

 アリアドリは立ち上がると、周りを見る。

 竜の谷に住む竜で、女王よりアリアドリに従う竜が集まっている。

 ガルムウィックやエスカがいない以外の、ほとんど全ての竜がこの場にいる。

「血に飢えた竜の諸君。これまで人の真似は辛かっただろう。我ら竜は誇り高きモノ。我ら竜は気高きモノ。我らは誰からも支配されず、我らは全てを手にするモノ」

 アリアドリが言うと、竜は大きく頷く。

 本当なら雄叫びを上げたいと思っているだろうが、そこは竜達も分かっている。

 ここで騒ぎを起こしては、肝心の対象に逃げられる恐れがあるのだ。

「では皆に役割を伝える。と、言っても難しい事はない。この谷に住む亜人を食い殺せ。遠慮はいらない。行け、竜の名を示せ」

 アリアドリが手を振ると、ほとんどの竜が一斉に動き出す。

 アリアドリの元に残ったのは、僅か三体。

「さて、彼等はまあ良いとして、貴方達には別の仕事を与えましょう」

「もちろんです、アリアドリ様。女王の捕獲ですね」

 先回りして答えたのは、アリアドリに特に心酔している竜であるルードレイだったが、アリアドリは苦笑いしながら首を振る。

「いやいや、女王にはメルディス軍を呼び込んでもらわないといけませんからね。どうせ戦うのなら、ここに飼われる亜人集団や竜気取りの姫ではなく、『ナインテイル』を呼称する勘違いしたモノの方が戦い甲斐もあるでしょう」

 アリアドリが言うと、残った三体も笑う。

「貴方達には女王と姫を追い詰めて欲しいのです。この際、姫の方は生死を問いません。いや、あちらにやる気になってもらう為には、姫と二三一氏には死んで貰った方が都合が良いかも知れませんね」

「それなら簡単ですよ。女王以外は食い殺していいと言う事ですね」

「まあ、そんなところです。姫はともかく、二三一氏は見た目のわりに逃げ足が早そうですからね、急いだ方が良い」

 アリアドリがそう言うと、残った三体も移動しようとする。

「可能性の話ですが、もしかすると二三一氏は亜人の集団を助ける為に現れるかもしれませんから、その事を伝えておいた方が良いかも知れませんね」

 アリアドリの言葉に、ルードレイが頷き、三体の竜は移動を始める。

 もちろん、アリアドリにも分かっている。

 先に亜人の集団を襲撃に行った竜の中に、女王側へ寝返るモノも出てくるはずだ。

 その報を受けた際、女王はともかく、他の竜やセーラムは烈火の如く怒り散らし、彼我の戦力差も考えずに戦闘を始める事だろう。

 ところが今は二三一と言う異物がいる。

 見た目で言えばセーラムや竜以上に好戦的そうに見えるのだが、実際にはこの谷の亜人達以上に慎重な男だと言う事も、アリアドリにも分かっている。

 そして、今では二三一の発言力も強くなっている。

 あの御前試合で見せた実力は、セーラムだけではなく竜達にもそれの実力を認めさせるには十分だった。

 その実力を示した為に発言権を得た二三一がその報に触れたとしたら、まず間違いなく女王と姫を逃がそうとするはずだ。

 通常であれば聞く耳を持たないであろうセーラムも、今の二三一の言葉であれば耳を傾ける。

 そうすれば女王と共にセーラムもメルディス軍と合流する事も出来るだろう。

 そこからメルディス軍を戦闘行為に引きずり込むのがアリアドリの計画ではあるのだが、メルディス軍にエテュセがいる事がそれの難易度を上げている。

 エテュセであれば、亜人の集団に犠牲が出たとしても、その犠牲のため義憤に駆られて竜と戦闘に入ると言う事は無いだろう。

 エテュセであれば、竜の谷に住む亜人であれば一万人死のうが十万人死のうが、意に介さないかもしれない。

 そんな人物さえも戦闘に引きずり込むのであれば、同胞の犠牲と言うのがもっとも効果的だとアリアドリは考えた。

 徹底的に合理主義のエテュセであれば、二三一が犠牲になってでも竜と事を構える事を嫌がるかもしれないが、女王であるメルディスは立場上そうはいかない。

 それでメルディス軍は戦闘行為に引きずり出す事が出来るのは間違い無いのだが、問題は二三一を仕留められるかどうか。

 とても慎重な男だ。

 御前試合の際にも、手段を選ばなければ勝てる相手だったのだが、相手の勝利が映える様に演出してみせるくらいだ。

 自分が死が、全面的な戦闘になる事に気付くかもしれない。

 だが、慎重であるものの正義感も強い男だ。

 これまで良くしてもらった亜人達が襲われていると言う報を受けた場合、女王と姫を逃がすように言い、自分は亜人達を逃がす為に前線に出てくると思われる。

 もしそこに来なかった場合は女王達と一緒に逃げている事になるが、その時女王や姫が襲われた時に真っ先に逃げ出すような人物ではない。

 それらが全て上手くいけば、まず確実にメルディス女王率いる一軍と戦闘になる事は間違い無い。

 アリアドリの計画としてはそれで完成、と言う訳ではないが、そこまで来るとアリアドリの手を離れる事にはなる。

 問題があるとすれば、竜の方にアリアドリの計画を看破するモノがいた場合だが、この谷にアリアドリの計画を看破出来るとしたら女王くらいしかいない。

 女王であれば看破したとしても、計画を未然に防ぐ事は出来ても始まってしまっては止める事は出来ない。

 それは実力がどうと言う事ではなく、女王の立場では始まってしまったら安全を確保しなければならないので、その時には全てを看破していても止める事は出来ない状況になっている。

 それに女王が看破した場合、アリアドリの計画に乗っかる事しか出来ないはずだ。

 さて、これからだ。

 だが、これは博打ではない。ほぼ確実に計画通りに事は進む。

 後に残るのは大きな恨みだけではあるが、それは全て自分で覚悟を決めた事だ。

 犠牲になる恨みを背負う覚悟。

「まあ、それも長い事では無いのですからね」

 誰に言うでもなく、アリアドリは一人呟いた。

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