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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第三話 竜との戦い-2

「具体的に、俺は何をすれば良いんですか?」

 二三一はラーに尋ねる。

 騎士任命試験と言われても、メルディスの元にいる騎士もどきは、二三一も込みで収容所時代からの付き合いの長さからの信頼関係で成り立っている。

 基本的に騎士と言っても別に騎士団を組織している訳でもなく、メルディス直属の暴力はエテュセの他には二三一達、元収容所メンバーくらいしかいないので、暴力集団では聞こえが悪いので騎士もどきをやっていると言うのが正直なところだ。

 一応二三一が率いるのが衛兵、シェルが率いるのが女王親衛隊と言う風に、形だけは区切られている。

「先ほども申し上げたとおり、二三一さんには仮想敵を演じていただきたいのです。貴方には外敵として振舞っていただきます。その行動に対し、エスカがどのように判断して行動するのかを確認いたします」

 ラーは慌てた様子も困った様子もなく、二三一に説明する。

 その口調から断られる事は考えていないようだが、ちょっと面白そうでもある。

「外敵を演じるにあたって、外から来られた貴方がもっとも適任なのです。汚れ役をお願いするのは心苦しいのですが、演じていただけないでしょうか」

 ラーからそこまで言われては、二三一も断れない。

「分かりました。シナリオとかはどういった感じで用意されているんですか?」

「アドリブでお願いします。こちらから注文する事と言えば、役割に徹してもらう事だけです」

 二三一はこの閉鎖的な竜の谷において、極めて珍しい外部の人間である。

 外敵と言う存在を演じるのはうってつけだし、これまで客人と言う立場に徹していた二三一の戦闘能力を測るには良い役割だ。

「それでは始めます。二三一さんはどのような武器を用意しますか?」

「そうですね、今回は槍を借ります」

 二三一はそう言うと、練習用の槍を持つ。

「あの時とは逆って事?」

 セーラムは二三一とエスカを見て尋ねる。

 形から入ったエスカは、片手剣と盾のスタイルに対して、今回の二三一は槍を持っているので、御前試合のセーラム役を二三一がやると思ったようだ。

「姫様の代役は務まりませんよ。俺には俺の考えがあっての事です。俺は『敵』に徹して演じれば良いんですね?」

「はい、よろしくお願いします」

 ラーとセーラムは二人から少し離れたところに置かれた椅子に座り、その前に二三一とエスカが向かい合う。

 立ち位置としては二三一がラーとセーラムの前に立ち、エスカはあえて二三一から距離を取って立っている。

 正々堂々の勝負を望むエスカなので、最初から自分に有利な近距離で立ち会おうとせず、敢えて剣の間合いから外れて槍の間合いの外で剣と盾を構える。

「エスカ、一つ確認したい事があるんだが、君は騎士になりたいのか。それとも一人の竜の戦士としての高みを目指したいのか、どちらなんだ?」

 二三一はエスカに尋ねる。

 エテュセの影響もあるにはあるが、二三一にも騎士と戦士との違いは明確に線引きしている。

 なりたいものによって、もっとも優先するべき事は変わってくるものだ。

「もう『敵』になりきってるんですね」

 これまで不満顔だったエスカは、そう言うと不敵に笑う。

「言葉は立派な武器で、戦い方でもある。それで、君はどちらになりたいと思ってるんだ?」

「僕は騎士になる。他の竜とは違って、立派な騎士に」

「そうか。だとすると……」

 二三一はそう言うと、槍の穂先をエスカから外して横に向ける。

「失格だ」

 二三一の向ける槍の穂先にはラーがいる。

 目の前と言う訳ではないが、エスカが行動するより先に二三一の槍がラーを捉える方が早い。

「はあ? 何を言ってるんですか? 女王は関係無いでしょう」

「悪いけど、俺は『敵』なんだ。一騎士には何の興味も無いし、勝負であればトップを手中に収めるだけで勝負アリだ」

「卑怯だとは思わないんですか?」

 エスカは抗議するが、二三一は槍の穂先をラーからセーラムに向ける。

「君が騎士として正々堂々の勝負を望むのは勝手だけど、敵である俺がそれに付き合う義理は無いからね」

 二三一はセーラムに槍を向けたまま、エスカに向かって言う。

「女王はヒントを与えていたはずだ。しつこいくらいに俺に『外敵に徹しろ』と言っていたのは聞こえていただろう? 一人の戦士として実力をつけたいと言うのであれば、君は俺を倒す事だけ考えれば良かった。でも騎士であれば自分の武勲より要人の警護を重視するべきだ」

 二三一の言葉にエスカだけでなくセーラムも納得していない表情であったが、ラーだけはニコニコと武器が目に入っていないような穏やかな表情である。

「俺は戦士であれば剣で良いと思うけど、騎士は盾であるべきだと考えている。君が騎士を目指すと言うのであれば、自分の戦いの興味より女王様や姫様を守れるところに立つべきだったな」

 その言葉の途中でエスカは動く素振りを見せたが、それに合わせて二三一は槍の穂先を僅かにセーラムに近付ける。

 セーラムに向けられた槍は、難なく槍を掴めるほど近くにある。

「貴方はもっと、紳士かと思ってましたけどただの卑怯者なんですね」

「人質を取っている相手に挑発か? それで事態をどう収める?」

 二三一はセーラムが槍を掴んできそうだったので、槍の穂先をラーに変更する。

 距離的にはラーの方が近いのだが、ラーはまったく恐れる素振りも驚く素振りも見せず、逆に噛み付く振りをしてセーラムに微笑みかけている。

 エスカやセーラムと違い、ラーは余裕を崩さない。

 二三一の持つ槍が練習用の物なので怪我もしない、と言う事もありはするだろうが、トップである女王が外敵に脅されたからといってパニックになる事も無い、と言う事かも知れない。

 もしメルディス女王が同じ立場だったりしても、おそらく笑顔で待機しているだろう事は簡単に予測出来る。

 女王も演技しているのかも知れないが、二三一が実戦用の槍を持って渾身の一撃を突き立てたとしても、女王には傷一つ与える事も出来ないことによる安心感もあるのは否定出来ない。

「まだよ、エスカ」

 ムッツリして剣を投げ捨てようとしたエスカだが、セーラムが鋭く言う。

「姫様?」

「騎士になりたいんでしょう? 外敵に女王と姫を囚われて、それでも武器を投げ捨てる事が貴方の騎士道?」

 さすがに役者が違う、と二三一は感心する。

 二三一の目的はまさにそこだった。

 この状況をどうするかが、騎士と戦士の大きな違いである。

 騎士とは名誉を重んじると言うのが文献ではよく出てくるキーワードではあるが、その名誉とは何なのか。

 戦士の名誉と騎士の名誉では、根本的に違うはずだと言うのが二三一の主張であり、そこを譲る事は二三一には出来ない。

 その事を話し合った事は無かったが、二三一が失格宣言をした後にもセーラムもラーも終了とは言わずに続きを見守っている事でも、二人も似たように考えていると思える。

 が、竜として生まれ、これまで暴力だけで全てを解決出来ていたエスカにとって、それは未知の選択肢だったらしい。

 眉を寄せ、どうしていいか悩んでいる。

「女王と姫を開放してはもらえませんか?」

 エスカは言葉を絞り出す。

「するわけ無いだろう。俺は敵なんだから」

「……そうですか。それなら僕も、僕のやり方でお相手します」

 何か方法を見つけたらしく、エスカの表情が決意した鋭い表情に変わる。

 エスカは剣と盾を手放すと、頭を下げる。

「お願いします」

 中々面白い事を考えるとは思うが、いかに閉鎖的なところに住んでいるとはいえ、それはあまりにも甘い。

「断る」

「断らない方が良いですよ。僕がお願いしている間に、聞き入れて下さい」

 そのセリフは、今からこちらから攻撃します、とも聞こえる。

 まだ槍も届かない距離であり、エスカは剣さえも手放している。

「甘い。それで交渉になると思うか?」

「そうですか」

 そう呟くと、エスカは大きく息を吸い込む。

 竜ではない二三一が、いかに演習だからと言って竜を相手に油断する事は無い。

 ここからエスカが攻撃してくるとすると、その方法は多くない。

 この距離からもっとも有効な攻撃方法。

 エスカが顔を上げた時、二三一は槍の穂先を女王から外し、女王とセーラムの前に立つ。

 これなら竜の必殺の一撃と言える攻撃、ファイヤーブレスを吐く事は出来ない。

 と、二三一が考える事まで、エスカは読み切って誘導されていた。

 エスカは顔を上げて息を吐くと、体を回転させる。

(ブレスじゃないのか?)

 肩透かしをくらった感じだったが、次の瞬間に二三一はエスカの仕掛けた罠に嵌った事を知った。

 セーラムやラーの前を通って二三一に襲いかかってきたのは、その部分だけ巨大な竜に戻ったかのような尻尾だった。

 とっさに槍を立てて防ごうとするが、強力極まる竜の一撃は練習用の槍をへし折り、二三一を吹っ飛ばす。

「うわぉ」

 その強力過ぎる一撃に、セーラムは目を丸くしている。

「あらあら、ちょっとやり過ぎですね」

 演習場の反対側まで吹っ飛ばされた二三一を見ながら、ラーは笑いながら言う。

「二三一さん、大丈夫ですか?」

「まったく大丈夫じゃないです」

 二三一は倒れたまま、ラーの質問に答える。

 もう一度やれと言われても無理な動きではあるのだが、二三一は槍を折られた瞬間に尻尾の動きに合わせて自分から飛んでいた。

 叩きつけられるはずだった尻尾は二三一を押しただけになったので、ダメージは大幅に軽減されたため、命に別状は無い。

 が、想像していた以上に吹っ飛ばされ、その衝撃の打ち身はすぐには立ち上がる事は出来そうに無かった。

 挑発が過ぎた、と今更ながら後悔する。

 どんな若くても、どれほど甘くても、彼は竜なのだ。

 純粋なパワー勝負では、まったく話にならない差があるのは分かっていたはずだったのだが、予想を遥かに超えた差だった。

「ごめん。俺が悪かった」

「勉強させてもらいました」

 エスカは笑いながら二三一の方へ来ると、二三一を助け起こす。

「いや、勉強させてもらったのはこっちだよ。竜とパワー勝負はやっちゃいけないね」

 これまで二三一は、その恵まれた身体能力に物を言わせて力で相手をねじ伏せる戦い方だった。

 少なくとも、これまでの戦いはそれでどうにかなっていた。

 セーラムとの御前試合でも、色々と試しはしたが、二三一の勝機は近接戦における身体能力の差に見出していたのだが、それを上回られた場合、二三一には手の打ちようがない事が分かった。

「でも、正直意外でした。貴方が平気で人質を取って交渉してくるなんて、予想もしていませんでしたから」

「あ、それは私も思ったわ」

 エスカがセーラムやラーのところに二三一を運んできて言った言葉に、セーラムが反応する。

「二三一って、見た目はアレだけど実際には凄い紳士だから、女子供には手は出さないとか言ってそうに思ってた」

 多分褒められているんだ、と二三一は思う。

「敵に徹しろ、と女王様から念押しされたんで、俺なりに考えたんですよ。もし俺が本気で竜の谷を攻める敵だとしたら、人質を取ってこちらに有利な条件で交渉するしか勝ち目が無いと思って」

「その発想が出来ると思ってなかったのよね」

 セーラムが感心したように言っている。

 それに関しては自分でもそう思う。

 少なくともこれまでの二三一だったら、例え頼まれてもこんな手段は取らなかっただろうし、考えもしなかった。

 セーラムにしてもエスカにしても、戦士である。

 同じ戦士であるだけに、二三一が初歩で分かりやすいとはいえ政治的駆け引きを仕掛けてくるとは思わなかったため、効果も高かった。

「随分と『騎士』と言うモノにこだわりがあるみたいですね」

 ラーが二三一の腕に触れながら言う。

「こだわり、と言うか、憧れですね」

 二三一は恥ずかしそうに言う。

「貴方も『竜と姫騎士』の話を?」

 ラーに尋ねられ、二三一は頷く。

「エスカも好きでしたよね」

「いや、子供の頃の話ですよ」

「今でも子供でしょ」

 セーラムが茶化すと、エスカは鼻の頭を掻く。

「姫様と大して歳は変わらないですけど」

「俺も二十年も生きてないんで、そんなに歳は変わらないでしょうけどね」

 エスカの後に二三一が言うと、ラーも含めた二三一以外の全員が驚いている。

「どうしました?」

「え? そんなに若いの?」

 セーラムが首を傾げている。

 セーラムには身の上話をしたはずだが、彼女はその話を遠い昔の話として聞いていたみたいだ。

 どれくらいの期間収容されていたと思っているのかも気になるが、具体的な事を言われるとショックを受けそうなので、そこは触れないようにした。

「……二三一さん、痛みは引きましたか?」

「いえ、どうしましたか?」

 これまで柔らかい笑顔を浮かべていたラーだったが、僅かに表情を曇らせている。

「治癒魔術の効果が感じられませんので。これまでに大怪我の経験を?」

「何度もあります。その時の先生から、今後の治癒魔術の効果が無いとかそんな事言われてました。あ、でも大丈夫ですよ、俺自身は怪我の治りは早い方ですから」

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