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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第三話 竜との戦い-1

第三話 竜との戦い


「旦那、あんた客人でしょう? 何も俺らの手伝いしてくれなくても良いんだぞ?」

 竜の谷で働く亜人の男が、一緒に働く二三一に向かって言う。

 今二人は、亜人の住む家の屋根を補修していた。

 屋根から落ちた場合、落ち方が悪ければ命に関わる事もありそうなので、亜人の男としては客人を怪我させるわけにはいかないと思っての言葉だろう。

「ああ、気にしないでくれ。俺、けっこうこういう事得意だし、好きでやってる事だ。これで俺が怪我しても、エテュセは笑うだけであんた達に危害は加えないよ」

「いやまあ、確かに旦那は手際も良いし、手伝ってくれるのは物凄く助かるんだが、客人って言うか国賓みたいなモノだし、姫様との勝負も凄かったから、もし何かあったら俺達が姫様から睨まれちまう」

「迷惑をかけるつもりは無いんだけど、俺としては客人扱いよりこっちの方が楽なんだよ」

 亜人の男からするといい迷惑なのかも知れないが、二三一は女王やアリアドリ、セーラムの相手をしているより、こうやって一般人に紛れて体を動かしている方が気が休まるのだ。

 特にこういう作業は収容所時代でも、メルディス政権下でも二三一の仕事であったため、専門家と言ってもいいくらいの経験があった。

 それに、高い所からの景色も好きだった。

 遠くまで見える景色が好きだったし、まるで空を飛んでいるような開放感も好きだった。

 実際に翼を持ち、自由に空を飛べる亜人もいるのだが、話で聞く限りでは空を飛べると言うのもイメージほど自由では無いらしいが、そこは無い物ねだりと言うのだろうか、とても自由に感じられた。

 高い所にいると、それを擬似的にであっても感じられる。

 エテュセに話した事は無いが、おそらくは

「何とかは高い所が好きなんだってね」

 と言われる事だろう。

「しかし旦那、姫様との勝負は熱かったですね。俺の知る限りでは姫様と互角どころか、姫様に触れる事が出来た侵入者なんていなかったのに」

 屋根の上で作業しながら、亜人の男は言う。

 あの御前試合の後、亜人の所に行くと必ずその話題になる。

 セーラムの戦闘能力の高さは竜の谷の中では有名で、結果的に敗れたとはいえ、二三一の評価も跳ね上がっていた。

 御前試合の前から二三一は客人にしては気さくで気取ったところがないので好まれていたが、今では戦闘能力の高さも知られ、一部では尊敬さえ集めている。

 さすがに尊敬されるのは気が引けるので、二三一は畑仕事やこういう補修作業などに勝手に参加して、高過ぎる評価を妥当なものに戻そうとしているのだ。

「いやでも、あの勝負から姫様の態度が変わったって、もっぱらの評判だし。いっそのこと姫様を嫁に貰えば?」

「簡単に言ってくれるけど、それには俺がどうこうより、向こうの意向の方が重要だろう? ほら、ウチには怖い小姑がいるわけだし」

「ああ、確かに」

 亜人の男は笑う。

 あまり接点は無かったものの、この竜の谷の亜人達も『ナインテイル』の噂はよく知っている。

 必要以上に暴力的なイメージが先行している『ナインテイル』の噂なので、亜人達はエテュセの事を凄く恐れていたと言う。

 生きとし生けるモノの全てを奪い尽くす『ナインテイル』の脅威は、この竜の谷の安全で平和な生活を破壊しに来たと、ほとんどの亜人が思っていたらしい。

 が、エテュセは想像以上にまっとうで、その連れである二三一もまったく暴力的な様子を見せないのも、亜人達は警戒していた。

 とはいえ、好奇心が強い亜人も多く、二三一がこちらに来てからはよく接触を持ち、噂はあくまでも噂でしか無い事を知った。

「まあ、エテュセにも問題はあるんだけど」

 二三一は苦笑いしながら言う。

 厄災として知られる『ナインテイル』の噂だが、エテュセにはそんなつもりは無いのは二三一もよく知っている。

 問題があるとすれば、本人にその噂を正す意思が無い事だ。

「汚名だろうと悪名だろうと、それが私の行動の結果だからね。それに、使い道もあるのよ」

 と言うのが、エテュセの考え方だった。

 それはその通りだと思うし、実際にエテュセはそれを活用している所もある。

 この竜の谷でも、それを上手く使っていた。

 アリアドリにしてもラーにしても、世界の果てからやって来た最悪の厄災が、実は脅威的な戦闘能力を持つだけのただの少女だったと言う事で、彼女に興味を持った。

 その結果、話はスムーズに進んだと言う側面は確かにあった。

 また、怒りや恐怖をエテュセが一身に背負う事で、二三一やメルディスが信頼を得やすくなると言う事も、今更説明するまでもないエテュセの悪名の効果である。

 本人がそう思って行動しているので、当然の事ながらエテュセ自身は悪名を積み重ね続けている。

 先ほどの亜人の男の提案では無いが、もしセーラムが二三一の嫁にでもなろうものなら、エテュセは政治的宣伝で活かす為にセーラムから武器を取り上げるかも知れないし、そうなると好戦的なセーラムも黙っていないだろう。

 もしくは、セーラムをメルディスの元や壁の向こうの評議会対策を任せる事で視界に入れないようにして、無用な争いは回避するかも知れない。

 そちらにしても、エテュセは自分の悪名を恐れていないので、効果を得る為であれば相手の事など一切考えないでもっとも効果の高い、効率的な手を打つはずだ。

 そう考えていくと、セーラムとエテュセはあまり近づけない方が良いのではないか、と二三一は考えてしまう。

 今のところ、ラーは親睦の証としてセーラムを竜の谷から外へ出したいと考えているし、エテュセも人質としての価値があるセーラムを受け入れるつもりでいる。

 セーラム自身はあまり面白くなさそうではあるが、彼女も興味の方向は別にして、年相応の好奇心はあるので、竜の谷の外に出たくないとまでは考えていない。

 つまり、セーラムの引渡しはほぼ全員にとって都合が良く、また望んでいる事でもある。

「旦那に客みたいだよ」

 亜人の男が二三一の背後を見ながら言う。

「俺に?」

 二三一が振り返ると、一体の竜人が翼を広げて近づいて来ていた。

 堅苦しい鎧姿を好むが、外見的には十代中頃から後半くらいの少年である。

 角と翼、尻尾の為に彼が人間ではなく亜人、しかも竜人であると分かる姿だ。

「やあ、騎士エスカ」

 二三一の方から声をかけると、エスカと呼ばれた少年騎士は見るからに表情を歪める。

「騎士はやめて下さい。僕は形から入っているだけで、実力はありませんから」

「いやいや、実力は十分あるし、騎士団が揃いの鎧姿なのは形から入る事でもそれで高い効果があるからだよ。悪い事じゃない」

 二三一はそう言うが、エスカは納得していない様な表情である。

 あの御前試合の後、竜の数体と演習を行ったが、二三一は全てに敗れている。

 演習である以上、勝ち負けは関係無いので、二三一は自身の勝利より竜の情報を得る事を優先したのでそう言う結果になったのだが、他の竜と違い、エスカはそれが不満だったらしい。

 何度も再戦を挑んできているが、二三一は逃げて回っている。

 時にはセーラムやラーに助けてもらったりもしていた。

「今日は何か用? まさかこんなところで戦えって言わないよね?」

「言いませんし、戦ってくれないでしょう」

 見ただけでわかる不満顔であるが、そこは形から入っているとはいえ騎士。女王や姫の意向を無視するわけにはいかないので、ただの演習であっても正規の手続きが必要な事も分かっている。

 エテュセと行動する前の二三一だったら、売られた喧嘩は片っ端から買っていただろうし、自分の強さを誇示したかもしれない。

 そう考えるようになったのも、エテュセの影響を強く受けているためだろう、と二三一は自己分析している。

 戦士の思考は単純明快で、自分より強いモノの影響を受ける。

 二三一はエテュセがまだその名を名乗っていなかった頃から、彼女の強さを知っていたので、彼女と共に行動して彼女の考えを知れば、彼女の影響を受けるのは当然の事と言えた。

 その結果として、二三一は戦士らしからぬ考え方が出来るようになってきた。

「で、今日は何の用で俺のところに?」

「僕が用なんじゃなくて、姫様から呼んで来いって言われたんで呼びに来たんです」

「姫様? 俺は特に用は無いけど」

「それは本人に直接言ってください」

 エスカは相変わらず不満顔である。

 もしかすると二三一とセーラムが近しいのが気に入らないのかもしれないが、それは二三一が望んだわけではないのでどうしようもない。

 ついでに言えば、セーラムと近しいと言うのは色っぽい話ではなく、基本的には物騒な話である事の方が圧倒的に多い。

 彼女も戦士なので、強さに対する興味の優先順位は極めて高い。

 セーラムから呼ばれると言う事は、高い確率で対戦相手の指名やそれに近い事である。

「姫様からのご指名って、旦那、マジっすか?」

「嫌な予感しかしないけどね」

 本当に嫌な予感しかしないのだが、周囲にはそう見られていないのも困りものだ。

「僕が念を押されてますから、連れて行かないと俺が姫様から怒られます」

 亜人の男とエスカに言われ、二三一は深々とため息をついた。

 可愛い顔しているが、セーラムは怒らせるべきではないのは、何も二三一じゃなくてもよく知っている事だ。

 セーラムに手を焼いているのは、何も二三一だけではない。

 アリアドリですら、時々手を焼いている事もあるくらいだ。

 そんなわけで二三一は亜人の集落から移動して、エスカと共にセーラムの元へ移動する。

「姫様が呼んでるって、自室?」

「いえ、演習場です」

「ですよね、やっぱり」

 セーラムは姫と言う立場なので自室もそれなりに広いらしいが、二三一は話でしか聞いた事が無い。

 それでも自室に呼ばれたのなら話し合いだけで済みそうなモノだが、演習場と言う事はやはり戦闘訓練のパートナーとして呼ばれたのだろう。

 あの御前試合以外でも数回セーラムとは手合わせさせられたが、とにかく攻撃力がやたら高いので、痛い目に合うのだ。

 げんなりしながら演習場へ行く二三一だったが、そこで待っていたのは意外な事に女王ラーとドレスを着たセーラムだった。

 セーラムは基本的には質素で動きやすい服装を好むので、普段は薄いシャツとズボンの姿が多いのだが、今日はいかにもお姫様といった感じだ。

 セーラムだったらその格好でも槍を構えそうなところもあるが、今日はそんな雰囲気ではない。

 二三一と共に来たエスカも、てっきりまたセーラムが最近お気に入りの二三一に絡んできたんだと思っていたらしく、これまでの不満顔から訝っている表情になっている。

「エスカ、何か言いたそうね」

「え? いえ、そんな事は」

 セーラムに先手を取られたエスカは、驚いてしどろもどろになっている。

「良いのよ、正直に言ってみて」

 輝くような笑顔でセーラムは言うが、この場合の笑顔は槍の穂先を向けられているのと何ら変わりはない。

「いや、あ、あの、えっと」

「ん?」

 エスカを下から覗き込むように、セーラムは笑顔のまま首を傾げる。

(可愛いのと怖いのって共存出来るんだな。今の姫様、めちゃくちゃ可愛いけど、超怖い。エテュセとかメルディス女王にも匹敵する怖さだな)

 今のところ他人事なので、二三一は楽しみながら観察していた。

「セーラム、それはフェアではありませんよ」

 ラーは穏やかに言うと、セーラムの後頭部をはたく。

 動きは優雅で、馴染み深いツッコミの動作と言えなくはないのだが、セーラムは前のめりに倒れた。

「いぃったーい! 母様、すっごく痛かったです!」

「あら、手加減はしたのですが、まだ強かったかしら?」

 ラーは頬に手を当てて、笑顔で言う。

 セーラムが前のめりに倒れた事もそうだが、後頭部から出ては問題がありそうな音はしていたので、手加減の程度が足りなかったと思われる。

「ですがセーラム、今のは貴女がイジワルでしたよ。反省しなさい」

「はい、母様。じゃなかった、女王陛下」

 ラーが柔らかい動きで右手を上げたので、セーラムは慌てて訂正した。

(上品さと怖さも共存出来るって事はメルディス女王で知ってたつもりだけど、上には上っているもんだなぁ)

 ラーの表情や仕草は上品で柔らかく美しいのだが、周りの空気を凍らせるには十分な迫力もあった。

「二三一さんもお呼びだてして申し訳ございませんが、今日は貴方に用があるんですよ、エスカ」

「ぼ、僕に、ですか?」

 ラーから言われ、エスカは目を白黒させている。

「はい。今日は貴方の騎士任命の試験を行います。申し訳ありませんが、二三一さんにも協力してもらって良いですか?」

「俺に? 何をすれば良いんですか?」

「大変失礼とは思うのですが、二三一さんには仮想敵になっていただきたいのです」

 ラーが柔らかい表情のまま、二三一に言う。

(……やっぱり嫌な予感しかしない)

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