第一話 収容所-4
問題が起きたのは僅か二日後の事だった。
六の少女も収容所に残る方であり、寮に入った翌日から授業に参加する事になった。
他の亜人達と違い、六の少女は勉学を独学で身に付けてきたので、学校などにも通った事が無く授業と言われても退屈なだけだった。
魔力を扱う授業や礼儀作法などに関しては、六の少女も未知の授業だったので楽しかったのだが、講師に習うと言う事に慣れていない六の少女には、耐える方が多い時間だった。
また、講師にも問題があった。
四十代後半の女史だったが、彼女は元々この地域の出身では無い。別のところで教師をしていたらしいのだが、自己中心的でヒステリックな性格の為、度々問題を起こしてきた。
実家が地元有力者の名家である為、様々な問題を起こしても家が守ってきたのだが、さすがに守りきれなくなったらしくこの収容所へ転任になったという経緯がある。
しかし、その事実は女史には伝えられていない。
それどころか、この収容所での仕事を天職だと、女史は思っていた。
彼女は自分の性格を正しく認識していない。彼女には彼女なりに言い分もあった。
彼女は知識を与える教師と言う職を、聖職だと考えている。だからこそ、時には厳しく接するのも生徒のためである。
教えを請う立場である生徒は、教師を敬い、頭を垂れるのが正しい生徒であり、それこそが教師と生徒の正しい関係であると信じている。
それを乱すのは絶対に許されない暴挙であり、それを正す為暴力は必要悪なのだ。
それが彼女の理論である。
この収容所はそういう点では、彼女には理想の職場と言えた。
ここでの暴力行為は、他のところと比べると圧倒的に問題にされない。それだけに感情の発露の為、手にしている短鞭で打ち据える事も少なくないのだが、それも許される環境なのだ。
彼女は授業中だけとはいえ、女帝だった。
それだけの権限を所長から与えられている事もあり、講師の立場ではあるが、その権限は授業中に限り担当官と同等である。
つまり、亜人達の生殺与奪を握っていると言う事だ。
そのため、四クラスあるこの収容所で授業をする時には、亜人の全てを支配している感覚に酔っていた。
そこへ、異分子である六の少女が入り込んで来た。
女史が気持ち良く授業をしている中で、六の少女だけは好き勝手に教科書を捲り、女史の話を真面目に聞いている様には思えなかった。
他の亜人達の手前、六の少女だけを特別扱いするわけにはいかない。この収容所から別の所へ引き取られた時、この様な態度では苦労する事になる。だからこそ、彼女の為に厳しく接しなければ。
女史の思考はそう組み立てられ、手に持つ短鞭を振りながら、本人は無意識でも、サディスティックな笑顔を浮かべて六の少女の所へやって来た。
容赦無く短鞭を振り下ろすが、六の少女はそれを難なく避ける。
「なんのつもりですか?」
女史の短鞭を避けた後、六の少女は女史を睨みながら尋ねる。
「な、なんのつもりかはコチラのセリフです! 貴女は一体何なのですか!」
女子はヒステリックに叫び、六の少女を打ち据えようとするが、六の少女は女史の短鞭を持つ右手首を掴んで行動を封じる。
周りの亜人達は怯えながら成り行きを見守っている。その中には同じ部屋の十二の少女も含まれている。
女史はヒステリックに喚き続け、六の少女は同じクラスの亜人達に取り押さえられ、そのまま女史と共に所長室へ連れられていく事になった。
「そう言う事ですか」
所長は机の上で軽く手を握り合わせて頷いている。
所長室には所長と女史、座らせられている六の少女の他、担当官であるスパードと他に二名の所員がいた。
二名の所員は、六の少女を所長室に運ぶ時に彼女が暴れないかを監視するために女史が引っ張ってきたため、所長室に着くまでその表情にはうんざりした様なモノが浮かんでいた。
所長室に来て、所長が担当官であるスパードにも来る様に命じたのである。
「分かりました。貴方達は仕事があるでしょうから、仕事に戻って下さい」
所長に言われ、二名の所員は所長室から退室する。
その時、露骨に安心した様な表情になったのを、六の少女は見逃さなかった。
所長は余程恐れられているのだろう。
「それは授業中の事なのですね?」
「そうです! この子は他の真面目な子達に悪影響を及ぼします!」
「では、スパード君はそこで待機していて下さい。担当官としての資質云々の話では無さそうですので、貴方に責任を問うつもりはありません」
所長に言われ、スパードは敬礼すると部屋の出入口まで下がる。
「さて、それでは当事者達に話を聞きますが、私は貴女に亜人達の授業がスムーズに行える様に権限を与えたつもりです。それでも、授業をスムーズに行う事は出来ませんか?」
所長の質問がまったく想定外だったのか、女史は目を見開いて驚いている。
「私の質問は聞こえましたか?」
「は、はい、もちろん」
怯えた声で女史は答える。
「では質問に答えて下さい。今後授業は問題なく進められますか?」
「はい!」
「それは彼女がそのまま戻っても、問題無いと言う事ですか?」
所長は六の少女を見ながら、女史に尋ねる。
「所長様にお願いがあります」
「何でしょうか」
「その子は他の亜人達に悪い影響を与える事は間違いありません。もしよろしければ、他の亜人達から隔離した方が良いかと思います」
女史は六の少女を睨みつけているが、六の少女は女史にはまったく興味を示さず、所長の一挙手一投足まで見逃さない様に見ていた。
「考えておきましょう」
所長は軽く頷いて答えると、六の少女を見る。
「来たばかりのせいか、ここの生活にはまだ慣れていない様ですね」
所長は六の少女に向かって言う。
「貴女には幾つか確認しておきたい事がありますが、その前に私から一つ忠告しておきましょう。私は賢い人が好きです。ここでの生活は、従順である事より、賢くある事を重視する事が大事と言う事を、覚えておいて下さい。分かりましたか?」
「はい、分かりました」
六の少女はまっすぐに所長を見て答える。
この時点で六の少女は絶望的なリスクは覚悟していた。この女史や六の少女を捕らえた追手、ここに入れられている亜人達の温さからつい楽天的に考えていたが、この所長は別格である事を痛感させられていた。
殺される事は無いと思うが、殺されないと言う保障は無い。また、命以外には何を奪われてもおかしくない。
「では、この様に考えて下さい。貴女は教師であり、貴女には二十人の生徒がいます。その中に一人、輪を乱す生徒が混ざっています。その生徒は説得しても、輪を乱す事をやめませんので、罰を与える事にしました。その罰はどう言う罰を与えますか?」
所長の質問に、六の少女は唇を噛む。
(そう来たか。まいったな)
所長の話の順番の意図するところも、今になって理解出来た。
この質問の前に賢くある事と、所長は念を押していた。この刑罰の話は六の少女への罰だけではなく、彼女の知能や性格を試しているのだ。
ただ押し黙っている事で乗り切る事はまず不可能だ。女史ですら短鞭を持っていた。所長は帯剣しているのだから、答えなければ短鞭で打たれる事など比べ物にならない被害が及ぶ。
ここで命乞いをしたり、無意味に軽い刑罰を言えば、六の少女は珍しいのは見た目だけで、実際には大した亜人では無いと言う事になりかねない。
それが自分の身に跳ね返って来る事が分かっていても、六の少女は所長の納得する刑罰を答えなければならない。
そうすれば、六の少女はただ見た目に珍しいだけではなく、研究するべき亜人であると、思わせる事が出来る可能性も高くなる。
「私なら、鞭打ち十回にします」
「ほう、どういう理由で」
「罪科で言えば、授業の妨害、命令の不服従。それぞれに鞭打ち五回ずつとしました」
「公正ですね。その罪を甘んじて受ける覚悟も持っての事ですか?」
「そのつもりです」
六の少女は頷いて答える。
「聞いての通りです。もし今後の授業で同じ事がありましたら、亜人達にはそう言う刑罰を与えて下さい。理由は六の少女が定めた罰であると伝えればよいでしょう」
所長は女史にそう伝えると、女史は勝ち誇った笑顔を六の少女に向ける。
「それで、その亜人には罰を与えないのですか?」
女史は期待して所長に言うが、所長は女史の方に目を向ける。
「罰はどの様な罰を与えるのですか?」
「それは、この私に恥をかかせた罪も合わせて、鞭打ち百回です」
「あまり公正とは言えませんね。六番が適正な刑罰を提案しているではありませんか。その上で十倍の罰を与えるには、説得力がありません。不必要な罰は他の亜人達の不満を招きます」
所長は首を振って言う。
「亜人の少女の方が公正で適正な刑罰を提案出来ると言うのでは、貴女の教師としての資質を問われる事になりますよ」
所長は呆れた様に言うが、女史は青ざめて文句も言えなくなっている。
「それでは、六番立ちなさい」
所長に言われ、六の少女は眉を寄せる。
罰が無いのか不安になる。無いなら無い方が良いし、鞭打ち十回であれば打たれた所はミミズ腫れになるが、仕方が無い。
「六番、君は本当に珍しい亜人だと思います。それは見た目だけでは無く、身体能力や高い知能もそうです。授業で魔術は習いましたか?」
「はい。保温と火起こしを身につけました」
「素晴らしいですね。ですが、女史も言われる通り、他の亜人達に悪い影響を与える可能性は残ります」
そう言うと、所長は六の少女に指を向ける。
「公正さを欠く重罰は不満を招きます」
所長はそう行った後、軽く指を振る。
その瞬間、六の少女は急にバランスを崩して倒れこむ。
「ですが、それは恐怖で抑えられるのですよ?」
所長の手には右足の膝上から下が握られていた。
六の少女は自身の足を見ると、右足の膝上から下が無くなっていた。
それに気付いた瞬間に、激痛と鮮血が吹き出してくる。
「スパード君、ルーディール先生の所に連れて行って、義足でもつけてやって下さい。立って歩ければ良いのですから、杖でも構いません」
所長は切り取った六の少女の足を、血の気を失った女史に向かって投げる。
「ヒイッ」
「これくらい出来なければ、亜人を抑える事など出来ませんよ」
そう言うと、所長は立ち上がって六の少女の髪を掴んで自分の方を向かせる。
「貴女は非常に珍しい亜人ですが、それも眼だけの話です。片足義足となったらさらに特徴は増すのです。それでも分からないのであれば、次は右腕。何なら右目でも構いません。左足でも良いのです。ここでの生活は理解しましたか?」
「……賢く、あれ、と言う事です」
両手で足を抑えながら、六の少女は所長を見て答える。
「よろしい。スパード君、運んであげて下さい」
所長は軽く手で払う様に、スパードに指示を出す。
「それでは先生、授業の続きをよろしくお願いします」
青ざめてガタガタと震えている女史に、所長は冷たく言い放った。