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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第二話 竜の谷-1

第二話 竜の谷


 二三一には色々と愚痴ったものの、ラーとの会話は楽しかった。

 ラーもアリアドリも正真正銘の知恵者であり、二人は政治というモノに強い興味を持っていた。

 竜という生物は確かに強固な鱗と爪、高温の炎を吐く事も出来るので、最強の生物の名を欲しいままにしている。

 が、ラーはその事のみを良しとせず、統治という爪や牙を必要としない方法を求めた。

 その試みは彼女に拾われた亜人達の集団からは受け入れられているが、生粋の竜からはあまり好まれていないらしい。

「実力のある竜からみると、統治という支配の方法は回りくどく見えるのですよ。何しろ他を圧倒する爪や牙を持っているのですから、恐怖による支配こそが正道だと考えるのはごく自然な事なのです。治政による統治など、周囲に媚びるように感じるのでしょう」

 アリアドリは、エテュセにそう話した。

 それも分かる話ではある。

 むしろ、それらの周囲を圧倒出来る力を持ちながら、それに頼らず治政に興味を持つというラーが、明らかに特異なのだ。

 例えるなら、クデベル王がもっとも近い。

 クデベルの場合、武力に頼らない方法でしか生き延びられなかったので苦肉の策と言えなくもないが、ラーは違う。

 ラーは自らの武力に頼らず、周囲をまとめようとしているのだから、竜の本質を否定していると、周囲からは見られているところもあると言う。


「でも、どうして政治なんかを取り入れようと思ったんですか? 正直なところ、効率は良くないのではないですか? いっそ単純な恐怖政治の方が楽だと思うんですけど」

「楽なのは間違いありませんね」

 ラーは笑顔で頷く。

 アリアドリはいないが、彼は実働の執政官なので余裕のある雰囲気を出しているが、多忙な人物である。

 ここへ来て三日が経つが、アリアドリが女王との歓談の席に同席したのは一日、しかも二時間程度だった。

 今日は女王からではなく、エテュセの方から質問してみた。

「ですが、それは正解ではありません。その程度の事は分かっているでしょう?」

 エテュセに向かって、ラーは笑顔で尋ねる。

 楽に支配出来るからといって、それが正解だとは限らない。と言うより統治の方法論で言えば、下の下と言える。

 しかし、亜人の集団が数万人いても、竜が数十体いれば恐怖による支配は簡単であり、自然な事でもある。

「私はそこまで人を過小評価していません。集団の知恵と言うモノは、竜の鱗より強い武器を、竜の爪より強い盾を作り得るのですから」

 ラーは笑顔ではあるが、はっきりと言う。

 確かにその通りかも知れない。

 実際に竜は駆逐されていっている。

 エテュセが『銀の風』の元にいる頃に色んな文献を調べていたが、その頃の竜の生息地は西ではなく全国に分布していた。

 この竜の谷のようなコミュニティーを作っていたかは分からないが、全国にその脅威を示していた時代は、確かにあった。

 しかし今はごく少数が生き延び、伝説の生物とされつつある。

 それは数多くの英雄譚を生む事にはなったが、その数より多くの竜が駆逐された。

「竜の爪や牙は、絶対の武器ではない、と?」

「その通りです。強固な武器である事は間違いありませんが、竜といえども無敵の強さと言うわけではありません。人と比べて傷を負いにくく、体力があり、破壊力を有すると言うだけの生物である事は間違いありません」

「女王陛下はそれに危機感を覚えている、と?」

 エテュセの質問に、ラーは笑いながら首を振る。

「少し違います。それによって竜が駆逐されるのを恐れているのではなく、竜がその事態を招いて駆逐される事を恐れているのです」

「ここの亜人は、貴女を尊敬しています。貴女に剣を向ける事は無いでしょう。それに竜も貴女に敬意を示しています。そんな危険は無さそうに思えますけど」

「意識改善は急激に行うのではなく、少しずつ、自然な形で行うべきものでしょう? 急速な意識改善を強制すると、それこそ不必要な混乱を招きますから」

「アリアドリもそれには同意されているのですか?」

 エテュセの質問に、ラーは僅かに表情を曇らせる。

「そうだと信じたいのですが」

 そこには自信が無さそうだった。

 アリアドリは知恵者だ。それも相当な切れ者である。

 もし女王の考えに賛同せず反乱を企てているとしても、それを相手に悟らせるようなマネはしない。

 それだけにラーとしても信用しようとしても、信頼出来ないところがあるのだ。

 難しいものだと、エテュセも思う。

 エテュセはメルディスを全面的に信じ、信頼しているのだが、それを相手に伝える方法は無い。

 逆に、エテュセの方からメルディスが自分を信頼してくれているのかを確認する方法も、無い。

 ラーとアリアドリの関係がメルディスとエテュセの関係に似ているからこそ、ラーの不安はメルディスの不安としてエテュセも実感が出来る。

「今のところ、私の見立てではアリアドリが女王陛下に牙を剥くようには思えません。何か女王陛下には不安に感じるところがあるのですか?」

 この質問に対し、ラーは首を振る。

「私が個人的に、漠然と抱えている不安です。何か証拠があると言う訳でもありませんし、そういう雰囲気が蔓延していると言う訳ではないのですが、同族の高圧的な態度が無用の誤解を招いているのでは、と思えるのです」

 そこは仕方が無いのではないか、とも思う。

 人間同士、亜人同士でも似たようなモノだ。

 強力な武器を持つモノや強大な勢力は、より劣るモノに対し高圧的に振舞うのは、ほとんど無意識で行われる。

 彼我の戦力差が開けば開くほど、その態度も比例して大きくなっていくものであり、それはもう本能のようなものだ。

 ラーの謙虚さも、その分岐の先にあると言えるのだが、強者の全てがラーのように謙虚で公明正大な人物になる訳ではない。

 エテュセの知る限り、ラーやメルディス、二三一などはそういう風に弱者を救済しようと行動しているが、禁術まで身に付け、天才と謳われた魔術師でもあった収容所の所長ギリクは他者を圧倒し、屍の山を築いた。

 エテュセがこれまで滅ぼしてきた小国の自称騎士団や、旅の途中でちょっかいを出してきた野盗の集団なども、その暴力で弱者を踏みにじってきたモノがほとんどで、ラーなどが例外なのだ。

 それは、ラー自身もそう感じているようでもあった。

「セーラムなどはもどかしいのでしょうね。戦えば圧倒的な戦力で踏みにじる事が出来るのに、のんびり話し合いなどしている事が。夢見る乙女を、こんな狭い所に閉じ込めて育てる事に、私は抵抗があるのです」

「夢見る乙女、ですか。確かに」

 彼女の圧倒的な強さに、幻想を抱いている。

 世界最強の生物である竜は、何者にも屈さず、孤高の強さを示してこそだと。

「それはまた、危険な考え方ですね」

「あら、エテュセさんには理解出来る考え方かと思いましたが」

 冗談交じりに言うラーに、エテュセは真面目に頷く。

「だから危険だと分かるんです。自分の物ではない力なのに、それを勘違いして振るおうとするのは、確実に破滅に向かう行為です」

「重い言葉ですね。経験談ですか?」

「私自身、そうやって戒めてますから」

 今でこそ『ナインテイル』と恐れられているエテュセではあるが、自分の力が全て借り物である事を、誰よりも知っている。

 圧倒的な破壊力を誇る『ナインテイル』の元にもなっている魔力の鞭も、元々は彼女の持ち物ではなく、その魔力を増幅させているのも左手薬指を彩る赤い『約束』の指輪も送られた物だ。

 偽りの力であっても、周囲が見る彼女こそがエテュセであり、周囲が見る破壊力こそが彼女の力とされている。

 その期待に答える為に、偽りの力を振りかざす事を続けていると、その偽りの力を自分の力と勘違いするようになっていく。

 その結果が、ギリクだった。

 ギリクは偽りの力を偽りの力だと知り、それを自覚した上で溺れ続けようと努力していた稀有な例と言えるが、偽りの力を自分の物だと思い込み優秀さを見せつけるには、他者を叩き潰す事のみだと思い込む。

 セーラムは竜の力を自分の物だと思いたいのだろうが、その過剰な期待が自分に無駄な負い目を背負わせている。

「貴女は強いですね、エテュセさん」

「私なんて大した事はないですよ」

 よく言われる事ではあるが、エテュセには強さと言うのがよく分からなかった。

 昔は知っていたと思う。

 収容所にいる時は、エテュセには強さが何か分かっていたと思い、その強さを求め続けていた。

 それが所長に敗れ、世界を区切る壁から投げ捨てられ、強さとはまるで無縁に思える少年に助けられてから、分からなくなった。

 当時の彼女が考えていた強さと言うのは、敵対者をねじ伏せる力の事だった。

 ところが、敵対者に対してなすすべのなかった少年が見せた強さは、エテュセの価値観を根本的に打ち崩した。

 それは滅びの美学とも言うべきものだったかも知れない。

 それでも彼は自らの悲劇を受け入れ、その上でいつのも日常を送っていた。

 演じていたと言う訳ではなく、もちろんそれもあったかも知れないが、朽ちていく自分の身を顧みず、朽ちていく中で拾える生き方もあると信じ、それを実践していた。

 それを見てから、エテュセの中で打ち倒すだけが強さだと感じられなくなり、強さというのが分からなくなった。

 そんな状態で強いと言われても、素直に受け取る事が出来ない。

「女王陛下、強いって何なのでしょうか。私自身、弱くはないと思っているのですが、強いかと言われるとそう思えない。最強の生物と言われる竜であり、女王である貴女ならそれを知っているのではありませんか?」

「難しい質問ですね」

 ラーは頷いて言う。

「人により、それぞれの価値観に応じた強さ、というものがあります。私の考えるソレと貴女の考えるソレではまったく別物なのです。おそらく私がソレについて答えたとしても、貴女は理解しても納得出来ない事でしょう」

「まあ、それは何となく分かります。妙な質問をしてすみませんでした」

「いいえ、答えが一つではないからこそ難しい質問です。ところで、話は変わりますが、御前試合の日程が決まりましたのでお伝えしておきましょう」

 ここへ来て三日が経つ。

 正直なところ、それが無くても同盟してもらえるのではないかと甘い期待をかけていたのだが、やはり実力は示す必要があるようだ。

「三日後です。そこで、この谷のほとんど全てを集めて行われる事になりました」

「一大イベントですね」

「娯楽が少ないところですので、申し訳ありませんが協力して下さい」

 それにはさすがに苦笑いするしかない。

 竜を見たい、というある種の好奇心が今回の行動理由の一つであった事は間違い無いのだが、そこへ来てこちらが見世物にされるとは思っていなかった。

「その御前試合でも一つお尋ねしたい事があるのですが、代表者は竜の姫様で良かったのですか? うちの二三一が実力を示した際に姫様を打ち負かしてしまった場合、それで他の竜は納得していただけるのでしょうか。姫様には悪いんですけど、姫様より他の竜の方が戦闘能力では上なのではありませんか?」

「一面においては、確かにその通りとも言えますが、別の面から見てセーラムが竜に劣らないところがあるのも事実です。多少の実力差はありますが、もし正面からセーラムを打ち負かす者であれば、我々もその実力を認めますよ」

「そうだと良いのですが」

 エテュセは思わず呟いた。

 あの女性の声で話しかけてきた竜が、いかに実力があるからと言って、亜人に従うものだろうか。

 ラーやアリアドリであればまだしも、セーラムがどれほどの実力者であったとしても、あの竜はこちらを下に見ている。

 それでもラーやアリアドリが認めていれば、セーラムは竜の代表となり得る。

 そう言う事なのだろう。

 もし西のメルディスの元でならどうだろうか。例えば、メルディスが認める人物がいたとして、その一点だけでエテュセはその人物を代表として認められるのか。またはエテュセが認めると言う一点だけで、獣人姉妹を説得出来るのか。

 不可能だ。

 もし本当にセーラムが実力で竜の信頼を勝ち取ったとなれば、いかに二三一といえども何も出来ずにあしらわれるかもしれない。

 こりゃ、思ってたより大変かもね。

 他人事ではないものの、エテュセとしても御前試合がちょっと楽しみになってきた。

「女王陛下はセーラムが勝つと思いますか?」

「おや、興味がおありですか?」

「ちょっと興味が湧いてきました。私の目から見て、二三一はかなりの実力者です。メルディス女王の元にいる者の中では、最上位の一人です。あの可憐な姫君がどうやって打ち破るのかと思うと、ちょっと楽しみになってきました」

「フフフ。そうですね。でも、私の見立ては少し違いますよ」

 エテュセに対し、ラーは笑顔で言う。

「貴女の連れのあの方は、確かに見て分かる実力者です。ですが、戦士と言うには優し過ぎる気がします。そんな方が果たして実力を出せるかどうか。セーラムも私が育てた娘ですから、是非全力での勝負を見てみたいと思っています」

 めちゃくちゃ見抜かれてるわよ、二三一。あんた、ホントにちゃんと負けてやれるんでしょうね。

「あの子もきっと全力で戦う事を望んでいるでしょうから、下手な事を考えずに戦って欲しいです。私は治癒魔術も身につけていますので、少々の怪我なら心配いりませんよ」

「ええ、その件につきましては、私の方から二三一に伝えておきます」

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