第一話 新たな国-9
「あー、女王様、正直に言っちゃったんだ。せっかく隠してたのにな」
「隠すなよ」
二三一が戻ってきたので、エテュセは早速合流したのだが、先に二三一の方がエテュセと女王の会話を聞いてきたので、エテュセが答えた時の反応である。
「いや、だって正直に伝えたら物凄くブチ切れそうじゃないか。さすがに俺もメルディス女王も本人に伝えるべきか悩んでさ」
「で、隠してたって事?」
「そういう事。ほら、今だってちょっと切れてるし」
「いや、切れてはいないわよ。ムカついてるだけで」
「あんたのムカついてるは、俺にとっては命の危険を感じるレベルなんだけどな」
そう言う二三一は、当然の事ながらさほど危機感を持って言っている訳ではない。
そもそもエテュセの暴力は、人の範疇にない。
短気に思われがちなエテュセだが、もし彼女が本当に短気だったらメルディスも女王になっていないだろうし、西の大地は人の住めない荒廃した大地になっていたところだ。
「でも、女王様とはそんな話しかしなかったワケじゃないだろ?」
「今日はほとんどそんな感じだったわよ。逆に私達が竜をどう思ってるかとか、お互いの意識のすり合わせみたいな話だったわね。明日も付き合ってって言われてるし」
「ああ、姫様もここには客はあんまり来ないって言ってたからな」
「追い払ってるんじゃないの?」
「まあ、それは込みだろうな」
エテュセの言葉を二三一は否定しなかった。
セーラムの過剰な防衛意識は、おそらく自身の生い立ちによるものだろう、と二三一は予想していた。
竜の女王ラーに拾われた事への感謝が強いが、自分が竜じゃない事への負い目も、彼女を攻撃的にさせているのではないか。
なまじ高い戦闘能力があるから、余計に話がこじれていると言うのが二三一の予想である。
「なるほどね。実にあんたらしい善意の解釈、素晴らしいわ」
「皮肉?」
「それもちょっと入ってるけど、あんたのそういうところはホントに素晴らしいと思うわよ」
「どう言うところ?」
「まず人の良いところを見ようとするところ。最近分かったことだけど、人間にしても亜人にしても、悪いところばかりを見つけて相手を貶めようとするところは大して変わらないわ。あの獣人姉妹が良い例じゃない。でも、あんたは違うでしょ?」
エテュセの言葉に、二三一は苦笑いする。
「あの二人は怖がりなんだから、あんまりイジメてやるなよ。それに俺はそんなに善意の塊じゃない。どう言っても俺は戦士なんだ。いつも相手が敵対した時、どうやったら勝てるかを考えてる。相手の長所を把握してないと、短所に釣られて簡単なトリックに引っかかるリスクが高いんだ」
「良い副産物ね。私もそう言う考え方しないとな」
「いやいや、エテュセは今のままで良いって。そうしないと俺の良いところが無くなってしまう」
「もしかしてだけど、あんた、私を比較対象として利用してるって事?」
「共存してるんだよ。エテュセ様を利用だなんて、とんでもない」
二三一は肩をすくめて笑う。
メルディス女王に対しては比較対象となる為に、清廉潔白な女王に対し残酷で冷酷な魔女としての立ち位置も演じているところはある。
それを守護職の二三一も守備隊を安定させる為に利用していたらしいが、それに腹は立たず、むしろ二三一の優秀さを思い知らされる。
戦う為の存在だと自分を例える二三一だが、彼自身が言っていたように、最強の戦士と言うのは戦う事さえ必要としないと言う理想に近付く努力を惜しまない。
それともう一つ、対人戦において個人の戦闘能力はもちろん大事だが、勝利する事を至上とする場合、相手に実力を出させないと言う事も重要である事を二三一はよく分かっている。
ともすれば脅威的な技であったり、強力無比な武器を求める者が多くなるが、二三一はそれより戦うシチュエーションを整える方が的確で効果的と言う事に気付いている。
例え虎の威を借りる事になったとしても、それで勝利を呼び込めるのであれば使わない手はないと考えているのだ。
「ま、許してあげる。心の広い私に感謝なさい」
「はい、よくわかってます。エテュセさんには感謝してます」
「うん、分かればよろしい。で、姫様とのデートはどうだった?」
「色っぽくは無かったよ。今日は散歩と言うか、亜人区の説明だったからな」
二三一の希望で、セーラムと二三一は竜の谷の亜人の居住区へ移動した。
彼の知る亜人の集団と言うのは、大なり小なり歪んだ悪意や敵意によって結束している事が常だったが、ここの亜人達は違った。
亜人達は女王を崇拝し、安全な暮らしの中で朗らかに生きていた。
世界を区切る壁の西側にも似ていたが、ここの亜人は竜と言う防壁に守られているので安心している。
聞く限りでは税は重いのだが、十分な生産量があり、ここでは迫害を受ける事も無いので亜人達に不満は無さそうだった。
「まあ、言ってみればメルディス女王がエテュセの戦闘能力を持っているようなモノだからな。怒らせれば超怖いけど、女王は理不尽じゃない。少なくともこの近辺で生きるより、ここの方が暮らしやすいのも間違い無いからな。俺もここに生まれたかったと思うよ」
二三一は本気で言っているが、それは二三一に限らず亜人収容所にいた亜人達はそう思う事だろう。
エテュセにしても、そう感じない訳ではない。
もし生まれ変わるなら、ここで暮らしたいと思う。
だが、エテュセには違和感があった。
まだ漠然としたモノで根拠も無いのだが、何かが噛み合っていない。繋がっている様には見えるが、それは断ち切られていると言う事に誰も気付いていない感じだ。
「ん? エテュセは何か気に入らないのか?」
「まあ、気に入らないってワケじゃないけど、いっそあんたが姫様口説いてくれたら楽なんだけどな、とは思ってるわよ」
「あー、そりゃ無理だな。でも、近いうちに御前試合があるだろ? そこで呆れられない限りは上手くいくんじゃないか?」
こういうところは楽天的な二三一である。
「自信があって言ってるんでしょうね?」
「全くない。大丈夫、俺はエテュセの火消し能力の優秀さを信じてるから」
「その前に自分の腕を信じなさい」
二三一と竜の姫君であるセーラムと戦った場合、おそらく二三一が勝つとエテュセは思う。
ただし、二三一が本気で勝とうとすれば、という条件付きである。
真面目で優しいフェミニストな二三一が、少女であるセーラムに本気を出す事が出来るのか。ただでさえ竜ではない事に負い目を感じているセーラムがホームで負ける事になると、余計な恥をかかせる事になるのではないか。
エテュセとしてはそこが心配だった。
念のため、エテュセな二三一に念を押す事にした。
「御前試合、大丈夫なんでしょうね? あんたが余計な手心かけてりして実力も出せずに完敗したら、私が溝を深める努力をする事になるんだからね」
「そこは溝を埋める努力をしようよ。実は俺も不安なんだ」
二三一は大真面目に頷く。
「俺、姫様と真剣勝負出来るかな?」
「おいおい、あんたがそんなんでどうするの? あんた戦士でしょ? 手心加えて実力出せずに負けるのは戦いを汚すことだ、とかそういうのじゃないの?」
「まあ、言いたい事は分からないわけじゃないんだけど、何か姫様に同情しちゃってさ」
「同情って、私達も大概同情の余地があると思うんだけど?」
「ああ、まあ、エテュセは別格だろうけど、俺ってそこそこ早い段階で収容所に入れられたし、そこって亜人ばっかりの環境だったわけじゃないか。でも、姫様は大事に育てられてると言っても、根本的に竜じゃないわけだろ? ここで俺が姫様に勝っちゃったら、姫様立場なくなるんじゃないかな、とか考えると難しいと思って」
「わざと負けてやればいいじゃない。ちょっと実力見せて、その後うわーやーらーれーたーとか言ってやればいいじゃない」
エテュセは簡単に言うが、二三一は首を振る。
「わざと負けるって、言うほど簡単じゃないんだ。それこそ戦いを汚す事になるだろ? 竜の女王はどうか分からないけど、姫様はそこに誇りを持ってるのは間違い無い。上手く負ける必要はあるんだけど、姫様強そうだったから、それだけにわざと負けるってのは難しいんだよな」
「じゃ、勝てばいいじゃない。ここにいられなくなったら、メルディスのところに預ければいいんだし。少なくともシェルの親衛隊より安心出来るでしょ? 竜と同盟するとなったら、どうせその証明として姫様はこっちに預けられる事になるでしょうから、丁度いいわよ」
「良くねえよ。そんな事言ってると、姫様とメルディス女王の両方から怒られるぞ」
「姫様はともかく、メルディスは本気で怒りそうね。それは怖いな」
「姫様も充分怖そうだって。俺だって御前試合では上手くやろうとしてるんだから、エテュセの方から余計に怒らせないでくれよ?」
「私の方は竜の女王様から見張られてるから、無理よ」
竜の女王ラーは終始にこやかで穏やかだったが、その時にここに滞在中は女王と行動を共にしてもらうと宣言された。
疑っている訳ではないが、無用の誤解を避ける為と言う事と、女王が同盟に乗り気だと言う事を周りにアピールするのが狙いだとラーは言っていた。
政治的なメリットを上げられると、エテュセとしても断りにくい。
西の大地では知恵者として名を馳せるエテュセではあるが、それは率先して行動しているのが彼女しかいない、という相対的なモノであって、ラーのような真の智者に対しては敵わない事を思い知らされる。
「いや、あんたは充分に知恵者だよ。ただ上には上がいるってだけで、偽物ってワケじゃない」
「私のフォローはいいわよ。あんたは姫様との御前試合に集中しなさい。もしくは、御前試合をせずに済むくらい、姫様の信頼を得なさい」
エテュセの言葉に、二三一は驚いている。
「どうしたの?」
「その手があったか」
「どの手?」
「結局のところ、俺達に信頼出来る隣人だと思われていないから、実力を示せって事になってるんだよな? つまり、信頼に値するという事が分かれば御前試合自体必要無くなるって事になるはずだよな?」
「でも、実力を示すのに一番手っ取り早いのが御前試合なんでしょう?」
「それが問題なんだよな」
ここへ来た時に声をかけてきた女性の声の竜など、最強の生物である事を自負して誇りにしているのは見て取れた。
そんな生物に誠意を尽くしたとしても、実力を見せない限り納得しないだろう。
だが、そこに妙な違和感がある。
竜の姫というのは、そこまで信頼されているのだろうか。
実力を示されない限り相手を信用しないというのは、全くわからない話ではないにしても、その総意を決められるくらいセーラムは竜に認められているのだろうか。
エテュセには、そうは思えない。
もちろん同じ立場ではないので実際のところはわからないのだが、それほどの実権を持ち、竜の総意と言えるほどの実力があるとすれば、今のような負い目を感じる必要などないと思える。
「そういうものじゃないと思うよ」
エテュセの考えを、二三一は否定する。
「エテュセにはわかりにくいかもしれないけど、どれほど幸せでも義理の親に育てられた子ってのは、生みの親に会いたいとか考えるモノらしいよ。育ててくれた親への感謝の念は失われないのに、逆に実の親でもないのにと負い目に感じるモノだ。姫様もそうなんじゃないかな?」
「うーん、確かに私には分からないわね」
エテュセは素直に頷く。
彼女自身、自分がどこで生まれたかわからず、親も知らない。気が付くと亜人の集団の中にいたし、それからしばらくするとその集団はなくなり、単独行動するようになった。
もしエテュセに親のような存在がいるとすれば、それは名前をくれた少年であり、その後エテュセを鍛えた『銀の風』がそれに当たるかもしれない。
が、そういう事に対する負い目というのは、やはりエテュセにはよく分からなかった。
「で、エテュセは明日も女王様とおしゃべりか?」
「その予定よ。女王様だけじゃなくて、アリアドリも交えてお堅い政治的なお話。あんたも一緒に加わる?」
「俺は姫様とデート。その情報はちゃんと持ち帰るから、それも判断材料にしてくれ」




