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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花
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第一話 収容所-3

 明日から授業に参加する事になっている六の少女なので、今日からは診療所では無く寮の部屋に割り当てられている。六の少女の部屋はメルディスと同じ部屋で、狭い部屋だが五人部屋である。

 校舎の方の教室はほとんど使われていないのだが、寮には全ての亜人が入れられるので、ほとんど全ての部屋に亜人は詰め込まれている。

 これには寮の部屋数だけではなく、立地の問題もある。

 この収容所のある地域は世界地図の北西端にあり、冬の期間が長い。冬になると外で生活する亜人達は、凍死の危険にさらされる事になる。

 それ程気温の下がる地域であるにもかかわらず、収容所での防寒具は毛布くらいしか与えられていない。そのため狭い所に多人数が集まって暖を取ると言う方法は、効率が良いと言える。

 六の少女と相部屋になったのは、メルディスの他には三人。それぞれが番号で管理されている。四、十一、十二の三人で、連番の十一、十二は同時に捕らえられたため連番になったらしい。

「初めまして。私、四番。貴女が六番?」

 四の少女が六の少女に尋ねてくる。

 四の少女はメルディスと同じ種の亜人らしく、大きく先の尖った耳が特徴の少女である。さすがにメルディスと比べるのは可哀想だが、それでも四の少女も十分な美少女と言える。

 メルディスとの違いは、四の少女の目には六の少女に対して強い好奇心が浮かんでいる事である。十一、十二の二人は耳と尻尾で獣人である事は分かる。寒いのか怯えているのか、二人は身を寄り添って震えている。

「私、怖がられてる?」

 六の少女は二人の獣人の少女を見ながら、メルディスと四の少女に尋ねる。

「そうね。貴女は恐れられても仕方がないわよ」

 メルディスが苦笑いしながら言う。

 六の少女は評判だけですでに恐れられているのだが、金色の瞳を向けられると、怯えてしまうのも無理無い事である。四の少女の様にむき出しの好奇心を向けてくる事の方が、珍しいと言えるのだ。

「夕飯は食べた? 私達はまだだから、一緒にどう?」

「そうしましょうか」

 四の少女の申し出に、メルディスが乗ってくるので、六、十一、十二の三人も一緒に食堂へ行く事にした。


 亜人収容所の食堂にはまともな調理場は無く、ろくな保温もされていない壁側一面のクリアケースの中に、それぞれの番号が振られた皿が数百枚並べられている。

 自由に皿を取り出せる状態ではあるが、それぞれの皿の上には得体の知れない干物の様な何かが乗っている。

「これが貴女のよ」

 メルディスが六番の皿を取り出す。

「このままでも食べられない事は無いけど、温めた方がまだ食べられるわよ」

 横から口を出してきたのは四の少女だった。

 食べるのにすら困り、基本的に常に飢えている亜人達なので、ここまで無造作に置かれている食料は他の者に取られるリスクがあるはずだが、それでもきっちり残っているには、理由があるという訳だ。

「温める?」

 六の少女は皿を受け取って、四の少女に尋ねる。

「え? 魔力を込めるだけで温められるでしょ?」

「四番さん、六番さんはまだ授業を受けていませんので、魔術を使えないのでは無いですか?」

 獣人二人の内、片方が四の少女に言う。

 おそらくコチラが十一だろう。似通った体型の獣人の少女達だが、先に話しかけて来た方が少し大きく、常にかばっている様な立ち方からイメージとして先の数字の十一、庇われている方が十二と六の少女はイメージした。

「あ、そっか。でも、保温出来ないと外は寒いでしょ? 大丈夫だった?」

 四の少女は本当に好奇心旺盛らしく、六の少女に尋ねてくる。

「その気になれば何とかなるわよ」

 六の少女は謎の干物の様な食べ物の匂いを嗅ぎながら言う。

 匂いは無い。見た感じは厚みのある干物だが、切り出しているのだとすればかなり大きめの魚だろう。もっとも魚かどうかも分からないのだが。

 六の少女は冷たい状態ではあるが、とりあえず口に入れてみる。

 冷たく固く、塩辛い何かで、例えるなら塩で味付けした樹皮といった感じである。

「何コレ?」

 六の少女は謎の干物を噛みながら、周りに尋ねる。

「飢えを凌ぐだけでなく、一日の栄養を補う食べ物よ」

 四の少女がにこやかに言う。

 メルディスが言うには、診療所で食べていたお粥の様な食べ物は、この謎の干物を砕いてお湯に浸し、消化しやすくしたモノらしい。

 ここであえて固形にしてあるのは、空腹を満たす為にワザと長時間噛み続ける様になっている、と言う事だった。

 この干物一固まりが一日分の食料であり、基本的には砕いたり切ったりして数回に分けて食べる事になる。

「温めると美味しくなるの?」

「美味しくはならないわね。食べやすくなるくらい」

 四の少女はそう言うと、自分の皿に残っていた干物を手に取る。十一と十二の少女も同じように手に取ると、干物の色が赤みを帯びてくる。

「じゃ、私のもお願いしていい?」

 六の少女が食べかけていた干物を四の少女に渡す。

「ええ、はい、どうぞ」

 四の少女はすぐに温めた干物を返して来たので、六の少女は改めて口に入れてみる。

 冷たくなくなったと言うだけで、硬さは相変わらずで味も相変わらず塩辛いだけの樹皮を噛んでいるのと変わらない。それでもこの地域で冷たくない食べ物というだけで、確かに食べやすくはなった。

 四、十一、十二の三人は一日の最後の食事なので干物も小さかったので食べ終えたが、六の少女は食べながら移動になった。

 食堂にあるのはこの干物の皿の他、水を入れたポットとグラスが山程あるが、調理用具だけでなく火を起こすモノも無い。

 収容所側は徹底して亜人の暴動に対策を練っている。そのため凶器になりそうな刃物は果物ナイフであっても、手の届かない所においている。

 食堂の隣りには浴場がある。かなり大きな浴場で、二十人ほど入ってもまだ余裕があるくらいの広さであるが、部屋によって使用日が決まっている。

例外として担当官の立会いの元であれば使用できると言う。

 どうにも歪んだ何かを感じさせる使用条件ではあるが、路上生活が基本生活だった六の少女は他の亜人達と比べると生活水準が著しく低かったため、さほど不便には感じない。

 今も噛み続けている謎の干物も、空腹を満たせるというだけで十分満足出来る。

 寮の施設はその程度であり、あとは居住区と倉庫に当てられている。

 毛布程度とはいえ、防寒具と粗末ながら衣類も用意されているが、収容されている亜人だけで五百人に上り、それぞれに最低限の物資を用意となるとそれもそこそこの量になると言う事である。

 部屋に戻っている途中、メルディスが所員の男に呼ばれて何処かへ行ってしまったので四、六、十一、十二の四人で部屋に戻った。

 十一と十二の獣人姉妹はずっと六の少女を警戒しているらしく、床の準備にしても右から六、四、メルディス、十一、十二の順に並ぶ事にした。

 六の少女は意味も無く嫌われるのは街での生活では日常的だったので、そこに嫌悪感は無い。

 むしろメルディスや四の少女の様に、自分を気にかける存在の方が珍しく、どう接していいのかが分からない状態だった。

「ねえ、貴女、本当の名前は?」

 部屋には灯りが無いので、日が暮れると同時に夜の闇が訪れる。

 魔術を使える者であれば光源の確保など造作も無い事ではあるが、それで自身の担当官から目を付けられて、『教育』の口実を与える事を亜人達は恐れているので、暗闇の中で囁き合うのが寮での数少ない娯楽らしい。

 新人となれば、なおの事なのだろう。

 もっとも、この収容所では十一、十二の様に一定の距離を保ち、出来るだけ不必要な接触を避けるのが一般的であり、四の少女の様な年相応の好奇心を持ち続けている方が希少である。

「私は四番って番号付けられてるけど、ホントはモーリスって言う名前なのよ」

「四番さん、名前を名乗ると罰を受けますよ」

 心配になったのか、十一の少女が四の少女に注意を促す。

「大丈夫よ。ここ、壁は薄いけど声は外に漏れない様にしてるから」

「でも、魔力で監視盗聴されてるかも知れないじゃないですか」

 十一の少女は強い警戒心から、四の少女に言う。

 そこまでやるのは効率の面からもあまり意味が無さそうではあるが、この収容所の徹底振りを見る限りではあり得る事として警戒するべきだと六の少女も思う。

「名前、か。私には名前が無いのよ」

 警戒してはいるが、この話自体は続けた所で罰せられる理由が無い。

 まあ、罰を与えるのに理由が必要かどうかは別問題ではあるのだが。

「え? 名前が無いの?」

 意外な事に食いついてきたのは十一の少女だった。

「別に珍しくは無いでしょ? 私の周りには何人かいたよ?」

 単独行動の多かった六の少女だが、時には集団に合流して逃げ隠れしていたが、少数だったとはいえ、名前を持っていなかったのは六の少女だけではなかった。

「何でこの収容所で名前を奪うか、分かる?」

 四の少女が尋ねると、六の少女は首を振る。

「姉さん、もう止めた方が良いです。話を止めて下さい」

 泣きそうな声で十二の少女が言う。

「待って。これは寮のルールに関する事だから、新人には説明した方が良いのは確かなのよ。何かあったら、貴女は止めようとしたって言いなさい」

 十一の少女が十二の少女に優しく言う。

 今の発言から、何か違反があった場合、連帯責任として同部屋内の亜人全員が罰を受ける事もある様だ。

「名前には存在を示す力があるって言われてるわ。その人の中に眠る真の力の一端が名前であって、それを奪う事で力を封印するの。だから、この収容所で自分の名前を名乗る事は、力を行使して反逆の意思有りとされるのよ」

 十一の少女が説明する。

「でも、六番さんに名前が無いって事は、貴女は自分の力を発現する最初の一歩さえまだ踏み出せてないって事なのよ」

 四の少女が心配そうに言うが、六の少女としては苦笑いしか出来ない。

 この地域が迷信深い事は、この亜人収容所や不死王伝説を信じている事でも分かるのだが、名前と言うモノにもそう言う信仰めいたモノがあるとは知らなかった。

 六の少女はまったく信じていなかったが、あれほど警戒心の強かった十一の少女が話に参加してきたり、収容所のルールの中に名前を名乗る事を禁じている旨が記載されているところを見ると、根深く信じられているのだろう。

「私達で名前を考えてあげようか?」

 四の少女がそう言うが、六の少女は首を振る。

「気持ちはありがたいけど、名乗れない名前はもらっても意味が無いわ。気持ちだけもらっておく事にするから」

「そうよ、四番さん。六番さんの言う通り。下手に名前を与えても、ここでは意味が無いし、それで罰を受ける事になったら六番さんも可哀想よ」

 十一の少女に諭されて、四の少女も納得したように頷く。

「そうね。与えられるべき時に与えられるのが真名らしいから、私じゃその責任は背負えないわ」

 四の少女は苦笑いする。

(へえ、名前ってそんなに重要だったのか)

 生きる上で必要とは思えなかったので、ソレに関して持っていない事を特に負い目には思っていなかった。せいぜい呼ばれる時に特徴で呼ばれるくらいであった。

(名前、か)

 メルディスやルーディール、所員であるスパードなど、この収容所では役職のある者だけが名前を名乗る事が出来る。所長も名前の信仰者と言う事が分かる。

 もっとも、固有名詞より番号の方が管理しやすいという、収容所ならではの理由もある。

「名前の事は良いわ。これまで街で生活してたのよね? 何か面白い事あった?」

 四の少女は尋ねてくるが、六の少女は首を振る。

 少女の街での生活は毎日を生きる事に必死で、何かを楽しむ様な余裕のある日々では無かった。

 毎日の寝床と食料の確保に追われ、亜人を捕らえようとする者達に怯える毎日。夏の季節ならまだしも、短い春や秋であっても凍死の危険性はついてまわる。

 冬になるとまともな食料は手に入らず、何より凍死の危険性も跳ね上がる。

 そんな中で生き延びる事だけを考えてきた少女である。年相応の楽しみや娯楽とは縁遠い生き方を強いられてきた。

 食べ物の好き嫌いの話にもなったが、六の少女はまともな料理とはまったく縁が無かったので、答えようが無かった。

 基本的には捨てられている残飯が主食であり、腐った果物の腐っていない部分や、夏には川魚や獣を獲って他の亜人達と食べたり、冬は木の皮を剥いで飢えをしのいでいた。

 どうしてもの場合にはそのままかじる事の出来る野菜や果物を盗む事もあった。

「何か、私達ってまだ恵まれてたのかも」

 六の少女の生い立ちの話を聞いていた十一の少女が、唖然として呟いた。

 警戒心の強かった十一、十二の少女も相当厳しい生き方を強いられていた様だが、それでも六の少女の生き方は想像を超えていた。

「私も死にたくなる事はたくさんあったけど、上には上がいるのね」

「そうなの? 私の周りはそんな人達ばっかりだから、亜人種は皆同じ様な生活をしてると思ってたけど」

 六の少女は首を傾げる。

 だが、納得出来る部分もあった。

 六の少女とその周りにいた亜人達は全力で生きる事だけを考え、追手から逃れ捕まらない様に生きてきた。そこに余裕は無かったが、だからこそ逃げ続ける事が出来たのだ。

 ここに囚われている亜人達はそうでは無かったらしく、常に安全な生活があり、明日も当然今日と同じ日が来ると思っていたのだろう。

 六の少女はそれを幻想だと知っている。

 ただ生きる事、それだけの事がどれほど過酷かを、この収容所の亜人達は大して知らなかったという事だ。

 六の少女の心配はこの亜人収容所の生活それ自体より、この気楽な亜人達との集団生活が、とても上手く行きそうにない事の方が大きくなっていた。

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