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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花
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第一話 収容所 1

第一話


 少女の収容所での生活は、診療所から始まった。

 しかしそれは、少女が特殊と言う訳では無い。亜人の中には黙って捕まるのを良しとせずに抵抗する者も少なくない。その抵抗を黙らせるため、所員の大半は暴力に訴える。

 身体能力に優れた亜人などは特にひどく痛めつけられる事になり、診療所に運び込まれたまま帰ってこないという事さえも、さほど珍しい話では無い。

 本来ここに入れられた際に、施設の説明や入寮に関する知識、所内でのルールなどを説明しなければならなかったが、その説明をスムーズに行える事の方が今では例外となっている。

 診療所にいる主治医は側頭部から羊の様な巻き角が生えた亜人の女性で、クセの強い短い髪と幼く見える外見から、実年齢より年下に見える。

 名前はルーディール。彼女の出身はかなり離れたところであり、収容所の為に別地区から呼ばれた医師であるため、亜人でありながらもここの亜人とは扱いが違う。

 それでも所員の大半からは忌み嫌われ、近付く事さえ嫌がられている。

 収容されている訳ではない為、収容されている亜人からも時には恨まれる事もある。もちろん本人に悪気は無いし、治療を受ける亜人達も頭では分かっているのだが、それでも恨み言をぶつけないとやっていられない事もあるのだ。

 ルーディールはその事を理解し、それらを受け入れている。

 そう言う事もあって、ルーディールの信頼は厚い。

 この診療所では、主に外傷の治療を行なっている。

 ルーディールは医師としても有能なのだが、専門が外科であり、治癒魔術も外傷に対しては見て分かる効果がある。

 内科治療の知識もありはするが、その効果は見て分かるもので無い事が多く、優先順位が低くなるのだ。

 収容所へ連れてこられた時、最初にここが運ばれる場所である事は多いが、収容されてからの生活の中で診療所へ運ばれてくる事も、そう珍しくはない。

 一つには強制労働現場での事故がある。

 人間より身体能力が高く、人件費が安く、保障も必要無いとなれば重労働の現場では重宝される。危険なところに優先的に送られるので、当然怪我なども多くなるのだ。

 そして、収容所所員による暴行である。

 名目上は『定められた規則に対する違反を正すための、必要に応じた折檻』という事になっているが、亜人を捕らえる時の事実上の無差別殺人を許している文言といい、この収容所での『定められた規則』というモノはその都度形を変える。

 暴行を働く所員によって、いくらでも都合よく解釈出来るように書かれているのだ。

 つまりどの様な生活をしていたとしても、所員による暴行を必ず避ける方法というものは無く、その日の気分で行われる一方的な命のやり取りを楽しむ戯れであり、選ばれた者も選ばれなかった者も無事を祈るしか無い。

 さらに言えば、その時には選ばれた人物一人で満足する事さえも祈らなければならない。

 それは他者の犠牲によってのみ確保出来る安全であるため、亜人達には後ろめたさと罪悪感が蔓延し、反抗心を薄れさせていく。

 それが所長の掌握術なのか、やりたい放題やった結果として誕生したものかは分からない。

 これまでの知識は、最初にこの収容所に入った時に教えられる事になるはずだったが、少女は診療所のベッドの上で女医のルーディールから教えられた事である。

 少女の苛烈な意思を感じさせる雰囲気を読み取ったのか、ルーディールは必要以上に入念に説明していた。

 最初に運ばれてきた時の少女は栄養失調による衰弱と全身打撲、さらに数カ所の骨折などもあり、医師の目から見たら全治数ヶ月だった。

 しかし少女はルーディールも驚く様な回復力を見せ、ルーディールの治癒魔術の効果も大きく二週間程でほぼ完治していた。

 治療中の少女も、この時は大人しかった。味と量、好みは別にすれば決まった時間に食事が運ばれてくる。質に文句をつけなければここにはベッドと寒さを凌ぐ毛布もある。

 後日の事まで考えなければ、今すぐ逃げなければならないという必要も無い生活を送る事が出来る。

 そして、ここには本がありこの場で読むのであれば、読んでいる時に人目を気にして気付かれ次第全力で逃げる必要が無い。

 最初は枕替わりに置いてあった分厚い本を読んでいたが、一心不乱に本を読み続ける少女の姿を見たルーディールは、試しに凶器にもなりそうな程の厚さの本を五冊用意していたが、いい具合に集中して読み始めていた。

 並外れた読書家なのか、それこそ寝食を忘れて読み耽っているので、ルーディールとしては手がかからず治療に専念する事が出来た。

 捕らえる時の大立ち回りの話や、栄養失調ながらも運動能力に優れる筋肉の付き方などは動く事に適しているのも分かるので、体力が戻れば大暴れするのではないかと心配していた。

 しかし少女はそういうタイプでは無かったらしく、意外なほど理知的な性格だった事にルーディールは驚きもしたが、安心もした。

 収容所に来たばかりの少女には知り合いはいないので、少女を見舞いに来る者はメルディスくらいしかいなかったが、読書している少女にとってそれはどうでもいい様だった。

 この少女にどれほど手を焼かされたのかを聞いているメルディスも、ルーディールと同じ心配を抱いて見張りも兼ねて見舞いに来ては、ここのルールを念入りに話していた。

 メルディスなりに少女の事を心配しているのだ。この収容所に長くいるという事は、それだけ多くの死を見てきたと言う事になる。

 メルディスはこの収容所では極めて特殊の存在なので、この収容所でも他の亜人とは違う。彼女は他の亜人の犠牲の上に立つ存在と言う事を、誰よりも自分がよく知っている。

 それだけにメルディスは無駄な争いや諍いをしてほしくないと、本気で考えているのだ。どう考えてもこのまま大人しくしている様な少女では無いので、メルディスの心配は尽きない。


「こんにちは」

 少女が収容所に運ばれてきて二週間ほど経った時、メルディスが日課になりつつある診療所への少女の見舞いにやって来た。

「また本を読んでるの? 本当に本が好きなのね」

 少女は分厚い本から顔を上げメルディスに会釈すると、また顔を本に戻す。

 今少女が読んでいる本の厚みは両手用の大剣の斬撃さえも受け止められそうな厚みだ。この少女がいかに読書家かと言うと、同じ様な厚みの本をすでに十冊程読破している事でも分かる。

 当然の事ながら魔導書などの類では無く、歴史や伝記、古典文学や戯曲などの、危険分子と警戒されている亜人が読んでもまったく害の無い物だったが、少女は熱心に読んでいる。

「あら、メルちゃん。最近よくお見舞いに来るわね」

 ルーディールが笑顔でメルディスを迎える。

 この少女が来てから、所員や収容所に入れられている亜人達も何かするのではないかと警戒していた事もあり、診療所に運ばれる亜人も少なかった。

「ルー先生、どうですか新人の様子は。大人しくしてますか?」

「今は本で釣れてるから大丈夫よ」

 会話は聞こえているはずだが、少女は興味を示さない。

「油断しないで下さいね。その新人さん、所員の方々を相手に大捕物を演じてたらしいですから」

 メルディスは冗談めかしてはいるが、その話はすでに収容所内でも有名な話になっている。もちろん尾びれ背びれも付いている。

 収容所内では娯楽が無いので、結果的には捕らえられる事になったとはいえ最近では無かった話なので、広まるのも早い。

 それだけに所員だけではなく、中の亜人達も回復次第すぐにまた暴れるのではないかと心配しているのだ。

 一方のルーディールはその話を聞いた時、医師の視点からとても信じられない思いで眉を寄せたものだ。

 ルーディールが少女を診た時、とても飛んだり跳ねたり走り回ったり出来る様な状態では無かった。暴行の跡があったのはその捕物の後に行われたとはいえ、衰弱の程度は暴行によるものではない。

 打撲や骨折が無かったとしても、あれほど衰弱した状態では二本足で立って歩くというだけで奇跡と言えるような状態だった。

 この収容所の中で話されている内容が事実だとは、信じられなかった。

 ルーディールが驚いている少女の特異体質と言える身体能力や異様な自然治癒能力を知っている亜人は、今のところルーディールの他にはメルディスしかいない。

 メルディスはその身体能力を知っているからこそ、しつこいくらいに見舞いに来ては念を押している。それだけの能力を持っていればなおさら、この少女が大人しくしているとはメルディスには思えなかったのだ。

「で、今は何を読んでるんですか?」

 メルディスの質問に対し、少女は分厚い本を持ち上げてメルディスに本のタイトルが見える様にする。

「これ、ルー先生の趣味ですよね? いっつもラブストーリーばっかり読んでる気がするんですけど?」

「面白いでしょう?」

 ルーディールは満面の笑顔で言うが、考え過ぎかもしれないがこの少女に戦記や戦史などの歴史書や物語を読ませると余計な知識を与えかねない様な気がしていたので、明らかに問題にならない本を持ってきていた。

 少女の方は好みも何も、本が寝転がって読める環境と言うのが新鮮であり、またルーディールの選んだ本も面白かったので文句を付ける事もしていない。

 医師や薬師としても高名なルーディールは、今では希少な治癒魔術の使い手という事もあり、魔術に助けられている。

 あまりの効果の高さにルーディールも驚かされる程だったので、少女が本を読んでいない時にはルーディールによる魔術講座も行われていた。

 ルーディールはこの手の話が好きらしく、興味深そうに聞いている少女に魔術理論をよく聞かせた。魔術理論の基礎と言うには難解な内容で、聞いている少女にはほぼ理解出来ない話ではあったが、気持ち良く話しているルーディールに水を差すのも悪かったのでずっと話を聞いていた。

 しかし、まったくの初心者に聞かせるには余りにも難解そうだと言う事にルーディールも気付いた様で、途中からは基礎的な話だったり、持って来た本の内容予告の話の事が多くなった。

 少女としては診療所内でのメルディスやルーディールの会話に、奇妙な違和感を覚えていた。

 この二人はここでの会話は意図的に明るく話している様で、無理にでも笑顔で話そうとしている印象が強い。

 どちらかといえば、この二人の方が少女の前で現実から逃げようとしているとも思えた。

「でも、メルちゃんも忙しいんじゃないの? こんな毎日ちょこちょこ来てて大丈夫なの?」

「もちろん暇を見つけてから来てますから。それに忙しさで言えばルー先生の方が忙しいんじゃないんですか?」

「このところはこの子だけだから大丈夫よ」

 ルーディールは笑顔で答える。

 この所内だけであっても、日常的に行われる虐待は命に関わる程重いものが多く、それだけでも医師は多忙なのだ。

 強制労働に出された亜人の治療などに呼ばれる事などもあるので、場合によっては寝る時間も無いくらい忙しくもなる。

 この少女の治療をしている時には、幸運にもそう言う事が無かったので珍しくルーディールは一人の治療に専念する事が出来た。

 ルーディールが強制労働に出た亜人の治療に呼び出された時には、初歩的な治癒魔術を使う事が出来るメルディスが診療所に残る事になる。

 優先順位としては収容所の者を治癒させ、大きな事故や多数の負傷者が出ない限りルーディールが収容所を離れない事になっている。

 また、どれほど手が足りないと言われてもメルディスが収容所から出る事は無い。

 収容所に集められた亜人の大半は強制労働に出されるが、所内に残る亜人には『商品』としての側面がある。

 そのほとんどが女性、しかも年若い少女と言う事もあり、ルーディールがケアに当たる。

 収容所に残る亜人は所員による虐待の恐怖にさらされる事になるが、それが『商品』という側面を持つ以上、投薬などの治療より即効性の高い治癒魔術による回復を必要とする事があるので、助手のメルディスも治癒魔術を使う事を要求されていた。

 それはつまり、それくらいしなければ回復が追いつかない、という事でもある。

 と言う話をメルディスとルーディールは、少女が本を読んでいるベッドの横で話していたので、少女はわざとらしく咳払いする。

 二人共この場で話す内容では無かったと言う事に気付いた。

「あ、あの、あんまり気にしないで良いわよ。ねえ、ルー先生?」

「そ、そうよ。あくまでごく一部なんだから」

 二人は慌てて言い訳するが、その言い訳が正しいとすればこの診療所の一番奥にあるベッドに寝かされた者の死亡率は、ごく一部だけでも九割を超えると言う事になる。

 今のところ、メルディスはこの診療所のベッドにお世話になった事は無いらしい。

 光りの当たり方によっては蒼くさえ輝く神秘的な銀色の髪と美貌もさる事ながら、メルディスには生まれついての気品によるカリスマ性があり、収容所に集められた亜人達を統括する役割も担っている。従順で争いを嫌う性格と言う事もあり、収容所側からすると統括させるのに理想的な人物と言う事でもあるのだろう。

 そのため直接的な暴力にさらされる事は少ないものの、彼女は口に出さないが、人目に付かないところでは所員による性的な虐待を受けていると言う噂をルーディールは聞いた事がある。

 真偽の程は確かめていない。メルディスも話したがらない事なので、無理をしないようにだけルーディールは伝えている。

「あ、そうだ。そろそろここから寮の方に移る事になるから、貴女にも色々と教えないといけないと思ったのよ」

 メルディスは話題を変えると言う事もあるが、本題に入る。

 本来なら収容所に入った初日に行うはずだった、施設内の説明である。

 まずは少女の名前。この収容所に入れられた時から、その亜人は名前を剥奪されて番号で管理される事になる。

 それ以降、自身の名前を名乗る事は罰則に値するのだが、元から名前を持たない少女は番号で管理される事に抵抗は無かった。

 少女に与えられた番号は『六』だった。

 この収容所では欠番が出たところに入れ込んでいくので、収容所に残る亜人の数は百人近くいる中で一桁の番号を与えられる事になったのだが、この施設内では番号の大小に意味は無い。

 この収容所の『商品』の側面を持つ収容所に残る亜人達にはそれぞれ担当官として、一人所員が付く事になっている。

 『六』となった少女の担当官はスパードと言う名の男性所員であり、牢の中で美少女メルディスと共に現れた男がそうだという。

 担当官が付いていない亜人は、メルディスとルーディールの、名前を持つ例外の二人だけである。

 担当官の仕事は入所者へルールを守らせるための監視と教育とされているが、亜人達の生殺与奪はこの担当官に全面的に握られている事になる。

 この担当官の『教育』が暴力による虐待であり、収容所に残る亜人の死因になっている。

 スパードと言う男は、所員達の中では例外の人物であるらしく基本的に亜人を担当する事は無い。

 彼の仕事は所長の身辺警護であるのだが、どう考えても従順とは思えない『六』の少女の担当を誰もやりたがらなかったため、押し付けられる形でスパードが担当する事になった。

「明日はスパードさんと顔合わせ。その後に私とスパードさんと一緒に施設内の案内。その翌日から皆と授業を受けてもらうわ」

「授業?」

 メルディスの説明に六の少女は尋ねる。

「授業ってどんなもの?」

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