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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花

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第三話 終わりを待つ日々-2

 イリーズ達は森の中にある古城に住んでいる。

 大昔には王族だったらしいイリーズの先祖が代々使っている城らしいが、イリーズが知る限りでは、今は亡き母と乳母くらいしかいなかった。

 この古城に新たな人物が加わった。

 名前も知らない、片足の少女。

「二人にはやっぱり話しておいた方が良いと思うんですけど」

 イリーズは片足の少女を部屋に運び、ベッドにうつ伏せに寝かせるとサラーマとウェンディーに言う。

「何をだよ」

 サラーマはすぐに尋ねる。ウェンディーも少女の治療にかかっていなければ、同じ様にイリーズに尋ねていたところだ。

「彼女は、僕と同じ呪いを受けているみたいですよ」

 イリーズが少女を見ながら言うと、サラーマとウェンディーは言葉も出ないくらいに驚いている。

「て事は、何か? 断崖の向こうにこの呪いの術者がいるって事か?」

 サラーマの目付きが変わる。

「だったら話が早い。ぶっ殺しに行こうぜ! そうすりゃ、この馬鹿げた呪いも無くなるんだろう?」

「幾つか問題があるから、現実的じゃないですよ」

「何でお前がそんなに他人事なんだよ。結構大事だろ?」

「少し落ち着きなさい、サラーマ。イリーズ様、どう言う事ですか?」

 ウェンディーは少女の背中に治癒の魔術を施しながら、イリーズに尋ねる。

「まずは今が冬と言う事。断崖を登るのは魔術の力無くしては不可能ですけど、雪を避けて熱を保って、その上で浮遊の魔術を使う必要があります。サラーマとウェンディーなら断崖を超える事は簡単でしょうけど、呪いの術者に勝てますか?」

「俺、めっちゃ強いぞ?」

「それは知ってますけど、相手は禁忌の魔術の使い手です。どれくらい強いかは、サラーマも知っているでしょう?」

「イリーズ様の言う通りです。私達では勝てませんでした。勝つ為にはあの黒い剣の力が必要でしょうけど、あの剣は私達では扱えませんから、イリーズ様に協力していただかないと」

 ウェンディーの言葉に、サラーマは唇を噛む。

「そもそも僕達では術者を特定出来ないかも知れません。僕はおそらく力の流れで特定出来るかもしれませんが、僕はすでに呪いを受けています。僕が特定出来る様に、術者も僕を特定できるでしょう。僕が剣を抜く前に勝負はつきますよ」

 イリーズは淡々と言う。

 冷静であればこそこの状況に希望は無く、正しく絶望を受け入れているからこそ正確に判断も出来る。

 イリーズは、生まれた時から呪いを受けていた。

 百年以上前にこの地で起きた戦乱による、負の遺産である。

 当然の事ではあるが、イリーズも文献や母から伝え聞いただけで実際に見た訳では無いので、知っている事は少ない。

 当時この地では人間と亜人による大規模な戦争が行われていたという。

 双方に退けない理由があり、多数の屍の山を築き、やがて勝つ為の手段さえ選ばなくなっていった。

 今となってはそれが何故始まったのか、どちらが先に仕掛けたのかなどを知る術はないが、その戦争は予想外に悪い結果を生み出して終わる事になる。

 イリーズの先祖に当たる王軍の中にいた宮廷魔術師の一人が、禁術とされている『魔獣の落し子』による無差別攻撃を行なったのだ。

 禁術のほとんどが圧倒的な攻撃力を誇るものだが、この『魔獣の落し子』はその攻撃力より根深い悪意の方が問題である。

 正式にはこの魔術は召喚術にあたる。

 この魔術の悪意は、召喚した直後には見る事は出来ない。元々『魔獣の落し子』は極小の召喚獣であり、人体に寄生する。ここまでであれば、禁術どころか通常の召喚魔術の中でも最弱だろう。

 この魔術が禁術とされるのはその後の効果である。

 一度寄生した『魔獣の落し子』は宿主の中に特殊な結界を張り、宿主の魔力や生命力といった能力を術者へ送る能力がある。

 問題はここからである。

 この召喚獣は術師へ力を送る傍ら、自身の強化も図る。宿主から搾り尽くしたら、成長した『魔獣の落し子』は、細かく複数体に分かれて飛散してさらに多くの人物に寄生していく。

 この召喚獣の驚異は、一度召喚して寄生させると術師が良しとするまで周囲の人間を無差別に殺戮を繰り返し、術師のみが強化されていく。術師が良しとしない限り、その近辺には術師以外の生きとし生けるもの全てを食い殺していく事である。

 この召喚獣の恐ろしいところは、その無差別の殺傷力だけではない。最大の問題は、この召喚獣は通常時には肉眼で見る事が困難である事にある。

 周囲の人間にはまず術者を見つける事は出来ない。術者は周囲の人間に隠れながら、召喚獣を操り感染した者の死期を操る事も出来る。

 術者が特定出来る頃には、術者の強化は周囲の者には止められない程になっている。

 宮廷魔術師が特定された頃には、王軍、亜人軍共に非戦闘員込みで死者は五割を超え、王軍と亜人軍は停戦して宮廷魔術師と戦う事になった。

 敵の敵を得て王軍と亜人軍は協力したが、その後どうなったのかは正確には伝えられていない。

 ただ、その戦いの後に世界を分断する断崖が出来たとされているので、宮廷魔術師は断崖の向こうへと送られたのだろう。

 物理的に断崖を作って防げるものでは無い。この断崖は周りに近づくなと教える為に、分かりやすく伝えている。その一方、『魔獣の落し子』を防ぐために世界を分断する断崖の上方には防護の結界が張られているはずである。

 イリーズはベッドで横になっている少女を見る。

 戦いは無理矢理終わりを迎え、亜人も王もお互いの傷を癒す事に専念した。

 亜人達は人間との戦いを辞め、さらに西へと居住地を移す事になった。そして、王軍は各地に散った『魔獣の落し子』を消去していった。

 消去の為には非道な事も行なった。

 王族の力で自らの体に『魔獣の落し子』を移し、死に至る前に感染者を集めていく。そうやって王族は数を減らしながら、自分達のとった愚かな行動の責任をとっていった。

 イリーズはその最期の一人のはずだった。

 この呪いはあと一年足らずで消えてしまうはずだった。

 自分の存在と引換に。

「彼女の呪いを僕に移しましょう。そうすると彼女は助けられます」

「でもそれではイリーズ様のお体が」

 イリーズの提案に、ウェンディーがすぐに拒絶する。

「待てよ、ウェンディー。イリーズの提案には続きがあるんだろ?」

「続き?」

 ウェンディーだけではなく、何故かイリーズも首を傾げている。

「イリーズに呪いを移したら、確かにイリーズの体は今より弱る。だけど、一人呪いを受けていない、黒い剣が使える奴を用意出来る。しかもそいつは術者を特定出来る可能性が極めて高い奴だ。上手くすれば、イリーズも助けられるかも、だろ?」

 サラーマはイリーズに対して尋ねる。

「なるほど、そういう事ですか」

 イリーズは大きく頷いて言う。

「イリーズ様、どちらかといえばそれは私のセリフだと思うんですけど」

「ウェンディー、そういう事なんです」

 イリーズはニッコリ笑って、ウェンディーに言う。

「ただ、イリーズ。俺としてはその女が術者を特定出来れば、と言う条件付きで賛成だ。そうじゃ無ければ、助けても見返りが少なすぎる。呪いを拡散させない手段であれば、この女をここで殺すという手段だってあるんだからな」

「そう言う事じゃないんですよ。僕は誰かを助けたいんです。だから、彼女を損得抜きで助けたいと思ってます。あと、この呪いで死ぬのは二人も必要無いでしょう」

「でも、それはイリーズ様には負担が大き過ぎます。移すのは私にでも良いのでは?」

 ウェンディーはイリーズに言うが、イリーズは優しく笑うと首を振る。

「僕では大した力が無いからこそ出来るんですよ。貴女だったら、術者や『魔獣の落し子』をどれほど強化するかわかりませんから」


「どうですか? 目は覚ましませんか?」

 翌日、イリーズはウェンディーに尋ねる。

 呪いを移して、イリーズは見た目には明らかに弱っていた。

 元々色白で華奢だったイリーズだが、今は色白と言うより肌に張りがない青味さえある白さは健康とは言えない。体型も痩せていると言うより骨と皮だけの、人として最低限の肉付きしか無い。

 一歩間違えば不死者の類に見えてしまう程の弱りようである。

 が、声には張りがあり、瞳にもこれまでにない力強い輝きがある。

 それは自信にも見えた。

 これまでイリーズはただ弱っていくだけの体で、また本人もそれで良いと思っていた。しかし、あの少女を助けたのは間違いなくイリーズである。

 断崖から落下しながら生き延びたのはあの少女の持つ運もあるだろう。しかし、雪の中で意識を失っていたのを助けたのも、背中の傷を癒したのも、呪いをその体から消したのもイリーズ達である。

 それが嬉しかったのだ。

 王族の名残として、西の街や亜人達に助言する事も少なくなかったが、それはイリーズが助けたと言うより、自身の足で立つ手助けをしただけの事である。

 しかし、あの少女は違う。

 あの少女はイリーズが助けなければ、確実に命を落としていた。それを助けられたのだから、イリーズの自信と満足感を与えていた。

 些細な事とはいえ、これまでにない達成感があった。

 だからイリーズは早くあの少女と会話したかったのだが、怪我の具合からも少女は未だ意識を取り戻していない。

「イリーズ、お前は体の調子はどうなんだよ」

 サラーマがイリーズに尋ねる。

「調子は良いですよ。ダルくはありますけど、それはいつもの事ですから」

「あまり無理はなさらないで下さい」

 ウェンディーは心配そうに言う。

 ウェンディーとサラーマの二体の妖精は、気付いたら城に現れてイリーズの身の回りの世話をしていた。

 イリーズが召喚した訳では無い。母や乳母が死んでまもなく城に現れたところを見ると、母か乳母かのどちらかがイリーズの世話をする妖精を召喚したのだろうと考えている。

 それだけにあまりこの妖精達に心配はかけたくないとも思っていた。

「ウェンディーは過保護だな」

 サラーマが笑いながら言う。

 二体の妖精は性格は相当に違う。

 ウェンディーはイリーズを常に心配し、過保護と揶揄されるように常にイリーズの近くで彼の世話に明け暮れている。

 一方のサラーマは自由気ままであり、従者然たるウェンディーと違いサラーマは同等の友人と言う様に、イリーズに接している。

 常に近くに侍るウェンディーと違い、単身で街をぶらついたりもしている。

 それだけにサラーマは、イリーズやウェンディーが持ち得ない情報を持っていたりもする。

「ただイリーズ。お前、呪いを移してから一気にやつれたな。ウェンディーじゃないけど、ゆっくり休んだ方が良いぞ。見た感じには超不健康そうだ」

「今に始まった事ではないですけど。こう言うとなんですけど、正直いつまで動けるか分かりませんから、今は動いていたいんです」

 イリーズは笑顔で言う。

 生まれつき呪いを持って生まれたイリーズは、強い体と言うものとは無縁だった。ただでさえ弱っていた体に、致死の呪いをさらに移した事もあり生命力を大幅に奪われているのは見ただけで分かる。

「その最初の目的がナンパってのも、男としては健全だな」

「そう言うわけじゃないですよ。ただ、僕の周りの話し相手はサラーマとウェンディーだけなんで、他の話し相手が増えるのが楽しみなんです」

「その事なんですけど」

 ウェンディーが言いにくそうに口を挟む。

「あの方の治療をしてて気付いたんですが、あの方の傷は背中だけでは無く、体中傷だらけなんです。これまでどれほど過酷な生き方を強いられてきたかは分かりませんが、もしかすると目を覚まさないかもしれません」

 治療のスペシャリストであるウェンディーの言葉なので、イリーズも眉を寄せる。

 ウェンディーの話では、あの少女には全身に魔術で治した痕が残っていると言う。

 魔術での治療は、ほとんどの場合傷跡を残さずに治療される。しかし、傷の程度によっては治癒魔術では無く、さらに上位の再生魔術を必要とする。

 傷跡が残ると言う事は、治癒魔術や再生魔術を必要とする怪我を繰り返していると言う事である。本来なら傷跡も消す程の魔術を、それより優先する怪我を治す為に使い続けると、傷跡が残るのだ。

 しかも治癒や再生の魔術は習慣性が強く、使えば使う程効果が薄れていく傾向が強い。

 あの少女の体中の傷を見ると、生きている事自体が奇跡と言える。

 ただ、ウェンディーが奇妙に思っている事は、あの少女を治療する為に必要だった治癒魔術を使ったところ、効果が高かった事だ。

 余程の特異体質なのか、常人離れした生命力の持ち主なのか。あるいは、その両方を持っているのかもしれない。

「まあ、精霊が騒ぐくらいだしな。何かあるんだろ?」

 サラーマは対して興味も無さそうに言う。

「そう言えば、俺はあんまりじっくり見てなかったな。ちょっと見てこよう」

 つい先程まで興味のカケラも無かった様なサラーマだったが、急に興味を持ち始めたらしく、少女の眠っている部屋へ飛んでいってしまう。

「サラーマ! イタズラしたらダメよ!」

 ウェンディーがサラーマの後ろ姿に向かって怒鳴るが、そこにはすでにサラーマの姿は無かった。

「まったく。ちょっと怒ってきます」

「まあまあ。サラーマもそこまで無茶はしませんよ」

「だと良いんですけど」

 ウェンディーは溜息混じりに答える。

 従順なウェンディーとは違い、好奇心の強いサラーマなのでとにかく色々とやりたがる。イタズラ好きな妖精、と言うのがサラーマを表している。

「イリーズ様、もし仮にあの女性が目を覚ましても、衣服の用意がありません。昨日までの冷え込みも無くなりましたし、街に買い出しに行きませんと」

「そうですね。冬を越える準備も必要ですから、ちょっと行ってきましょうか」


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