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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花

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第二話 蜂起-7

 収容所内でも滅多に見れるものではない所長の笑顔だが、今は本当に楽しそうである。

(ちゃんと暴れてくれて? 亜人を皆殺し? こいつ、何を言ってるの?)

 六の少女は呆然として、四つん這いの状態で所長を見上げる。

 今は世界は戦争中で、所長は新ビジネスとして亜人の傭兵派遣会社にしようとしていたのではなかったか。それには優秀な亜人は必要だったはずだが、今の発言ではまるで所長がこの場で亜人を殺したがっている様に聞こえる。

「良い顔になってますね。こう言う表情を見たくて我慢した甲斐もありました。せっかくだから、幾つか答え合わせをしましょうか」

 所長はにこやかに言う。

 この笑顔は相変わらず人間味に欠け、亜人収容所の所長では無く、本来のギリク・トゥリアと言う別の何かが出てきている様な感じで、それは人の型の中に入れられた別の生き物にしか思えない。

「何だか得体の知れない噂を聞いたのですが、私が亜人を使ってお金儲けを企んでいると言う事でしたが、そんな事はありません。私は亜人が嫌いですからね。本当はどうにかして亜人を皆殺しにしてやりたかったんですよ」

 共通の趣味の話でもしているかの様な、自然な口調で所長、ギリクが言う。

「何かきっかけがあればと思ってたんですが、他の亜人共は不平不満を言うだけで実行する気概の無い者ばかり。貴女なら実行してくれると信じていましたよ」

「何を、言ってるの?」

「まあ、それは良いんです。私が楽しんでいるので、ソレを説明しておこうかと思って」

 ギリクは楽しくて仕方が無いらしい。

「それから、貴女を引き取りたがっていた不死王の研究機関なのですが、貴女はどう思います? 私は正直に言うと、国の研究機関が不死王がどうとか、頭がおかしいのではないかと思いますがね。大体、あんな伝承を信じる事自体どうかしてますよ。不死王だとか四天王だとか、この手の終末予言は本当に好まれると呆れますよ」

 ギリクは心底馬鹿にした様な口調で、自身が招いた研究機関の事を言っている。

「貴女はそうは思いませんか? 不死王だとか四天王だとか、いつの時代の話だと言いたくなると思うんですが」

「所長は、信じてないんですか?」

「一から十まで全てを信じていない訳ではありません。ただ、あの安い伝承を言葉のままにとらえて研究しようとしている連中の馬鹿さ加減に呆れているんです。これで賢いつもりだから、救いようがない」

 ギリクは首を振る。

「研究する側よりされる側の方が賢いというのも、考えものですね。貴女の方が数倍賢いでしょう」

 ギリクは特に馬鹿にしている様なところはなく、本心からそう思っているのだろう。

「ただ、私はあの安っぽい伝承の中に引っかかりは感じているんですよ? 例えば、不死王にしても四天王にしても、詳細な情報をあえて隠しているところですね。名前や形状、詳細な情報をあえて全て伏せているところには何かあると思っていますよ。例えば四天王にしても、四人ではなく、四つの何か。または、強力な勢力を四つ持っているとか、そういうモノかもしれません。もっとも、研究者を名乗る連中がその事に疑問を持っているかはわかりませんが」

 六の少女は背中の痛みに耐えながら、体を起こす。

「おお、その背中の傷でも立ち上がれますか。案外貴女の様な方が、本当に不死王なのかもしれませんね。生け捕りにして研究機関に引き渡しましょうか」

 まったく無警戒なギリクに、六の少女は不意打ちで魔力の塊をぶつける。

 相変わらず爆音は無いが、雪と有刺鉄線の一部を吹き飛ばす。

 完全な不意打ちで、手応えはあった。

「油断しすぎよ」

 意識は朦朧としてきたが、それでも六の少女は所長を吹き飛ばした事による勝利を味わう事が出来た。

 本当なら笑い飛ばすつもりだったが、背中の痛みと出血でそれどころではない。この状態では奇襲どころではないので、六の少女は診療所へ向かわなければならなくなった。

(降りれるかな、これ)

 六の少女はそう思ったが、爆発で舞い散った雪が不自然に拡散して消失すると、そこにはまったく無傷のギリクが立っていた。

「ちゃんと禁書の類を見つけて、身に付けてくれていたんですね。これで口実も整いました。ただ、独学でここまでの威力と言うのは大したモノです。ここへ来る前は身体能力の高さばかりが噂になっていましたが、魔術師としても有能だった様ですね」

 ギリクは笑顔で、六の少女に言う。

(な、何なの、コイツ。どう言う事?)

 たしかに六の少女が使った魔術は攻撃魔術としては初歩であり、たかが知れているかも知れない。しかし不意打ちであればその一撃でも致命傷になりうる。事実、雪の巨人はこの一撃で粉砕されたのだ。

 しかし、ギリクは無傷で笑顔まで浮かべている。

(防御魔術か)

 防御魔術といっても数種類あるが、六の少女の放った攻撃魔術は確かに命中した。それでも衣服にすらダメージを与えていないと言う事は、攻撃魔術を遮断する防御魔術を張っているという事だ。

 先の雪の巨人を所長が操っていたとしたら、六の少女が攻撃魔術で遠距離攻撃が出来た事は見ていたはずだ。それに備えていたとすれば、それは当然といえば当然の事である。

(頭に血が昇ってたか)

「いや、大したモノですね。話していれば出血性ショックで死ぬかと思って会話を続けていましたが、死ぬどころか私に牙を剥きますか」

 ギリクは感心した様に言う。

 口振りから警戒している雰囲気はあるが、まだまだ余裕の態度を崩さない。

(ここで所長を殺す。それが私の役目か。それが出来れば、この後は圧倒的に有利になる)

 絶対的に不利な六の少女だが、もはや逃げる事も出来ない。ここで六の少女が生き残るには目の前の障害であるギリクを排除するしかない。

 持っている武器は限られている上に、攻撃魔術は完全に防がれる。

 それでも勝つ為に必要なものを引っ張り出し、ここでギリクを排除しなければ六の少女はもちろん、亜人達の勝ち目も極端に薄れる。

 六の少女はさらに魔力の塊をギリクに打ち込む。

「まだ動けますか。ここまで来ると呆れますね」

 ギリクは面倒そうに右手を振る。

(掛かった!)

 六の少女は魔力の塊を打ち出すとほぼ同時に、ギリクに飛びかかっていた。

 ギリクが魔力の塊を何らかの形で無力化すると予測していた。と言うより、それに賭けていた。

 そしてギリクは六の少女が予想した通りに、右手で魔力の塊を打ち消した。それはごく簡単なモノかもしれないが、そこに意識を向ける事に成功した。

 普通に二本足で立っていれば、片足が義足の六の少女では奇襲もかけにくかった。

 今の六の少女は四つん這いで、雪の巨人の腕を駆け上がった時の手足に魔力を込めた状態である。低い体勢で、手を使ってギリクに飛びかかり、体を反転させるように回しながらギリクの側面から義足を叩きつけようとする。

 いかに勢いをつけても、小柄な少女の攻撃なのでよほど打ちどころが悪くても骨折以上のダメージは見込めない。

 六の少女もそれは分かっているが、この場では地形を利用出来る。

 六の少女が足を振った先には、防壁に張られた有刺鉄線がある。防壁の上のスペースは元々広くないので、わずかに体勢を崩すだけで有刺鉄線に刺さる事になる。

 そこでさらに体当たりまで当てれば、ギリクといえどすぐには反撃出来ないダメージを与えられるはずだった。

 だが、その計画は破砕音と共に砕け散った。

 六の少女の義足は、魔力を払ったギリクの右手に触れた瞬間にへし折られると言うより、内側から破裂した様に砕けた。

「狙いは悪くなかったですが、相手が悪かったですね」

 ギリクは六の少女の首の後ろを上から掴むと、片手で持ち上げる。

 痩せた体型のギリクだが、いかに小柄と言っても片手で持ち上げるのは相当の腕力が無いと不可能である。

「この傷であそこまで動けるとは、貴女は相当異質な亜人だったみたいですね」

 六の少女は、持ち上げられながらも首をひねってギリクを睨む。

(まだだ。まだ、諦めるわけにはいかない。私が何とかしないと)

 六の少女は右手をギリクに向ける。

「無駄な事を。いい加減諦めたらどうですか?」

 ギリクは右手で六の少女を持ち上げ、左手で六の少女の背中の傷をえぐる。

 余りの激痛に、悲鳴すら上げられない。

「貴女は負けたんですよ。この後貴女に待っているのは死だけです。もう出来る事はありませんよ」

 ギリクの口調は相変わらず、何も気負ったところはない。

 しかしギリクの左手は、六の少女の血によって赤く染まっていく。

 何かを考えようにも、痛み以外の情報は何も与えられない。目の前が白くかすみ、口を開いても悲鳴以外を発する事が出来ない。

 それでも、ここで殺される訳にはいかない。

 六の少女がここで殺され、その死体を晒される事になったら亜人側の士気は落ち、今の優位も一瞬で消し飛んでしまう。

 勝つ事が不可能であったとしても、まだやるべき事がある。

 すでに声は枯れ、目を開いていてもフラッシュバックで何も見えない状態であっても、痛みの中でも六の少女は目的だけは脳内で消えずに彼女を支えている。

 それが痛みで消えていないからこそ、敗北の絶望に押しつぶされず、痛みのあまり発狂しないで済んでいるが、耐えられる限界はあり、その限界が来るのも時間の問題である。

 行動するなら急がないといけない。特に出血が酷く、意識を失う時にはそのまま目を覚ませなくなるのは自覚している。

(これが、最後)

 六の少女は、自分の首を後ろから掴んでいるギリクの手をもがきながら掴もうとする。

「まだ足掻きますか。虫みたいな動きですよ」

 ギリクはまた左手で六の少女の背中の傷を狙う。

(ここだ!)

 痛みは容赦無く襲いかかってくるが、六の少女は驚異的な意志の強さでそれに耐え、一瞬の勝機に全てを賭けた。

 ヒントはギリクの行動の中にあった。

 魔力で強化していたはずの義足を、ギリクは触れただけで内側から破壊して見せた。

 魔力の塊は必ずしも手の平の中で発生させるとは限らない。むしろ射出する事を考えると、手の平から少し離れたところに発生させる事が自然な行動と言える。

 ギリクが同じ行動を取ったかどうか、今はそれを確認する術は無い。

 六の少女がやろうとしている事は、ギリクの腕の中で魔力の塊を発生させ、爆発させる事である。

 狙いはギリクの両手。

 魔力の塊を人間の体内に発生させるのは至難であっても不可能ではないが、それで直接ダメージを与える事などまず不可能と言える。動く相手がそれまで黙って待ってくれないのが最大の原因だが、状況次第では不可能ではない。

 余裕の態度で右手で持ち上げ、目に見える弱点を攻撃しようとしている人間であれば、行動を簡単に予測出来る。圧倒的に不利な立場であったとしても、それが出来れば反撃のチャンスが巡ってくる。

 六の少女はあえて無駄な足掻きに見えたとしても、ギリクの両手を掴む。

(今だ!)

 その瞬間、六の少女は有刺鉄線を越えて西に向けて空高く放り投げられていた。

「狙いは悪くないですが、相手が悪かった。そう言いませんでしたか?」

 この反撃の瞬間すら、ギリクは読み切っていた。

「おっと、しかしこれは私の失敗でしたね。私も焦っていたのかもしれません」

 空を舞う六の少女に、嘲笑う様にギリクは言葉をかける。

 六の少女の狙いの一つは、ギリクの両腕だった。それを奪う事が出来れば戦力を奪う事も出来たが、それは失敗した。

 今となっては戦う事も出来ない。六の少女にはもう意識を保つ事すら出来ない。

 負けた。

 言い訳のしようもない負けだった。

 後は亜人達に頑張ってもらうしかない。

 ただ一つ、六の少女に達成出来た事はあった。

 自身の死体を晒さないで済む。このまま西の大地に落ちれば、彼女は原形を留めない肉片になるだろう。

(ごめんね、メルディス。私はここでリタイアみたい)

 意識を失う前に六の少女の脳裏を巡ったのは、抗えない敗北の絶望と仲間への謝罪だった。

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