個人授業
「あーあー。疲れたわ」
貸し出された政府公用車(目立つ国賓用ではなく、一般公用車)の中。
大統領との会合の後、俺はカーナビを頼りに、隊長に言われてこの国の議会施設へと車を走らせていた。
隊長は助手席で大きく伸びをした。
俺はハンドルを握り、横目で隊長の方を見やった。
「俺も、見てるだけで疲れましたよ。…あの殺伐とした空気」
「そうだったかしら?」
肩をすくめてとぼける隊長の姿は、何とも平和的だった。
さっきまで放っていた酷薄なオーラが嘘のように。
「とりあえず施設調査の許可は取ったわ。ノルマ達成ね」
「よく、あんな事ができますね」
俺はため息をついた。
フロントガラスの向こうで、街の灯りが下から上へと流れて行く。
でも、昔教科書で呼んだ「バブル」時代の日本の風景とは大分様変わりしていて、派手なネオンなどは殆ど見られなかった。
「こんなアウェーな状況で、周りをこの国のSPに囲まれてる中で」
「そんな事」
隊長は一蹴した。
「SP?虚勢にごまかされてどうするの。現実を見なさい。仮に、私達があの場で発砲もしくは何かの攻撃を受けたとするわよ。すぐに情報はWWUやWWUAに流れて、明日中にはこの国は灰になるわ」
「…そりゃ、そうかもしれませんが」
「大体、食料品も経済も全てWWUからの援助に頼ってるくせに、いつまでも統合に応じない方がおかしいのよ」
「交渉は、進んでるんですか?」
隊長は、WWUとこの国の統合会議にも出席している。
「あんまり。最高施政権の委譲や、移民の無条件受け入れとかで議論が平行線を辿っているわ」
最高施政権なんて言葉も、100年ほど昔まではそれほどメジャーじゃなかったしな。
WWUが各国の最高施政権を保持するようになるまで、普通は“施政権”というものは一つで、最高も最低もなかった。
それを受け入れろと言っても、中々難しいものがあるだろうが、でも相手は所詮アジアの島国。
それも経済破綻一歩手前の。
血も涙も無いWWUが手こずる理由がわからない。
そう思っていたら、隊長がまるで心を呼んでいるかのように言った。
「そりゃ、力で制圧するのは簡単だけど、何だかこの国に関しては少し危険な香りがするのよ」
「え、やっぱり核へ——」
「そんなもの無いわ」
隊長が遮った。
「は?だってあの時…」
「さっき大統領に『核兵器を作っていると調査結果が出た』なんて言ったのは嘘。核兵器じゃなくて、何だか最近WWUの加盟国のいくつかと秘密裏に連絡を取っているような素振りが見られるから、ちゃんとした事がわかるまでWWU側もこの国の扱いを慎重にせざるを得ないって事よ」
「加盟国と連絡ですか…っていうか、無いんですか?核兵器」
さりげなく問題発言をする。
そんな困った得意技を発揮する隊長に、俺は突っ込みを入れた。
「当の大統領だってそんな事わかってるわ。あれは核兵器をネタに内部調査を了承させる為のいわば手続き。どうせWWUには逆らえないのがわかってたから、大統領もあえて嘘だとか指摘しなかったのよ」
「そ、そうですか…」
思いもよらなかった。
しかし考えてみれば隊長は「信頼できる筋の調査結果が出ている」と言っただけで、どこのどういう筋かなど何も明らかにしていなかったのも確かだった。
つまり隊長は調査に向けての手続きを踏む為にハッタリをかまし、大統領は反論しても無駄に終わる事まで見越してあえて調査の許可を出した。
あの場で行われていた駆け引きの裏を、俺はそばで見ていながら把握する事が出来なかったのだ。
「…くそっ」
自分の未熟を思い知らされた悔しさに、俺は唇を噛んだ。
多分、隊長がわざわざ俺を大統領の所へ同行させた理由も…
「隊長は、このために俺を同行させたのでは?」
「んん?このため…っていうのは?」
「とぼけないでくださいよ。俺が未熟だから、こうして戒める為に行かせたんでしょう?」
「フフフッ。そんなに自分が前途有望な人材だって思っているわけね。私がわざわざそんな個人授業みたいな真似をするほど…。なんだかんだで若いアルノ君はナルシストねぇ」
「………」
「冗談よ。そんな顔しないの。…前途有望に決まってるじゃない。なんせ、この私が自ら国際調査隊に引き抜いた逸材よ?…ラディ・アルノという男は」
停電休みで創作するとか料理するとかしかやる事ないわぁ。
くれいじい