ポーカーフェイス
その瞬間、大統領の眉がぴくりとだけ動いた。
俺は部屋の空気が変わったのを感じ、辺りを見回すと俺たちを取り囲むようにして立っていたSP達がただならぬ様子で顔を見合わせている。
「…メリー・ケール様、と言いましたな」
人当たりの良い印象は一瞬にして吹き飛び、今や威厳すら漂う重みをもったしわがれ声で大統領は言った。
隊長の発言をきっかけに、何かが決定的に変わったと俺は確信した。
「確かに、わが国はWWUから多くの支援を受けており、またWWUは今や世界の主要国を全て抱える大連合国家です。しかし、わが国も同時に一つの国家であり、私は国家元首。私には1億人のわが国民を守る義務がある。…そのような疑いをかけてわが国を非難するのであれば、正規の外交ルートから正式な手順を踏んでからにして頂きたい」
「私は、全世界連合政府から現在、貴国との外交に関して、全権委任を受けております」
隊長が噛んで聞かせるようにゆっくり言った。
「つまり、大統領が仰る“正規の外交ルート”というものがあるとすれば、それは私です」
「………」
大統領は口を閉ざしてしまった。
しかしその表情は動かない。
さすが政治家だけあり、ポーカーフェイスは得意なようだった。
「…この件に関してこの場で回答が得られないようであれば、後日またお伺いする事になりますが、その時まで私がWWUの全権委任を帯び続けるとは思わない事です。内容が内容であるだけに、WWUA関係者が担当しなければならないレベルだとも思われますので」
(…!)
隊長の発言が、またも部屋の空気を凍らせた。
俺自身も、発言の持つ意味の重さに思わず喉を鳴らしたくらいだ。
WWUA(Whole World Unite Army)…。全世界連合軍の略称。
世界のトップ軍事大国と言われる国々から軍備を割かせて、一つにまとめた今世界で最も強力な戦闘集団。
それがWWUAである。
陸海空全てにおいて最新の兵器を備え、空軍は空だけに限らず地球周辺の宇宙空間までも自らの管制下に置いているという。
『WWUA関係者が担当しなければならない』この言葉はすなわち「言う事を聞かなければWWUAの軍事制裁も辞さない」という事を意味する。
もう、完全なゆすりである。
そんな事をさらりと口にする隊長、年齢的には一回りしか違わない彼女の度胸に俺は今更ながら格の違いをひしひしと感じた。
事実、隊長の顔には後悔の色は微塵も見えない。
大統領も気圧されてしまい、ポーカーフェイスを崩さないのが精一杯のようだった。
数秒考え、やがて口を開いた。
「…この国は、百数十年前に世界で初めて核兵器を投下されました…被爆国です。その被爆国において、わが国の国民自ら核兵器を作るなど…あり得ないとしか言いようがない」
「私どもは信頼できる情報筋からこの情報を得ました。もし核兵器を作っていないのであれば、私どもの調査員による貴国国軍施設の内部調査を許可して頂きたいですわ」
「国軍施設を調査する…ですと?」
俺は大統領…いや、この国が次第にカタに嵌められていく様をじっと眺めていた。
隊長が俺にこんなものを見せる意図がわからなかった。
これを通して、何か俺に伝えたいものでもあるのだろうか。
「貴国には拒否する事はできません。WWUから貴国への物質的援助をする時に締結した条約の条項に、『WWUから申し出があれば、いかなる時もあらゆる政府機関の情報開示ないし内部調査の許可を行う』事が明記されておりますので」
「ぬぅ…」
大統領のポーカーフェイスが崩れた。
代わりに口を真一文字に引き結び、鷹のような眼で隊長を強く睨みつけた。
今まで一度も見せなかった、まるで悪魔のような形相。
これがあの老紳士の素顔なのだろうか。
「まあ、我々も出来れば信じたくなどありません。貴国が年々悪化していく食料事情や雇用情勢などに目を向けず、WWUからの支援金を使って新兵器開発に勤しんでいるなどと。…ですが、仕方がないのです」
隊長が白々しく心にも無いであろう事を言う。
「調査の許可を下さいな…。もっとも、条約がありますから後日WWUAを率いて強制調査、という選択肢もありますが…」
大統領はまたしばし黙考した。
この状況を切り抜ける方法でも考えているのか、まったく感情が読めない。
しかし結局、押し殺すような声で、こう言うほかなかった。
「…調査を…許可………する………」
遅ればせながら逆転検事2クリア。
何だかレベル上がりましたね…いや、おいらが頭悪いのか(^_^;)
くれいじい