隊長
列に従って空港の建物に入った。
係員に旅券を見せ、必要な手続きを済ませて“この国”の中に入国する。
そこではWWU査察官が全員、役目ごとに整列していた。
総勢40名程。
大量の黒服が並んでいるこの光景を見て、空港の他の利用者は社員旅行か何かだとでも思うだろうか。
今回のWWU査察は一般に対しては秘密裏に行われる調査なので、あまり大っぴらになってはいけない筈だが…まあ、見ただけで国際査察官云々なんて考える程想像力豊かな人もそうそういないだろう。
入り口からみて一番左端は、政府資金の用途や、汚職がないかなどを調査する役目のようで、いかにも頭脳派といった風体の者が並んでいる。
逆にそこから何列かを挟んで一番右端の列の者は、一目見ただけで何か物騒な事に携わる連中だとわかる程、いかつい体格とガラの悪い風貌を兼ね備えていた。
俺が自分が加わるべき列を探していると、右端の列からさっき足を踏んでやった大柄な白人の男が俺を発見し、肩をいからせて近づいてきた。
両の拳を組んで、指をボキボキ鳴らしている。
「おい、アルノ。さっきは左足がお世話になったな」
周りの人間は明らかに関わりたくないといった表情で目をそらしている。
俺はこちらを睨んでいる男の視線を捉え、挑戦的に睨み返した。
「…ナメんなよ。チビ」
男は至近距離まで近づいてくると、俺より頭一個程高い位置から見下ろして、なすりつけるように言った。
俺は目を合わせたまま、何も言わない。
「何とか、言えよっ!」
焦れた男は、声を荒らげた。
そして身体の動きから、俺はその拳が俺の顔面に向かって飛ばされようとしている事を悟った。
まったく、野蛮人はイラつくとすぐこれだ。
俺は身体を素早く回転させ、男の拳を左手で受け流すフリをしながら右手でしっかりと捉えた。
そのまま体重をかけて腕を伸ばし、両手を使って前腕を押しながら手を引き込むと、いとも簡単に手首の関節が極まった。
「ぐおおぉぉぉっ!!」
男が悲鳴を上げたので手首を解放してやると、そのまま右手を押さえてうずくまった。
「キ…キサマ…ぶっ殺す……」
「それはこっちのセリフだ」
俺はうんざりしながら口を開いた。
「今度“黄色いサル”なんてほざいたら…一生手を使えなくするぞ」
いつの間にか、俺達の周りから人が引いていて、あたかも円のような広場ができていた。
そしてその円を横切りながらこちらへ向かってくる者が一人。
緊迫した場の空気を物ともせず、そのすらっとした容姿からその人独特のオーラを放っていた。
「あなたたち…外国に来てそうそう喧嘩なんて、いかがなものかしらね」
「た、隊長…」
うずくまって悪態をついていた男は、立ち上がって弁明を始めた。
「メリー・ケール!俺は何もしてないのに、このバカがいきなり足を踏みつけやがっ」
「黙りなさい」
査察団のトップ、メリー・ケールWWU国際調査隊長は端正な顔に冷たい怒りを浮かべた。
さっき、飛行機の中で俺に見せた穏やかな表情など、もう面影もない。
「他の調査員達からもう事情は聞いています」
「え…?」
「特定の民族を侮辱するような発言など、WWUの職員として許される行為ではありません。従って、今後3ヶ月にわたって、あなたを5割の減俸処分とします」
「ご、5割っ!?ちょっと待ってくれ、メリー隊長!おいっ!」
「異論は認めません。この話は以上です。皆さん。もう喧嘩は終わりましたから整列し直して下さい」
隊長の声で、円を作っていた人々が一斉に元の場所に戻った。
朝のラッシュ電車の中で抱き合ってる奴ら、俺もそろそろキレるぞ。
くれいじい