わがまますぎる妹は自分から生贄になりました
ありえない、あまりにもありえない!
私は学園から帰宅して、絶望した。
今日は放課後、私の実家の屋敷で婚約者のランベール様とアフタヌーンティーの約束があったのだ。
公爵家の嫡男のランベール様と侯爵家の私は学園であまりいちゃつける立場ではない。子爵家や男爵家の方と比べて、注目する人の数があまりに多いからだ。
仲が悪く見えればあの婚約は大丈夫なのかと苦言を呈され、仲が良すぎるように見えても場をわきまえてないと苦言を呈される。完全に正しい婚約者同士の関係なんてものはないから、すぐに悪く言われてしまう。
だから、屋敷で二人きりで会おうということになったのに、私が帰宅したらランベール様は出かけていた。
出かけていたというのがポイントだ。
つまり、もう私の屋敷には到着していたのに、いなくなっていたということだ。
メイド長が嘆息した顔で私に事情を説明してくれた。
「パトリシアお嬢様、実はとんでもないことが起きたのでございます」
「いいわ、すべて聞かせて。妹が何かやらかしたんでしょう」
「さようでございます……。ファニーお嬢様は、ランベール様に『いいお店が目抜き通りにできたの』と連れ出して馬車に乗せてしまったのでございます……」
ファニーは私の腹違いの妹だ。といっても、一つ違いなので、並べばどちらが姉かはわかりづらい。
私が少しくせっ毛が多くて髪にウェーブがかかっているの対し、ファニーは見事なストレートヘアーで、容姿だけなら妹のほうに目がいく令息は多いと思う。
問題はファニーがそれに鼻をかけて、同世代の令息と遊び歩いたりしていることだ。
もっとも、今回はそれよりはるかに問題だ。
「馬車で出かけた? それはおかしいわ。ランベール様はそんなに簡単に約束を破る方ではないし、そもそもこの屋敷に来て、約束を破るなんてことは二重にありえない。仮病で中止にするのとは意味が違うもの」
どうしても、気乗りしないので仮病で休む、これは別にいいと思う。
少なくとも、私を傷つけることにもならない。
でも、私の家に早目に着いてしまって、そこから出かけるというのは意味不明だ。完全に私への侮辱になってしまう。
「はい、ランベール様には罪はございません。というのも……」
メイド長は声を潜めた。
「ファニーお嬢様が、パトリシアお嬢様もその目抜き通りのお店で待っているとウソをつかれたのでございます。ランベール様もそれならその店に向かわなければと思うのは当然のことでして……」
私は目の前が真っ暗になった。
半分は悲しみ、半分は怒りで。
「つまり、妹のファニーはウソをついて、私の婚約者と二人きりのデートをしているということね」
「今、お二人がどうなさってるのかはわかりかねますが、そう解釈する人がいても不思議ではないと思います」
あまりにあんまりだ。
私はその場に倒れそうになって、メイド長に抱えられた。
「パトリシアお嬢様、お気を確かに!」
「ひどいわ。なんで妹に婚約者を獲られるようなことになるの。人の感情は変えられないから、婚約者がほかの人を好きになったというなら、まだ仕方ないと思える。でも、ウソをついて連れ出すのは反則だわ。越えてはならない一線というものがある……」
「おっしゃる通りです。ランベール様もまさか婚約者の妹がウソをついているとは思えないでしょうし、違和感を覚えても、『ウソだろう』と聞くわけにもいきません。ランベール様はどうしようもなかったことです。お嬢様、ランベール様を責めることだけはなさらないでください」
「ええ、わかっているわ。悪いのはすべてファニーなの」
◇
妹のファニーの性格にはもともと難があった。
彼女はお父様の愛人の娘だったが、別にその愛人の性格が悪かったわけではない。
むしろ、私のお母様でさえ、自分は正妻なのにその愛人の方を悪く言ってなかったぐらいだ。なら、きっといい人だったのだろう。
お母様の言葉はこうだ。
「あの人は、私と会った途端、恐縮してしまってね。性格も穏やかで、もちろん遊び人みたいな立場の人でもなかったわ。ただ、病弱なのもあって幸薄そうな雰囲気で、お父様が浮気心を起こしたのもわからなくはないの。あの人がそれを狙っていたとは思わないんだけど、あの手の幸薄そうな女性に入れ込む男っていうのは多いものだから……」
その愛人の方は結局、ファニーが六歳の時に肺の病気で亡くなった。まさに幸薄い人ではあった。その人を悪く言う気はまったくない。
でも、今になって思えば、あの人が弱々しかったことがファニーに影響を与えたのだと思う。
ファニーは生みの親からまともにしつけられなかったのだ。性格的にも肉体的にも弱々しいから、娘を叱るようなことはできなかっただろう。
もう十年もこの屋敷で一緒に暮らしているのに、ファニーがわがまま放題なのも幼少期にしつけが行き届かなかったことが大きいのだと思う。それが全然矯正されないまま、今に至っている。
こんなことなら、彼女が生まれてすぐにこちらの屋敷で侯爵家の娘として育てるべきだったのだ。でも、もう遅い。
学園の成績がやたらと悪いのも、教育を受けてないからとではなく(なにせ、私と同じ家庭教師のもとで学んだのだ)、ファニーが勉強をずっとサボっていたからだ。
まあ、性格が悪いのも、頭が悪いのも片方だけなら何とかなると思う。
でも、それが両方重なると……我慢の限界だ。
今回ばかりはファニーにはっきり言ってやらなければいけない。
◇
やがて、ファニーとランベール様が馬車で帰ってきた。
ランベール様は私を見るなり、事情を説明して、謝罪してきたので、不要ですと断った。
「ご心配いりません。事情はすべて屋敷のメイドからお聞きしています。むしろ、私から謝罪させてください。私の妹がランベール様を騙すような真似をしてしまいました。監督不行き届きです」
「パトリシアの罪ではないよ。頭を下げたりなんてしないでほしい」
ランベール様は苦笑して、そう言ってくれた。
少なくとも、私とランベール様の仲がこんなことでぎくしゃくすることはなさそうなので、それはよかった。
「それより、今度は君と二人でどこかの店に行きたいな。事前に予約して人払いをしてもらっていればいいだろう。それでいいかい?」
「ええ、もちろん」
二人の仲に問題はないことを確かめて、ランベール様は帰っていった。アフタヌーンティーというには少し遅い時間になってしまっていたのだ。
ちなみに、私とランベール様が話し合っている時にも、妹は席を外さずにつまらなそうな顔を見せていた。
普通の家なら叱っていただろうけど、やらない。叱りつけて人は変わらないし、ランベール様の前でやれば、ランベール様にも失礼になるからだ。
正攻法で私は妹と対峙する。
そうしないと私も同じレベルになってしまうから。
◇
その日、私は妹のファニーと二人きりで話し合った。
「ねえ、あなたの今日のやり口はあまりにも非常識よ。まさか、本当にランベール様と結婚するつもり? そんなこと、不可能なのよ。目を覚ましなさい」
ランベール様の反応を見ても、ふざけたことをされて困惑しているという様子だった。ここまで常識はずれのことをする人間と結婚したいとは思えないだろう。
「結婚するつもりはないわ。公爵家の人と婚約してるなんて、お姉様はズルいからデートしただけよ。私にそんないい話はまったく来てないもの」
むすっとした顔でファニーは言った。
「えっ? じゃあ、やつあたりで今日みたいなことをしたの?」
「そう考えてもらってもいいわよ。たしかに私は正妻の娘ではないけれど、これでもお父様の血を継いでる侯爵家の娘、立派な貴族よ。なのに、お姉様との扱いが違いすぎる!」
「いや、一応、私が姉だし、あなたに婚約の話が来ないのは多分、成績や素行のせいよ……」
物心ついてからは一緒に屋敷で暮らしているのだし、侯爵家の人間なのだから、まっとうな縁談は来そうなものだ。しかも、ファニーの容姿は母親の影響を受け継いでいて、線の細い美人だった。
いわゆる、しゃべらなければかわいいというやつだ。
逆に言うと、それでも縁談が来てないなら、容姿でも家柄でもない理由――立ち居振る舞いが原因ということだとすぐにわかりそうなものだけど。
「学園の成績なんて必要ないわ。別に学者になるわけでもないんだし、私たちの立場なら、家事にかかずらう必要もないでしょう? 知識なんていらないのよ」
子供の言い訳みたいなことを言って、勝ち誇った顔になっている妹を見て、私は思った。
これはダメだ。
じゃあ、身分の高い婚約者候補でも見せてあげようか。
そしたら、自分の問題に気づくだろう。
「つまり、あなたは地位の高い方との婚約を求めているというわけね?」
「そうよ。ランベール様より地位の高い方が見つかれば、今日みたいなことはしないわ」
まだランベール様を勝手に連れ出したことの謝罪を聞いてないが、本当に悪いと思っていないのだろう。
「少し待ってなさい」
◇
後日、私たち侯爵家の家族は分厚いアルバム数冊をファニーに渡した。
「ファニー、それは縁談が可能そうな高位の殿方のプロフィールをまとめたものよ。もし、その中に嫁ぎたい相手がいれば言ってきなさい」
「お姉様、気が利くわね。私にもきっと素晴らしいお相手がいるはずだわ! これで探してみせる!」
私は内心でこう思った。
(そんな都合のいい相手、いるわけないわ)
高位だけど、相手がいないままの殿方ということはそれ相応の理由がある。
たとえば、身分だけは侯爵だが、没落しかけて、庶民と大差ない生活をしているとか。
たとえば、ずいぶんと老齢の貴族が後妻を探しているとか。
たとえば、一言二言しゃべるだけでも愚鈍なのがわかるとか。
たしかに、庶民にまで範囲を広げれば、高位の貴族なら男女ともに結婚できるだろう。それでも、貴族には体面というものがあるから、爵位のない人間と簡単には婚約できない。
だから、まあ、まともな候補はアルバムの中にはいない。
じゃあ、なぜそんなものを渡したかというと、ファニーに目を覚ましてもらうためだ。
あなたがわがままでしかもバカという話は広まってしまっている、今から心を入れ替えないとそのアルバムに載っている殿方のような立場にあなたも早晩なってしまうのよと。
ひどい相手ばかりだと言われたら、「まさに、あなたもそう思われてるから縁談が来てないのよ」と言ってやろう。それで、見た目だけでなく中身も磨かないといけないと気づくだろう。
しかし、ファニーの反応は違った。
「この人いいじゃない! 私、この人と婚約するわ!」
私だけでなく、お父様とお母様(ファニーにとっては義理の母親だが)も驚いていた。きっと、今は士官学校で入寮中のお兄様も居合わせたら同じように驚いただろう。
そんないい候補がいたとは思えないのだ。
贅沢を好むけれど、他人にもうるさく言わない伯爵家の嫡男はいたか。でも、借金が多いらしくて、家計は火の車のはずだ。
「いったい、誰なの?」
「この方よ。隣国の第三王子。違う国とはいえ、王族じゃない! 肖像画の模写も入っていたけれど、本当にりりしいお顔をしてらっしゃるわ」
たしかに、そのお顔は文句なく整っていて、王族の気品も感じられる。
「あなた、本当にこの方でいいの?」
「当たり前でしょ。ろくでもない候補ばかりだと思っていたけれど、ちゃんといい人も混じっているじゃない。ぜひ、隣国に早馬を送って!」
私は両親と顔を見合わせた。
「わかった。お前がぜひともと言うなら止める理由はないな。縁談が成立するかはわからんが、打診だけはしておこう」
お父様もうなずいた。
たしかに地位だけ見れば何も申し分はない。
「私を描いたいい肖像画があるはずよね。あれを隣国に持っていって、きっと選んでくださるはずだわ」
自信満々にファニーは言った。
「はっきり言って、ランベール様よりもイケメンだわ。少し冷たい雰囲気もあるけど、それもまたかっこいいって言うか」
「候補を決めた途端、自分が連れ出したランベール様の悪口を言うなんて、よくないわよ」
「でも、心からランベール様に恋をしてもまずいでしょう? お姉様にとっても好都合じゃない」
私は内心でまたあきれた。
◇
その後、無事に婚約となり、妹のファニーは隣国へと旅立っていった。ファニーが学園卒業も待たずに結婚したいと言ったためだ。
最初のうちはほしい服を好きなだけ買ってもらえるとか、夫も熱烈に愛してくれるとか、自分がいかに幸せかを書き綴った手紙がよく届いた。
だが、約一年後。
ファニーの訃報が我が家に届いた。
王宮の池で浮いているのが見つかり、おそらく酔って窓から転落したのだろうということだった。
「妹さんの件、やっぱり、こんなことになってしまったか」
二人で実家の庭園を散歩している時、ランベール様が私におっしゃった。
ここなら、何を言っても他人に聞かれることはない。
「隣国の第三王子というと、毒殺王子と陰で呼ばれているあの人だよね。見てくれは素晴らしいが、とにかく冷徹で、気に入らないと思った人間はそっと殺すという……。過去にも婚約者が一人、変死をしていて、自国ではなかなか次の婚約者が見つからないという話だった」
「まあ、ファニーのことだから本当に酔って転落して溺死という可能性もありえるけれど……」
「酔わしておいて、池に落とすなんて線もあるよ。とにかく、何かあったとは思う」
隣国の第三王子の悪い噂は有名なものだった。私たちの国でも貴族で知らない者はいないぐらいだった。
だが、ファニーは不勉強すぎてそんなことも知らなかったのだと思う。
「妹はきっと第三王子の噂も知らなかったのだと思います。いえ、縁談が動き出そうとした時にも、さりげなく伝えようとはしたんですが、自分の幸せを邪魔してるって逆恨みをされました。そこで、もう会話もできなくなってしまって」
「勉強がなんで大切なのか、よくわかった気がするよ」
皮肉にも隣国の王家からは私の侯爵家は縁戚のように扱われ、お父様などは外交でよい地位を得るようになった。第三王子に生贄を差し出してくれた家と認識されたらしい。
私はランベール様と結婚して公爵家の人間になったが、実家の話はよく聞こえてくる。今の栄えようなら、もし今ファニーが生きていれば、あんなわがままで愚かなままでもいい婚約先が見つかったかもしれない。
ちなみに隣国の第三王子は、ファニーの死から三年後、こちらも朝に水堀に浮かんでいるのを発見された。やはり酔って転落したことにされていたが、王家の品格を損ねるということで事故死に見せかけて殺されたというのが一般の見方だ。
ただ、それからも私の実家は生贄を差し出した家として、隣国からの覚えはめでたいままだ。
知識がなければ自分から生贄になってしまうこともある。
知識はひけらかすためではなく、身を守るためにあるのだ。




