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邪神

〈鬼の面被つて樂し父親は 涙次〉



【ⅰ】


もう早いもので2月である。悦美は突如として初詣でに行つてゐない事を思ひ出した。何せ、翔吉が産まれたのは* クリスマス・イヴの日だつたし、彼女には仕事が澤山あつて(前回參照)初詣でどころではなかつた。で、カンテラに連れられて**「小さガミ」の祠までやつて來たのだが... カンテラ、全國の神社を統轄する神社本廳の不正な土地取り引きや何やかやの問題が氣になつてゐて、神社に詣でるのはだうか、と考へてゐた。それで、本廳の見向きもしない所謂「淫祠」なら、まあいゝかと思つたのだ。「小さガミ」の祠- その地味な佇まひに、悦美は拍子拔けしたやうだつた。がらんがらんと鳴らす鈴(あれ、何て云ふんだらう、正式には)さへない、たゞ賽錢箱が置かれてゐるだけの、何氣なく見過ごしてしまひさうな、彼女の祠。だが、カンテラからこの女神が、在原成岸と云ふ人間の男に寄せた純愛の話を聴いて、「へえ〜」と悦美、関心を持つたみたいだつた。



* 前シリーズ第167話參照。

** 前シリーズ第46話參照。



【ⅱ】


カンテラと「小さガミ」には曰く因縁があつたが、その挿話は割愛する(讀者には「參照」に当たつて頂かう)。「小さガミ」は祠の中から聲を發した。「あら、いつぞやのお人。綺麗な奥様ね」。「小さガミ」は仲睦まじさうなカンテラと悦美の事を羨んでゐた。聴けば、在原が他の女神にちよつかいを出してゐる、と云ふ。淫祠界隈での浮氣である。「あんな邪神の何処がいゝのか-」と「小さガミ」、カンテラに泣き付きたさゝうである。「話を聴かせて貰はう」とカンテラ。悦美、「また仕事なのお」とブーイングしたが、その實他人の戀バナには興味津々で、カンテラと「小さガミ」との會話を樂しんでゐたのだ。



【ⅲ】


「小さガミ」の話はざつと以下の通り- その邪神、とやらは、人知れず大古典『伊勢物語』でお馴染みの在原業平卿を祀つた祠に棲んでゐて、そのせゐで同姓の在原に心を開くやうになつたらしい。「小さガミ」は嘗てポイ捨てにされさうになつた在原が戀のお相手では、氣が氣ではない。彼女が「邪神」と云ふ理由は、その女神は人間の男を次々に咥へ込んで、取つ替へ引つ替へしてゐるからなのだつた。美男の誉れ髙い業平卿の係累だけあつて、その女神も大層美しかつた。其処に在原は引つ掛かつてしまつた、と云ふ。



※※※※


〈春來たる冬の入りから指折つて待つてゐたものこんなものとは 平手みき〉



【ⅳ】


「それで-」とカンテラ。「その祠の場處は何処なんだい?」。「小さガミ」は知らない、と言下に答へた。彼女は世情に疎かつた。カンテラ、行き掛かり上女神間の不和に卷き込まれてしまつた譯だが、仕方なく悦美のスマホを借りて、テオに連絡を取つた。「テオか?『在原業平』と『淫祠』をキイワードにして、調べて貰ひたい事がある」-折り返しテオから着信。「その祠なら、都内某處(特に場處は詳述しない。業平卿に縁のある方に迷惑を掛けたくはない)にありますよ」。カンテラと悦美、その足で祠のあると云ふ都内某處に向かつた-



【ⅴ】


「頼まう」とカンテラ、その「邪神」に云つた。「あれま、誰かと思つたらカンテラさん」。あつ、とカンテラは思つた。この女神はだうやら【魔】に関係してゐる者のやうだ。さうでなければ、初對面のカンテラが分かる筈もない。「あんた、【魔】なのかい?(だとすれば彼女は本當の『邪神』だ)」-「さうよ」と「邪神」はしれつと答へる。「(あたし)を斬る積もりなら、已めにした方がいゝわよ。妾の祟りのパワーは絶大なのよ」-「へえ、さうかい。そいつは樂しみだな」とカンテラは意に介さない。「剣が駄目なら、こいつはだうだ?」と、口から炎を吐き掛けた(しつこく云ふが、カンテラは火焔のスピリット)。「あちゝ」と出て來たのは、何と在原成岸だつた。



【ⅵ】


「こんな人間、くれてやるわ」と「邪神」。今度は在原がポイ捨てされる番なのだつた。「さ、在原さん、俺逹と一緒に『小さガミ』に謝りに行かう」。在原は流石に懲りたやうで、素直に着いて來た。



【ⅶ】


で、在原もさる者である。「邪神」の賽錢箱からカネをくすねて來てゐた。業平卿を敬する人が、巨額の賽錢を投じてゐたのだ。「こ、これで-」。「まあ良しとするか」-「邪神」はその儘捨て置かれた。要は在原が改心しさへすれば、話は濟むのである。「さて、祟りとやらを待つ事にしやう。俺の張つた結界を打ち破る事が出來るなら、の話だが」、と云ふ顛末。在原には「小さガミ」の小さい尻に敷かれる日々が、また待つてゐた。お仕舞ひ。



※※※※


〈豆食つてほつと一息春隣 涙次〉



PS:「邪神」が【魔】なら、祀られてゐる業平卿も【魔】と云ふ事になりはしまいか。日本文藝史を彩る「昔男」の業平、その怪しい魅力からすると、【魔】だつたのやも知れぬ。だが、カネを得たカンテラ、それは忘れる事にした。


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