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1話:綻び


その日も、ミリアは苦い思いを抱えて父である国王グレイヴの執務室を後にした。


「またあしらわれた……。エーテルの暴走事故…過去の歴史書から見ても、ここ最近は異常だって明らかなのに…」


エーテルの暴走への懸念、ゼノから聞いた街の疲弊。

勇気を出して進言しても、父は書類から目も離さず「お前は綺麗な花を眺めていればいいのだ」と吐き捨てた。

胸の奥がチリチリと焼けるような悔しさを抱え、自室へと戻る途中、ふと中庭に目をやる。

遠征から帰還したばかりの兵士たちが、隊列を解いているところだった。


(……カイルに、会いたいな)


こんな時、いつも彼は少し困ったような、それでいて太陽のように温かい笑顔で話を聞いてくれた。

ミリアは期待を込めて軍靴の音を追ったが、すぐに異変に気づく。

戻ってきた兵士たちの肩は重く沈み、誰もが口を閉ざして地面を見つめている。勝利の凱旋とは程遠い、葬送の列のような静寂が中庭を支配していた。

嫌な予感に心臓が跳ねる。ミリアはドレスの裾を翻し、庭へと駆け下りた。


「待って! 第三部隊でしょう? カイルは……カイル・ベインはどこ?」


問い詰められた若い兵士が、弾かれたように顔を上げた。その目は赤く腫れている。彼は震える手で、懐から一つの包みを取り出し、膝をついた。


「……申し訳ありません、ミリア様。カイル兵長は……我々を逃がすために、最後まで戦場に残り…」


差し出された布を開いた瞬間、ミリアの視界から色が消えた。

そこにあったのは、ひどく歪み、血に汚れた真鍮の護符だった。

かつてゼノの工房で、三人でお揃いで作った、安物の、けれど何よりも大切な宝物。


「……嘘。……嘘よ……!」


ミリアは護符をひったくるように奪うと、再び父の元へ駆け戻った。

悲しみよりも先に、激しい怒りが彼女を突き動かしていた。


「お父様!!」


扉を蹴破らんばかりに開け、ミリアは父に護符を突きつけた。


「カイルが死んだわ! あなたが『絶対安全だ』と言ったエーテル装備を纏いながら、彼はボロボロになって死んだのよ! これでもまだ、この国の光に陰りはないと言い張るつもり!?」

「第16代目の治世を境に、エーテルの暴走事故は跳ね上がっています。これは恵みなどではない、国の悲鳴なのではないの!?」


ミリアは怒りに任せて立て続けに父王を捲し立てた。

だが、父王の反応は冷酷だった。


「騒がしいな。……一介の兵士の死に、いちいち王女が取り乱してどうする。彼の死は平和の糧だ。それ以上でも以下でもない」


「人間を……何だと思っているの!」


ミリアは叫び、父の手元にあった書類を払い除けた。


「あなたの言う『平和』の中に、カイルの命は入っていないの!? ゼノの両親も、カイルのお父様も、みんなそうやって切り捨ててきたのね!」


「下がれ、ミリア! 不敬であるぞ!」


父の怒声に背を向け、ミリアは部屋を飛び出した。

もう、この男の言葉を聞く必要はない。

走り続け、誰もいない廊下の隅に崩れ落ちると、こらえていた涙が溢れ出した。


「うっ……ううっ……カイル……」


どれくらい泣いていたか。


「……ミリア様」


顔を上げると、そこにはカイルの部下だった兵士が立っていた。

彼はカイルとミリアが幼馴染であることを知っており、二人の絆を誰よりも尊重していた男だった。


「兵長は……最後までその護符を握りしめておられました。それは、王家のものではなく、あなた様との絆の証だからでしょう」


兵士はそう言うと、ミリアの前に跪き、そっと声を落とした。


「これを持って、街へ行ってはいただけませんか。カイル兵長の母上は、まだ何も知らされておりません。国からの無機質な『通知』が届く前に、親友であるあなた様から、届けてやってはいただけないでしょうか」


ミリアは涙を拭い、力強く頷いた。


「……わかったわ。必ず届ける。……彼が最後まで、何を信じていたかを」


ミリアは自室に戻り、華やかなドレスを脱ぎ捨てた。

使い古したマントを羽織り、髪を隠す。これまで何度も繰り返してきた「お忍び」の変装。

けれど、今日ほどその足取りが重く、そして「真実を知らねばならない」という決意に満ちていたことはなかった。


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