番外編1:はじめての冒険と、2人の少年
番外編というか、本編補足となっております。
読まなくてもたぶん大丈夫です。
アグナ=レイムの王宮は、6歳のミリアにとってあまりに広すぎて、そしてあまりに退屈だった。
「今日は絶好の冒険日和だわ!」
ミリアは栗色の髪を揺らし、洗濯物運搬用の荷車に紛れ込んで、まんまと高い城壁の外へと脱出した。
初めて見る城下町は、魔法のようにキラキラしていた。
見たこともない色の飴細工、鼻をくすぐる焼きたてのパンの匂い、そして活気あふれる人々の声。
ミリアは夢中で路地裏を駆け回った。
けれど、気づけば空は淡い茜色に染まり始めている。
「……大変。お父様にバレたら、今度こそお部屋に鍵をかけられちゃう!」
冷や汗をかきながら、ミリアは記憶を頼りに城の方角へと走り出した。
その時、細い路地の奥から不気味な笑い声と、小さく鼻をすする音が聞こえてきた。
「おい、カイル!その服、またつぎはぎだらけじゃねえか」
「お前の父ちゃんがいなくなったのは、逃げ出したからだって大人たちが言ってるぞ。臆病者の息子は、やっぱり泣き虫だな!」
角を曲がったミリアの目に飛び込んできたのは、自分より頭一つ分大きな少年二人に囲まれ、地面にうずくまって泥だらけになっている、茶色の髪の少年だった。
「……違う。父さんは、逃げてない……」
カイルが絞り出すような声で反論するが、いじめっ子の足が彼の背中を蹴り飛ばそうと振り上げられる。
「やめなさーーーい!!」
その場に似つかわしくない、凛とした叫び声が響いた。
いじめっ子たちが驚いて振り向く。
そこには、高価そうな刺繍が入った服を泥で汚し、目を釣り上げたミリアが立っていた。
「な、なんだよお前。女はどっか行けよ!」
「うるさい! 二人がかりで一人をいじめるなんて、騎士道精神が欠片もないわね!」
ミリアは考えるよりも先に体が動いていた。ドレスの裾を翻し、一番体格のいい少年の鳩尾を目がけて、小さな拳を真っ直ぐに突き出した。
「う、うわあああ!?」
予想外の衝撃に、少年は尻餅をつく。
「この……! やっちまえ!」
もう一人がミリアを突き飛ばそうと手を伸ばした、その時。
背後のゴミ捨て場から、カチャカチャと金属が擦れる音が聞こえた。
「おい。俺の仕事場の前で騒ぐなよ。汚ねえツラが余計に汚れるぜ」
積み上げられた鉄屑の中から、ボサボサの黒髪をした少年——ゼノが顔を出した。
その手には、祖父バートの工房から持ってきた重いスパナが握られている。
「……ゼノ、ガレット。化け物じじいの孫かよ!」
「逃げろ、呪われるぞ!」
祖父バートの悪名といかついスパナを恐れたいじめっ子たちは、捨て台詞を残してクモの子を散らすように逃げていった。
路地裏に静寂が戻る。ミリアは「ふん!」と鼻を鳴らすと、地面に倒れたままのカイルに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「……あ、ありがとう。君、すごいね」
カイルは驚きで目を見開き、差し出されたミリアの手を握った。
その手は小さくて温かかった。
「おい、そこの世間知らず」
ゼノがスパナを肩に担ぎ、呆れたようにミリアを見た。「あいつら、さっきのよりデカいヤツ連れて戻ってくるぞ。……そんな格好でうろついてるってことは、上の(王宮の)迷子だろ。送ってってやるよ、裏道で。」
ミリアは少しムッとしたが、ゼノの赤い瞳に宿る、ぶっきらぼうな優しさに気づいて小さく頷いた。
「私はミリア。あなたは?」
「カイル、です……」
「……ゼノだ。ほら、さっさと歩け」
夕暮れの下層街。泥だらけの王女と、泣き虫の少年と、目つきの悪い職人の卵。後に王国の歴史を動かすことになる三人の「冒険」は、この狭くて暗い路地裏から始まった。




