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14話:痛いのはお互い様よ


アグナとの生活は、目まぐるしく忙しい毎日だった。


「ラーム、土地を癒やして!」「次は飲み水の浄化よ!」神としての矜持も、彼女の前では「便利な作業道具」程度の扱いに成り下がっていた。流石のラームも疲弊し、心に疑念が兆し始めた頃、一人が弱々しく声を上げた。


「アグナさん、勘弁してくださいよ。こんな働き詰めじゃ……」

「ふん、勝手にしなさい! 寝たければ一生寝てればいいわ!」


彼女は吐き捨てると、一人で再び、まだ固いままの大地へと戻っていった。月明かりの下、一心不乱に鍬を振り下ろす彼女に、ラームはついに嫌気がさして声をかける。


「いい加減、君も休んだらどうだ。これでは世界が直る前に、君が壊れてしまう」


すると、アグナは弾かれたように顔を上げ、銀色の瞳でラームを鋭く睨みつけた。


「うるさい! 私には時間がないのよ!」

「時間……?」

「そうよ! あんたみたいな神様と違って、私には寿命っていうタイムリミットがあるの! はやく、一刻もはやくみんなを助けなきゃ、私はあっという間に死んじゃうんだから!!」


ラームの中で、何かが爆発した。


「……寿命? 君たち人間は、いつもそうだ。その短い時間を言い訳にして、目先の欲のために私の力を貪り、秩序を乱し、最後には自滅していく。永遠のときを司る私から見れば、君たちの営みなど、塵が舞うような無意味な騒ぎに過ぎないんだ!」

「無意味……!? ふざけないでよ! その『一瞬』に、私たちは全部を賭けて、必死で生きてるのよ! あんたみたいに空の上でふんぞり返って、ただ見てるだけの奴に、私たちの何がわかるっていうのよ!!」


アグナは激昂し、彼女の拳が、ラームの頬にめり込んだ。

神であるラームにとって、それは痛みというより「衝撃」だった。反射的に、ラームも彼女の肩を突き飛ばす。


「何をする! 君はいつもそうだ、そうやって暴力で相手を屈服させようなんて……この、愚か者がッ!」

「何よ、神様のくせに痛がってんじゃないわよ! 理屈ばっかり並べて、あんたこそ何様なのよ!!」


そこからは、見るも無惨な泥仕合だった。


アグナはなりふり構わずラームの胸ぐらを掴んで引きずり倒し、ラームも怒りに任せて彼女の腕を力任せに振り払う。二人は地面を転がり、土にまみれ、罵声を浴びせ合いながら無我夢中で掴み合った。

奇跡も魔法もない。ただの剥き出しの感情をぶつけ合うだけの、惨めで、滑稽なまでの力比べ。


兵たちが血相を変えて飛び出し、必死に二人を引き剥がすまで、その激しい乱闘は続いた。


それ以来、二人の間には重く、冷たい空気が流れた。


アグナは必要最低限のことしか口にしなくなった。「そこを耕せ」「水を浄化しろ」――感情の乗らない事務的な指示だけが、つぶてのようにラームへ投げられる。ラームもまた、それ以上は踏み込まず、ただ淡々と機械のように力を振るう。


地を這うように土を掘る彼女の背中を、ラームは遠くから冷めた目で見つめる。そんな、張り詰めた糸のようなギクシャクした日々が数日続いた。


だが、その凍りついた時間は、最悪の形で破られた。


――流行病だった。


数日のうちに拠点は死の影に支配された。屈強な兵たちが次々と倒れ、ついにアグナ自身も、青白い顔で鍬を杖代わりにして立ち尽くす事態となった。


「……やめろ、アグナ。もう限界だ」

「うるさ……い。これくらい、寝れば……」


強気な言葉とは裏腹に、彼女の体は地面へ崩れ落ちた。

ラームはため息をついた。神にとって病の除去など、世界の理を少し書き換えるだけの単純作業だ。彼は手をかざし、村人全員の治療を終えた。しかし、意識を失う直前まで、彼女はその「奇跡」を拒もうとした。


「やめ……なさい……ラーム……自分の手で……やらなきゃ……意味がないのよ……」


翌朝、回復した兵士たちが、ラームにそっと語った。


「アグナさんは、あんたの力に頼りすぎるのを一番恐れてたんだ。自分たちの足で立たなきゃ、また誰かに支配されるだけだって。あの人は、俺たちが飢えそうになったら、自分の飯を平気で俺たちの皿に放り込むような人なんです」


兵たちの言葉には、神への崇拝ではない、一人の少女への泥臭い「信頼」が詰まっていた。


ラームは己の傲慢さを突きつけられた気がした。


天界から降り立った時、自分はなんと自惚れていたことか。「強大な力を持つ自分が、愚かな人間に秩序を与え、救ってやるのだ」と――。


だが、アグナは違う。

彼女は「力」で人を屈服させるのではなく、共に泥を啜り、共に未来を叫ぶことで、人々の心にある「自ら歩もうとする意志」を呼び覚ましている。


(そうか。彼女の隣にいたいと願うなら、私は神として奇跡を振るうのではなく、彼女と同じ地べたに立たなければならないんだな)


ラームは立ち上がり、彼女がいつも握っていた錆びた鍬を手に取った。

一振りするたびに、手のひらのマメが無慈悲に潰れ、鋭い痛みが走る。


「……痛いな。だが、悪くない」


神であった彼が、生まれて初めて経験する「労働の傷跡」。

アグナが目覚めたとき、少しでも彼女の負担が軽くなっているように。彼女が見ている景色の、その先を共に歩むために。


月明かりの下、漆黒の神は泥にまみれながら、一歩、また一歩と大地を耕し続けた。

それは、彼が本当の意味で、アグナと同じ「有限の時」を愛し始めた瞬間だった。


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