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12話:歪な箱庭での再会


冷たい石の感触が、頬から伝わってきた。

ミリアがゆっくりと瞼を開けると、そこは豪華な客間などではなく、湿り気を帯びた厚い岩壁に囲まれた、窓一つない「地下牢」だった。


「……ここ、は……」


痺れるような腕の痛みに耐えながら、身体を起こす。


ゼノはどうなったのか。あの時の使者たちは……。混乱する頭を抱えようとした時、牢の格子の外、暗がりの通路で**「それ」**がうごめいているのが見えた。


「ひっ……!」


思わず短い悲鳴が漏れる。

それは、生き物と呼ぶにはあまりに無惨な、泥のような、あるいは腐りかけた肉塊のような「何か」だった。ずるずると体を引きずりながら、壁に染み付いたエーテルの残滓を啜り、肺が潰れたような音で低く呻いている。


恐怖で身を竦ませ、牢の隅へ後退したミリアの耳に、地下の深淵から震えるような低い「歌」が届いた。

それは、泥の塊となった異形たちにそっと寄り添い、彼らの苦しみを吸い取ってやるような、慈悲深い響きだった。

同時に、地下の奥から温かな金色の光が溢れ出した。


「彼らは……かつて、この国で笑い、泣いていた者たちの残骸だ」


光の粒子を分けるようにして、一人の青年が歩み寄ってきた。夜の闇を溶かし込んだような漆黒の肌に、波打つ黒髪。そして、爛々と輝く黄金の瞳。


「意識も形も失い、ただ抽出の苦痛だけを感じ続ける存在……。私にできるのは、こうして彼らの意識を沈め、せめて苦しまないように眠らせてあげることくらいしかないから……」


ミリアは息を呑んだ。あの夜、洞穴の奥で出会った青年だ。恐怖のあまり「化け物」だと叫んだあの姿が、今、静かに自分を見つめている。


「……あなた。あの時の……」


ラームが格子に触れると、鉄柵は瞬く間にサラサラと砂のように崩れ落ちた。


すると、さっきまで牢獄だった冷え切った空間までが崩れ、ミリアが王宮でも見たことがないような、豪華な「客間」へと変貌していく。

だが、よく見ればソファの脚は半分床に埋まり、壁の金装飾は所々がノイズのように波打っている。


ラームは期待に満ちた黄金の瞳で、ミリアを見つめながら指を振った。


「……さあ、これを。地上の礼法では、客人を迎えるときにはまず『おちゃ』を出すものだと読んだよ」


空中から現れたのは、銀のティーポット。……しかし、その形は歪み、注ぎ口が二つある。


ラームがお茶を注ごうとすると、液体はカップの外へと派手にこぼれ、豪華な絨毯(の幻影)を濡らした。


「あ、ああ……。どうもうまくいかないな。液体を固定するのは難しい……」


ミリアは出されたカップに手を触れようともせず、鋭い視線をラームに投げかけた。


「……何が目的? 変な幻覚を見せて、こんな『お茶ごっこ』をして、私をどうするつもりなの。あの外にいた気味の悪い生き物は何?」

「目的? いや、私はただ、君を喜ばせたくて……。それに、外にいる彼らは――」


言い淀むラーム。ミリアはさらに顔を顰め、彼が「君を元気づけよう」と咲かせた、生ゴミのような悪臭を放つラフレシアを指差した。


「喜ばせる? こんな牢獄で、こんな酷い匂いの花を咲かせて! ……なんなの、これ!」

「おや、不評かな? 知識によれば、世界最大級の珍しい花だと……。……やはり、リリアーヌが愛したような可憐な花の方が良かったかな」


ラームは漆黒の指先で、ひときわ形の良い薔薇を一輪摘み取り、不器用な手つきでミリアに差し出した。


「君の母は、花を愛していたから。……これで、少しは私を信じてくれるかな」


ミリアは薔薇を受け取らず、怒りで肩を震わせた。


「……勝手なことを言わないで! お母様がお花を好きだったかどうかなんて、私は知らない! ……私には、母との記憶なんて、ひとかけらも無いのよ!」

「え……」


ラームの動きが、凍りついたように止まった。

黄金の瞳が激しく動揺し、左右に泳ぐ。


「……あ、ああ……そうか。そうだった。君はまだ、あんなに小さかった……。すまない、私は……君を励まそうとして、かえって傷つけるようなことを……」


今にも泣き出しそうな顔で謝るその姿は、全知全能の神などではなく、ただの世間知らずな……あまりにも無防備で孤独な青年の姿だった。


そのあまりの「ポンコツ」ぶりに、ミリアの警戒心にわずかな隙が生まれた。


「……薔薇、もらうわ。捨てたら、お母様に悪いもの」


ミリアがぶっきらぼうに薔薇を受け取ると、ラームはホッとしたように肩の力を抜いた。


「……ラーム。あなたの知っている『この国の真実』を教えてちょうだい。あの外にいた生き物の正体も、お母様のことも……全部よ」


ミリアは歪なティーポットをそっと退け、ラームを射抜くような視線で見つめた。

ラームは黄金の瞳を細め、歪んだ部屋の天井を見上げた。


「いいだろう。……けれど、それは君たちが教わってきた『美しいおとぎ話』とは、ずいぶん違うものになるよ」


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