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9話:古き技師が見た奈落


王宮の喧騒を背に、ミリアはゼノから教わっていた下水路沿いの裏道を泥だらけになりながら駆け抜けた。


たどり着いたバートの工房は、昼間だというのに相変わらずしんと静まり返っていた。

この国を支える「エーテル技術」を真っ向から否定し、旧時代の機械技術に固執するバートは、街の人々から「呪われた老いぼれ」と疎まれ、仕事の依頼などほとんどないからだ。


ミリアは荒い息を整える間もなく、重い鉄の扉を叩き開けた。


「バートじいちゃん! バートじいちゃんはいる!?」


声を張り上げると、奥の作業場から煤まみれの顔をしたゼノが、手にしたレンチを置かずに顔を出した。

その目は赤く、カイルを失った悲しみを押し殺しているのが見て取れた。


「……ミリア? どうしたんだよ血相変えて。城で何かあったのか」

「ゼノ! バートじいちゃんはどこ? 確認したいことがあって……!」


ミリアのただならぬ様子に、ゼノは眉を寄せた。彼は黙って顎で工房のさらに奥、地下へと続く階段を指した。


「じいさんなら、カイルの……あいつの剣を直そうとして地下にこもってる。入っていいぞ」


ミリアは頷き、カビ臭い階段を駆け下りた。

地下の作業場は、地上とは打って変わって異様な熱気に包まれていた。無数の歯車、蒸気機関の設計図、そして見たこともない複雑な回路が壁を埋め尽くしている。

その中心で、腰の曲がった老人、バート・ガレットが火花を散らして鉄を叩いていた。ミリアが近づいても、彼は手を止めない。


「……王女様がこんな掃き溜めに何の用だ。黒衣のネズミどもを連れてきたんじゃあるまいな」

「バートじいちゃん、聞いて。私、昨夜見たの。城の北の端、枯れ井戸の中にある洞穴の奥で…誰かいたの…、何だか苦しそうで、管や機械があって…それで…!」


その言葉が出た瞬間、槌を振るう音が止まった。

バートはゆっくりと振り返る。深く刻まれた皺に刻まれたのは、驚きではなく「ついにこの日が来たか」という深い絶望と諦念だった。


「……見たのか。あの『電池』の成れの果てを」

「電池……? バートじいちゃん、あれは何なの? 歴史管理員たちが、お父様が必死に隠しているあの施設は、一体何を作っているの!?」


バートは煤けた手で顔を拭い、棚から一枚の、ひどく古びた羊皮紙を広げた。そこには、現在の王宮の地下図とは似ても似つかない、禍々しい「内臓」のような機械装置の図解が描かれていた。

ミリアの指先が、その図面をなぞりながら震える。


「……これ、私、見たわ。あの場所で……。鉄の管が血管みたいに脈打って、苦しそうな音がして……。それに、あそこにいたあの人は……!」


「……お前が見たのは、この国の『心臓』だ。だがな、心臓ってのは血を送り出すもんだろ? あそこにあるのは逆だ。……あそこは、命を吸い出す『搾取の揺りかご』なんだよ」


バートは煤けた手で、震える指先を抑えるように膝に置いた。


「……お前が地下で見たもの。あれが何なのか、正確な名前を知る者はもう歴史管理員レコーダーの中にしかおらん。だがな……ありゃあ神の恵みなんかじゃない。この国の繁栄を無理やり絞り出すための『生贄』だ」


バートは棚から、カビ臭い古い記録帳を取り出し、力なく笑った。


「…この国がおかしくなり始めたのは、第16代王国の頃からだ。それまでエーテルは自国を細々と潤す程度のものだった。だが、当時の王は欲を出した。エーテルを他国へ『輸出』し、富を得ようとしたんだ」


バートの指が、記録帳の「輸出量」が跳ね上がった箇所を激しく叩く。


「出力を上げるために、奴らは地下の施設をどんどん広げていった。お前が見たあの巨大な空洞も、その頃に作られたものだ。……16代より前の記録には、あんな禍々しい装置の記述はどこにもない。奴らは、正体不明の『何か』を捕らえ、無理やり心臓を作り替え、国中のパイプに繋ぎやがったんだ」


バートは苦々しく吐き捨てると、棚の隅にある一通の、封の切られた古い書簡を睨みつけた。王室の紋章が入った、技術者への招聘状だ。


「管理局の奴らは、何度も俺を誘いに来たよ。『お前の腕があれば、抽出効率をあと二割は上げられる。電池にされているあの男を、もっと隅々まで削り取れる』とな。だが俺は、その度に奴らの顔に唾を吐きかけてやった。あんな神様の皮を剥ぐような真似、例え死んでも手伝うもんか」


「神様の、皮を……」


ミリアの頭の中で、あの地下で出会った漆黒の青年の姿がフラッシュバックする。

自分を「ミア」と呼んで抱きしめた、あの切ない黄金の瞳。

彼が胸を押さえて倒れ込んだ時、地下施設全体が悲鳴を上げたあの光景。


「……じゃあ、あれは夢じゃなかったのね。あの人は……あんな恐ろしい機械に繋がれて、ずっと……」


ミリアは自分の両手を見つめた。その指先を照らすエーテル灯の明かりさえ、今は誰かの血を啜って光る、おぞましい泥のように感じられた。


「……私たちは、あの人を燃料にして笑っていたっていうの? 街を飾るこの光は、全部……あの人の悲鳴だったっていうの……!?」


ミリアの叫びに、横で聞いていたゼノが耐えかねたように壁を拳で叩いた。


「……じいさんは、それがわかってて、ずっと黙って見てたのかよ! こんなクソみたいな光を、毎日、毎日……! カイルだって、こんな不気味なものの犠牲になったんじゃねえはずだ!」


ゼノの絞り出すような怒号に、バートは反論せず、ただ深く、深く目を閉じた。


「……ミリア、ゼノ。いいか、あんな正体のわからん神の残骸を絞り取って光る街に、未来なんてねえ。俺は、あの日からずっとこの国の灯りが、消えかけたロウソクの火に見えて仕方ないんだ。風が吹けば、一瞬で消えるような、危うい光にな」


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