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8話:黒い影


その晩、ミリアは一睡もできなかった。

瞳を閉じれば、あの地下洞穴で見た満月のような黄金の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。

ラームに抱きしめられた時の、ひどく冷たく、それでいてどこか懐かしい体温がまだ肌に残っている。


「あれは……一体………」


思考を巡らせていると、外が異様に騒がしいことに気づいた。

窓から朝日が差し込み始めている。早朝だというのに、廊下からは幾重にも重なる足音が響いていた。

ミリアがそっと部屋の扉を開け、隙間から廊下を覗き込むと、心臓が冷たく跳ねた。

そこには、普段は図書塔の奥に引きこもっているはずの**「歴史管理員」**たちが何人も集まっていた。


ミリアは彼らが苦手だった。全員が深い黒のフード付きマントを被り、表情を隠している。年老いた彼らから漂うのは、人間らしい温かみではなく、古びた紙と死臭が混ざったような不気味な気配だけだ。


胸騒ぎを抑えきれず、ミリアは簡単に着替えを済ませると、父の執務室へと向かった。

部屋の前に辿り着き、恐る恐るノックをすると、中から地響きのような怒鳴り声が響いた。


「誰だ!!!!!!!!!!!」


これまでに聞いたことのない、父グレイヴの切迫した、狂気じみた叫び。

ミリアは肩を震わせながらも、意を決して重い扉を押し開けた。


「……お父様…?」


部屋の中には、十数人もの歴史管理員がうごめいていた。彼らは何かの古文書や端末を囲み、平時の彼らからは想像もできないほど焦燥し、殺気立っている。

グレイヴは、乱れた呼吸を整え、ミリアを凝視した。その瞳の奥には、恐怖を押し殺したような鋭い光があった。


「……ミリアか。何の用だ」


父の異様な様子に、ミリアは本当のことを言えば捕らえられると直感した。彼女は咄嗟に、思ってもいない嘘を口にする。


「昨日……お父様にひどいことを言ったのを、謝ろうと思って。……ごめんなさい」


グレイヴは数秒、何か言おうとして悩んだそぶりを見せ。やがて、わずかに肩の力を抜くと、絞り出すような声で言った。


「……そうか。いや、昨日は私の方こそ悪かった。カイル・ベイン隊長はお前の大切な友人だったな。酷いことを言って申し訳なかった。……供養の段取りをさせよう。後日、共に墓参りへ行こう」


その時、別の歴史管理員が転がり込むように部屋へ入ってきた。

彼はミリアの姿を認めると、射殺すような嫌な視線を送り、すぐさまグレイヴに耳打ちをした。


「……ッ!」


グレイヴの表情が目に見えて強張る。彼はミリアに向き直ると、遮るように言った。


「ミリア、もう部屋へ帰れ。それから今日は、絶対に外出するな。いいな!」

「どうして? 何が起きているの?」

「いいから言う通りにしろ!」


王は即座に侍女を呼びつけると、半ば強制的にミリアを部屋へと連れ戻させた。

自室に戻り、鍵をかけられたミリアは、窓の外を見つめた。

王宮の異変は、間違いなく昨夜の自分の行動、そしてラームの目覚めと関係している。


(あの時、洞穴の隙間から何かが見えた……あんな複雑なもの、私じゃわからない)


けれど、一人だけ心当たりがあった。


「……バートおじいちゃんなら」


ゼノの祖父であり、エーテル技術に異を唱えた天才。彼なら、あの地下施設の正体を知っているはずだ。

ミリアはドレスを脱ぎ捨て、泥汚れの残る平民の服に着替えた。


「私は、第19代目女王として、知る必要があるわ…。」


朝の光に紛れ、王女は再び、慣れ親しんだ隠し通路から城下町へと滑り出した。


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