7話:王の孤独と不吉な予言
深夜の執務室。
グレイヴは、机に積み上げられた膨大な書類の山と格闘していた。
ふと昼間の事を思い出す。
泣き崩れるミリアへ投げつけた自身の言葉が、鋭い刃となって胸を抉っている。
『一介の兵士の死に、いちいち王女が取り乱してどうする。彼の死は平和の糧だ』
カイルの死を「平和の糧」と吐き捨て、進言する娘に目も向けず冷たく突き放した。
そうして憎まれることでしか、彼女を王国の闇から遠ざける方法を、彼は知らなかったのだ。
亡き妻、リリアーヌの最期の瞬間が脳裏をよぎる。彼女は、この国の繁栄を支える「エーテル・セル」の中身の秘密を知ってしまった。そのあまりの恐ろしさに、赤子のミリアを抱いて逃げようとした彼女を、グレイヴは守れなかった。黒衣の使者によって「事故」として処理された彼女の死。以来、グレイヴは一歩も引けない迷路に閉じ込められていた。
ふと、執務机の端に置かれた古いモニターに目をやる。
それは、地下深くで機械に繋がれたラームのバイタルを確認するための専用端末だった。
「……? 数値が、安定しないのか」
エーテルの出力波形が、これまでに見たこともない不規則な弧を描いている。まるで、機械の中で眠る神が激しく動揺しているかのように。
ジリリリリ……!
沈黙を切り裂く電話のベルが鳴った。
グレイヴは弾かれたように受話器を取る。相手は――歴史管理院の**「黒衣の使者」**だった。
『陛下。地下のラームに異常共鳴を確認しました。至急、降臨の間へお越しください』
その冷徹な声を聞いた瞬間、グレイヴの背中に冷たい汗が伝った。
地下最深部。無数の管に繋がれたラームは、琥珀色の液体の中で、ただ静かに浮かんでいた。
かつては「神の使者」として崇められたその姿も、今や王国の心臓部に埋め込まれた一つの部品に過ぎない。
グレイヴが駆け込んだ時、ラームはゆっくりと、力なく黄金の瞳を開いた。
「ラーム……気分はどうだ。先ほど、大きな乱れがあったようだが」
グレイヴは努めて冷静な声を出す。背後には黒衣の使者たちが、死神のように控え、二人の対話を監視している。
ラームはしばらく無反応だったが、やがて、どこか遠くを見つめるような、抑揚のない声で答えた。
『……グレイヴ。今夜は、月が綺麗に出ているのだろうか』
「……ああ。雲ひとつない、静かな夜だ」
場にそぐわない、世間話。
機械の一部と化したラームは、もう何十年も空など見ていない。その虚ろな言葉に、グレイヴは言いようのない不安を覚える。
『そうか。……あの日、ミアと一緒に見た空も、そんな夜だった気がするよ』
ラームはそれ以上、過去を語ることも、怒りをぶつけることもなかった。絶望の底に沈みきった彼は、今この瞬間に何が起きているかさえ、興味を失っているように見えた。
だが、ラームはふと、視線をグレイヴへと戻した。
その黄金の瞳が、予言者の色に染まる。
『……グレイヴ。一つだけ、教えておく』
「何だ?」
『近々、この国は壊れるだろう。……私の耳に、その足音が聞こえ始めた』
ラームはそれだけ言うと、糸が切れたように再び目を閉じた。
ミリアに会ったことも、彼女に何を託したかも、彼は決して口にしない。
グレイヴは凍りついたように立ち尽くした。
ラームが見通す未来は、一度として外れたことがない。
国が壊れる。それが自身の罪によるものか、あるいは娘が選んだ「希望」によるものか。
「……ミリア」
グレイヴは胸元に隠したリリアーヌの形見を強く握りしめた。




