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「お前は…」


レイの目の前にいつの間にか立つ黒衣の男を見上げ呟く。

レイよりも目線は高く、黒いローブで包まれた男。場に不似合いなフードをかぶってはいるが銀色の髪が垂れていて、その眼光は鋭い。

何よりも普段では目にしないような端正な顔立ちに、レイは思わず警戒をした。


ーーまた過去自分の村を襲った黒衣の集団によく似たその装いにも。


辺りは紫のマナが霧散したことにより、人々の戸惑いの声があがりザワザワとしている。

赤黒のカーペットには細かい装飾模様が織り込まれ、紫の間接照明が壁の彫刻を妖しく照らしていた。空気は微かに香水と煙草の匂いが混ざったような濃厚さを纏い、耳を澄ませばスピーカーから流れる音楽の残響がまだ漂っている。


「おい、そいつは一体誰だ。それに俺の魔術が解けている。何が起こった」


ターゲットであるピアスの男がソファから立ち上がり2人の元へと近づいてくる。

写真で見るよりも少し年を重ねたような、暗澹とした空気感を感じさせた。


「計画は一旦中止だ。邪魔が入った」

「まさか安全保障課か」

「それはこいつに聞くしかない」


男の目が鋭くレイを貫く。


「お前は何者だ?」


黒衣の男がそうレイに問いかける。


「友達に紹介してもらってここまで来たんだけど、なんか場違いだったみたいだな」


薄ら笑いを浮かべながらレイはそう答え、踵を返そうとした瞬間、黒衣の男の手がレイの首元へ伸びた。

その瞬間バチッとした音と共に、一瞬光が放たれるがレイはその手を寸前のところで払い除けた。


「魔術が無効化される、か」


男はおそらく意識をもって電撃の魔術をレイにかけようとした。

レイはごくりと喉を鳴らし、一歩後退り男から距離を取る。

その瞬間、男が腰元よりナイフを抜きレイへと刃が向く。

速い。男の動きの速さにレイは寸前のところで身を避け後ろへ退けた。

背後にあったハイテーブルを男の方へ倒し、フロア内に大きな音に女の悲鳴が混じった。

誰かが倒れ、誰かが慌てて走り出す。

急な戦闘の始まりにフロアではザワザワと声が拡がり、我先へと下の階へとおりていく客たちが先ほどで異様に静かであったフロアを騒ぎ立てた。

男には隙がなかった。構えたナイフ、レイを見る眼光からは逃れられる気配がしない。

黒衣の男はまるで音もなく忍び寄る影のように次々と攻撃の機会を窺っていた。ナイフを振りかぶる音がレイの耳の中に残り、騒ぐフロアの中でも鋭い緊張感を漂わせる。

レイはチラッと辺りを見渡し、近くテーブルにあったガラス瓶を男へ向かって投げた。

だが、男はそれをナイフを持った手で弾き飛ばし壁にガシャンとガラスが耳をつく音を立てる。

ガラスの破片が床に散乱し、冷たい空気に反射してキラキラと光る。


レイは一歩、ゆっくりと後退りしながら、上着の内側に指先を滑らせる。

まるで緊張から無意識に服を整えているような自然な動きだったが、内ポケットの奥、隠された通信具、

小型のサインプレートに、指先で短く触れる。

《2回タップ、3秒の間隔》

それは、“即時応援・現在位置へ”を意味する、ごく限られた仲間だけに共有された合図だった。

レイは表情一つ変えず、再び黒衣の男へと視線を戻し、ブロンドのポニーテールの仲間を思い浮かべた。


そして、次に動いたのは男であった。

間にあるハイテーブルを倒し、レイに間合いを詰めよると、左手からは雷が轟き、レイの方へ一直線へと向かってくる。

眩い閃光の中、レイの身体はそれを受け付けず掻き消えるが、そこに男のナイフがまっすぐレイの目元へと向かってきた。

レイは後ろにのけぞり、腰元に護身用でさしてあった短刀を抜き出し男の刃を止める。


「急に襲ってくるなよ!」


レイは力を込め、男を刃ごと押し返し間合いをとった。

後ろにはカーテンで閉じられた窓と、辺りには壁際には逃げ場を失った数名の客の姿。

突然起こった出来事と、幻覚の魔術が溶けたことによって何が起こっているのかわからない様子であった。


「ただ迷ってきたわけじゃないようだな」

「だとしたらどうなんだよ!」


今度はレイの方から男へ向けてナイフを振りかぶる。

ただ、男はうまくナイフを避けレイから連撃を躱し、レイの頭上にある照明に向けて雷を飛ばす。

雷は照明に辺り、それと同時レイの後方にあったカーテンとガラスが割れた。照明が派手な音を立てて、レイの頭上へ落ちてくるがレイはそれを避け、男との間合いを図る。

照明が落ちたことで、天井のシャンデリアから垂れた無数のクリスタルが揺れながら暗がりの中で微かな光を放つ。その下で雷撃が走るたび、影が一瞬だけ踊るように壁を這い、黒衣の男の輪郭を不気味に浮かび上がらせた。

派手な音をたてて割れた照明に、フロアにいる客からはさらに悲鳴があがった。


2階への入り口の方を見ると扉の前で立っていた屈強な男が立っており、手元にはおそらく魔術を使用した銃が構えられている。

逃げ場が完全に失われ、レイはごくりと息を呑む。


「おい、派手な騒ぎを起こすな!」


ターゲットであった男が黒衣の男へ向かって言う。


「いや、もう遅い。おそらくもう囲まれてるだろう。外にも気配がある」

「んなっ。クソ、めんどくせぇ」


その瞬間ピアスの男の手からフロア全体に紫色のマナがはなたれる。

紫のマナが霧のように床を這い、まるで世界そのものの色彩を塗り替えるように周囲の輪郭がぼやけていく。人々の瞳からは焦点が消え、動きがまるで糸が切れた操り人形のように不自然になっていった。

フロアでは黒衣の男に、ピアスの男、そして通路前で銃を構える男に、レイのみ。

通路を通じた下の階からは、まるで嵐に巻き込まれたかのような喚声と、急足で逃げ惑う人々の音が伝わってくる。


「くそ、こいつ俺の魔術が効かないのか?」


ピアスの男が焦ったかのようにレイを睨み悪態をつく。

割れたガラスの向こうからはサイレンが鳴り、逃げ惑う人々の喧騒が聞こえた。


「ここまで騒ぎになると引くしかねぇか。ただこいつはここで殺していけ!」


ピアスの男が叫んだ、その瞬間

レイの耳元に、“パキッ”という空気を裂く音と共に、焦げた匂いが混じる。

すぐに、通路の奥で火柱が上がり、男の悲鳴が響き渡る。鮮やかな橙色の火がジャケットを焼き、男は咄嗟にそれを脱ぎ捨て、床へと転がる。

焼け焦げた布が宙を舞い、そしてその向こうから、鋭い足音を響かせて現れたのはエリスだった。

その目は鋭く、銃口は一点を見据えてまっすぐ向けられている。ポニーテールが揺れ、彼女の周囲の空気が、まるで一瞬で戦場へと変わったかのように張り詰めていく。


「ここはもう包囲されてるわ!」


エリスの声がフロア全体に響き渡る。その一言で、場の空気がガラリと変わった。


「違法魔術使用の現場を押さえた。あなたたちは投降しなさい!」


一瞬、黒衣の男とピアスの男が顔を見合わせる。ピアスの男は苦々しげに舌打ちをし、黒衣の男の指先には再び雷のマナが灯る。

エリスは一歩も引かず、レイの横に立ち銃を構え続けていた。

エリスがそう言い放つと、ピアスの男はくっと唇を噛み締めたように辺りを見渡す。


「駄目だな、一旦引くぞ」


黒衣の男が低く呟いたその瞬間、彼の掌には青白い光が蠢き、次の刹那には雷撃が蛇のようにうねりながらエリスへと放たれた。


「危ない!」


レイは咄嗟に身を投げ出し、彼女の前へと立ちはだかる。その瞬間、雷撃は彼の体に触れる寸前でバチンと音を立てて弾かれ、空中でまるで霧が消えるように霧散した。眩い閃光が消えた後には、ただ焦げたような金属の匂いと、微かな静電気のざわめきだけが残った。


一瞬の静寂。


しかし次にレイが顔を上げた時には、男たちの姿はもうなかった。


窓辺に視線を移すと、カーテンは裂け、夜風に煽られてばさばさと揺れている。その向こうの闇に二つの影が飛び去るように滑り消えていく――黒衣の男とピアスの男だ。割れた窓の外には街のネオンが滲み、サイレンの赤と青の光が断続的に差し込んでは消えていく。


足元には照明の破片と、燃え残ったカーテンの一部が散乱している。逃げ惑っていた客の一人が、壁際で膝を抱えて震えていた。ガラスの破片が照明の光を反射し、床に小さな星のような輝きをばら撒いている。


エリスは銃を構えたまま前を見据え、息を整えながら言った。


「逃げたわね……でも、これで少しは動きが読めるわ」


レイは黙って頷いた。けれど胸の奥では、今しがた交錯した雷撃の余韻と、男たちが残していった異様な“静寂”がざわざわと渦巻いていた。

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