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レイは部屋を後にし、共用スペースを抜けて建物の外へと出た。

特別工作部から離れた住宅棟の周囲は、まだ明るい日の元ではあるが、静かな路地に包まれていた。だが、そこから見渡すと、リセルという巨大都市の断片が、息吹を与えるかのように輝いていた。


先に見えるメインストリート沿いには、近未来の技術が随所に組み込まれたビル群が立ち並び、ガラスと金属の反射でキラキラと光る。高層ビルの合間に、白や青の魔導官が流れる様は今までレイが見てきた風景とは全く違い。

遠く、鋭い山々の麓にそびえる建物群の中、一際高い教会が、歴史を物語るように静かにその存在感を放っていた。


レイは歩きながら、ふと目に留まる巨大なモニタに映る、街の全体地図を思い浮かべた。リセルは、フィネストリ連邦の中でも最大の都市であり、その姿は政治的にも経済的にも圧倒的な存在感を示している。最新鋭のビルと、古くから続く中世的な石造りの建築が奇妙なほど混在する中、魔導官マナチューブがあちこちから青白く輝き、都市全体に魔術が供給するエネルギーの流れを感じさせていた。


歩きながら辺りを見渡していると、ポケットにしまっていたデバイスが振動しているのを感じ取り出す。

発信元はリュカであった。


『レイ?どこにいる?準備が出来たから出発しようと思うんだけど』

「あぁ、悪い。少し辺りを見てた。すぐ戻る」


レイは通話を切ると、来た道を戻っていく。

行き交う人々は多種多様であった。近代的な服装を身にまとい、おそらくビジネスを行なっているであろう人々。

マナ信仰の信者達は白いローブをかぶり、清貧とした雰囲気をたたずませている。

レイが今まで住んでいたトレノスの町では、どちらかというとマナ信仰をベースとした穏やかな地域だったため、ここまで清貧とした格好をしている人もあまり多くは見かけなかった。


レイは、自分の足取りがこの広大な都市の中でどのように辿られていくのかを、しみじみと感じながら歩き出した。

特別工作部の前に戻ると、建物脇の駐車スペースで見慣れた姿が手を振っていた。


「遅いよレイ、一体どこまで行ってたの?」」


リュカが笑いながら手を上げ、後部ドアを開ける。隣ではエリスが腕を組み、呆れたようにため息をついていた。


「まったく……初日からマイペース過ぎるんじゃないの」


エリスが少し呆れたようにレイに言葉をかける。


「悪い悪い。こんなおっきい街初めてだったからちょっと気になってさ」


レイは小さく笑い、後部座席へ乗り込む。リュカは助手席、エリスは運転席に座り、車は静かに動き出した。



ーーーーーーーーーー



車内には、低く心地よい振動音とともに魔導エンジンの駆動音が流れている。窓の外では、高層ビルが次々と後ろへ流れていき、青白いマナ灯が交差点を彩っていた。


「さてと……まずは中央区の制御センターを通って、そのあと宗教区をかすめて、下層街だね」


リュカが助手席からナビに手をかざすと、魔導スクリーンに街の簡易地図が浮かび上がる。レイは窓の外に目を向けながら、小さく問いかけた。


「街全体をマナで動かしてるって感じがする、やっぱすげぇな」

「すごいって言うか、異常って言うか……」


エリスがぼそりと呟く。


「あたしみたいな魔術使いにはね、あの仕組み、ちょっと気持ち悪いくらいなのよ」

「便利さと引き換えに、何を差し出したかって話だね」

「それにしてもエリスって、魔術の扱いが本当に丁寧だよね。どこで習ったの?」


リュカがそう尋ねると、エリスが答える。


「父が教会の司祭でね。小さい頃から魔術薬や儀式の手伝いをしてたから、自然と覚えたのよ」

「教会、なるほどね」

「でも、あそこにいたからこそ、時々この街が怖くなる時もあるわ」


そうエリスが零す。


「魔術は本来、古来より誰かの祈りや意志に応じて流れるはずのもの。けれどリセルではそれを制御して動かしてる。マナ信仰とは違った流れで大きな力を取り扱ってるから、時々怖くなるの」


流れる景色を眺めながら車が進んでいくと、車内の窓の向こう、遠くにそびえる建造物が視界に入った。

鋼鉄と強化ガラスで形作られた巨大な塔――それはリセルの中枢、マナテックの制御センターだった。


「……あれが制御中枢。リセルの都市化に至った中心的な存在だよ」


助手席に座ったリュカがレイへ伝えると、エリスが皮肉っぽく笑う。


「つまり、この街の魔術インフラの心臓部ってこと。文明の名を借りたマナの工業化、ね」


「端末も通信も、全部ここの変換装置を通してマナを供給してる。レイの使ってるデバイスだって、元を辿ればあのビルの恩恵だよ」


「……ああ。知識としてはあったけど、ここまでとは思わなかったな」


目を細め、建物を見上げる。初めて見る景色の中、この街はまるで異質な存在だった。

地下にも上空にも張り巡らされた魔導官群が、都市の隅々まで青白く脈動するマナを運び、照明や交通、生活機器に至るまであらゆるものを稼働させている。


「たった一つの企業が都市のライフラインを管理してる。それだけで十分、権力ってものが見えてくるでしょ」


「それに政治も宗教も絡んでくる。連邦政府との関係も深いしね。議会じゃ毎年、エネルギーの安全保障について議論が交わされてるし、安全保障局とも連携強化の話が進んでるくらいだ」

「……つまり、止まったら都市が混乱するってことか」


レイがそう答えると、リュカが頷く。


「その通り。混乱どこから街が機能しなくなるだろうね。だから、管理者たちは日々ピリピリしてる。最新技術の恩恵を受ける代わりに、都市は常に不安定なバランスの上に成り立ってる」


しばらくの沈黙の後、車が北の高台に差しかかった。窓の外には、遠くの山裾に佇む大きな建物が見えた。


「見える? あれが大聖堂。リセルで最も古い信仰の中心地。昔は旧王家いた場所とも言われてるね」

「大聖堂もまた、この街を語るには外せない要素よ。人工供給されたマナに頼らず、自然発生するマナだけを聖なるものとする教義。あの区域では、今も伝統的な生活を続ける人々が多いわ」


「つまり、マナを"神の恵み"と見なす一派だ。マナ信仰だね。だから、マナテックみたいに"技術でマナを使う"ってのを快く思ってない人も多い。便利さよりも、純粋性を重んじてるってわけ」


レイは流れる景色を見遣り、思わず息をつく。

流れる車窓の先、近未来的なビルと中世を思わせる石造りの建物が奇妙に混在し、どこか不協和音のような調和を保っていた。



ーーーーーーーーーー



車は大聖堂のある丘の麓に差しかかり、石畳が目立つ古風な通りに入る。周囲の雰囲気はガラリと変わり、近代的なビルの姿は影を潜め、代わりに歴史を感じさせる石造りの建物や、神聖な静けさをたたえた空気があたりを包む。


そのとき、ひときわ目立つ黒の車が大聖堂前の広場に静かに停車するのが目に入る。

車体には安全保障課の公式のエンブレムが刻まれており、明らかに一般車とは異なる雰囲気を放っていた。


やがて車のドアが開き、ゆっくりと一人の人物が降り立つ。厳しい目つきに、黒のコートを羽織ったその姿を見た瞬間、エリスが声をあげる。


「あれ……あの人、もしかして」


「……間違いない。あれ、ブロウさんだ」


静かにそうリュカは呟きながら、彼らは車を停め、広場へと足を向ける。

白い制帽をまっすぐにかぶり、制服は一糸の乱れもなく着こなされている。

赤毛の髪に整った顔立ち。制服の襟にかかる金の飾緒が、ただの一般人ではないことを物語っていた。


「ブロウさん。こっちに顔出してるの珍しいね」


「エリスも来てたのか。久しぶりだな」


ブロウが穏やかな声で応じる。

二人とは以前からの知り合いのようで、軽く握手を交わすと視線が自然とレイへ向けられる。


「そちらは……新人か?」


レイが少し緊張しながら頷くと、ブロウはゆっくりとした歩調で近づき、じっとレイを見つめた。鋭くもどこか温かみを含んだその視線に、レイは思わず背筋を正す。


「レイ・アルヴァです。明日からの配属ですが、よろしくお願いします」


レイの挨拶に、ブロウは一瞬目を細めてから小さく頷いた。


「そうか。……私はブロウ・ローレン。安全保障課の一課に所属している。特別工作室とはよく顔を合わすからこれからはよろしく頼む」


そしてレイのことを見て呟く。


「そうか……ナディなら、君みたいな奴を気に入ったかもしれないな」


ふいに出たその名前に、空気が一瞬止まったように感じられた。

レイの頭の中にエリスが話した一年前に行方不明になったという先輩の名前が浮かびあがる。

ブロウ自身も、その言葉に気づいたように、ほんの少しだけ目を伏せる。


「……いや、少し昔のことを思い出しただけだ」


ブロウの表情には何か懐かしさのようなものが浮かんでいたが、すぐにそれを打ち消すように視線をそらした。


「……ナディが、ここをよく訪れてたのは知ってるか?」


エリスが、静かにうなずいた。


「はい。ナディ先輩、大聖堂の辺りは静かで落ち着くって言ってました」


そうか、と呟き。ブロウは寂しげに笑みを浮かべた。


「何か、手がかりが?」


リュカが少し身を乗り出すように尋ねるが、ブラウは首を振った。


「……確証はない。ただ、どうしても気になる場所があった。それで、ここに来たんだ」


彼の眼差しが、大聖堂の奥に向けられる。まるで何かを疑念を向けるかのように大聖堂の方へ眼差しを向ける。


「彼女は……まだ街のどこかにいる。俺はそう思ってる」


少しの沈黙のあとブロウは帽子を正すと、レイの方を見る。


「すまない、街の案内の途中か。また一課にも顔を出してくれ。私以外のものも紹介しよう」

「ありがとうございます」


そうレイが答えると、ブロウは では、軽く会釈をし大聖堂の方へと向かっていった。


「行方不明になった特別工作室の人って……」


レイがリュカとエリスへそう問いかけるとエリスの表情が少し曇る。


「僕も会ったことはないんだけどね。ちょうど一年前にこの周辺であった違法魔術の現場に向かったきり、行方がわからなくなっているんだ」

「さっきも話したわね。私は直属の先輩で、……ブロウさんの恋人よ。……とても明るくて、頼りになる人。私も行方を追っているけど、その事件ごと進行がなくて手詰まっている状態……」


エリスが何かを思い出すように自身のポニーテールを縛るリボンに触れる。

しばしの沈黙のあと、リュカが次を促し3人は車へと戻った。

車に戻ると、エリスがさりげなく運転席の窓を開けた。冷たい外気とともに、大聖堂の静寂が車内へと流れ込む。リュカがナビを捜査しながら呟いた。


「……さて、次は下層街だね」


後部座席に座ったレイは、窓越しに去っていくブロウの背を目で追った。あの短いやり取りの中に、彼の孤独と、ナディという人物の大きさが滲んでいた気がして、胸の奥がほんの少し重くなる。


車がゆっくりと大聖堂前の坂を下り始める。やがて近未来的なエリアのネオンが遠ざかり、建物の密度が少しずつ変わっていった。


「リセルは多層構造になってる。地盤そのものを段階的に都市開発したからね。今から行くのは、言ってみれば“都市の影”さ」


リュカの言葉に、レイは目を細めた。

窓の外に広がる街並みが、徐々に変わっていく。


煌びやかなビルの列は消え、狭く複雑に入り組んだ通路と、古い建材で継ぎ接ぎされた家々が現れる。通りを歩く人々の服装もどこか粗末で、目元には疲れが色濃く浮かんでいた。


「……空気が違うな」


レイがぽつりと漏らすと、エリスが振り返る。


「下層街はマナ供給も不安定で、設備も老朽化してる。特にこの辺りは違法魔術の温床にもなってて、取り締まりが強化されてるの」


「でも、取り締まりばっかりじゃ意味がないんだよね」


リュカが苦笑した。


「ここの住人の多くは、上層じゃ暮らせない理由を抱えてる。生活の基盤そのものが、都市の“進化”に追いつけなかった人たちなんだ」


車が緩やかに右へ曲がると、急に視界が開け、古びたアーチ型のトンネルが現れる。そこが下層街への入り口だ。


「もうすぐ着くよ。あそこが今日最後の見学ポイント」


リュカの言葉に、レイは姿勢を正す。

そして――空気の重みがまたひとつ変わった気がした。

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