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「……化け物が……」


ジェフが低く呟き、震える手で再びハルバードを構え直した。

だが心の奥底では誰もが悟っていた。この“異形”は、もう手遅れだ。人でも魔術でもない、純粋な“怪物”――


異形の黒い獣は背を丸め、地を這うように低く身構えた。

その足元から溢れ出す黒霧は洞窟の床石をじわじわと蝕み、触れた岩を砕き、黒ずませていく。

一歩踏み出すたび、砕けた石片が跳ね、異様な熱と冷気が同時に立ち込めた。


「来るぞ……ッ!!」


レイの叫びと同時に、黒い獣は音もなく地を滑るように跳び出した。

四肢の爪が岩を掴む前に、重力を無視するような滑空で一気に間合いを詰める。


「っ!」


レイの両手が閃き、風の刃が双方向から撃ち出された。

鋭利な空気の刃が異形の胸と肩を斜めに裂き、粘つく黒い体液が噴き出す――

だが獣は怯まず、黒霧が流体のように傷口を覆い、瞬時に再生していった。


「嘘だろ……通らないのか……!」


レイが顔を歪めた刹那、黒い獣は牙を剥き跳びかかった。

咄嗟にジェフがレイの肩を掴み、二人は地面へ転がり込む。

その頭上を、異形の巨体が唸りを上げながら飛び越え、岩盤を砕きながら着地する衝撃が走った。


「……リュカ!」


レイの呼びかけに、リュカはすでに魔術式を描き終えていた。

掌から眩い黄金色の光が広がり、六重に折り重なる光の鎖となって黒い獣の四肢を縛る。


「今だ!」


レイは短剣を逆手に握りしめ、鎖で固められた異形の側面へ滑り込んだ。

黒霧が肌に触れればただでは済まない危険を承知で、一気に喉元へ短剣を突き立て、左手で直接、異形の体表へ掌を押し当てる。


「喰らえッ!」


溶けるように左手は獣の中へ入り込み、黒い獣が咆哮を上げる中、レイの指先は異形の内部で硬質な存在を掴み取った。心臓のように脈打つその核へ意識を集中し、力任せに握り潰すように力を込める。

黒い獣は地鳴りのような唸り声を上げた。

全身から黒霧が噴き出し、洞窟の空間を荒れ狂う暴風が満たす。

結界の鎖が軋み、リュカの額から汗が吹き出した。


「レイっ!限界……っ!早く!離れて!!」


レイは短剣を引き抜き、身を翻す。

直後、“核”から脈動する衝撃波が広がり、レイの体を吹き飛ばす。

レイの体は地面を転がりながらも受け身を取り、即座に立ち上がり獣の方へ刃を向ける。

その合間にジェフが魔術紋を展開し、岩の槍を数本出現させると獣へ向かい貫く。

そしてハルバードを振り下ろすと獣のが唸り声をあげ、ジェフへ向かって食らうように口を大きくあけた


「くっ……!」


ジェフがそれをハルバードで構え防ぐが、異形は鎖を引きちぎり再び動き出した。

その瞬間エリスが魔術紋を展開させ、獣へ火柱をあげる。ジェフのそれを機に距離を取る。

火柱の中からも噴き出す黒霧は、怒りのような異様な波動を帯びていた。

その瞬間、黒霧は意思を持つかのようにうねりながら、洞窟奥ーー祭壇へと滲み出す。

霧が多い、一瞬発光したかと思うと、洪水のように黒いマナが溢れ出して、獣の方へ吸収されていく。


「……これは……」


レイは震える視線でそれを見据えた。

異形は貪るようにマナを飲み込み、その輪郭を不気味に肥大させていく。

だがそれだけではなかった。

黒霧はやがて、レイたち自身へも手を伸ばし始める。


「……やばい。絶対倒れへんって顔してるわ」


ジェフが低く息を吐き、ハルバートを構え直した。

レイがより質量の増した獣から目線は逸らさずに三人に伝える。


「だけど、首元になにか核のようなものがあった。あれを潰せば勝機はあるかもしれない」

「な!ホンマか?」


ジェフがそう答えぐっとハルバートを握る手を強くする。

レイも短剣を構え直し、リュカとエリスもそれぞれ魔術式を再び描き始める。

黒い獣はゆっくりと牙を剥き、喉の奥から、黒い霧のような触手が現れ始めた。


「こいつ……まだ吸収するつもりだ……!」


背筋を這い上がるような冷たい嫌悪感が四人を襲う。

よぎるのは先程のヴァルターの姿。黒い獣は喉奥から腐敗した泥水のような黒霧を吐き出した。


「後ろに下がるんや!」


ジェフが叫び、咄嗟に後退する。

しかし黒い獣は逃さない。闇に紛れたまま四足で跳びかかる。

音もなく接近するその異形は、まるで悪夢そのものだった。

ジェフが魔術式を展開し、洞窟の床から岩の杭を打ち出し黒い獣の脚を撃ち抜く。

黒い獣が拘束された足から身を仰け反らせ、わずかに動きが鈍った。

だが、ジェフの顔は歪んだままだ。


「アカン、すぐに抜けるわ……」


黒い獣は力任せに自身の身体に傷ができることも厭わず無理やり杭から自身の足を抜く。

触手が傷を覆い尽くして再生が始まる。


「回復速度が速すぎる……っ」

「だったら削り続けるしかないわ!」


エリスが魔術銃を構え、赤い光線を撃ち込む。

撃ち出された炎の光線は残光を引きながら黒い獣の肩を撃ち抜き、さらにその隙を突くようにレイが跳び込んだ。


「くそッ!!」


短剣にマナを流し込み、一点突破の力を込めて黒い獣の喉元へ突き立てる。

刃が異形の体を貫通した瞬間、黒い獣は轟音のような咆哮を上げた。


「があああああアアアッ!!」


黒霧が逆巻き、暴風のように洞窟を吹き荒れる。

その圧力で四人は吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。


「ぐっ……あッ!」


レイは口内に鉄錆の味を感じながら、必死に体を起こす。

だがその視線の先で、黒い獣はさらに膨れ上がっていた。

黒霧の中、無数の眼孔のようなものが不規則に蠢き、見る者の精神を蝕むようだった。


「来るッ!」


黒い獣が咆哮と共に四肢を地に叩きつけ、衝撃波が岩壁を砕きながら突進してきた。

巨体にも関わらず、まるで重力を無視したかのような速度だ。

エリスが魔術銃を乱射し、リュカが再び光の鎖をを広げる。

だがその全てが黒い獣の黒霧に呑まれ、吸収されるように消えていく。


「通らない……!? 魔術耐性が跳ね上がってる……!」

「避けろ!!」


レイの叫びと同時に四人は散開する。

だが間に合わない。

黒い獣の巨大な前肢が地を薙ぎ払い、前にいたジェフとレイが吹き飛ばされた。ジェフは岩壁に叩きつけられ、呻きながら血を吐く。レイの持っていた短剣の刃は砕け散り、肩口から鮮血が噴き出した。


「レイ!! ジェフ!!」


エリスとリュカが駆け寄ろうとするが、背後から黒霧の触手が伸び、リュカの足首に絡みついた。


「くっ……!」


引き倒され、地面に叩きつけられるリュカ。


「離せぇッ!!」


ジェフが渾身の力で立ち上がりハルバードで、黒霧の触手を断ち切った。

だが斬撃の手応えは鈍く、断面はすぐに蠢きながら再生し始める。


「効きが……薄すぎるわ……!」


呼吸が荒くなる。力も、魔力も削り取られていく中で、敵はなお膨れ続ける。


「こいつ……喰った分だけ強くなってるんだ……!祭壇からマナが溢れ出してる……」


まだ祭壇からは黒いマナが流れている。レイの口から自然と絶望的な言葉が漏れた。

黒い獣は再び巨体を揺らし、今度は洞窟全体を崩壊させるような勢いで突進してきた。

地鳴りと共に足元が崩れ、岩石が降り注ぐ。


「くそっ……!!」


レイは歯を食いしばりながら、最後の力を振り絞った。

短剣の柄を握りしめ、全身のマナを一点に集中させる。

刃が眩い翠光を帯び、マナが弾ける。

彼は黒い獣の正面へ向かって真っ直ぐに跳び込んだ。


「レイ!!」


エリスの叫びも届かない。

レイは咆哮を上げながら、黒い獣の喉元目掛けて渾身の一撃を突き立てた。

刃は黒霧を裂き、その奥にある核心――漆黒の核のようなものへ届いた。

黒い獣の動きが一瞬止まる。


「やった……!」


しかしその瞬間、黒核が脈動し――

凄まじい逆流するような魔力圧がレイを弾き飛ばした。


「がッ……!」


壁へ叩きつけられたレイの視界が揺らぎ、耳鳴りが響く。

黒い獣は咆哮を上げ、四方へ黒霧を撒き散らす。

その瘴気は先程までとは比べ物にならぬほど濃密で、四人の体力も限界に近づきつつあった。

だが、四人は再び立ち上がり、崩れ落ちる洞窟の中で最後の覚悟を固めた。


「こんなとこで終わってたまるか……!」


レイが刃が崩れた短剣を握り直し、血走った目で異形を睨みつけた。


黒霧はさらに濃く、洞窟全体を支配していた。

空気は重く淀み、呼吸すらままならない。

視界も感覚も、じわじわと喰い尽くされていくようだった。


ジェフは肩を押さえ、片膝をつきながらもハルバートを握りしめた。

リュカは詠唱すら途切れがちになり、血だらけの手を震わせる。

エリスはすでに膝をつき、祈りの結界すら黒霧に蝕まれ崩れようとしていた。

レイは短剣をかろうじて立っていた。だが呼吸は荒れ、全身から血が滲んでいる。

視界の端で、異形が不気味に膨れ上がりながらこちらを凝視しているのが見えた。

黒霧の中から伸びる無数の触手――

そこには既に、飲み込まれたヴァルターの頭蓋が溶けかけたまま埋め込まれていた。苦悶の表情を浮かべたまま、彼の魂魄すらも黒い獣の糧となったのだ。


「くそっ…………負けられないんだよ……!」


レイは呻きながら最後の力を振り絞る。

短剣を両手で握り直し、奥歯を噛みしめる。

身体は悲鳴を上げていたが――心だけはまだ折れていなかった。


「これで……終わりだ……!」


異形が咆哮と共に四方から黒霧の触手を一斉に振り下ろしてきた。

四人の意識が霞み、絶望が飲み込もうとした、その瞬間――


甲高い空気を裂くような雷鳴が洞窟内に響いた。

次の瞬間、地面を駆ける銀色の閃光が黒霧を薙ぎ払っていた


「……何?」


レイのかすれた声が漏れた。


四人の視線が洞窟の入口側へ向かう、そして黒霧が裂かれた先に立っていたのは――

闇よりも深い漆黒の服を纏う一人の男だった。

銀白の髪に、鋭い蒼の瞳。

その背からは、闇に溶けるような薄い瘴気すら漏れ出している。


「……ゼオン……?」


レイの目が見開かれた。


ゼオンはゆっくりと足を踏み出し、左手をかざす。

その手の甲には荘厳な魔術紋が刻まれ、そこから青く光るマナが逆巻いた。

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