表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/37

29

ジェフとリュカは、先ほどアーニャから渡されたメモを頼りに、小さな喫茶店を訪れていた。

市場の喧騒とは対照的に、店内には不思議とゆったりとした空気が流れており、客足もまばらだった。


「いらっしゃい」


カウンター越しに、落ち着いた雰囲気の男性が古いカップを丁寧に磨きながら、二人へ声をかける。


「すみません。お茶屋のセーニャさんに教えてもらったんですが……」


ジェフが男へ声をかけると柔和な笑顔を浮かべジェフを見る。


「ああ、君がそうか。話は聞いているよ」

「営業中にすみません。ちょっとヴァルター氏のことで聞き込みしてまして。何かご存知なら教えていただきたいんですが」


ヴァルターの名が出た瞬間、男の顔がわずかに曇る。


「そうだね……。もうしばらく会ってはいないんだがね。四年前にあの工場ができて、ネストリアへ戻ってからは人が変わったようだったよ」


男は少し遠くを見るように目を細めながら続けた。


「昔は気弱だが優しい男だった。仲も良かったし、よくうちにも顔を出してくれてね。だが、あれはかなり前だ。店を閉める少し前ごろから、突然気性が荒くなりはじめた。まるで別人のようだったよ」

「それって……たとえば、言動が変わったとかですか?」


リュカが身を乗り出して尋ねると、男は静かに頷いた。


「ああ。商売自体は酒屋をやっていて、親父さんと二人で細々と続けていたんだが、最後の方はあまり上手くいっていなかったようだ。それで行き詰まったのか、七年前――あの違法魔術事件のころに怪しい商売も始めたみたいでね。私にも何度か声をかけてきたよ」


「……怪しい商売?」

「ああ、薬の販売だったか何だったか……。今思えば、あの工場に関係していたのかもしれないが、胡散臭くてね。断ったんだ」


ジェフとリュカは視線を交わす。


「なるほど。やっぱり違法魔術の件と繋がっていそうだな」

「ああ。性格が変わったっていうのも気になる」


そのとき、店の扉が開き、控えめにベルが鳴った。


「先に入ってたんだな」


レイの声だった。後ろにはエリスの姿も見える。


「おお、ええタイミングやな」


ジェフが手を挙げると、レイたちは男へ軽く頭を下げる。


「そっちはどうだった?」


リュカが尋ねると、レイが眉をひそめて答えた。


「昨日、確かにあのレストランへ行っていたことは分かった。それに、今日もどこかで落ち合う約束らしい」

「そうか。朝方、ヴァルターの家に教会の関係者が入っていく様子を見たって証言も取れたわ」

「昨日会っていたのも教会関係者らしい。何かやり取りがあるのは間違いなさそうだな」


エリスが険しい表情で無言の頷きを返す。

その直後、リュカのデバイスが微かに震えた。


「ん……ちょっと待って」


リュカは素早く画面を開き、自分が仕込んだ監視カメラの映像を確認する。

映像はほぼリアルタイムで更新されていたが、ある一瞬、車が門を出る様子が映った。


「……!」

「どうした?」


レイがリュカの様子を見て尋ねる。


「今、家を車で出たみたいだ。車内の様子までは見えないけど、この映像を追って進行方向を調べてみる」


リュカはホログラムを展開し、市内の監視カメラ映像を次々と呼び出していく。


「……郊外の方へ向かっているね。工場とは反対側だ」

「よし、なら現場へ向かおう」

「ほな、こっちの安全保障局で車借りてくるわ。リュカ、その間に追っといてくれ」


ジェフが立ち上がり、全員が頷く。


「仕事中にすみません。助かりました」


ジェフがカウンターの男に頭を下げると、男は静かに微笑んだ。


「ああ、何があるか分からんが気をつけるんだよ」


再び外の喧騒へ戻る四人。重たく、しかし確実に何かへ近づいていることを、皆が肌で感じていた。



ーーーーーーーーーー



三人はしばらくして、車に乗ったジェフが戻ってきてそれに乗り込んだ。

助手席にリュカが座り、ホログラムを開きながらネストリア周辺の地図を開く。


「で、どこへ向かったらいいんや?」


ジェフが運転席からリュカへ尋ねる。


「エリス、この郊外の方角って何かある?」

「そっちは山側ね。広い農地が広がってるだけで、特に目立った建物はないわ」

「了解。東側から出たのは間違いないから、いくつか仮のルートを作ってみる。ジェフ、このまま進んでもらえる?」

「任しとき」


リュカの指示に、ジェフはハンドルを握る手に力を込めた。


「リュカ、道はわかるんか?」


ジェフの問いに答えるように、車窓の外では風景が緩やかに移り変わっていく。

舗装された道路の両脇には低い柵と広大な畑が続き、遠くには緩やかな丘陵が重なっている。

空はどこまでも高く、午後の柔らかな日差しが乾いた土と緑の作物を照らしていた。

人影はまばらで、車の通りも少ない。

穏やかな景色とは裏腹に、車内には微かな緊張感が漂っていた。


道は徐々に傾斜を増し、畑の風景から低木混じりの山道へと変わっていく。

舗装は甘くなり、ところどころ砂利道が現れる。

しばらく進むと、道の先には「私有地につき立入禁止」と書かれた錆びた看板が立っていた。

太い鉄製のチェーンが道路を横断し、これ以上の進入を遮っている。


「うーん……これ以外だと街に戻る道しかないんだよね」


リュカが地図を睨みながら言うと、車はその場で静かに停まった。


「エリス、この辺り、誰か所有者がおるんか?」

「どうかしら……この辺りは地元でも滅多に来ない場所だし、看板があるってことは誰かが管理してるのでしょうね」

「ただ、車が頻繁に通っている跡があるな。タイヤ痕がこの先までしっかり残ってる」


レイが車窓越しに路面を指差しながら言う。

アスファルトには乾いたタイヤ痕が続き、土埃が薄く舞っていた。


「違ったら迷ったってことにして謝ればええわ。とりあえず進んでみるで」


ジェフの言葉に三人は頷いた。

レイは静かに車を降り、チェーンの鍵を外して道を開ける。

乾いた金属音と共にチェーンが脇へ寄せられ、ジェフは車をゆっくりと進めた。

境界線を越えた後、レイは再びチェーンを掛け直し、車へ乗り込む。


道はさらに細く、荒れた山道へと変わった。

両脇は鬱蒼とした雑木林が迫り、舗装は途切れがちになりながらも続いていく。

土と枯葉の匂いが微かに窓から入り込み、鳥の声も途絶えた。


やがて木々が途切れ、開けた空間に出る。

そこには一台の黒いセダンが無造作に停まっていた。――ヴァルターの車だった。

そのすぐ脇には、草むらを無理やりかき分けたような細い獣道が続いているのが見えた。

草は押し倒され、まだ新しい踏み跡が残っている。


「いかにも……って感じだな」


レイが低く呟くと、他の三人も無言で頷いた。

目の前にある黒いセダンは、まるで場違いな異物のように静まり返った山中に佇んでいる。


「とりあえず、こんな目立つ場所に置いてたら万が一バレるかもしれん。車、もう少し先に進めるわ」


ジェフは短く言うと再びエンジンをかけ、細い山道を慎重に登っていく。

しばらく進むと、木々の隙間に車一台が収まるほどの窪地が現れた。

朽ちた倒木と雑草が覆うそこへ、ジェフは静かに車を滑り込ませる。

車体は木立に隠れ、遠目にはほとんど見えなくなった。


四人は音を立てぬようドアを閉め、先ほどの場所――ヴァルターの車が停まっていた地点まで引き返す。

空気はひんやりと重たく、鳥のさえずりも遠ざかっている。

獣道の入口は背の高い草に覆われ、まるで誰にも見つけられたくないと主張しているかのようだった。


「こんな場所に……いったい何があるのかしら……」


エリスがかすれた声で呟く。

その問いに、ジェフが険しい表情で答えた。


「まあ、こんな隠れた場所でやってることや。まともなもんやないのは確かやろ」

「そうだな」レイも続ける。「この荒れた道を見る限り、公的な施設じゃない。完全に人目を避けているな」


四人は互いに目を交わすと、獣道へと足を踏み入れた。

草をかき分ける音も最小限に抑え、息を潜めるように慎重に進む。

地面は柔らかく湿っており、足跡が残りやすい。

背後に木々が重なり、外の光はほとんど届かない。

時間の感覚が曖昧になるほどの薄闇の中を進むうち、やがて視界がぱっと開けた。


そこに現れたのは、岩山を真っ二つに裂いたような巨大な洞窟だった。


灰色の岩壁は鋭く切り立ち、入り口は漆黒の闇へと吸い込まれている。

周囲には崩れた岩や風化した地層が露出しており、長い年月をかけて自然に形成されたものだと伺えた。

しかし、その雄大さの裏にはどこか禍々しい気配が漂っていた。

ひんやりとした空気が肌を撫で、鼻腔にはわずかに湿った土と古い苔の匂いが混じる。


「この山の中に……こんな場所があったなんて……」


エリスが息を呑むように呟いた。

四人は自然と身構え、互いの位置を確認しながら警戒を強める。


「どうする?」

レイが短く問う。視線はジェフに向けられていた。


「……中の様子を探るしかないな」


ジェフは静かに頷き、リュカがすぐに続いた。


「了解。少しこの辺り調べて、内部構造を探ってみる」


リュカは腰から取り出した小型の魔術具を地面に置くと、掌をかざして魔術紋を展開した。

蒼白い光が走り、複雑な紋章が地表に広がると、それはやがて薄靄のように洞窟の奥へと消えていった。


「……うん、中はそこまで広くないみたいだ」

リュカは目を細めながら続ける。

「進んだ先に開けた空間が一つ確認できる。他に入口は……なさそうだ。ただ、完全に密閉されてるわけじゃない。所々に裂け目がある。山の上からも入れそうだけど、かなり高さがあるみたい」


「了解。なら正面から慎重に行こう」

レイは短く言い、腰の短剣を抜いた。

エリスも黙ってジャケットの内側から拳銃を引き出す。


ジェフは再び魔術紋を展開し、地面から鉄の斧と槍、鉤爪が一体となった重厚な武器――ハルバードを具現化した。

それを軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。


その様子を見たレイが口を開く。


「ジェフ、土の魔術を扱うんだな」

「ああ、せや。武器を持ち歩かんで済む分、身軽やからな」


ジェフの声音はいつになく低く、冗談めいた余裕はなかった。

四人は無言で頷き合い、それぞれの武器を構え直すと、洞窟へと足を踏み入れた。


先頭にジェフ、続いてエリスとリュカ、最後尾にレイが慎重な足取りで続く。

洞窟内部はひんやりと湿り気を帯び、岩肌からは絶えず水滴がしたたり落ちていた。

足元は苔と滑らかな岩で覆われ、一歩ごとに足が取られそうになる。

石壁には長年の風化で刻まれた亀裂が走り、かすかな腐臭と冷たい土の匂いが鼻を刺す。


しかし、奥へと進むにつれ、異様な違和感が浮かび上がり始めた。

岩壁の一部には不自然に削られた痕跡があり、地面にはかすれた靴跡が刻まれている。

荒れ果てた自然の洞窟に混じる、人の手による痕跡――意図的に隠された往来の証。


「……誰かが最近通った跡があるな」

ジェフが低く囁く。

「ああ。足跡がまだ新しい。ヴァルターのものだろう」

レイも同じように声を抑えた。


息を殺しながら更に奥へと進んだ四人は、やがて洞窟の突き当たりに辿り着く。

そこからはかすかに低い話し声が漏れ聞こえてきた。

四人は岩壁を背にして身を寄せ合い、慎重に隙間から内部を窺う。


眼前に広がっていたのは、異様な空間だった。

薄暗い岩室の中央には粗削りの大きな石の祭壇が鎮座していた。

その背後には、男神を模した古びた石像が立っている。

像は腕を広げ、空を仰ぐような姿勢をとっていたが、その表情はどこか苦悶にも似た歪みを帯びていた。


祭壇の前にはヴァルターと、白いローブを纏った男が二人。

彼らは声を潜めながら、祭壇の前で何事かを交わしている。

天井の割れ目から差し込むわずかな自然光が祭壇を照らし、空間全体が青白く浮かび上がっていた。


レイは祭壇を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

目に見えるマナの流れは感じない。

しかし、胸の奥がわずかに軋むような奇妙な圧迫感――理屈では説明できない「違和感」があった。


「あの祭壇……嫌な感じがする……」


レイは息を押し殺して呟いた。

リュカが眉をひそめてレイに目を向ける。


「……何か見えるのか?」

「いや……はっきりとは。でも……あれはろくなもんじゃない」


四人は互いに短く頷き合い、警戒を強めた。

ヴァルターが持っていたアタッシュケースを開き、中から瓶詰めの白い結晶を取り出すのが見えた。

乳白色に鈍く輝くその結晶――間違いなく教会から祈りのマナを抽出し、固めたものだ。

それを白いローブの男へと手渡すと、男は代わりに別の瓶を取り出す。


その中には赤く妖しく光る結晶が納められていた。

暗闇の中で脈打つように明滅するその光は、生理的嫌悪感すら覚える不穏な輝きだった。


「……違法魔術の結晶だね。薬物の元になる……」


リュカがかすれる声で呟き、三人は互いに硬い表情で視線を交わす。


「どうする? このまま現行犯で取り押さえることもできるが……」

ジェフが問うと、レイは静かに首を振った。


「いや……もう少し様子を見よう。……あの祭壇、やはり何かおかしい。マナの気配が微かに動いてる」


再び全員が頷き、息を潜めたその時――

白いローブの男が手にした白い結晶を、ゆっくりと男神像の足元へと捧げるように掲げた。


次の瞬間。

結晶はまるで液体のように溶けるように男神像へと吸い込まれていく。

音もなく、抗いようもなく――

そして像全体が淡い金色の光を放ち始めた。

その光は静かに脈打ち、やがて像全体を包み込んだかと思うと……

まるで煙のように輪郭を薄め、ゆっくりと消失していった。


空気が一瞬にして重く沈み込み、洞窟全体が圧迫感に包まれる。

誰も声を発することができず、四人はただ硬直したまま、その異様な光景を見つめ続けた。


「外なる神を呼び戻すには――まだまだ足りませんな……」


白いローブの男の一人が低く呟いた声は、洞窟の奥に不気味な余韻を残す。

ヴァルターが鼻を鳴らすように返す。


「これでも集めているんだがな。ネストリアの信者を使えばもっと上手くいくが……なにせファーレンハイトの司祭が首を縦に振らん」

「彼は敬虔な女神信徒でもありますから……。ですが、焦ることはありません。各地で力が蓄えられれば、やがて目覚めは訪れます」


白い男の声は淡々としているが、その奥には確信めいた狂信が宿っていた。

ヴァルターは肩をすくめる。


「私は興味はない。ただ祈りのマナを集めれば、純度の高い薬が手に入る。それだけで充分だ」

「――いずれ、あなたにもわかる時が来ます」


低く交わされる言葉は、意味深でありながら不可解だった。

四人は岩陰からそのやり取りを凝視していたが――

その時、レイは背後から刺すような気配を感じ取り、反射的に武器を構えて振り返った。


「……!」


そこに立っていたのは、黒いローブを纏った男だった。

洞窟の薄暗さに加え、男の深いフードの奥はまるで闇そのもの――顔どころか鼻先すらも見えない。

ただ、そこに「穴」のような空虚さがあるのだけが確かだった。


「お前はリセルの地下でいた……!」

「覗き見は感心しませんねぇ。それにしても――こちらも見つけてしまうとは……」


男はわずかに首を傾げるようにしながら、粘りつくような声で呟いた。

その瞬間、ジェフ・リュカ・エリスも即座に反応し、男の姿を認める。

岩に足が当たる小さな音が空間に反響し――

祭壇の前にいたヴァルターたちも一斉に入口側へと目を向けた。


「誰だ!!」


ヴァルターの叫びが洞窟内に響き渡る。

ジェフは一歩前に出て、冷ややかな声で応じた。


「安全保障局や。違法魔術の結晶のやり取り――見させてもろた。ここで投降してもらうで」

「なっ……!?」


ヴァルターが顔を強張らせる。

ジェフとリュカは祭壇側へと向かい、レイとエリスは黒衣の男へと身構えた。


だが、その瞬間。

黒いローブの男の姿がぐにゃりと歪んだ。

まるで空間そのものが引き裂かれたかのように男の輪郭が崩れ――

次の瞬間には祭壇の側へと瞬時に転移していた。


「……!」


レイとエリスは目を見張った。

あの移動は瞬きよりも早く、空間を捻じ曲げるような異様な感覚を伴っていた。


「と、特使様……」


白いローブの男が、明らかに怯えを含んだ声で呟く。

先ほどの冷静だった様子とは打って変わって男の顔に、露骨な恐怖が浮かんでいた。


「良くありませんねぇ……こうしてつけられてしまうとは」


黒衣の男の声は奇妙だった。

感情が抜け落ちているようでいて、微笑んでいるようにも聞こえる。

無機質さと圧力を併せ持つ異様な響き。

その存在感だけで四人の喉はひとりでに鳴り、冷たい汗が背筋を伝った。

ジェフが黒いローブの男を見て口を開く。


「あいつは一体……」

「地下墓地にも……ナディさんの時にも現れた男だ」


レイは唇を震わせながら呟いた。

場に凍てつくような緊張が満ちる。


「見つかったからには、処理しないといけませんねぇ……さあ、どうしましょうか」


男の声は、微笑むようでいて感情の温度を欠いた冷たさを帯びていた。

その言葉に、白いローブの男たちは獣じみた恐怖を露わにし、本能で逃げようとするかのようにじりじりと後退した。


黒衣の男は静かに男神像へと片手を伸ばす。

その掌には薄く白いマナが集い始めたが――次の瞬間、まるで腐敗する果実に斑点が広がるように、じわじわと黒が滲み出した。

白光はたちまち墨汁を流し込まれたように濁り、底知れぬ奈落を思わせる漆黒へと染まりきった。

それはレイの目にも明らかだった――ただの魔術ではない、“穢れ”そのものだ。


黒いマナは蛇のように蠢き、粘つきながら白ローブの男たちへと伸びた。

触れた刹那、二人は肺の奥から搾り出すような断末魔を響かせて崩れ落ちた。


「ぐあッ……があああああッ!!」


地面を引き裂かんばかりに爪を立て、血まみれの指で石床を掻き毟る。

彼らの喉からは人のものとは思えない濁った呻きが漏れ、眼球は白目を剥いてぐるりと裏返った。

関節は肘も膝も逆方向にねじ曲がり、骨の砕ける乾いた音が洞窟に響き渡る。

皮膚は内側から盛り上がった肉塊によって裂け、血と膿とにまみれた肉片が飛び散った。


「ひぃ……ひぃいいいいいッ!!」


ヴァルターは青ざめた顔で絶叫し、尻餅をついたまま尻で這うように逃げようとした。

だが、もはや逃げ道はない。

呻き声と肉が捻じ切れる鈍い音、そして骨が砕けて擦れ合う嫌悪すべき響きが洞窟中に満ちた。


そして――

二人の肉体は、血飛沫を散らしながら“潰れるように”崩壊した。

砕けた骨と溶けた肉が泥のように混じり合い、そこから這い出てきたのは……四つ脚の獣じみた、漆黒の影の塊だった。

全身は煤けた霧に包まれ、輪郭すら曖昧で――目も口もない、“異形”そのものだった。


レイたちの背筋を氷が這い上がる。

それはもはや「人間」ではなかった。

理を逸脱した、“禍々しき神性の眷属”のような存在だった。


レイたちは目前で起こる悪夢じみた変化に、現実感を奪われたまま武器を構え続けることしかできなかった。

汗ばむ掌。

乾く喉。

視界は揺れ、時間がねじ曲がるような錯覚に囚われる。


黒衣の男は、ただ無感情にその惨状を見下ろしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ