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ジェフとリュカの二人はレストランを出た後、なぜかこぢんまりとした小洒落たケーキ屋に立ち寄っていた。


「……で、なんでケーキ屋なのさ」


リュカがジトっとした視線をジェフに向けると、ジェフは肩をすくめておどけてみせた。


「先週来たときに、お茶淹れるのがやたら上手い、仲良くなった可愛い女の子が甘いもん好きや言うててな。ちょうど食後のティータイムやし、調査のついでにお土産や」

「ちょっと……仕事中なんだけど」


静止の声もどこ吹く風で、ジェフはショーケースの中から色とりどりのケーキを吟味し、二つ選んで箱に詰めてもらった。

カラン、と小さなベルが鳴るたびに、店の空気はどこか懐かしく、街の喧騒から切り離されたような静けさを湛えていた。

その様子に、リュカは一つ大きくため息をつく。


「本当に……何考えてんだか」


ぼやくように呟くが、ジェフは気にする素振りもなく、陽気に笑って言った。


「待たせたな、リュカ。ほな、行こか」


そう言って先に店を出ていくジェフを、リュカは少し遅れて追いかける。ジェフが鼻歌を唄いながら歩く後ろ姿に、思わず声をかけた。


「ジェフ、どこ行くのさ」

「まあまあ、これも立派な聞き込み調査や。安心してついてきーな」


ジェフは笑みを浮かべたまま振り返りもせず、歩を進める。

リュカはまたしてもため息をついた。


二人が向かったのは、市場から少し外れた、商店と古びた住宅が混在する裏通りだった。

石畳はところどころ欠けており、壁に伝う蔦や錆びた看板が時間の流れを物語っている。

活気あふれる市場とは対照的に、ここは人影もまばらで、風の音だけが通りをすり抜けていた。


「リュカ、あれが今ヴァルターが住んでる家や」


ジェフが指さした先にあったのは、周囲の建物とは明らかに異なる、重厚な造りの邸宅だった。

高い石塀に囲まれ、入り口には鋳鉄の門が設けられている。

無機質な堅牢さは、まるで中に何か大事なものを隠しているかのようだった。


「……すごい家だね。って、もうこの辺り調べてたの?」

「ああ、前来たときにな。ヴァルターの身辺に関しては、ある程度な」


門の隙間から中を覗くと、昨日見た黒塗りの車が止まっているのが確認できた。


「昨日乗ってた車が停っとるわ。まだ家におるっぽいな」

「じゃあ、この周辺でもう少し聞き込んでみる?」

「せやな。あとこのお土産、渡すとこがあるんや。ついてきてや」


ジェフが指をさしたのは、通りの角にある古びた商店だった。

くすんだ木製の看板にはうっすらと紅茶のポットとティーカップの絵が描かれており、窓辺には乾燥させたハーブや茶器が飾られている。

重たい扉を押して中へ入ると、微かに茶葉の香りが漂い、室内は落ち着いた木の色合いと、手入れされた古道具が静かに空間を彩っていた。


棚には様々な茶葉の瓶が並べられ、奥には年季の入った丸テーブルと椅子。その椅子に腰掛けていたのは、小柄でしわの多い初老の女性だった。


「ソーニャ、邪魔するで」


ジェフが声をかけると、女性は顔を上げて目を細めた。


「あら、ジェフ。あんた、また来たのかい」

「……ジェフ……もしかして、可愛い女の子って……」


リュカが小さく耳打ちすると、ジェフは得意げに頷く。


「せやで。可愛いやろ」


リュカは呆れたようにジェフの方を見て、肩を落とした。


「ソーニャ、お土産や」


ジェフは先ほど買ったケーキの箱をそっと差し出す。ソーニャと呼ばれた女性はそれを受け取ると、顔をほころばせた。


「まったく、あんたってほんとマメな男だねぇ」


年季の入った木製の椅子がきしむ音を立て、ソーニャはゆっくりと腰を上げると、二人に向かって椅子を引き、座るよう促した。ジェフとリュカは遠慮がちに腰を下ろす。店内には仄かに甘い茶葉と古木の香りが漂い、時間の流れが少しだけ緩やかになるようだった。


ソーニャは奥の棚から丁寧に選び抜かれたポットとカップを持って戻ると、テーブルにそれらを置き、ぽたりぽたりと紅茶を注ぐ。


「それで、今日は何の用なんだい?」

「ソーニャのお茶が飲みたなってな。ちょっと寄らしてもうたわ」

「何言ってんだい、この年寄り相手に」


言葉こそ軽口だが、ソーニャの瞳には懐かしさと信頼の色が滲んでいた。彼女はゆったりとした動作でカップを二人の前に差し出す。


「そっちはあんたの同僚かい?」


リュカの方をちらりと見て、ソーニャが尋ねる。


「せや。リュカや」

「リュカ・エスピオです。お仕事中にすみません」


リュカが丁寧に頭を下げると、ソーニャはくすっと笑いながら応じた。


「真面目でいい子じゃないか。あんたの同僚とは思えないくらいね」

「いやいや、俺ほど真面目なやつもおらへんで」

「何を言ってんだい」


軽快なやり取りに、リュカは思わず苦笑いを浮かべた。

ソーニャが再び椅子に腰を下ろすと、ふっと表情を引き締めて口を開いた。


「で、またノヘイルさんのとこの話かい?」


ソーニャがヴァルターの姓を言い、自分のカップのお茶を一口飲む。


「せや。まだちょっと色々追っててな。ここ数日で変わったことはないか?」


ジェフが真顔で問うと、ソーニャは顎に手を当てて考え込む。


「あんたが前に聞きに来てから、ちょっと気にして見てたよ。ちょうど今朝方、来客があったみたいだね。白いローブを着てたから、多分教会の人間じゃないかと思うよ」

「ほう……まだ家におるかもしれんな。そんときは何人くらいやった?」

「一人か二人ってとこだね。うちも朝の仕込みで忙しくて、はっきりとは見てないけどね。それと、ここ数日、ちょこちょこ誰かが出入りしてるみたいだったよ」


ジェフは静かに頷き、隣のリュカと目を合わせる。


「助かるわ。ほんまに来て良かったわ」


ソーニャは続けて言った。


「それとね、ノヘイルさんの倅の同級生がうちの卸先で店やっとるんだ。あんたが話を聞きたいならって、連絡先も聞いておいたよ」


そう言って、古びた引き出しからメモ紙を取り出し、ジェフに手渡す。ジェフはそれを受け取り、感謝の念を込めて深く頷いた。


「いやー、ほんまに助かるわ。お土産持ってきて大正解やな」


「まったく調子のいいこと言って……で、ほかに聞きたいことは?」

「いや、大丈夫や。あとは……ついでに茶なんかもらってもええか?」

「家用かい?」

「ソーニャ、俺が家で茶いれるように見えるか? プレゼントや」

「まったく、あたし以外にも渡す相手がいるんだねぇ」


そう言ってソーニャは豪快に笑いながら立ち上がり、棚の奥から洒落た包みの茶缶を取り出してくる。


「これでどうだい? フルーツの香りを足してあってね、若い子には大体ウケがいいよ」

「それでええわ」


ジェフが差し出した代金をソーニャはしっかりと受け取り、丁寧にレジ横の木箱へ収めた。


「また良かったら顔出しとくれ。店番は暇なんだよ」

「おう、また来るわ。ありがとうな」


そう言ってジェフとリュカはソーニャに軽く手を振り、店を後にした。外はすっかり昼前の光に包まれ、穏やかな風が路地を抜けていく。

店から出て少し歩いた後、リュカがジェフをじっと見つめて言った。


「……ほんと、ジェフってコミュ力お化けだよね」

「なんやそれ。褒め言葉か?」


リュカの言葉にジェフが怪訝そうな顔をしてリュカに言う。


「褒めてるよ。たった数週間の出張でどんだけ馴染んでんのさ」

「三週間もおったらな。顔見知りも増えるっちゅう話や」


ジェフは飄々と笑うと、手に持っていた茶缶をリュカに差し出した。


「ほい、やるわ。お前、いつも部屋で茶飲んでるやろ?」

「え……?」


リュカは一瞬戸惑ったが、黙って手を伸ばし、ジェフから茶缶を受け取る。


「……ありがとう」


思いがけない贈り物に照れを隠せず、リュカは視線を逸らしながら呟く。

ジェフはそんなリュカの頭をくしゃりと撫でた。


「なんや、可愛いやっちゃな〜」

「ちょ、やめてよ!」


リュカは咄嗟に頭を振ってジェフの手を払い、ため息をつきつつ茶缶を鞄へとしまった。


「ほな、さっき貰った連絡先のとこも行ってみよか」

「うん、そうだね。場所は?」


ジェフはポケットからソーニャにもらったメモを取り出して確認する。


「市場の一角にある店やな。……ってことで、いっぺんレイたちにも連絡入れとこか」

「了解。じゃあ僕から送っとく」


リュカはデバイスを取り出してメッセージを打ち込むと、ふと辺りを見回し、近くの電柱に設置された監視カメラを見つけてそちらへ向かう。


「どうしたんや?」

「この辺りの監視カメラ、映像だけ見られるようにしておこうと思ってね。ヴァルターがもし家を出てもわかるようにね」


リュカは指先に小さな魔術紋を展開させ、カメラに向けて一瞬だけ光らせる。その後、魔術紋はふわりと縮んで彼の手元へ戻り、リュカのデバイスに転送される。

画面には暗号のようなコードが流れ出す。


「……セキュリティはそこまで強くない。すぐに解けそうだ」


その様子を見ていたジェフがぽつりと呟いた。


「ほんま、リュカが悪い道に進まんでよかったわ……」

「え、何それ?」


リュカが首をかしげると、ちょうどそのタイミングで彼のデバイスが光り、レイからの通知が届いた。


「レイたちも何か掴んだみたい。合流しようか」

「了解。ほな戻ろか」


二人は再び街の喧騒の方へと足を向け、歩き出した。

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