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「まさかあの男神像にそんな仕組みがあったとは……」


工場の立ち上げで出勤したばかりのルドルフを訪ねた四人は、先ほどの教会での出来事を伝えた。


「おそらくヴァルターが用意したものだと思います。教会へ足繁く通っていたのもその関係かと」


レイの説明に、ルドルフはまさかと表情を曇らせる。


「食えない男だとは思っていたが、まさか自分の工場の従業員の不調の原因だとは、どうすれば良いものか……」

「まだヴァルターと確定したわけちゃうから、これからヴァルターの動きを探るつもりですわ。まぁ、めっちゃ怪しいけどな」


ジェフの言葉にルドルフは重いため息を一つつき、頭を抑える。


「ルドルフさん、ヴァルターは普段どこにいるかはご存知ですか?」


レイがそう尋ねると、ルドルフは首を横に振る。


「普段何しているかはわからないんだ。ここへ来た時は自室にいるか、それ以外はネストリアで会食だの何だで何をしているのかはわからない」

「……そういや、昨日会食があるって言うてたな」


ジェフの言葉に、エリスが思い出したように続けた。


「あと、お父さんがよく郊外へ向かう姿を見るとも言ってたわね」

「町に戻って聞き込みすれば何か情報は得られるかもしれないね」


そう話すリュカにルドルフが口を開く。


「ああ、それなら会食は、"ルクマ・サルトーヴァ"でよく取っているはずだ」

「なるほど、あそこなら確かに一目もつかないですね」

「レストランか?」


レイが尋ねる。


「ええ、建物の地下にあるレストランで、個室もあるお店よ。私も家族と行くわ。それにシェフのことも知ってるから何か聞けるかもしれないわ」

「さすが、エリス。地元なだけあって顔が広いな」

「そうでもないわよ」


レイの言葉にエリスは遠慮がちに笑みを浮かべる。


「でも、レストランの営業は夜からね。おそらくお昼頃にはいると思うからその辺りに行きましょう」

「わかった。じゃあそれまでは町で聞き込みでもするか」

「了解」


四人の会話が一区切りついた時、ルドルフが少し困った顔をして口を開いた。


「それで……あの男神像はどうすれば良いか?あんな危険なもの、放っておいていいのだろうか?」


その言葉にレイが答える。


「ああ、それならおそらく触れた時に何かが割れた音がしたので直さない限りは動かないはずです」

「そうか……、なら私も注意して様子を見ておこう。もしヴァルターがこちらへ来たら連絡するよ」

「助かります」

「ほな、行こか。……せやけど、その前に腹減ったわ」


ジェフがお腹を押さえながらそう言った。


「確かに、朝ごはん食べてないもんね。町に戻ったら何か食べようか」

「賛成ね。美味しい食堂があるから案内するわ」

「お、そりゃええわ」


ジェフが指鳴らして喜ぶ。

四人はルドルフに挨拶をすませると、また街へと戻るのだった。



ーーーーーー


「おお、こりゃ美味そうや」


ネストリアに戻った四人は、エリスに案内されて市場の中にあるカフェテリアへと入った。

そこは、かつて市民会館だった建物を改装した場所らしく、天井が高く、テーブルが狭い間隔で置かれており、大勢の人で賑わっていた。


レイとジェフの前には、煮込んだ肉の塊とマッシュポテトが添えられた料理、エリスの前には具だくさんのスープと柔らかいパン、リュカの前にはクリームチーズが塗られたサンドイッチが置かれている。


「にしても、ネストリアは料理が美味いな。昨日エリスのお母さんが作ってくれたものも美味かった」


フォークで肉を頬張りながらレイが言うと、エリスは少し自慢げに微笑んだ。


「この辺りは山もあって大きな川もあるから、農産業が盛んなのよ」

「一皿にまとまってるのが楽でええわ」


ジェフが豪快にほおばりながら言う。


「ここの料理は、シンプルで素朴なものが多いわね。リセルの料理も美味しいけど、やっぱり地元の味は落ち着くわ」

「俺んとこの料理にも似てるな。ただ、あっちは海鮮が多いけど」

「エル・オトロね。一度行ったことあるけど、素敵なところだったわ」


エリスの言葉に、ジェフは嬉しそうに笑う。


「せやろ? レイやリュカはどうやった?」


ジェフの問いに、レイが答えた。


「だいぶ西の方だけど、ここみたいにパンが多かったな。あとは基本、チーズと肉だ」

「そうだね。寒い時期はチーズフォンデュが恋しくなるよ」


リュカの言葉にレイも頷く。


「こうして聞くと、フィネストリアって広いんだな」


「それは当然よ。もともとエリシア大陸には三つの国があったんだから。文化も歴史も、それぞれ違うわ」


エリスが説明を続ける。


「東のリセルは旧王家と商業の中心地、内陸部のセラフィダは宗教国家、西側のパレンシアは自然信仰と原住民の地。それらが二百年前に統一されたの」

「その時は、大規模な紛争もあったらしいね」


リュカが補足し、エリスが頷く。


「今はリセルが中心になってるけど、連邦政府と各州との間では今でも多少の摩擦があるわね」


その言葉に、ジェフも頷いた。


「まあ、色々とややこしい事情があるってことやな。今回のヴァルターの件も、リセル一の企業マナテックと、セラフィダが繋がってる可能性がある。簡単にはいかんかもな」

「あとは、ブロウさんが言ってた"捜査の打ち切り"ってのも、関係してるかもしれないな……」


レイが言うと、三人の顔が曇った。


「でも特別工作室は、ある程度自由に動けることが認められてる。僕たちはただ、事件を追えばいい」


リュカが言葉を締めると、レイがふと疑問を口にした。


「……そういえば、特別工作室って、なんでこんなに自由に動けるんだ? 安全保障局の部署の中でも異例だろ?」


その問いに、ジェフが肉を切りながら答える。


「まあ、組織が大きくなりすぎて、安全保障局自体が硬直化してもうたんや。緊急事態に対応できへんかったり、政治や宗教の事情で動きが縛られたりな。そこで、二十年前にできたんが特別工作室や」

「ちなみに、ここを創設したのはディーノさんだよ」

「え、ディーノのおっさんが?」


リュカの言葉に、レイはトレノスで自分を送り出した上司を思い浮かべた。


「そういえばレイ、自分がここに送られた理由、聞かされてないって言ってたね」

「ああ。いきなり警備隊に戻ったら、出向だって言われたのが一ヶ月前だ」

「ディーノさんらしいね」

「……なんや、あのおっさん、今トレノスにおんのか?」


ジェフが言うと、レイは目をぱちくりさせた。


「なんでジェフが知ってるんだ?」

「知ってるも何も、軍におったころ、特別指導官として来てたんや。普段ふざけてるくせに、無茶ばっか言うて、何回も地獄見たわ……」


当時を思い出し、ジェフは苦笑する。


「私も聞いたことあるわ。ナディ先輩が『かなり優秀な保安官』って言ってた。田舎に戻るって言ってトレノスに帰ったらしいけど、レイの上司だったのね」

「まあ、な。……でも確かに、無茶苦茶な人だったよ」


レイも苦笑を浮かべた。


「ま、何にせよ、特別工作室は自由に動けるってことやな。安全保障局の上層部も手出しできん言うてたし」

「そうね。とにかく今日は、しっかりヴァルターの足取りを掴みましょう」


エリスの言葉に、レイも頷く。


「食べ終わる頃には、レストランにも人が来てるだろうしな」

「きっと、そろそろいると思うわ。皆で向かう?」


エリスの問いかけに、レイは少し考えてから答える。


「いや、聞き込みも必要だから二手に分かれよう。エリスはレストラン、ジェフは町の聞き込みの方がいいな」

「そやな。ほな今日はリュカと一緒に行くわ。レストラン組はエリスとレイに任せる」

「ちょっと、なんで僕がジェフと……」

「ええやんか、行こ行こ!」


軽口を叩き合う二人を、エリスとレイは微笑ましく見守りながら食事を進めた。



ーーーーーーーーーー



食事を終え、二手に分かれた四人。

レイとエリスは、住宅街の高台にあるレストランへと向かう。賑やかな市場から少し離れた静かな場所だった。

レストラン自体は賑わう市場から離れ、住宅街の高地にある場所にあり、かつて建てられた会館を改装した建物で、中はオフィスや服屋などが入った造りになっていた。

周囲も静かで、落ち着いた会食にはぴったりの場所だった。


二人は建物内へ入り、地下へと続く階段を下る。奥に進むと、CLOSEの札がかけられた扉があり、エリスが軽くノックして開ける。

中はまるで洞窟のような造りで、薄暗く落ち着いた雰囲気が漂っていた。

すぐ横にはオープンキッチンがあり、シェフが一人、仕込み作業の最中だった。


「ん、どちら様で?」


恰幅のいい男が二人の方を見るとエリスの方を見て目を瞬かせた。


「シェフ、お久しぶりです。エリスです」

「おお、エリスちゃんか。久しぶりじゃないか」


人当たりのいい笑顔を浮かべシェフがエリスへ声をかける。


「急にごめんなさい。実は、聞きたいことがあって伺ったんですが大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。確かリセルの保安官になったんだな」


親しみのある様子からエリスが長年このお店に通っていることが見受けられた。

レイはその様子を後ろから見守る。


「あと、そちらも保安官の方か?」

「はい、エリスと同じく保安官のレイ・アルヴァです」

「なんやらちょっと物言った話のようだな。少し今の仕込みだけ片付けるからちょっと掛けて待っててくれ」


そう言って男は近くのテーブルへ促すとレイとエリスは椅子へ腰掛ける。

店内はテーブル席がいくつかあり、奥側には個室だろうか、扉があるのが見えた。

シェフはキッチンの中の食材をある程度片付けると、ポットに入っていたお茶を手に、二人の元へやってくる。


「待たせてすまないな。で、聞きたいことってのは?」

「ヴァルター・ノヘイル氏のことで今調べているんです。昨日こちらに来てましたか?」

「ヴァルターさんね。……あまりお客さんの個人情報を話すのはよくないんだが、……確かに昨日来ていたよ」


そう言ったエリックにレイとエリスは顔を見合わせ頷く。


「実は、七年前の違法魔術の事件でヴァルター氏が容疑者として浮上しているんです。あとは郊外のヴァルター氏が管轄している製薬会社にて不審な事態が起きてうて、彼の動向を追ってるんですが……、何かご存知ないですか?」

「うーん……。昨日はおそらくだが教会の関係者と来ていたよ。あまり町では見かけないからネストリアの人間ではないはずだ」

「教会の関係者……」


レイが低く呟く。


「ヴァルターさんは時々うちを使ってくれるが、いつも個室を使うんだ。会社の仲間を連れてきたりして羽振りはいいが、最近は態度が少し大きくなったな」

「態度が大きく?」


エリスが尋ねる。


「ああ、店にないものを無理に注文しようとしたり、横柄な態度をとったりな。昔、親父さんと商店を手伝ってた頃は、もっと気弱そうな青年だったんだが」

「お父さんと同じこと言っていたわ。……ちなみに教会の方らしい人は昨日だけですか?」

「いや、ここ数ヶ月よく見かけるな」


レイとエリスは顔を見合わせて頷く。


「やっぱり倒れた人が出た時期と一致するな」

「ええ」


その様子にシェフが不思議そうな顔を浮かべる。


「何かわかったかい?」

「ええ、助かりました。ちなみに、どんな話していたかはわかりますか?」

「いや、すまない。個室なもんで話は聞けないんだ。ただ、帰り際に"また明日"と言ってたな。今日もどこかで会う約束があるんだろう」

「十分です。ありがとうございます」


エリスは深く頭を下げお礼を伝えると、置かれていた紅茶を一口飲む。


「それにしてもエリスちゃんも立派になったもんだ。また良かったらご家族で来てくれよ」

「ええ、また必ず伺います」


笑顔でそう答えると、エリスはレイの方を見て合図を送ると二人は席を立つ。


「すみません、お仕事中にお邪魔しました」

「いや、いいってことよ。また来てくれ」


二人は再び店主へレイをすると店を離れるのだった。

地下から階段を上がり、外へ出ると太陽は真上をあがり日差しが強くなってきた頃合いだった。


「……教会関係者とヴァルター。間違いないわね」


エリスが小声で言う。

レイも無言で頷きながら、周囲に一瞬、目を走らせた。


「ここ数ヶ月頻繁に動いてる。昨日も、今日も。何か──近いうちに動きがある」

「間違いないわ」


エリスはデバイスを開き、急いで数行だけメモを取ると、すぐに閉じた。


「すぐジェフたちに連絡して伝えましょう。のんびりしていられない」

「……ああ。ヴァルターを逃すわけにはいかない」


レイの声音は低く、決意をにじませていた。

二人は短く視線を交わし、言葉少なに歩き出す。

静まりゆく街を駆け抜けるように、その場を去るのだった。

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