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特別工作室の事務所に案内されたレイは、エリスとリュカと別れて、デバイスに送られていた自室へ向かった。


ビルの二階は住居スペースになっており、リュカもエリスもここで暮らしているらしい。共用のリビングやミーティングルームが整っていて、レイの部屋は階段を上がってすぐの、通りに面した明るい一室だった。陽当たりがよく、バルコニー付き。家具は一通り揃っており、今すぐにでも生活を始められそうなほどだった。


「……ふぅ」


荷物を床に置き、ベッドの端に腰を下ろしたレイは、そっと手首を掲げる。青い紐に通された、小さな緑の宝石が陽にきらめく。


それは彼にとって、ただのアクセサリーではなかった。

――気がつけば、お守りのような存在になっていた。


幼い頃、過ごした村は十二年前に黒衣の集団に襲われて消えた。

あの時の記憶は曖昧で、断片的だった。

家族も、友人も、あの日にすべてを失った。

その喪失感だけが、深い傷となって今も心に残っている。


どれほどの時間が経ったのかはわからない。

けれど、あの中から自分を救ってくれたのは、自分を連れ出して大木のウロへ逃してくれた幼馴染。

ただ、村は全滅。"地図から消えた村"と言われるほどの事件だった。

また、幼馴染の行方だけがそれ以降わからなくなっている。


――あの村を襲った黒衣の集団を必ず捕まえる。


レイは近隣の町――トレノスの孤児院に保護され、その後、自らの意思で十五の年に保安官の道を選んだ。

村を襲った集団の痕跡はなく、何も見つかっていない。

ただ、保安官として各地の事件を追う中で、やがて一つの名前が浮かび上がってきた。


影の住人(シェイド)


違法魔術、破壊工作、人身売買、ドラッグの密売……闇の存在と言われているが、その実態は不明。

ただ、黒衣を身に纏い、何かの事件にはその姿が必ず目撃されている。

構成も人数も不明で、どうやって加わるのかすら掴めていない。

それでも、レイの直感は告げていた。――あれは、あの日の奴らと同じだ。



そんな折、レイは突然の辞令を受けた。

上司のディーノから直々に命じられ、リセルへの転属。特務課への出向だった。


詳しい説明はなく、ただ人手不足との一言だけ。

けれど、トレノスではこれ以上の情報は得られそうにない――そう感じていた時期でもあり、レイはその話を受け入れた。


レイは立ち上がると荷物をまとめ、部屋を出る。

ミーティングルームへ向かうと、そこではリュカが浮かび上がるモニターを操作していた。


表示された都市の地図には、複雑な魔術紋がいくつか点在している。見慣れない紋章に、何をしているのかすぐには分からなかった。


「レイ? 何かあった?」


リュカが声をかける。レイはそのまま本題に入った。


「……ここで、影の住人(シェイド)についての情報って、何か掴めてるか?」


リュカの手が止まり、数秒の沈黙のあと、再びモニターを操作し始めた。


「……レイ、ずっと追ってるもんね。うん、僕もこっちに来てもう1年になるけど……情報はほとんどないんだ。

目的も、全貌も不明。違法魔術による破壊活動やテロ、ドラッグの流通なんかが散発的に起きてて、関係はしているかもしれないけど、

そもそも存在しているのか、構成員や拠点も掴めてないし、捕まった関係者らしき人ははすべて“切り捨て”られてる。情報が断絶されてて、まともな線にはならない」


「……やっぱりな。何で俺の村が襲われたのか、その理由もわかってない。手がかりは黒衣を着た姿だけ。どうにか見つけ出したいんだ」


「僕も何か有力な情報が入ったら真っ先にレイに伝えるよ」


「ああ、ありがとう」


しばらく沈黙が流れたあと、レイが話題を切り替える。


「そういえば、俺がここに来た理由って、ディーノのオッサンから詳しく聞いてないんだけど」


「ああ、それについては僕から説明しようか。

まず、大きな理由は人手不足。安全保障局だけじゃ手が回らない案件が多くて、その穴を埋めるために特別工作部が作られたんだ。でも、元々ここにいたメンバーが……僕が来る直前に行方不明になっててさ。エリスの先輩だった人なんだけど、今も行方は知れないまま」


リュカがどこか重たい顔つきで続ける。


「特別工作室の人員補充も難航しててね。安全保障課の中でも意見が割れてるし、人材もカツカツ。

そんな中で、現場経験があって、しかも僕の推薦が通りやすい人物ってことで、レイが選ばれたんだ」

「……お前が推薦したのか」

「はは、ちょっと照れるけどね」


そう言ってリュカは肩をすくめ、微笑んだ。


「落ち着いたら、街を案内するよ。エリスが車を出してくれるって言ってたし。ざっくり全体を把握できると思う」

「助かる。ありがとうな」

「あと、街のガイドブックも送っておいたから。観光用だけど、大まかな構造はわかるはず」


そう言ってデバイスを操作すると、レイの端末が軽く振動する。ガイドが届いたようだ。


「じゃあ、僕も準備するから。レイは先に下で待っててよ」


軽く手を上げたリュカに頷いて、レイは部屋を後にした。



ーーーーーー



レイは2階へ戻り、共用リビングへ向かう。

ソファとテーブルが置かれ、落ち着いた雰囲気が漂っている。

共同のキッチンも備えられており、食事にも困らなそうだった。


ウォーターサーバーから水を汲み、グラスに口をつけた時――背後から声がかかる。


「レイ、ね。貴方はこれからどうするの?」

「……エリスか」

「リュカに連れてってもらって、街を案内してもらうつもりだ。車、出してくれるんだって?」

「街の構造が分からないと、いざという時に動けないわ。これも仕事のうちよ」


そう言って、腕を組みながらレイを見つめるエリス。


「そういえば、貴方はどうして保安官になったの?」


エリスがそう尋ねる。


「……昔の約束、かな」

「約束?」


エリスが疑問を浮かべる。


「俺の昔住んでた村、黒衣の集団に襲われてなくなったんだ。その時の幼馴染と保安官になるって約束……と、いうかそいつの夢が保安官だったんだよ」

「……そうなのね。その幼馴染は?」

「村がなくなってから行方がわからなくなってる。生きてるのか、死んでるのかさえもわからないけど、必ず見つける。そのためにも保安官になった、かな」


エリスが少し黙った後に口を開いた。


「聞きづらいこと聞いてしまったわね。ごめんなさい」


素直に謝罪するエリスに思わずレイが目を丸くする。


「いや、別に……、ただ素直に謝るんだな、って」


その言葉にエリスが苦笑いを浮かべ、少し目を伏せながら口を開く。


「……一年前、私の先輩がが事件を追ってる中で行方不明になってるの。それに、安全保障局の中でも怪我人だけじゃなく、亡くなる方もいる。……リセルでの保安官は危険な仕事なのよ」


エリスの言葉にどこか不安のような感情が混ざっていた。

その言葉にレイはエリスの目を見て返事をする。


「大丈夫だ。魔術は使えないが、身体能力は悪くないし、トレノスではそこそこ成果も出してた。心配はしなくていい」


その言葉にエリスが少し笑みを浮かべる。


「……そう。ところでレイの得物って何なの?仕事するにあたってお互いの得意なことを知っておかないとうまくできないわ。もちろん苦手なこともね」


「ああ」


レイは腰に装着された短刀を、鞘ごと取り出す。


「俺は短刀だ。近接戦が主だな」

「なるほどね。私は魔導銃(エナジーガン)よ。それと少しだけ聖魔術も。炎の魔術を圧縮して撃ち出すんだけど……あなたには効きそうにないわね」

「物騒なことを言うなよ」

「冗談よ」


エリスが笑ってそう言うと、どこか緊張していた空気が少し緩やかになり、レイも笑顔を返すのだった。

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