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静かに揺れる車体からは景色が流れていた。

特別工作室の四人は魔道機関車の二等車に乗り、リセルを離れネストリアへと向かっている道中だった。

窓の向こう、都市リセルの高層ビル群が遠ざかり、ガラス張りの企業ビルや整備された歩道が次第に低い建物へと変わっていく。煌びやかな広告塔が減っていき、代わりに瓦屋根の家屋や小さな教会の尖塔が目立ち始める。

人の数もまばらになり、農園のような土地や放牧された動物の姿が見え始めると、どこか牧歌的な雰囲気が漂い始める。


「ったく、ジェフが寝坊するから僕達まで乗り遅れるとこだったじゃないか」

「それに関しては何回も謝っとるやろ。ほんまに申し訳ないって」


ジェフが両手を合わせ、リュカへ頭を下げる。


「まぁ、ちゃんと間に合ったんだし」

「レイ。ジェフは甘やかしちゃダメだからね」


そう言うリュカにエリスが笑いを零す。


「リュカったらジェフのお母さんみたい」


その言葉にリュカが思わず反論する。


「やめてよ!こんなおっきくてむさ苦しい子供やだよ」

「むさ苦しいって酷いやっちゃな!」

「その通りじゃん」


二人のやり取りにレイとエリスは思わず笑みをこぼす。


「で、ジェフ。ネストリアでは何すればいいんだ?」


レイがそう尋ねるとジェフは答える。


「まずは薬を作ってる工場の調査やな。そこの工場長から依頼が来たからすぐにいれてくれると思うわ。あとは工場で従事してる修道士にも話聞かなあかんから、治療院にも行かなやな」

「そういえば、工場なのに修道士もいるんだな」


レイがそう言うと、エリスが答える。


「そうね。傷薬や活気薬を作るのに聖水は不可欠だもの。修道士が祈りを捧げた聖水を使わないと作れないわ」

「せやな。あそこで働いてる修道士は十数名。ほとんどが地方から集められた修道士らしいわ」

「父が反対したらしいわ。父はマナ信仰の熱心な信徒だから、工業化にあまりいい顔をしなかったみたい」


リュカが尋ねる。


「体調が不良が出てるのは修道士の人たちだけ?」

「今のところはそうみたいやな。せやけど一部、不調を訴える人も出てきてるみたいやわ」

「そう。あと、七年前の違法魔術の残党の件はどうなの?」


エリスが尋ねる。


「それに関しては、どうにも昔容疑があった男が今回の工場の立ち上げに関わってるみたいやわ。マナテック本部の重役やな」

「……なんだかきな臭いね」


リュカの言葉にジェフが頷く。


「ヴァルター・ノヘイル。年は四五やな。なんや、この男がセラフィダの大聖堂へえらい献金してるみたいでな。それもあって工場の立ち上げもセラフィダの承認が下りてるみたいやわ」

「うーん、ますますきな臭い」


リュカがそう零すとジェフが同意するかのように頷いた。


「で、ネストリア着いてからやねんけど、二手に別れようと思う。工場の方へは俺とレイ。治療院の方はリュカとエリスで頼むわ」

「俺が工場の調査でいいのか?何か調べるんだったらリュカの方がいいんじゃ……」


そう言うレイにジェフは自分の目を指差し答える。


「いや、俺も初めはそう思っとった。でもな、レイ、お前が“マナの色”を見える言うてたやろ? おかしな流れがあるなら、お前がいればすぐに見抜ける。今の工場の調査には、そういう直感的なセンスが必要やと思うんや」


ジェフが普段話す姿とは違う、真剣な目をしてレイを見る。


「……わかった。俺なりに、目を光らせてみるよ」

「ありがとうな。リュカやエリスの方が理詰めの説得や交渉は得意やし、教会側との折衝もあるやろからな」


そう言うジェフにリュカも頷く。


「そうだね、僕もその方が合理的だと思うよ」

「治療院の方なら任せて。あそこは教会の管轄だから父さんも協力してもらえると思うわ」

「ほな決まりやな。それぞれの詳細に関しては資料送ったさかいにそれ見てや」


そう言って四人はデバイスを取り出し、ジェフが送った資料を確認する。

ジェフの普段の様子は打って変わって丁寧な作りの資料で、工場の間取りや体調不良者の名簿、不調が始まった日時や状態までも細かく記されている。


「意外と綺麗にまとまってるな……」

「意外とはなんやレイ、こう見えてやる時はちゃんとやるんやで」


ジェフがニッと笑ってレイを見る。


「ま、でも本当に意外だよね。部屋は汚いのに仕事に関しては丁寧なんだよ」

「部屋のことは言わんでええやろ」

「なら、ゴミぐらいはちゃんとこまめに出してよね。いつもすごい量持って出てくるんだから」


そのやり取りにエリスが笑いながらこぼす。


「やっぱり、リュカ、ジェフのお母さんみたいだわ」


その言葉にリュカは改めてやめてよ!と拒絶の言葉をあげるのだった。



ーーーーーーーーーー



魔道機関車のブレーキ音が金属を擦るように響き、車体がゆっくりと停車する。

外には、灰色の石畳と、古い時計塔を囲むように広がる街並みが見えていた。ネストリア──リセルよりもずっと空が近く、空気に土と香草の匂いが混じっている。


「着いたみたいやな」


ジェフが立ち上がり、荷物を肩にかける。


「ネストリア、初めて来たけど……雰囲気あるな。観光にもよさそう」


レイが窓の外に目を向けたままつぶやく。リュカもその横で、時計塔を見上げた。


「そうでしょ。歴史地区が保存されてるから、街の景観は中世のままなの。主に観光業が盛んね。あとは近くに大きな山があって水も綺麗だから麦酒(ビール)も有名ね」


エリスがどこか誇らしげに語る。


「そうそう、こっちで飲んだビールがまた美味かったんよ!今日も仕事終わったら一杯行こか!」

「ジェフ、遊びに来てるんじゃないんだからね」


ジトっとジェフを見るリュカに、諌められるようにジェフが肩を落とす。

その様子にレイは思わず苦笑した。


プラットホームに降り立つと、リセルのような騒がしさはない。

代わりに、観光で訪れた旅行者の姿が目に入る。この地域は歴史的な雰囲気が色濃く残っており、人々の服装もどこか控えめだ。信仰の深さがにじみ出ている。

どこからか鐘の音聞こえ、風に溶けていく。


四人は駅を抜けると駅前の広場には複数のバスや馬車が停まっていた。


「車に混ざって馬車が止まっているのは珍しいな」


レイが零すように漏らすと、エリスが答える。


「この辺りはマナ信仰もまだまだ篤いから、車を使用しない人も多いのよ。私の家もそうだったわ」

「エリスは大丈夫なのか?」

「私は父が寛大だったから、同じ道に進むならともかく、町を離れて生きるなら時代に合わせて生きなさいって伝えてくれたわ。ま、ただネストリアに戻ってくると少し背筋が伸びるわね」


そうして話すエリスはどこか懐かしげな表情を浮かべる。

馬車に乗っている人々は近代的な様子はなく、淡いベージュや茶色の服に身を包み、ゆったりと馬車に揺られる人々。その姿はまるで、時代から取り残された絵画のようだった。


「さて、そろそろ二手に分かれるとしよか」


ジェフが改めて皆に言う。


「レイ、工場へ向かおか。そこのバスから郊外へ向かうバスが出てるわ」

「了解」


レイは短く頷いて、ジェフの隣へ並ぶ。


「私たちは治療院ね。道中、父のところにも顔を出しておくわ」


エリスが言い、リュカも荷物を背負い直した。


「治療院の様子を見終わったら連絡するよ」


「ほな、夕方までにはまた合流しよか」


四人は軽く頷き合い、それぞれ別のバスへと乗り込んでいく。

ゆっくりと走り出す音が、静かな街に溶けていった。

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