幕間 影に囚われし者
とある屋敷の一画。
黒いローブに身を包んだ銀髪の男が一人廊下を歩いていた。
広い屋敷ではあるが、未明の時間、人の気配はなく男の歩く足音だけが廊下に響く。
突き当たり、大きな両開きの扉の前。
男はその前に立ち止まると、数秒立ち止まり静かに扉をノックする。
「入れ」
低い男の声がし、扉をあけるとそこは、薄暗く、数本の燭台だけが灯るその部屋は、かすかな炎の揺らぎに照らされて陰影を深めていた。
部屋の前方には数段高くなった壇があり、その中心に据えられた椅子は、まるで王を迎える玉座のような威容を放つ。
その背後には、二羽の鳥が一つの宝石を守るように掲げられた紋章。
それは静かに、だが威圧的に、この空間がただならぬ権威の下にあることを示していた。
「……ゼオン。どこへ行っていた」
沈黙を裂くように、低く太い声が響く。
黒いローブに身を包んだ、髭を蓄えた壮年の男が、銀髪の青年に問いを投げた。
しかしゼオンは、一言も発さずにその視線を受け流す。
まるで、自らの存在すら消してしまいたいかのように。
「質問に答えろ、ゼオン」
その瞬間、男の瞳に魔術紋が浮かび上がると同時に、ゼオンの背中にも同じ印が呼応する。
ぞわりと黒いマナが湧き上がり、荊のように絡みつきながらゼオンの身体を締めつけた。
「……ッ……!」
呻きとともに、ゼオンの膝が床に沈む。
痛みに顔を歪めながらも、唇をかみしめ、声を絞り出した。
「……特別工作室の様子を伺っていました。……今回の件が知られた今、彼らは今後の障害になるでしょう」
「良い。あれはセラフィダの者どもが勝手に動いたにすぎん。奴らに任せておけ。……神聖な王家の血に、穢れを招きおって」
男は忌々しげに吐き捨て、玉座の背後の紋章を見やる。
その目に浮かぶのは、信仰か、忠誠か、それとも……恐れか。
「お前は、引き続き教会の者たちと動け。……時は、まもなく満ちる」
「……承知しました」
静かに頭を垂れ、ゼオンは答える。
ゼオンは苦痛に耐えるようにゆっくりと立ち上がり、無言で部屋を後にする。
「……クソっ……」
小さく溢した言葉には抗えない何かが残っていた。
震える指先で、ゼオンは首元のネックレスを掴む。
かつての故郷――緑深い森、仲間たち、そして、かつての幼馴染、レイの姿がまざまざと蘇る。
唇を噛みしめ、祈るように目を閉じる。
その胸に、未だ消えきらぬ“ゼオン”が、確かに存在していることを――彼自身が最も痛烈に知っていた。